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zoom RSS 『荘子―古代中国の実存主義』を読んで

<<   作成日時 : 2017/05/20 08:30   >>

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中公新書本。少し現代的解釈が行き過ぎているようにも感じたが、それでも『荘子とはこういう人柄だったのか』ということが伝わってきて読みごたえはあった。ただ荘子の原文が漢字以外はすべてカタカナで読みにくい。「そうし」と読むのが普通だが、孔子の弟子の曽子と区別するために「そうじ」と読むこともある。

とかく老荘思想というと、完成された人物で心の患いだとか悩み事などとは一切無縁な創始者のイメージが付きまとう。老子が90歳の状態で生まれた話などもやはり生まれながらにして憂いなどとは無縁であったことを示しているものと思う。

しかし、実際は彼らにも悩み多き青春時代があったのだということを大いに暗示させる小冊子であった。本書が世に出たのは1964年3月とある。届いたのは2015年の64版である。50年以上たってもなお版を重ねている書物などそれほどないのではなかろうか。筆者の福永光司(1918−2001)氏は復員後東大文学部の教授などを歴任。戦時中兵役につきながら荘子を紐解き、彼が生きた前4世紀の戦国時代の中国のこの上なく不自由な不安と絶望を自分自身と重ね合わせていたようだ。荘子の生まれた宋国は「四戦の地」と呼ばれ、しばしば戦禍の中心地となった。人々は総じてひどい困窮の中にあった。荘子にしてもそれは例外ではなかったはずである。

デカルトの座右の銘の一つは、オヴィディウスの「よく隠れたものはよく生きたもの」というものだった。欧州実存主義哲学の最初の人はキルケゴールらしいが、ユーラシア哲学の最初の実存主義はオヴィディウスかもしれない。荘子はそれよりも以前の人だ。かなり好感を感じる人物であったようだ。彼の思想には相当の安堵を思う。安定感とかくつろぎを感じさせる人だ。今の世の中にあふれているのは立身出世譚、成功物語ばかりだ。そんなことをして生きてみても何の楽しみがあるのかという。孔子流の生き方とは全く逆といってもよい。大体こうしてブログなど書き綴るなどということ自体、未完成の証だ。

厳密にいえば、荘子が紀元前4世紀の宋国の人かどうかはわからないわけである。書物にしても、おおむね後世の人の勝手な注釈が本文に紛れ込んだのかもしれない。わかるのは多分こういう思索の好きな人がいて、何か書物らしいものを書いたようだということであるが、よくよく考えてみると、こういう人が後世に形のある書物を残すだろうかなどと思うわけである。完成された人間の行為のようには素直に感じられないのだ。老子の方だったら、せかされてやむなくものしたとも思える。ほんの断片的なものしか残していない。だから、ひょっとしたら老子のほうが荘子よりも若いとか、老子の作者は複数人いたかもしれないなどという問題もあるにしろ、せいぜい5千字程度の文章がそれほど編集されたとも思えない。けれど荘子のほうはそうすっきりとは片付かない。結構大部なものだということは、もしもそれが本人の執筆によるものであったとしたのならば、かなり世の中に拘泥するような人物だったのではないか。それだからなおのことあれもこれも後人の嘘だらけだとも思うわけだ。

荘子について文献からわかっていることといえば、妻が死んだとき死骸を前にして盆をたたいて歌っていたとか、己の死骸は山野に捨てるよう遺言したなどということだけで、弟子と呼べるようなものはせいぜい一人しかいなかったというようなことだけである。

かつては「老荘思想のような物語的で何の役にも立たないものを大学教授が研究するなどというのはけしからん」などと揶揄されたそうだが、かつての世界は唯物論に席巻されていたためで、今は時代の多文化傾向でそのようなこともない。かなり面白がって読まれているようである。漫画にも取り上げられているらしい。昔いわれていたように何の役にも立たないかというと、そんなことはない。実業の役にも大いに貢献している。心のぽかんとしているときに、「無用の用」的な発想が生まれるからである。この効果は実に大きい。役に立たないから成長して役に立つという考え方だ。こうした考え方は、昨今生物の進化しそうにもふんだんに取り入れられるようになってきた。一見落伍者にも思えるものが次の時代をリードする。人間世界にもこれはいえる。心の時代などといわれ、精神力や気力が肉体を凌駕する時代には大いに重宝されることとなる。戦後2世代も続いていた唯物思想全盛の時代が過ぎ去って、現在はどちらかというと気力主義が別の形で復古してきた感がある。無用の用が生活の場にも浸透し始めた。まあ、どうせ9割以上のその他大勢は昔と変わらないのであろうが。本当を言えば荘子の理想は、「役に立たないこと」であったはずだが、そう一方的に事が運ぶわけがないのが世の中であって、役立たずを目指せば逆に役に立ってくるものだ。ここで理想というのも世間的な意味での理想ではなく、無理想ではないというほどの意味の理想である。思い出されるのは、ガルブレイスが言ったという言葉、「働かずに怠惰でいることのほうが、社会全体の繁栄を考えれば善といえるのではないか」という言葉だ。これさえ頭の悪い連中は繁栄とは国家の経済発展の事だと思い込んでいるだろう。


