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みんなの「ヨーロッパ」ブログ

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メデュース号事件
メデュース号というのは、ナポレオン時代のフランス海軍のフリゲート艦の名前だ。イギリスから返還されたセネガルへ向かう途中、モロッコ付近で船が座礁し、救命ボートに乗り切れなかった150名をいかだに載せて曳航したが、間もなくロープを切り離したというものだ。150名のうち生き残ったものはわずか15名だったそうだが、15名も生き残ったから歴史に残っているのか、全員死んでしまって歴史の闇に埋もれてしまっている例のほうが多いのかはわからない。この事件の場合、生存者のうちの2名が冊子を刊行したことで全容が明らか... ...続きを見る

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2017/08/02 14:07
『ソシュールと言語学−コトバはなぜ通じるのか』を読んで
『ソシュールと言語学−コトバはなぜ通じるのか』を読んで フェルディナン・ド・ソシュール(1857−1913)といえば、現代言語学の創始者などといわれるのが常である。しかし、実際には、当時いまだ南北戦争を続けていた未開発の新興国家であった合衆国のプラグマティズムの祖チャールズ・サンダーズ・パース(1839−1910)の言語論のほうがはるかに緻密で完成されたものだったという。パース本人はだれが見ても不愉快な人物であったらしく、アメリカ国内でも長い間相手にされなかったようだ。そうしている間に風聞が固定してしまったものと思われる。戦後になってもパースは数学者... ...続きを見る

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2017/03/04 09:07
無法地帯の平和
デンマークの首都コペンハーゲンに「クリスチャニア」という風変わりな地区がある。もともとは軍の所有地だったらしいが、近所の住民が勝手にフェンスを壊すと、どこそこからヒッピーたちが住み着いた。 ...続きを見る

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2017/03/01 16:41
『デカルトの旅 デカルトの夢』を読む。
『デカルトの旅 デカルトの夢』を読む。 1989年に岩波書店から出された本の文庫化だ。2014年の文庫化に当たって筆者の田中仁彦氏は、「本書がはっきりとその誤りを否定した諸権威は今も相変わらず健在のようである」と書かれている。どこもかしこも旧体制が復活している。医療機関だけではないようだが、学問の研究世界は、まだ世間の金満勢力とは少し距離を置いているだろう。間接的なつながりは消しようもないのだろうが。 ...続きを見る

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2017/02/04 09:32
『ケルト神話の世界(上)』を読んで
『ケルト神話の世界(上)』を読んで ケルト人というと、どうもイメージはイギリスだが、歴史をさかのぼれば元来のアジトは今のスイスあたりにあったらしい。古中央ヨーロッパにやや広がったころのケルト社会を特に「ラ・テーヌ文明」とも呼びならわしている。さらにヨーロッパ全域へ広がり、最盛期はヨーロッパ全体の三分の二を占めていたという。農耕においても産業においても、ローマ人よりも進んでいたというのが、筆者のヤン・ブレキリアンの説。ちょうどギリシャ世界が華やかだったころと同時期に最盛期を迎えていたらしい。ウィキによると彼らは元中央アジアからやって... ...続きを見る

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2017/01/07 09:51
アメリカ人の気質について
ふと、イギリスの哲学者モーリス・クランストンの『自由』という岩波の新書本が目についた。かなり昔に購入した書物で、当時430円だったらしい。英国版の初版は1953年に出ている。日本の初版は1976年だ。1982年の終わりころ購入したが、字が細かすぎるので嫌気がさしてそのままにしてあったものだ。 ...続きを見る

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2016/08/14 08:39
『ドイツ高射砲塔』
『ドイツ高射砲塔』 久しぶりに軍記ものだ。といっても防衛の方だが。ベルリン、ハンブルグ、ウィーンの三都市に、それぞれ3,3,2か所に設けられた。ベルリンの3か所とハンブルグの1か所のものがもっとも古く巨大なものであった。厚さ2.5メートルのコンクリートの壁で、いざとなれば3万人収容の防空壕になるものでもあった。このような施設をもし日本で作ったと仮定しても、相応の期間内に地震で破壊してしまっていただろう。コンクリートは振動にはめっぽうもろい構築物だ。2012年に出版されたもので、ずいぶん戦後長いこと経っているような気... ...続きを見る

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2016/06/18 09:23
『アブロ・ランカスター爆撃機』を読んで
『アブロ・ランカスター爆撃機』を読んで ドイツ最後のビスマルク級の巨大戦艦であったティルピッツを重量6トンのトール爆弾で撃沈したイギリス空軍の4発重爆撃機だ。 ...続きを見る

