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みんなの「人物」ブログ

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『フロイトとユング』
『フロイトとユング』 講談社学術文庫の昔の対談集だ。原本は1978年11月に思索社から出版された。40年ほど前だ。河合隼雄(1928〜2007)がユングの孫弟子、小此木啓吾1930〜2003)がフロイトの孫弟子にあたるそうだ。小此木さんは医学部だが、河合さんは京都大学の数学科の出身。本ではユング派の人々を「ユンギアン」、フロイト派を「フロイディアン」と呼んでいるが、あまり聞いたことのない言い回しだ。始祖名に[-ian]をつけただけだが、今までこういうのはきいたことがない。自分自身をこのように赤の他人のグループの一員と... ...続きを見る

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2017/11/11 08:36
「アンベードカルの生涯」
「アンベードカルの生涯」 光文社新書から古い訳本の復刻版が2005年に発行された。ダナンジャイキール・というインド伝記作家の原文。2段重ねで読みごたえがあるが、不可触民の生活がそれほど悲惨なものなのかについては少しばかり疑問もある。数が多ければ、それだけ知恵を発揮して生活を改善することが出来るからだ。 ...続きを見る

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2016/12/10 08:55
ピート・グレイ(1915−2002)
「私のしたことは勇気ではない。勇気はダイヤモンドではなく、戦場にある」という言葉を残した。 ...続きを見る

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2016/08/18 10:10
『西郷隆盛伝説』
『西郷隆盛伝説』 2007年4月に刊行されたものの文庫版を読んでいる。筆者の佐高信氏は、1945年、山形県酒田市の生まれ。庄内酒田は豪商本間氏の財力が維新後も物を言った。「本間様には及びもないが、せめてなりたや殿様に」の本間氏である。こんなところに米相場の本間宗久が絡んでくる。マネーのおかげで会津のように寂れることはなかったらしい。 ...続きを見る

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2016/06/11 09:06
『山下奉文正伝』
『山下奉文正伝』 やました・ともゆきと読む。たぶん当て字だと思う。どう読んでみても「たいぶん」としかよめない。兄は「奉表」(ともよし)、弟は「奉守」(ともたか)といった。山下泰文の生まれは、高知県の香美郡というところだから(*)、昔であっても東京のほうの人は読めなかったかもしれない。果たして、故郷の土佐を離れて、広島にある幼年学校に入学した際、「ともゆき」と読めたのは国漢の先生ただ一人で、案の定「ほうぶん」と呼ばれるのが日常だったという。 (*)ウィキには長岡郡とあるが、これは後年、本人が裁判の後、フィリッピン... ...続きを見る

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2015/11/28 10:23
『ウィトゲンシュタイン―天才哲学者の思い出』を読んで
『ウィトゲンシュタイン―天才哲学者の思い出』を読んで 教え子のノーマン・マルコムが書いた本だ。やや鋭い人だったという印象が薄れるような書き方である。また聞きというものは当てにならないことを感じさせる本であったが、この書物で語られていること自体があてにならないという意味ではないことはもちろんである。 ...続きを見る

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2015/10/24 16:23
『無念なり 近衛文麿の闘い』
『無念なり 近衛文麿の闘い』 第2章の終わりまで読んだところでこれを書いている。確か昨年の夏頃に読んだ『近衛文麿〜教養主義的ポピュリストの悲劇』と似たような内容だと感じたが、より強く通念打破的なものだ。ずっと以前、インターネットを始めたころだから15年ほど前のことになるかと思うが、歴史散策が趣味だという人物が「大嫌いな人物」の筆頭に、近衛文麿を上げているのに出くわしたことがある。彼一人が日本を戦争に導いたような書きぶりにはかなり驚いたものだ。歴史が好きだという割には、一人の思惑で歴史が作られることなどありえないということを知... ...続きを見る