同じ老荘思想という言葉でくくられていても、老子と荘子では心の向け方が違うように感じる。老子は外向的で、荘子は内向的だともいえそうだ。もしかしたら老子のほうは実業的政治的思想だったのかもしれない。そういう風に見ると孔子などに幾分近付く方向だ。老子の社会性と比べると、荘子は淡々と歴史学者の様に史実を記すのみである。道の説き方にしても、老子のほうは天にあって固定したもののように語るのに対し、荘子のほうはむしろ地上のあらゆるもの、糞便の中にもあるなどという。理想などというものとは全く無縁であるかのようである。


「実存主義」とは、もちろん西欧の言い回しであるが、「実存は本質に先立つ」というサルトルの言葉をいまさらに繙く必要もなく、もともとただ生きるために精一杯な人間というものはすべからく実存主義的であるのだ。スコラ哲学者たちは総じて余暇を持て余していた。彼らにとっては、本質[essence]が実存[existence]に先立つのは常識的であった。ギリシャ思想家たちにとっても大体それは同じだ。西欧では19世紀になってキルケゴールによって哲学的な形では初めて主張された思想であった。裏を返せば西欧の貧乏人はすべからく文盲で本も表せなかったのだともいえる。

中国人の思考は、具体的な事象の本質を直観的、全一的、体験的に把握する点においては何よりも大きな力を持つそうである。まあ、長い歴史の中に生き残ったのがそうしたタイプの人間であったということだが。


作り話かどうかはさておき、ここでは荘子は宋国の出自ということにしておく。中国史上最大の暴虐王である殷王朝最後の紂王の血を連綿と引き継いで宋国にも残虐非道な王が続いたらしい。今更ながらに春秋戦国時代の社会の天変の激しさを思う。歴史家は、第一次大戦後の市民戦争が最も悲惨であったなどとよく語るようだが、犠牲者の数を思えばそれは違うのではなかろうか。戦闘地帯という限定された局所的な惨禍と、帝国中の諸国に遍在する全体的な惨禍とのどちらが果たしてむごたらしさの程度においてより勝っていただろうか。ただ精神的には近代の局地戦のほうが恐れの度合いは強いであろう。何世代も連続して打ち続く戦乱の逆だつの中では、精神的困苦はさほど育つはずもない。物質的な困窮が心の平穏を築き上げるというのは、例えば僧侶の克己的な生活を思えば理解できる。荘子の本文中、最も確実性の高いのは、詭弁学派の恵施との交流だ。荘子と同郷の人ではじめ梁の恵王に仕えたという。乱世の世にあっても、意外と気苦労なく世渡りができた様子がうかがえる。悲惨な状況下にあっても、それが常態であれば心の病は生じないものだ。荘子にしてみれば恵施は外物を求めるだけで内界を知らない自己喪失者であった。荘子自らの道は社会的には無用者となること、精神的な不具者となることであった。無用にして不具なるものこそ、真の意味での人生を生きることが出来るというのが荘子の信念であった。いわゆる醜いものに対する賛美もここから生まれた。生得の不具や疾病といったものは、いわば天からの授かり物であった。自らのうちに醜さを内蔵している者こそ、外物に惹かれることの愚かしさがわかるわけである。





老子の誕生年は紀元前560年ころか、前424年ころとする説が有力らしい。荘子のほうは紀元前370年ころで、生地は蒙(河南省商邱県付近)とされる。前403年が春秋時代の終わりだから、一応老子は春秋時代の人、荘子は戦国の人という取り決めのようなものがあるらしい。老子は孔子と、荘子は孟子と、それぞれ時代的にペアを為す。荘子の死去したのは紀元前300年ころで、たぶん70歳前後まで生きていたらしい。荘子の伝記をまとめたもののうちでもっとも古いのは前漢武帝の時代の司馬遷(前145頃〜前86頃)の『史記』であって、ここに荘子の名は周であって、かつて蒙沢の漆園の吏となったことがあると記してある。漆園といっても、これだけでは地名なのかなんだかわからない。長かった動乱の時代も漢帝国の統一によってひとまず落ち着きを取り戻し、ようやく歴史編纂の動きがみられるようになってきたのだが、それも漢が衰退するとまた荒れ模様になってゆくのだから、何とも住民は悲惨なものである。