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2016/02/13 09:12
『天界と地獄』
『天界と地獄』 スウェーデンボルク(1688−1772)の英訳本を抄訳したものだという。原著はラテン語で書かれた500ページを超える大著だという。今では彼の名はかなり広く人口に膾炙していると思うのだが、私が学生の頃は全くと言ってよいほど無名な人間であって、教科書や参考書にはその名が載っていることなどなかった。実在の人物かどうかさえ疑われていたかもしれない。テニスのプレイヤーのビヨルンボルグのほうが有名だったように思う(私自身、彼のニュースでスウェーデンボルグの名を初めて聞いたような気がしている)。スウェーデンの... ...続きを見る

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2016/01/30 09:56
「633爆撃隊 ラインメイデン作戦」を読んだ。
「633爆撃隊 ラインメイデン作戦」を読んだ。 「ラインメイデン」とは「ラインの乙女」という意味だが、ナチスが開発をもくろむ、高性能地対空ロケットのことだそうだ。フレデリック・スミスという英国人の著作。1939年にイギリス空軍に入隊したそうだ。本書はノンフィクションだが、やや小説めいたところもある。どの道細かいところは極秘機密であったはずであるから、真相など到底わからないだろう。ペーネミュンデのVロケット基地のほうはかなり有名だが、それでも真相ははっきりしないだろう。 ...続きを見る

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2016/01/10 15:40
『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』という本をよむ
『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』という本をよむ 楽天の週間ベスト3とか何とか言うので取り寄せてみた。大体人気のある売れ筋の本というのは、根拠薄弱な妄想の類であることが多い。現実の世界は案外ルーチンワークで夢の実現なんていうことは起こりはしない。アメリカン・ドリームなどといっても、生まれた時点ですでに過半数の人間はただ社会を維持するためのみの存在者であらねばならないことが定められている。ガンジーが『一人にできることは万人に可能』などといっても、本当に万人に可能なのではない。現実の世界が夢の実現を阻んでいるから、現実離れした夢物語がはやる。 ... ...続きを見る

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2015/09/19 09:19
『エニアック 世界最初のコンピュータ開発秘話』を読んで
『エニアック 世界最初のコンピュータ開発秘話』を読んで 以前、フォン・ノイマンの話をしたとき、彼がおそらく史上最高の高知能の持ち主だったかもしれないという話をしたと思う。ノイマンに好意的な人々はもちろん今でも彼がノイマン型コンピュータの発明者だと言うことを疑ってはいないだろう。しかし、本書の帯には「ノイマン、お前だけは許せない」といささか物騒なことが書かれている。私はどうもノイマンにはマジシャン的なところが逢ったのではなかろうかともいった。本当に頭の回転が速かったというよりも、むしろいたずらが好きな性格だったのではなかろうかというわけである。純情可憐... ...続きを見る

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2015/08/09 09:26
「撃墜王列伝」を読む
「撃墜王列伝」を読む こういう人たちの伝記を読むと、世の中には戦闘を好む気質のものもかなり存在しているものだとつくづく実感する。それは今も昔も変わりないものである筈なのだが、あたかも人々は世相が変化したものであるように受け取る。人々が現実にあったと思い込んでいる過去は今や解釈による想像の産物なのであるが、こうした想像の世界がかつては眼前の今の世界と同じようにあったものとみることに問題がある。過去における自分自身の歩みを回想する場合でも同じだ。 ...続きを見る

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2015/07/12 10:42
ナチスと安楽死計画(その1)
ナチスと安楽死計画(その1) 『ナチスドイツと障害者「安楽死」計画』という本を読んでいる。本書の日本語訳が上梓されたのは1996年の8月25日となっているからもう20年近くたつのだが、世間の雰囲気はいまだナチスが考え出した計画だとなっている。アメリカ生まれのアメリカ育ちらしい筆者のヒュー・ギャラファーは19歳の時ポリオを患い、成人してからはずっと車いす生活だそうだ。子供のころは車いすの人を見るとある種の恐れというものを感じていたが、実際に自分がそうなってみると、どうということもないことであったことに気が付いたらしい。まあ、病... ...続きを見る

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2015/03/08 16:54
『ロシア・ロマノフ王朝の大地』その2
『ロシア・ロマノフ王朝の大地』その2 さて、前回急遽2回分に分けて投稿することにしたのだが、国造りの歴史などというものも、人生と似たり寄ったりで、初めのころのほうが面白い。冒険の人生のほうが成功しても失敗しても、平凡でつつがない人生よりは楽しく有意義なものに思える。そうした一連の冒険は年を取ってからではできはしない。 ...続きを見る