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2015/05/03 09:06
『天上の歌―岡潔の生涯』を読んで
『天上の歌―岡潔の生涯』を読んで 表紙に、長靴をはいた岡潔が飛び跳ねている写真が載っている。これは当時アメリカで「ジャンポロジー」という学問がはやっていたので、雑誌記者かなんかが洒落のつもりで撮影を頼んだところ、本人も面白がっていやいやながら承諾したという。おかげで犬の命が一匹救われたのは、冥利に尽きることであったそうだ。 ...続きを見る

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2014/09/21 14:55
『白い死神』を読んで。
『白い死神』を読んで。 1939年11月、第一次ソ連―フィンランド戦争(冬戦争)時代の英雄シモ・ヘイへ(1905−2002)の話だ。一人で542人(ウィキには「確認戦果505名射殺」とある)のソ連兵を狙撃したのが「死神」と呼ばれた所以なのだろう。実際にはサブマシンガンの名手でもあり、こちらも合わせると1000名かそれ以上を射殺したといわれている。本書の冒頭が「罪の起源」で始まるのもそうしたわけだろう。戦いの歴史は遺伝子に刻まれ、やがて必然的に国家というものを形作った。「国家の最も重要な使命は暴力の独占だ」というのが、筆... ...続きを見る

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2014/08/24 07:05
バグワン・シュリ・ラジニーシ(1931.12.11−1990・1・19)
バグワン・シュリ・ラジニーシ(1931.12.11−1990・1・19) NHKシルクロードの主題曲で有名なミュージシャンの喜多郎もスワミ・デヴァ・セトゥという名でラジニーシの教団の一員であった。 ...続きを見る

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2014/07/27 09:48
フェルディナンド・デマラ(1921−82)
フェルディナンド・デマラ(1921−82) 正式には、フェルディナンド・ウォルト・デマラ・ジュニアという。大変面白い人で、職業詐称の神様のような人物だ。何時かテレビで「本を見ながら心臓の外科手術をやった人」というのをやっていたが、彼のことだった。人の役に立つことばかりをして、常に周りに喜びを振りまいていたから、偽物であることがばれても、生涯無罪放免であった。 ...続きを見る

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2014/07/09 17:41
松永安左エ門(1875.12.1−1971.6.16)
松永安左エ門(1875.12.1−1971.6.16) 大下英治氏の「電力こそ国の命」という本の主人公である。主人公などというと小説の主人公のようであるが、実在した人物で、東の電力王が福沢桃介なら、西は松永安左エ門だ。1911年に電気新聞に連載した同名作品に大幅加筆したものだそうだ。この前、ドストエフスキーの「死の家の記録」を読んで、財産の蓄積は自由を求める心情から発生しているものであったことに気が付いて、それ以来経済的行為には大分親しみを覚えるようになった。金銭とは、有史以前から人類が求めて山ない物であったはずである。ネアンデルタール人が身に纏って... ...続きを見る

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2014/05/05 07:57
ノイマンはマジシャンだったろうか
ノイマンはマジシャンだったろうか もう半年以上も前になるか、昨年の子供の日が終わったころに「チューリングの大聖堂」という本を見つけ、安いので衝動買いしたのだが、分厚い書物なのでそのまま積読状態になっている。安いといっても、相対的に安いというだけで、価格自体は3500円以上もする。650ページもあって1枚当たりが安いというだけだ。 ...続きを見る

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2014/02/21 17:14
ジョン・レノンも弟子たちがキリスト教を破壊したといっている
ジョン・レノンも弟子たちがキリスト教を破壊したといっている こう発言したのは一見正反対の極のヒトラーである。ジョン・レノン(1940−1980)に、「世界は狂人によって支配されている」という短い動画がある。↓ http://www.youtube.com/watch?v=8t5awfxTbmM ...続きを見る

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2013/10/20 10:35
ベニート・ムッソリーニ(1883.7.29−1945.4.28)〜@
ベニート・ムッソリーニ(1883.7.29−1945.4.28)〜@ 清水書院の同名の本を読んでいる。「人と思想」シリーズの一冊だ。 ...続きを見る

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2013/09/16 14:23
唐人お吉について
唐人お吉について 唐人お吉というのは、ハリスとの関連で実在した斎藤きち(1841−90)のことをさすのが一般である。ところが戯曲などのつたえている唐人お吉は、おそらく全くの作り話であって、実際とは真逆といってもよいほどであったらしい。 ...続きを見る