さて、荘子の死後、彼の著作と目されるものは長い間巷に散乱していた。それらを始めて整理編纂したのはようやく前漢末の劉向(りゅうきょう)であって、当時は52巻あった。それが西暦4世紀、晋の郭象の時になって33編にまとめられた。それが現在の荘子のテキストとなっている。つまり、内篇7篇、外篇15篇、雑篇11篇だ。このうち内編は荘子の自筆の部分とされてきたものである。しかし確実に荘子の思想が現れているのは、斉物論篇(胡蝶の夢の個所)、大宗師篇、逍遥遊篇、徳充符篇くらいだという。

しかしまたそんな考察はどうでもいいことかもしれない。はるか過去の人物とは現実に実在している見聞き可能な人間とは違う。まったく現実に存在していない過去の一人の人物が一つしかないなどと断定できるものだろうか。それぞれの個人の想念の中にしか存在しない一人の人物が複数人存在することなどあり得ないなどというのは単なる憶測なのではないか。妄想といってもよいかもしれない。それは記憶という執着心が生み出した幻影であるに違いない。

老子に「学を断たば憂いなからん」などとあったことを思い出した。この言葉はしばしば「愚民政策」などともとられているそうだ。しかし、荘子の脳裏にもこうした思いは少なからず去来していたとも考えられる。文明とか文化とかいうものこそ、人間の歴史の流れの中で数々の暴虐を生み出してきたものだ。いずれそのようなことになるのが分り切っているのであれば、いっそのこと学問などというものを施さなければよいではないか。単に個人的な心の患いなどという問題ではないのである。人類社会全体に広がる外面的な危機を絶ち、外側を覆いつくす不安を一掃するには、学びの道を断ち自然界の禽獣たちと同じようにただ自然の摂理に従って無為に生きることだ。

山木篇に「人生の達人は、己の体得した真理は一切万物にあまねく行き渡らせながら、己の明智は外にあらわさない」、「歩いても足跡を残さぬほどの目立たない人生を理想とし、権勢の地位に身をおかず、功名を世にあらわすこともしない。だから他人を責めとがめることもなく、他人から責めとがめられることもない」とある。生真面目で聡明な優等生である孔子に死なずに済む法を教えた戯曲だ。自分が優等生だからといって、現実の人間をみな自分と同じ秀才に仕立てようとするのであれば、それは聡明なるが故の無知なるものだという。彼には鈍才凡愚の世界がよくわかっていないのではないかというわけだ。近くはマルクスやレーニンがこのようなことをやろうとして大失敗に終わった。前から言っていることだが、世人の過半数は頭の回転が悪すぎ、9割がたは回転いかんにかかわらず通念の奴隷であって愚物に過ぎない。だからまず30人のうちの29人には礼節などというものは教え込むことはできない。孔子の弟子で礼儀をわきまえたものはほとんどいなかったので、儒教は結局国を滅ぼしたのだ。

ところでこの小冊子に、先日書いた『福沢諭吉の哲学』の中の「惑溺」という熟語がやたらと出てくる。それほど珍しい言い回しではないのではなかろうかという気がしてきた。福永氏の解釈の問題なのかと思っていたら、どうも荘子には人間の社会など相対主義に過ぎないという西欧近代の思想が塔の昔にわかっていたようである。実際そう文章にまとめてあるのだからしようがない。中華文明が如何に進んでいたかということだ。奇異現前350年の昔にそこまで完成していたとすると、それ以降中国の歴代王朝にさしたる進展のなかったことがむしろ当たり前だったということを見出す。

愚かな模倣の代表の故事に「西施の顰に倣う」というのがあるが、出典はどうも荘子の第14篇『天運篇』らしい。猿に豪華な服を着せる愚かしさの次に出てくる。今時のものは猿の代わりに犬を用いている。これも荘子学派からすれば愚かの極みだろう。

西欧近代の哲学者といえば、心理学者と変わらないくらいに人間の心理を分析している。コトバを変えていえばそれに拘泥している。耽溺しているといってもいい。文句は言えないだろう。いずれの学者においても、学界に付属している限り、経済の流れからは逃れられていない、自由な身分だとは到底言えないからである。荘子もまた人間心理を分析している。欲望の分析だ。第一に食欲と性欲だ。睡眠欲は上げていない。第二が物欲と金銭欲である。通貨の発明は紀元前7世紀ころのリディア王国だなどといわれる向きもあるが、中国では孔子の時代からそんなものは広く普及していたことを考えると、従来の歴史家は東洋を無視していたとしか思えない。第三が名声欲で、第四が権勢欲だ。権勢欲の固定化と永続化に対する欲望から、己の長寿と不死を希う欲望が生まれる。人間はこうした限りない欲望に支えられて勤勉となり聡明となり腎盂意を他の動物と分かつ輝かしい文明を築いてきた。そうして堕落して破滅してきた。この上なく危険な殺戮の刃が欲である。恥じることなき前進の心を推進させる力が欲望だからだ。欲望によって目的意識が生まれ、この目的を達成するために勤勉な努力が生まれる。だから目的のあるところのものは大概欲望によって生まれたよこしまな考えだ。ハウツーものなどというものはまず邪悪で心を醜く汚すものである。およそ目的のない努力などというものは得てして本物だといえる。目的のない人生を歩むのが賢者であるあかしだ。