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2015/02/06 14:36
『ロシア・ロマノフ王朝の大地』その1
『ロシア・ロマノフ王朝の大地』その1 2007年に講談社から出された興亡の世界史シリーズの第14巻だ。いかにも北欧風の青味のかった白塗りの建築群が口絵を飾っている。やはり世界最大の国土を要するものは、それだけで史上最大の富を誇る。金目のものといえば文字通り金銭くらいしかない戦後日本や米国の叶う相手ではないという印象だ。 ...続きを見る

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2015/01/31 16:01
第三帝国の時代。
第三帝国の時代。 前に少し述べたが、「第三帝国」という言葉を最初に用いたのは、12世紀のイタリアの神学者ヨアキム・デ・フローリス(1145頃―1202)である。フローリス修道会を設立したことで名を残しているがこの修道会自体は細々として17世紀には消滅したらしい。世界史の流れを三位一体論に基づいて解釈し、第1期を「父の国」の時代、第2期を「子の国」の時代、そして第3期を「聖霊の国」の時代とした。第1期は律法の下に俗人の生きる時代であり、第2期はキリストの下に聖職者が聖肉の間を生きる時代、第3期は自由な精神の下に修道... ...続きを見る

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2014/10/25 08:59
「傭兵の2千年史」を読む。
「傭兵の2千年史」を読む。 明治大学教授の菊池良生氏の書いた講談社の新書本で、取り扱っている歴史の舞台は「神聖ローマ帝国」で読んだものとあまり変わらないという感じだが、物の見方でこうも事物に対する印象が変わるものであるということに強い印象を受けた。 ...続きを見る

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2014/10/05 10:22
エスペラント語について
エスペラント語について 岩波新書の『エスペラント』という本のおしまいの方に、「おそらく現在多くの言語学者たちは、『世界言語を創作しようという人々に共通しているのは、どうしようもなく夢想的で子供っぽい思い付きをするんだろう』と感じているに違いない」という風なことが書かれていた。最初の世界言語の発想というものからして、夢かうつつかわからない眠れぬ夜にやってきたものだそうで、それは1879年の3月31日に、ドイツ人のカトリック牧師であるヨハン・マルティン・シュライヤー(1831−1912)の脳裏を訪れた。エスペラントに8年先... ...続きを見る

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2014/09/07 12:53
『白い死神』を読んで。
『白い死神』を読んで。 1939年11月、第一次ソ連―フィンランド戦争(冬戦争)時代の英雄シモ・ヘイへ(1905−2002)の話だ。一人で542人(ウィキには「確認戦果505名射殺」とある)のソ連兵を狙撃したのが「死神」と呼ばれた所以なのだろう。実際にはサブマシンガンの名手でもあり、こちらも合わせると1000名かそれ以上を射殺したといわれている。本書の冒頭が「罪の起源」で始まるのもそうしたわけだろう。戦いの歴史は遺伝子に刻まれ、やがて必然的に国家というものを形作った。「国家の最も重要な使命は暴力の独占だ」というのが、筆... ...続きを見る

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2014/08/24 07:05
ノルウェー語について
ノルウェー語について タメット氏の本の中にノルウェー語は切り立ったフィヨルドの風景だというのがあった。あれから大体1年くらいたつが、ようやくCD付きの簡易本を購入する気になって、『ゼロから話せるノルウェー語』(青木順子著)という本を注文してみた。この前やすいからという理由でスワヒリ語を買ってはみたものの、あまり系統だった書物ではなかったのでやや不満だったが、今回のものの方が面白そうだ。カバー写真を見る限りでは、ハワイの隣に位置するのがノルウェーみたいだ。まあ、近所といえば近所みたいなものなのだろうか。北極星どころか、... ...続きを見る

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2014/05/31 16:54
ネオナチ議員誕生へ
ヤフーのニュース記事を見ていたら、あちらでは極右のネオナチ議員誕生とあった。日本界隈のように、通念に反するものは常に完全否定する地域とは全く異なっていることがわかる。包容力とかスケールの大きさといったものを感じる。 ...続きを見る

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2014/05/27 16:40
「死の家の記録」を読んで
「死の家の記録」を読んで ドストエフスキーの小説というと、くどくどとした回りくどい粘着質の文体という印象を持っていて、もともと小説というジャンルの世界があまり好きでなかったのに輪をかけてうんざりするタイプのものだと思い込んでいたが、意外と読みやすい。とはいえ特別面白いというほどのものではなかった。やはり書物は科学ものの方が面白い。文学はもこもことしていてはっきりしないのだが、内容の方も題名から受ける印象とは大いに異なり「シベリアよいとこ一度はおいで!」とまではいかないにしろ、まず序章にして「人生の謎を解くことのできるもの... ...続きを見る

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2013/12/18 16:54
スイスでベーシックインカムの国民投票が行われるらしい。
スイスでベーシックインカムの国民投票が行われるらしい。 先月10月8日の記事だ。アメーバピグからのコピペ。http://news.ameba.jp/20131008-123/ ...続きを見る

