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zoom RSS 「アーユルヴェーダ」

<<   作成日時 : 2017/08/12 09:09   >>

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「関節リウマチ・関節炎・腰痛を根本から改善する」という副題がついている。

アーユルヴェーダは5000年も前からインドに伝わる生命科学であったが、最近まで形骸化し、単なる健康法程度にしか顧みられることがなかった。純粋意識というものを見失ってしまっていたからだという。それが1980年代になってようやく復興してきたそうだ。復興の中心となったマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーにちなんで、マハリシ・アーユルヴェーダということもあるそうだ。純粋意識を離れると草木でも人間でも、生命との調和に失敗し、体内に未消化物のアーマが蓄積し、人体では血管やリンパ管を閉塞させる。生命を動かすエネルギー(ドーシャ)に滞りが生じるのが各種の病気だというわけだ。中国医学と似ているが、より精神を重要視しているように見える。

アーユルベーダでは、純粋意識から物質ができる時に、空風火水地という五大要素がまずできるといわれている。何の例えだか知らないが、ともかく意識(思考)が物質化するという表現は私にとって心地よいものである。空と風を合せてヴァータ、火と水の一部でピッタ、水と地でカパ。この3者(ドーシャ)がバランスよく働いて生命活動を起こす。何やらサットヴァ・カルマンのうごめきを連想する。ヴァータは動き、機能、働きを、ピッタは変換、メカニズムを、カパは構造、形、重さ、硬さをつかさどる。地球の大気層、生活層、表面層をイメージしてもよいと思う。大気に空と風があり、海洋と土が地にある。火と水の一部を使って調理する。

バランスの取れたドーシャの状態をプラクリティといい、バランスを失った状態をヴィクリティと呼ぶ。もともとプラクリティリティとはサーンキャ学派のコトバで、物質原理のことを指していた。しかし、どうも物質が純粋意識から生まれるというマハリシ・アーユルヴェーダではどうも違うようである。

西欧医学の免疫の観念に近いものをオージャスといい、これが多いほど健康であるとされる。オージャスを増やすには、まず食べた物をきちんと消化してゆくことが大事だという。大体、現実とのアナロジーで、捨てることがはじめだということは見当がつく。すなわち、粗食に徹することが大事なのだろう。中国医学などによる期のとりこ見方も同じだった。邪気を追い払えば、おのずと新たな気が流入し、循環を始める。最初から取り込もうなどということを行ってはならない。ここがポイントであって、やたらと栄養を摂れという為政者の教えは誤りである。それでは不純物が体内にたまるばかりで、少しも生気が循環しない。これをアーユルヴェーダでは、シュロータス(管)にアーマ(未消化物)を詰まらせるとする。要するに動脈硬化みたいなものである。先に捨てることのほうが大事だ。無能にもかかわらず先に得ようとする忌まわしい根性がいけない。特に現代医学が、膠原病をはじめとする慢性の難病で行っている治療法は、すべて真逆のやり方である。先に栄養を摂らせて詰まらせる方法だから、ちっとも治らない。賢明さとはかけ離れて一次元的な愚かなやり方だ。高次元の意識からの同調作用がなければ、何時までも難病は難病のままである。

消化力のことをアグニと呼ぶそうである。アグニというのはサンスクリット語で火を意味する言葉だったように思う。それで日本語でも消化の悪さが原因して「炎症」を引き起こしたりすることになっているのかと思う。実際マクロファージというやつが消化不良を起こしているのが「炎症」みたいなものだろう。

本書には、牛乳は単体で摂取しても体に良い飲み物だとある。ただし野菜や肉とはいっしょに摂取してはいけないとある。食べ合わせが悪いらしい。トーストや穀類、甘みの食物ならば問題ないという。けれども食事とは別にとった方がよいという。単体で摂取すれば速やかにオージャスにまで消化されると考えられている、とても良い飲み物だという。どうも牛乳が体に悪いというのは、肉と一緒に牛乳を飲むアメリカ人の勘違いかもしれない。

それからいかにも奇妙なのは、ナッツ類はよいがピーナッツだけは除くなどとしてある点だ。この辺はインドの信仰で、牛はダメだがスイギュウは食べるというようなものだろうか。もっとも「夜は10時までに寝て睡眠時間は8時間はとるように」などと書いてあるから、一般向けの話で、必ずしも厳格に守るべきものでもないと思う。中医などと比べると、精神鍛錬を重んじるのがマハリシで、身体のような物質よりも純粋精神であるプルシャを重んじる。最高に悟った聖者などが8時間も寝ているとも思えない。心の働きが充実していれば、物質である肉体はそこから制御できる。何を食っても、好きな時に好きな行動を起こせば大丈夫なはずだ。

朝食は摂っても摂らなくても好き好きでよいとある。栄養摂取は文字通り低次元であって、餓鬼の要求するものだからだろう。食を補足するとは、精神を鍛えることだ。アーユルヴェーダはここに重きを置いている。超越瞑想やらというのも、もともとはアーユルヴェーダの瞑想法らしい。健康を得るよりも、高次の魂を得るために小食に徹するのだが、健康法だと思っている人が多いようだ。菜食にしても似たり寄ったりで、魂が浄化されるから、滋養不足に至らないのだ。健康になる目的で菜食を選ぶと、大概栄養が足りなくなる。そういう人はもともと精神の高みというのがどんなものか知らないので、不健康になったということでまた元来た道へ戻る。超越瞑想を行うことで、施術者との思考の同調が容易になり、自己治癒力による回復を促すのかもしれない。施術者との同調は中国の気功と通じるところがある。

超越瞑想とは、椅子に座ったり寝そべっていたりしてもよく、同一のマントラを繰り返し心の中で反復するだけの瞑想法らしい。それで瞑想ができるというのも何か納得がいかないが、効果のほどはすでに実証済みだという。いささか不思議な話だと思う。マントラだから、「南無阿弥陀仏」のようなものでもいいかというと、そういうのは意味を連想するのでよくないらしい。朝夕20分くらいずつ無心になれるような繰り言がいいらしい。数珠球を繰るような単調なサイクルで真言を脳裏に繰るやり方だ。瞑想はよく危険だといわれるが、どうも根拠は悪魔に空になった心を奪われるという狐憑き信仰みたいなものらしい。

最後のほうに「好転反応」ということが書かれている。神経が治ってきて敏感になってくると、今まで気が付かなかった悪い箇所に気が付くようになるということである。これは一般の医者でも言葉は違うがおなじことを語っているし、社会の場では往々にしてよくあることである。生物に限らず、原発の臨界条件などでも必ず起きる反応である。


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