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zoom RSS 原爆投下について

<<   作成日時 : 2010/08/06 17:26   >>

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米内光政(1880―1948)に、「私は言葉は不適当と思うが原子爆弾やソ連の参戦は或る意味では天佑だ。国内情勢で戦を止めると云うことを出さなくても済む。私がかねてから時局収拾を主張する理由は敵の攻撃が恐ろしいのでもないし原子爆弾やソ連参戦でもない。一に国内情勢の憂慮すべき事態が主である。従って今日その国内情勢を表面に出さなく収拾が出来ると云うのは寧ろ幸いである。」といったというのがある。当時の日本政府は大体こういう思いであったろうし、日本軍の一般兵卒の中にも「広島や長崎の人たちには悪いけれども、お陰で戦争をやらずに済んだ」と内心そう思っていたものは案外多かったはずである。実際に赤紙の徴収を受けて、現地にかり出された者など、大体30歳以下で、当人たちに愛国心だとか義務感などといったものがそれほど強く存在していたわけでもないだろう。いやいや世間に迎合していたのは、石頭の親父がうるさかったからだけなのだろう。それが証拠に当時の成金連中の多くは、札束の勢いで徴収を避けていたらしい。当時の人々にとっては、新型爆弾のイメージというものは、ただ数がやたらと多いだけで軍事力自体は古くからあるだけのソ連軍などよりよほど印象深いものであった。それで、「原爆一発で終戦」などというとそのほうが強烈で後々まで強く印象が残るし、また雪だるま的に肥大してくるものがあるらしい。

日本がそのくらいだから、原爆投下の実行犯であるアメリカは、当然原爆を正当化していただろうと思うと、これが意外に反対派が多く、多数決なら通らなかったと思うほどだ。まず、アイゼンハワー将軍が大反対していた。彼は西部戦線でドイツ軍と戦った際の司令官であり、ソ連軍のそう戦力が恐ろしいものであり、核兵器の力を借りなければとても西側には対抗できないものだということを知っていた。それならば、日本に投下しておくことで、実際の威力を見せ付けておけば、かなり相手を封じ込めることが出来そうに思えるのだが、それでも「仮に多くの米兵の命を救うことになったとしても、このような野蛮な兵器を使用すれば、国際世論の反感を招くことは必定」とした。日本人は奇妙な人種であり、人間とサルの中間にあるといってもよい、などといわれていた時代に、どの程度の反感を招くものなのかわからないが、それでも、現在思われているように、アメリカ軍が平然と原爆を使用したのだというイメージとはひどく異なった印象を受ける。同盟国のヒトラーでさえ、「劣等人種である月の民の日本軍に、われわれと同じ太陽の民であるところの優勢人種のアングロサクソンがこれほどたやすく敗れるとは嘆かわしい話だ」などと慨嘆していた時代においては、意外とアメリカのものの見方は公平であったらしい。

ウィリアム・リーヒ海軍元帥(1875−1959)などは、「そもそも原爆は、爆弾などではなく、〈毒兵器〉なのである」といって、こんな新兵器を使用することは、国際法違反なのだ、ということを暗示していた。「降伏条件を少し手直しするだけで、日本はすぐに降伏するから、原爆実験など不要だ」と言っていたのは当時の国務次官のジョセフ・グルー(1880−1965)らしい。グルーは、ドイツ降伏後の1945年5月以降、何度かトルーマン大統領に‘天皇制を保障すれば日本は降伏するのだから’と訴えたが聞き入れられなかった。それで後になって「降伏が1945年5月、またソ連の参戦や原子爆弾使用前の6月か7月に行なわれたら、世界を救うことができたのだが」と述懐したそうだ。マッカーサー(1880−1964)も、「原爆投下についての相談は受けなかったが、もし受けていたら、不要だと答えた」と語ったそうである。

〈原爆神話〉といわれるものは、スティムスン陸軍長官の「原爆投下によって、100万人のアメリカ兵が救われた」というものだ。日本軍の強さを信じ込んでいる人にとっては、「内地戦になれば、ゲリラ活動によって300万人ほどの米兵が死ぬことになり、結果アメリカは日本と講和せざるを得なくなる」などという人もいるから、この話は逆に日本人受けを狙って考え出されたものかもしれない。ただし、スティムソンも原爆投下には気乗りしなかったらしい。しかし、軍人である手前上、軍事施設のみに限定して投下すべきことを主張していた。

1942年の9月に、マンハッタン地区におけるすべての軍事関係の施設の最高責任者に任命されていた陸軍工兵隊のレスリー・グローブズ将軍が、原爆投下を意識したのはドイツ降伏後間もなくのことらしい。翌6月の1日に、ジェームズ・バーンズ国務長官はトルーマン大統領に、日本に原爆を投下する旨を報告した。4月に新大統領に赴任したばかりのトルーマン(1884−1972)はマンハッタン計画については全く知らされていなかったので、原爆がどういうものかよくわからなかったらしい。オッペンハイマーやシラードなど多くの科学者の反対意見を聞いて、自分も反対したかったようであるが、ルーズベルトの意向でもあることだし、従わざるを得なかったらしい。


アメリカ内部にこのように原爆投下に反対の声が多かったにもかかわらず、これが投下されるようになったのには、イギリスの強い後押しがあったからだろう。イギリスのチャーチルは、原爆を「希望の光」と呼んで、これを世界の救世主とみなした。アメリカ人でありながら、ほとんどイギリス人と呼んでよいほどイギリス人気質のルーズベルトとはよく馬があったらしいが、元来アメリカ人気質のトルーマンは結局後々まで「反対しておけばよかった」と後悔していたらしい。後の朝鮮戦争に際しては、原爆使用を求めるマッカーサーを直ちに解任した。



なぜかこのことについてはアメリカは語らない。それほど人のせいにすることが格好悪いことなのであろうか?



追記:原爆、得に長崎の爆縮型ファットマンと物理学者アルバレズ氏との関連は深い。「恐竜絶滅の謎」にかいておいた。




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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
初めまして。
原爆とイギリスの関係を検索して辿り着きました。
もしこれが本当なのにイギリスに抗議しないのは”責任の押し付け合い”になり”連合国側に責任がある”事を認めてしまうからだと思います。
あと何より相手が欧州であり”白人国家” そして元々イギリスからの入植者がアメリカには多かったというのもあるでしょうね。
基本的にアメリカは若い国家ですし、欧州の伝統に対してはコンプレックスもあるのでしょう。
die Katze
2010/09/24 04:58
どうもコメントありがとうございます。

私は第二次世界大戦にアメリカを参戦させたのは、イギリスのチャーチル首相のたくらみがかなり影響していると考えています。日本の真珠湾奇襲なども、あれはルーズベルト大統領の陰謀だという意見もありますが、私はあれもチャーチルが考えたことなのではないかと思っているくらいです。細かいことは良く知らないので、ぼちぼち調べているところですが。なんと言ってもイギリスはジェームズボンドの国でしたから、情報操作とか陰謀の類は得意だったはずですね。

人種差別のようなものは、これはありましたね。「日本無罪論」のパール判事も、「同じ白人のドイツには決して原爆は投下しなかっただろう」などといっていたようです。けれど、ドイツは陸続きなうえに、地理的にも連合軍側に近いですから、投下はしなかったでしょう。しかし、劣等人種だとは決め付けていますが、一応は人間として扱っていたようです。特にアメリカの動きは、ソ連なども批判するかと思えば支援活動なども行うなど、いつもプラスマイナスの両面を持っているようです。ここが日本人には見られない魅力ですね。
whitehand(管理人)
2010/09/24 12:02

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