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2013/11/08 10:34
ベニート・ムッソリーニ(1883.7.29−1945.4.28)〜@
ベニート・ムッソリーニ(1883.7.29−1945.4.28)〜@ 清水書院の同名の本を読んでいる。「人と思想」シリーズの一冊だ。 ...続きを見る

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2013/09/16 14:23
教育とは暴力の一種である
フランスの社会学者ピエール・ブリュデュー(1930−2002)に「象徴的暴力」というのがあるらしい。大衆なんていうのはどのみち愚劣な性向だから、論理的な習い事は大嫌いであるに決まっている。だから彼らのきらいな学校教育を押し付けるのは暴力みたいなものだという。 ...続きを見る

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2013/09/01 16:44
石造りは木造建築よりも地震に強い
石造りは木造建築よりも地震に強い まず一般の通念としては真逆に思われているだろうが、実際のところを調べてみると、例えば関東大地震の際に倒壊した石造りアーチ建築の橋などは一軒もなかったのに、木造の橋はあちこちで壊れた。まあ、建造費が極安で、そのうえ建築期間がそれ以上に短いときているから、コスパでいったら木の橋の勝ちかもしれない。 ...続きを見る

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2013/07/18 10:58
言語と思考
言語と思考 言語学者ガイ・ドイッチャーの『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』を読んだ。政治家グラッドストーン(1809−98)の「ホメロスとその時代」という厚巻な著書について書かれているのが興味深い。グラッドストーンの結論では、古代ギリシャ人たちはひどい色音痴であって、ほとんど白黒に近い世界しか見ることができなかったそうだ。古代ギリシャ人の好んだらしい表現に「犬に誓って」というものがあるが、まさに彼らの見る世界も縦長の犬が見る世界のように色彩がなかったのだろうという。インターシフトという会社から出ている... ...続きを見る

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2013/06/29 07:02
アメリカ独立戦争
アメリカ独立戦争 アメリカといっても、ブラジルとかアルゼンチンといった南米諸国でも、メキシコのような中南米でもなく、北米のイギリス植民地の独立をさしている。北米植民地の独立などと称しているが、独立したのはヨーロッパから移民した多民族で、現地に古くから定住していた民族ではない。まあ、世界各国歴史に残った大国というのは、多かれ少なかれ他民族を吸収したり絶滅させたりして育ってきたものではあろうが、近代に入ってからこういう形で他文化圏が領土を獲得していったケースはほかに例がないだろう。もっとも、北米には土着の国家などとい... ...続きを見る

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2013/06/09 16:18
現代思想について
現代思想について とりあえず舞台を西欧に限定すると、大体ニーチェからが現代思想の始まりであると思う。ニーチェが「神は死んだ」というのは、つまりは絶対的主権者の否定であって、あらゆる人間は相対的に存在するというほどのものなのだろうが、そのために能力に劣るものは以前よりみじめな暮らしを送る羽目にもなった代物である。ニーチェ以前にも、ショーペンハウエルがインド哲学を取り入れたことなどがあるから、決して西欧に限定されていたものとは決めつけられないだろうが、世界大戦以降になって振り返ってみると、まるで世界の歴史の中で欧米が... ...続きを見る

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2013/04/05 16:07
ピラミッドの戦い〜ナポレオンの戦役A
ピラミッドの戦い〜ナポレオンの戦役A ロディ橋の戦い以降もイタリア戦役は続いたが、1797年10月にオーストリアとの間でカンポ・フォルミオの条約が結ばれ、これで一時休戦となったので、ナポレオンはパリに凱旋した。 ...続きを見る

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2013/03/07 14:12
ロディ橋の戦い
ロディ橋の戦い 「ナポレオンの戦役」(ローラン・ジョフラン、2011)という本の第1章に書かれていた戦いである。ナポレオン・ボナパルト(1769−1821)の最初の戦役だ。この戦いの勝利によって、ボナパルトの名声は大いに高まり、伝説の域に達したが、それは彼の戦術の妙によるものというよりむしろ宣伝の妙によるものであった。ちなみにこの本は大変な直訳形式で翻訳されているらしく、フランス人にとっては理解しやすい表現なのかもしれないが、日本人にはそう滑らかに意味が汲み取れない個所も多そうな印象である。最も読み手の忍耐力如... ...続きを見る

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2013/02/28 11:19
下がらないユーロ通貨価値
下がらないユーロ通貨価値 散々騒がれたユーロ圏危機だが、思ったほどユーロ通貨の価値が下落したわけではない。日本では円の独歩高が続いてきたから、ユーロの値下がりが目立ったといえそうだが、それでも1ユーロ120円の頃と比べて3割も値下がりしていない。対ドルではまったくといってよいほど下がっていないようである。 ...続きを見る