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2013/06/19 16:45
ジェシー・リバモア(1877.7.26〜1940.11.28)
ジェシー・リバモア(1877.7.26〜1940.11.28) 『世紀の相場師ジェシー・リバモア』(角川書店)を読んだ。近頃流行のFXトレードの祖となるような取引法を開発したなどというコメントをものしているサイトを見たのだが、そんな印象は全く受けなかった。ヒトにより心象がひどく異なるのかもしれないが、相場に食らいつく人物というのも、何かゲテモノ食いの一種なのかもしれない。この人物も腹が膨れたり縮んだりを繰り返しているのみで、いわゆる相場手法などというものを発明したなどとは到底思えなかった。しかも最後は自分で餓死の道を選んだといってよい。極度のマゾヒストであっ... ...続きを見る

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2013/03/21 16:10
世界のジャンヌダルクについて
世界のジャンヌダルクについて 2013年の大河ドラマに決定した「八重の桜」の主人公である新島(旧姓山本)八重(1845−1932)が、「日本のジャンヌダルク」なんだそうである。今年は綾瀬はるかが彼女の役柄に挑戦するらしい。しかし、満86歳まで生きた人間のことをそんな風に呼び習わしてよいものだろうか。そこで、ジャンヌになぞらえられたものたちを調べてみた。 ...続きを見る

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2013/01/06 17:17
金子直吉(1866−1944)
金子直吉(1866−1944) 「初夢や太閤秀吉ナポレオン」などという妙な句を物した男であるが、一応俳号を「白鼠」というそうだ。彼が活躍したのは、1894年から1927年、28歳から41歳の頃までの13年間ほどに過ぎないのだが、その期間にただの個人の一商店を三井、三菱を凌駕するほどの大商社に為した。だからさぞかし今日まで名を残しているだろうと思いきや、教科書や参考書には彼の破天荒な業績の数々についてはまず触れられていない。昭和大恐慌の下となったのが鈴木商店の倒産であることに多少触れられている程度である。ましてや金子直吉が鈴木商... ...続きを見る

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2012/11/16 16:44
孫文(1866−1925)の手紙
孫文(1866−1925)の手紙 中華民国建国の父とされる孫文は、多数の書簡を日本の士と交わしている。特に政治家の犬養毅とは昵懇で何度も往復で近況を報告する中であったらしい。その犬養毅(当時第二次山本権兵衛内閣の逓信大臣)宛の1923年(民国12年とある)11月16日付のかなり長い手紙には次のようにある。 ...続きを見る

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2012/11/09 14:57
大杉栄(1885−1923.9.16)
大杉栄(1885−1923.9.16) アナーキズムについて考えていて思った。これはどう見ても『無政府主義』などという文句をあてがうべきではない。『完全自由主義』のほうがよほどすっきりする。それなのに、なぜ斯く命名されるのかというと、こういう自由主義は即ち政府の敵だからである。がんじがらめの状態に縛り付けておいたほうが、国家としてはよほど安泰だ。ありがたいことに、大多数の人間は愚物であって、自分自身の思想など持っていない。こういう間抜けな連中を制御すれば、嬉々として死地に赴く都合のよい戦士も作れる。何しろ頭というものがないから、入力さ... ...続きを見る

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2012/10/21 17:33
『マルタの碑』という小説を読んで〜第一次大戦まで
『マルタの碑』という小説を読んで〜第一次大戦まで 山口多門(下の写真)の伝記のようなものである。第1次大戦時、日本海軍の軍艦が地中海に派遣されて少々の活躍をしたという話。民族自立にかかわる戦争の火付け役は、ほかならぬ日本自体にあるのにもかかわらず、この程度の派兵しか行なわなかったというのが欧州先進諸国の心象を大分悪くしたものと思う。もちろんこの小説には日本海軍の得意として栄誉のように描かれている。それで、ぱっと見た限りでは『帝国海軍もこのような努力を遠い異郷の地で果たしていたのか!』などと、まるで地中海のバルカンでの蜂起には日本は無関係であった... ...続きを見る