反戦博愛などというものも、彼らの反戦は裏返された戦争行程である。人類の歴史の中で戦争はしばしば平和条約とともに企てられ、反戦の叫び声の中でその規模を大きくしてきたとは、筆者の荘子解釈の心も加わっているのだろう。彼らはその根源的なものを問題とせず、戦争行程者と同じ価値観、同じ世界観の上に立って戦争を否定しているに過ぎない。「戦いをやめんとするは、戦いを起こすのもとなり」という言葉が『徐無鬼篇』にあるそうだ。原発反対者の少なからずにもこうしたことはいえると思う。進歩という目標を破棄し、文明の享受をあきらめなければ、原発反対者が原発を推進しているに過ぎない。


古代中国においては唯一神を「使(せし)むる者」などといっていたらしい。前にキリスト教の神の概念がケルトのドルイドたちの概念と非常に近いものであることを述べた。どちらも一神教なのだが、ケルトの場合は神の表現が恰も神そのものであるように見える。それでケルトの民に多は自分たちの信ずる一神教が多神教であるように見えた。中国人たちには神はどのように見えたのだろう。しかもこの世界には無神論も共存していた。荘子はこれらすべてを、「現象に釘付けされているもの」として退ける。

荘子の説き方がうまいのか、福永氏の解釈が絶妙なのか、このように紙など存在しないのは明白であるように思える。かつてデカルトが「われ思うことは、明白な神の存在証明である」としたことを思い出す。西欧ではデカルトやニュートンの時代になっても、いまだ彼らの活動は神の証明のためであった。


達成偏というから荘子の死後しばらくして書かれたものだろう。泥酔して我を忘れた人間は疾走している車から落ちても怪我をしないとある。心が無心だからだとある。赤子が高所から落ちて無傷なのは、もちろん落下速度が思っているよりもはるかにゆっくりしているということもあるだろうが、無心による脱力の受け身にたけているからでもあろう。酒の力を借りた無心であってもそういう技はある程度可能なのだろう。もちろん、世間的に傷を負わないというたとえではあるが、無意識の力なるものがいつでも働いているということも大いに考えられる。いわゆる虚心坦懐という奴だろうか。心を虚しくせずに満ち満ちた状態でいるから、愚かさや醜さが「蒸れたる湿気の菌(きのこ)となるのだ。腹も心も虚ろでいるのがふさわしいようだ。世の中の通念は愚者の喜ぶように作られているということがわかる。「心を虚しくする」というと何か悪いことのように受け取られる傾向が目につく。「虚ろな心」などという言い回しをすれば、まるでロボットかアンドロイドのように受け取られそうだ。それだけ世は無明に覆われている。愚者は簡単に虚偽に惑わされるのだ。前漢の初めまでに荘子は「誑かされる」という言葉を使っている。

庚桑楚(こうそうそ)篇というから荘子の死後に書かれたものだろうか。商人でも、「日々に之を計えて足る」商いをするものは、一文商いのそれでしかなく、「日々に之を計えて足らず、歳ごとに之を計えて足る」商いをするものこそ真に偉大な商人であるなどというのがあるそうだが、商人なのかなんだかよくわからない。村が富んだというのは原文にあるしかも村人のほうが口にした言葉らしい。なんでも筆者は子供のころ10年くらいちょっとした野菜売りのようなことをしていてあちこちの勝手口を見回ったことがあるそうだ。天秤棒を担いで行う、いわゆる振れ売りというやつらしい。一般に元本第一などというのが前者の一文商い、元本など考慮に入れず利益第一といえば世間一般の企業の在り方だ。企業というのは一般家系から見ると、常に大赤字で、見方によっては虚ろな心でいるといえる。一人ではいないので自由な虚ろさとは異なるというところが異なる。虚しさは無心とつながる極めて有益なものであるにもかかわらず、社会はこれを阻害する。無益だからである。このことを「無益だからといって阻害する」としては、賛同者も反対者も同じ立場だといえる。


荘子と筆者の見解が最も異なるだろうという点は、筆者がすべての人間がめいめいの自主性を持って生きることを望んでいるだろうということに対し、荘周のほうはそんなことは土台無理だから放っておくしかないとしている点だろう。無理であるから世界中に国家というものが存在している。


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参考本はかなり多くある。現代社会に蔓延している経済至上主義に疑問を抱いている人が多いということだろうか。しかし、企業群と国家政府の双方がお互いに媚びをうっている現状では、幸福な社会など訪れるとも思えない。

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