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2012/12/07 15:56
『原爆の父オッペンハイマーと水爆の父テラー』を読んで〜前編
『原爆の父オッペンハイマーと水爆の父テラー』を読んで〜前編 あまり面白おかしく書かれている本ではなかった。やはりこの手の本は多少なりとも物理学を研究した人間の手になるものでないと、文章に現実味が表れてこないのかもしれない。どうも筆者の足立壽美は医学部精神科だという。 ...続きを見る

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2012/11/25 16:44
地中海に浮かぶ船
地中海に浮かぶ船 「透明度が高すぎて浮いているようにしか見えない地中海の画像」というのを見たけれど、普通、船は水に浮いているのだから、「空中を浮かんでいる」という形容をつけなければ意味がない。ぼんやり眺めていると普段見慣れたイメージとは違って、船が空中を飛んでいるようにも見える。非常に海の澄んでいるイタリアのランペドゥーザ島で撮られた写真だという。 ...続きを見る

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2012/04/17 17:39
『カブラの冬』
『カブラの冬』 副題に「第一次大戦期ドイツの飢饉と民衆」とある。「カブラ」とあるからなにか地名のことかと思ったら、植物のカブラの一種で、日本でも一時食料用に栽培しようとしたが、まずくて食べられないので、飼料用とされていたものだが、ドイツでは今も一般にニンジンなどと一緒にして食べられているともいう。それはどうだか知らないが、和名はカブハボタンもしくはスウェーデンカブ、英語名はルタバガというアブラナ科の食物だ。 ルタバガ↓ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82... ...続きを見る

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2012/03/30 16:08
鬼は外福は内の慣習
鬼は外福は内の慣習 日本では節分の日にまめまきをしながら「福は内、鬼は外」と唱えるのが古来一般的だとされていた。季節を分けるというので、毎年の立春の日の前日に行う慣わしだ。元来は年4回あったものだそうだが、江戸時代以降ひとつに統一されたという。この慣習は西欧でもあって、オーストリアでは12月21日の「トマスの日」以降の12日間「福は内、鬼は外」に相当する文句を唱えながら、家の中に聖水をまいたり紫煙を燻らすという。冬至のころから新年にかけての神秘の12夜、ラウフネヒテの始まりである。アドルフ・ヒトラーの実家でもこまめ... ...続きを見る

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2012/02/03 16:57
欧州危機はヘッジファンドのたくらみ?
欧州危機はヘッジファンドのたくらみ? ギリシャがだめと分かると、次はイタリアだったが、イタリアが破綻するはずのないことは誰でも分かりそうなことだ。それでも、人々を不安な気持ちにさせるものは明るい報道よりも扇動されやすい人々の好奇心をひきつける。果たして、イタリアに関しても、現実はうわさの域を出なかったようで、今度は急いでスペインへ飛び火した。もう3回目ともなれば、「いい加減にしろ!」という気持ちにもなってくる。 ...続きを見る

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2011/11/12 10:30
ギリシャ国家について
ギリシャ国家について テレビで、ギリシャ国民の一日というのをやっていた。だいたい朝食はとらないで、朝の7時30頃から昼の1時30まで働き、それから2時間かけて昼食の後昼寝をして、夕方は自由時間。その後夕食を済ませて寝るといった生活で、労働時間が6時間と長いことを除いたら、ほとんど古代ローマ市民の生活と変わらないほどだ。公務員が湯水のように金を使うので、国民が6時間も働かなければならないと見るべきで、本来ならばこれほど多くの時間を人間は労働に費やすべきではないものと思う。それでも、過労死などといった下らない生活習慣病み... ...続きを見る

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2011/11/06 16:25
ギリシャの一人勝ち?
ギリシャの一人勝ち? ユーロドルが上がりだした。ギリシャ問題はまだ解決したわけでもないと思うが、どうもよくわからない。2週間前に101円だったものが、朝方見ると、もう107円台になっている。この前、スロヴァキアの市民が「われわれより金持ちで豊かな国をどうして支援する必要があるんだ」などといっているのをテレビで見たばかりだが、このままうまくいったら、のんびりギリシャの一人勝ちみたいなものだと思う。 ...続きを見る

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2011/10/15 09:32
ドミトリー・ショスタコービッチ(1906−1975)
ドミトリー・ショスタコービッチ(1906−1975) 机の引出に、ショスタコービッチの交響曲9番が入っていたので、3年ぶりくらいに聞いてみた。CDプレーヤーが壊れてしまっているので、音量は出ないがパソコンで聞くことにした。それでも、やはり現代音楽では一番面白い曲だと思う。この曲は1945年に上演されたが、第2次大戦中、ショスタコービッチはユダヤ音楽に傾倒していて、この極のフィナーレを飾る後半部分には、ユダヤ人にははっきりそれとわかる形でユダヤ音楽が取り入れられている。というかこの部分は、グスタフ・マーラーの交響曲4番にそっくりである。 ...続きを見る