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2012/10/10 16:59
リーゼ・マイトナー(1878−1968)
リーゼ・マイトナー(1878−1968) 1938年のクリスマス休暇をスウェーデンで送っていた彼女がウラン元素の核分裂によって膨大なエネルギーが生じるということを計算によって導いたという話は少なくとも科学史に興味のあるものの間ではよく知られている(*)。もっともウランからバリウムが生じるという実験結果と、ボーアの原子の液滴モデルが正しいと仮定してのことではあるが。  マイトナーがクーロンポテンシャルエネルギーの変化から導いた値は、1億7千万電子ボルト程度であったらしい。核分裂後の断片の質量の合計が元のものより陽子の5分の1ほど少ないこ... ...続きを見る

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2012/07/01 16:31
マリー・フランソワーズ・テレーズ(1872.1.2−97.9.30)
マリー・フランソワーズ・テレーズ(1872.1.2−97.9.30) ――イエスは言われた。「からしの種粒ほどの信仰があるならば、この山に、『ここからあそこに移れ』というとしても、それは移るのだ」・・・マタイによる福音書17:20。―― ...続きを見る

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2012/03/17 16:39
独裁者〜Cムアンマル・アル・カッザーフィー(1942.6.7−2011.10.20)
独裁者〜Cムアンマル・アル・カッザーフィー(1942.6.7−2011.10.20) カッザーフィーとは、リビアのカダフィー大佐のことである。リビアは日本の4.7倍の広さがあり、石油埋蔵量で世界9位、天然ガスの埋蔵量で世界22位だという。国家が石油や天然ガスを売買して得た利益の一部を国民に分配するという経済システムを持つ国を「レンティア国家」(*)という。サウジアラビアだとかアラブ首長国連邦だとかトルクメニスタンなどがそうした国々で、国が適当に儲けてさえいればまるきり働かないでぶらぶらしていても、国民もサイフの中には自動的に利息のようなものが定期的に振り込まれる。だから、たぶんN... ...続きを見る

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2011/12/11 18:00
独裁者〜Bサパルムラト・アタイェヴィッチ・ニヤゾフ(1940.2.19−2006.12.21)
独裁者〜Bサパルムラト・アタイェヴィッチ・ニヤゾフ(1940.2.19−2006.12.21) 前回、ポル・ポトについて調べているうちに、彼が海外で騒がれているほどの「悪の権化」と言った人物でもなさそうだということが分かってきたので、今度はどちらかというとその治世に今のところ国民が満足しているような独裁国家について調べようと思う。日本と比べれば相当ましだというほどの意味だが、かなり好き勝手やっても、あのようにうまく行くというのが独裁の強みだ。情報閉鎖に関しては、北朝鮮に告ぐワースト2位だそうだが、あまり嫌味は感じない。風貌が何処となくユーモラスでもあり、しかも非常に裕福で頼りがいがありそう... ...続きを見る

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2011/12/08 16:17
独裁者〜Aポル・ポト(1925頃―1998)
独裁者〜Aポル・ポト(1925頃―1998) ずっと前、関口宏の『知ってるつもり』とかいう番組があって、そこで見た記憶があるが、自国民を三分の一も虐殺したという以外、あまりよく覚えていない。 ...続きを見る

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2011/12/06 16:41
独裁者〜@ヨシフ・スターリン(1879?−1953)
独裁者〜@ヨシフ・スターリン(1879?−1953) 『独裁者の教養』という本が届いた。1スターリン、2ヒトラー、3毛沢東、4ポル・ポト、5ニヤゾフ、6リー・クアンユー、7フセイン、8カダフィ、9鮑有祥(ほうゆうしょうとでも読むのだろう。1959年生まれらしい)といった9人の独裁者というのが乗っている。最後に、10日本というのがあったが、突然『無名の独裁者の概念』といったものに支配される日本人というものがでてきて、いかにもパソコンでどこぞの掲示板にでも投稿したような、その場で書きなぐった感じの本文構成で、こうして本の形になってみると、いささかちぐは... ...続きを見る