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2011/08/03 16:52
スウェーデンの現実
スウェーデンの現実 福祉国家ということで、やたらとスウェーデンはすばらしく行き届いた国だというようにマスコミが喧伝する。年金生活の老人には天国だ風なことをいうから、この点については全くその通りなのだろうなどと思っていると、ものには例外というものがあって、貧しいものはやはり日本以上に貧しいようである。社会保障制度が行き届いているために、何とか食べてはいけるが、その分本人は余計にみじめであって、なぜかというと、日本人以上に近所の住民の気遣いが行き届いて人情の温かい国というのはそれほどないからだそうだ。高い税金のため、若... ...続きを見る

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2011/05/22 15:55
メシヌの屋根―最大の化学爆弾
メシヌの屋根―最大の化学爆弾 ベルギー西部の都市イーペルの近郊で行われた。第1次大戦の西部戦線で起こった「第3次イーペル会戦(パッシェンデールの戦い)」(1917年7月末〜11月)の前哨戦で為された軍事作戦において、塹壕地下室に潜んでいたドイツ兵1万人がこの破壊工作によって一瞬に死亡した。イギリス、ANZAC(オーストラリア、ニュージーランド連合軍)、カナダ、南アフリカの5カ国連合軍はこの工作に2年半の歳月を掛けた。爆破に当たったのは、イギリス第2軍で、合計21個の巨大な地雷を地下30メートル以下に、それぞれセットした。行動... ...続きを見る

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2011/04/09 17:15
ラント(land)――ドイツの行政区画
ラント(land)――ドイツの行政区画 アメリカの[state]やスイスの[Kanton]と同じく「州」と訳されている。連邦制国家の支分国あるいは支邦のことであるが、独自の憲法と立法・司法・行政権を持っている点で、日本などのような単一国家とは大きく異なる。近年はどの連邦国家でも、州邦に対する内政干渉の度合いが強いので問題視されているようだ。 ...続きを見る

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2011/03/23 16:50
築城の名手セバスチャン・ヴォーバン(1633−1707)
城の歴史を調べているうちに、近代攻城戦の歴史の中ではもっとも偉大であるという人に出くわした。従来の城のイメージを一新して、函館五稜郭に見るような背の低い築城法を完成させた人だという。大砲の発達によって、高さのある天守閣を擁する従来の城は格好の標的となったため、出来るだけ施設を低く構え、城壁は衝撃を吸収できるような土を基本とした分厚いものとなっていたが、これに「稜堡」という角張った出っ張りを周囲につけ、死角をなくすように星型をした城砦の頂点に設置した。近年彼の築城したフランスの12箇所の要塞は世界... ...続きを見る

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2011/03/09 16:36
城塞都市について 中世イギリス
城塞都市について 中世イギリス 城塞都市といえば脳裏に浮かぶのが、赤茶色の屋根の街をおおったクロアチアのダルマティア海岸のドゥブロヴニクであるが、今でも中世の雰囲気をとどめたまま人が住んで活動しているというのが興味深い。などといっているのは外国から対岸の火事をのんきに眺めているおめでたい観光客であって、当の住民たちは最近まで大変であったらしいが。 ...続きを見る

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2011/02/27 16:39
エトルリア人とリディア王国
エトルリア人とリディア王国 リディア王国といえば、世界で始めて貨幣を使用した国として有名である。ギリシアの歴史家ヘロドトス(前5世紀頃)によると、また世界で始めてさいころを発明し、すごろくゲームのかもし出す不思議な魔力に王国の民を浸らせることによって、18年間に渡る飢饉を無事脱出させたということである。即ち、最初の1日は食事をし、次の日にはすごろくをやることを命じて、これを繰り返させた。現在のように、景気がはかばかしくないからといって、公共事業を乱発するようなことはせずとも、さいころに国民を夢中にさせておけば、ただで不況を... ...続きを見る

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2011/02/17 16:47
ローマ王政時代の国王。
なぜ王政時代の王が7人なのかというと、一週間が7日というのもあるが、それよりも、ローマの丘が7つあるからではないかと考えた。ローマ7丘は、北に3つ、南に3個、西に1個という配置である。北の西側から地図上で時計回りに、@クィリナリス、Aヴィミナリス、Bエスクィリヌス、Cカエリウス、Dアヴェンティヌス、Eパラティヌスと、街全体の中央西の脇にある小さなFカピトリヌス丘であって、ローマ7丘で最も高い海抜50メートルほどのこの丘には神々の神殿が祭られた。後の前390年に、ローマが開国以来初めての壊滅状態に... ...続きを見る

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2011/01/16 15:16
ローマ王政の始まり。
ローマが誕生してから7人の王政を経て、紀元前509年に、ローマは共和政になるが、もうそれ以降は伝承的要素はあまりなくなる。王政時代といっても、ローマの王は市民集会で選ばれ、元老院が承認する慣わしであって、その点は近代ヨーロッパのものと大して違わないと思うが、人気が終身であった。そうして、王の政策の成否を決めるのは、市民集会による投票であったようだ。だからいったん王が決まると、もう元老院の役割はなくなったそうだ。元老院は100人の長老からなる評議会であったというが、こういう制度であると、一般市民の... ...続きを見る

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2011/01/05 16:10
ローマの誕生
古代ローマがどのようにして築かれてきたかということをみることによって、歴史が戦闘というものを通して発展してきたことと、個々人の独立した意識も社会の発達とあわせて、未開の状態から近代的な状態へと開花されてきたのだということの確認をして見たい。つまり古代社会の人間の心が個々人で独立して存在していた可能性は極低く、構成員の職業が同じならば、その職業に従事する人間の心も同じで、彼らは集団で独りのような状態にあったのではなかろうかという、前もって立てた前提が正しいかどう確認しようというのである。多分個々人... ...続きを見る

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2011/01/02 14:56
「ヒトラーの経済政策」
この本にはかなり驚いた。前々回、ドイツのハイパーインフレについて調べていたときに、たまたまナチスドイツの社会保障政策のことが出てきて、すでに80年近く前に、アスベスト対策についての条例まで交付していたというのを見て、「そういうおもいやりのようなものがあったから、ワイマール共和国のような、民主主義の鑑といわれたほどの長民主主義国家の普通選挙で第一党を占めることができたのだという一面のあることことを知った。詳伝社新書から出ている本で、昨2009年の4月に第一版が出ている。ずいぶん売れているらしいが、... ...続きを見る

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2010/12/29 17:02
神と国家
大杉栄もバクーニンやクロポトキンの影響を受けたそうだが、彼のものなら、もう25年ほど前に目を通していた。そのときは左よりの人間という印象しか持たなかったように記憶しているが、今改めて読み返してみると、まったくの自由主義者の意見としか思えない。当時は、多分今でも多少はそうであると思うが、時代の雰囲気に呑まれていたのかもしれない。マルクスに近いというよりは、極端な言い方をすると、夏目漱石などの自由思想家に近いような印象さえ受ける。1820年の『新秩序の創造』の中で、「僕らは今の音頭とりだけが嫌いなの... ...続きを見る

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2010/12/19 15:11
アナーキズムについて
社会主義とか共産主義とか、結構調べてきたが、考えてみたら、そもそも無政府状態でいて、なぜ軍隊が必要な状況にならないのであろうかという分析が十分でなかった。無政府状態といっても、町内会的な自衛団などというものは当然必要だろう。突発的な事故はどうしても起きる。無政府状態が即カオス的な混乱状態を引き起こすという、決め付けたような前提は、いただけないと思う。教科書的な本にはそう乗っていると思う。元来が、「国家をなくそう」という主張なのだから、何とか阻止しないと政府としては困るわけだから、当然否定的な話を... ...続きを見る

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2010/12/12 16:40
社会主義の成立 その10 〜新経済政策〜
1921年の3月に、レーニンは妥協策として、共産主義に資本主義経済の市場原理を導入した「新経済政策」(NEP)を始める。もともとレーニンが社会主義を始めるに当たって、彼が廃止しようとしたものは資本主義における商業活動だけであって、農業や工業の全面的な改革というものではなかったようである。それで、商業の社会主義化といっても、企業分野における貨幣の流通については元のままにしておいて、国民の必要とする消費分野においてのみ貨幣の流通を廃止して切符制度を導入しようというものであったらしい。国民の購入するも... ...続きを見る

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2010/12/05 16:05
社会主義の成立 その9 〜ドイツ共産党〜
「余は大西洋提督とならん。貴殿は太平洋提督となられよ」、ドイツ国王ヴィルヘルム2世は9歳年下のニコライ2世にこう語ったといわれる。ニコライ2世自身もウィヴィルヘルム2世とは遠い血縁関係にあったが、皇后のアレクサンドラがイギリスのヴィクトリア女王の孫に当たり、ヴィルヘルム2世と同様であった。皇后がいとこの関係にあったので交流していたが、ニコライの父のアレクサンドル3世は「あの男の真似はするな」と忠告していた。だからヴィルヘルムがしきりに満州進出を進めるのを本気にしていたわけではないに違いないのだが... ...続きを見る