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2011/12/03 16:22
ジャガディス・チャンドラ・ボース(1858−1937)
ジャガディス・チャンドラ・ボース(1858−1937) 黒体輻射について調べていたら、こういう名前の科学者を見つけた。「科学者のボース」という本があったから何のことだろうかと思ったのである。チャンドラ・ボースといえば、革命家のチャンドラ・ボースしか思い浮かばなかったのだが、革命家のほうのチャンドラ・ボースは、スバス・チャンドラ・ボース(1897−1945)(右の写真)といって、かなり後に生まれた人であるということが分かった。ニコラ・テスラやマルコニーなどよりも早く無線を開発したが、特許権の取得などということには全く無関心で、後年は植物学に傾倒し、その... ...続きを見る

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2011/10/24 16:42
側頭葉てんかん
側頭葉てんかん 前にショスターコーヴィチ(1906−1975)について書いたが、彼の頭の中に金属の破片が残っていて、そのために頭を一方に傾けると、泉のようにメロディが聞こえてきたらしいということを最近物の本で読んだ。オリバー・サックスの「妻を帽子と間違えた男」だが、2年ほど前に発行された本なのに、ヤフーで検索してみてもグーグルで検索してみても、それらしい記載は一件しかヒットしない。 ...続きを見る

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2011/10/10 16:37
ドミトリー・ショスタコービッチ(1906−1975)
ドミトリー・ショスタコービッチ(1906−1975) 机の引出に、ショスタコービッチの交響曲9番が入っていたので、3年ぶりくらいに聞いてみた。CDプレーヤーが壊れてしまっているので、音量は出ないがパソコンで聞くことにした。それでも、やはり現代音楽では一番面白い曲だと思う。この曲は1945年に上演されたが、第2次大戦中、ショスタコービッチはユダヤ音楽に傾倒していて、この極のフィナーレを飾る後半部分には、ユダヤ人にははっきりそれとわかる形でユダヤ音楽が取り入れられている。というかこの部分は、グスタフ・マーラーの交響曲4番にそっくりである。 ...続きを見る

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2011/08/03 16:52
ヒトラーの「千年王国思想」とイエス・キリストに対する尊敬心
ヒトラーの「千年王国思想」とイエス・キリストに対する尊敬心 ヒトラーとイエスを対比していて、両者があまりにも類似しているので、いつものように検索してみた。すると、1932年に書かれた「ヒトラーとの対話」という本にイエスへの崇拝とキリスト教に対する憎しみの思想が描かれているということを見つけた。その10年後に出版された「ヒトラーとのテーブルトーク」(トレバー・ローバー著)にも、ヒトラー自身の言葉として次のように記録されているそうである。 ...続きを見る

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2011/05/30 16:54
築城の名手セバスチャン・ヴォーバン(1633−1707)
城の歴史を調べているうちに、近代攻城戦の歴史の中ではもっとも偉大であるという人に出くわした。従来の城のイメージを一新して、函館五稜郭に見るような背の低い築城法を完成させた人だという。大砲の発達によって、高さのある天守閣を擁する従来の城は格好の標的となったため、出来るだけ施設を低く構え、城壁は衝撃を吸収できるような土を基本とした分厚いものとなっていたが、これに「稜堡」という角張った出っ張りを周囲につけ、死角をなくすように星型をした城砦の頂点に設置した。近年彼の築城したフランスの12箇所の要塞は世界... ...続きを見る

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2011/03/09 16:36
アンブロワーズ・パレ(1510頃―90)
「近代外科学の父」などといわれているらしい。しかし時代はまだパラケルススの時代であって、彼も床屋外科を目指して、田舎の指物師の家からパリへ上京してきたのだった。その地のオテル・デュマン病院で働きながら医学を学んだという。パラケルススの没した1541年ころは、イタリアの戦役(1536〜45の間)に従軍していた。といっても、軍医として従軍したわけではなくて、普通の外科の医師として軍隊についていっただけだから、治療費も相手の兵士に直接請求したようである。 ...続きを見る