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2010/12/01 16:15
社会主義の成立 その8 〜戦時共産主義〜
レーニンには他の政党に歩み寄ろうという気持ちは全くなかった。他の政党の主張することは、いつでも「躊躇と無気力と無秩序」に過ぎなかったからだが、それが幻想にすぎなかったらしいということは、1918年8月に、彼がエスエル党員のファーニー・カプランに狙撃されて瀕死の重症を負ったということからもわかる。農民には全くといってよいほど支持を得られていず、この事件についてほくそ笑む農民も多かったようだ。 ...続きを見る

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2010/11/28 15:27
社会主義の成立 その7 〜レーニンの革命〜
国内情勢が穏やかでないロシアであったが、中国領土獲得に関する野心は根強いものがあったようだ。最後の露土戦争では、勝利を得たものの、イギリスの介入で、実りはあまりよくなかった。南下政策にはヨーロッパの列強がまっているので、そう簡単に収穫を得ることが出来ない。東のほうならば敵はいない。それでぜひとも朝鮮がほしかったようだ。朝鮮には日本も目を向けているが、何とかなるであろうと考えた。まず、フランスとドイツと組んで日本が清国から獲得した遼東半島の返還を要求すると、素直に返還してきた。おまけに、喧嘩を売っ... ...続きを見る

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2010/11/24 17:02
社会主義の成立 その6 〜ロシア第一革命〜
ロシアは非常に未開の地であった。昔大黒屋光太夫(1751−1828)や高田屋嘉兵衛(1769−1827)は、その広大さに驚愕したそうだが、実際の国民生活レベルは江戸末期の日本の方がましだったようだ。彼らの目にはものめずらしさがプラスして異国のものがよく見えたらしい。彼らだけではなく、開国前の日本人はとに角好奇心が旺盛で、黒船の周りも見物客が押し寄せるので整理に大変であったという。 ...続きを見る

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2010/11/21 16:10
社会主義の成立 その5 〜第2インターナショナルとヨーロッパの社会主義〜
パリ・コミューン以来社会主義運動は下火となり、ロシアを除くヨーロッパ各国では、議会制民主主義の中で各国独自の社会主義政党を打ち立て、それぞれが独自に社会改革を推進していくにとどまった。そのため、軍隊の武力による弾圧ができず、かえって社会主義勢力は広まる結果となったのかもしれない。ロシアだけは皇帝一族による専制支配を続けていて、当時のロマノフ王朝は常に世界最大の富を一家で保有していた。だから、この国では、社会主義者の武力による弾圧は結構自由に行なわれていたようである。 ...続きを見る

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2010/11/17 16:04
社会主義の成立 その4 〜パリ・コミューン〜
今回はパリ・コミューンで、社会主義・共産主義が政府に弾圧されて失敗した話をする。多分このときの弾圧が頭にこびりついていたので、レーニンは暴力革命を選んだのだと思う。 ...続きを見る

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2010/11/14 16:08
社会主義の成立 その3 〜ドイツ社会民主党〜
先に述べたように、ドイツ社会民主党は、1891年10月にエルフルト綱領を採択すると、翌年にはドイツで最大の党にまで成長した。このエルフルト綱領は、エンゲルスの助言を得て、カール・カウツキー(1854−1938)とエデュアルド・ベルンシュタイン(1850−1932)がかいた。8時間労働日の規定などが盛り込まれたが、エンゲルス自身はこの綱領にはやや不服だったそうだ。 ...続きを見る

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2010/11/10 16:44
社会主義の成立 その2 〜労働者集会〜
この前、ナポレオン戦争が終わった頃のヨーロッパは、よほど社会が物騒であったので、国家を転覆してまでも世直し運動をする雰囲気であったか、さもなければ好奇心の相当旺盛であったのかという疑問を述べた。そこで思うのがやはり産業革命以降の労働者の生活というものだ。イギリスのチャーティスト運動などというものもある。その運動によりシャフツベリー伯など政治家の間にも労働者の状態に対して同情を懐くものも現れ、彼らの待遇改善に尽力することとなった。そうして出来たのが工場法であったが、1833年に漸く「幼児労働の禁止... ...続きを見る

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2010/11/07 15:38
社会主義の成立 その1 〜理想の国〜
釈尊なども仏教団体には原始共産制を課したらしいが、これは生産を禁じているので、社会形態とは呼べないだろう。最も、完全に生産活動を行わないというものも国家といえるのだといえばそういう意見も出てくるだろうが、国家組織というものはまず生産活動というものを行なう。 ...続きを見る

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2010/11/03 16:52

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