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2011/02/13 17:04
バートランド・アーサー・ウィリアム・ラッセル(1872・5・18−1970・2・2)
バートランド・アーサー・ウィリアム・ラッセル(1872・5・18−1970・2・2) 人柄や知力などを云々する前に、まず長生きした人だということに惹かれる。プロフィールにも書いてあるが、私の尊敬する人物は「仙人」であって、なぜかというと仙人が不老不死だからである。長生きする学者は必然的に現世でのあこがれの対象となりうる。 ...続きを見る

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2011/01/31 16:23
ピエール・ジョセフ・プルードン(1809.1・15−1865.1.16)
ピエール・ジョセフ・プルードン(1809.1・15−1865.1.16) 中公バックスの世界の名著シリーズの53巻の「プルードン バクーニン クロポトキン」の始めのほうのプルードンについての解説だけ、寝床で読んでみたのだが、結社を否定しているというところでまず驚いた。なんでも、プルードンは「無条件で平等を主張するのは愚の骨頂だ」といって、平等に最重点を置く強権的社会主義者や共産主義者とは全く立場をことにしているらしい。ルイ・ブラン(1811−82)が「自由・平等・友愛」のスローガンを「平等・友愛・自由」にすり替えたことを痛烈に批判している。何よりも、まず「自由」の確保... ...続きを見る

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2010/12/15 16:22
エピクテトス(55年頃−135年頃)
彼はストア哲学の源流に帰ろうとし、ソクラテス(BC470−399)やシノペのディオゲネス(BC400−325)の生き方を手本としたといわれる。ディオゲネスは「樽のディオゲネス」とも言われ、その「無所有の幸福」の考え方が後のストア派の思想へとつながっていった。逸話では「私がアレクサンドロスでなかったならディオゲネスになりたい」と、アレクサンドロス大王(BC356−323)に言わしめた人物ということになっている。昼間からカンテラをかざして「どこにも人間はいない」といったり、「私は犬だ」といっては人々... ...続きを見る

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2010/08/25 15:27
アントワーヌ・ラボアジエ(1743−1794)
科学者であって、運の悪いことに処刑された人というのは、相当珍しいのではないだろうか。彼に容疑を掛けるのに尽力をしたというのは、かつて火に関する自説をラボアジエにけなされたことのある化学者のジャン・マラー(1743−93)だったそうだ。マラーは、はじめロンドンで開業医をしていたらしい。アカデミーに論文を提出したが、実験もしていない憶測のないように過ぎないものだったので、学会に審査を依頼されたラボアジエが承認しなかったということだ。マラーは後に革命派に入るが、暗殺された。 ...続きを見る

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2010/07/25 09:59
脅威のスーパー顕微鏡。
夢のようなスーパー光学顕微鏡を発明して、およそ100年も前に始めて肉眼でウイルスを見たと主張していた人が、米カリフォルニアのロイヤル・レイモンド・ライフ(1888−1971)という人だ。近年になるまで、全く知られていなかった人らしい。光学顕微鏡で、倍率3万倍以上、最高6万倍というから、本当であったなら、現在の水準としても驚異的だ。おそらく事実だと思うが、現在の日本では、相当の大病院の研究室などでも、倍率5千倍を超える光学顕微鏡など置いてないのではなかろうか。 ...続きを見る

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2010/06/23 17:45
バレリー 無名性の思考
フランスの詩人ポール・バレリー(1871−1945)の自伝を調べて、かなり興味を覚えた。19歳の頃、恋愛(思想)に敗れて意気消沈したのを克服するために、あらゆる心的な動きを数学的な解析で処理することにより、自分自身をより透明で剛毅な存在に仕立てようとしたそうだ。当時の世相というものもうかがい知ることができる。時代は1890年だ。失恋のためというのは表向きのいいわけであって、本人には何か別の深い考えか思想というものがあったのかもしれない。ちょうど何事も金銭目当てで行なったといえば世間を納得させるこ... ...続きを見る

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2010/06/05 12:10

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