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zoom RSS 言語の獲得。

<<   作成日時 : 2010/08/17 17:37   >>

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『人間は生まれたときは白紙の状態(タブラ・ラサ)だ』といったのはジョン・ロック(1632−1704)であるが、長らく人間というものは白紙の状態から学習によって言語を学ぶものだということは当然のことと考えられてきた。この伝統的な考え方に異議を唱えたのが、ノーム・チョムスキー(1928−)である。彼は『プラトンの問題』を無視することが出来ないとし、想起説を再び持ち出した。遺伝子により内在された言語獲得プログラムをあらかじめ備えていればこそ、親が間違った話し方を子どもに教えた場合にも、子どもは正しい言語を話すのであるとした。

チョムスキーが、伝統的な『タブラ・ラサ論』に対抗して、『プラトン問題』を指摘したのは1950年代であり、それ以降伝統的な『タブラ・ラサ論』は下火になったというが、どうも私の受けた教育では、「言語の獲得は生得的な本能によるものではなく、後天的な学習で身につけるものだ』というようなものであったという記憶しかない。チョムスキーの遺伝子による内在モジュール説では、親の育った環境化にはない他の言語を子どもはなぜ獲得するかの説明がつけにくいというので、人気がなかったのかもしれない。

もしも言語というものがあらかじめ人間に与えられた状態で生まれてくるならば、いかなる言語も耳にすることなく育てられた子供は自発的に原初の『神授言語』を話し始めるだろうという実験なら、紀元前600年頃にエジプトのプサンメティコス王が2人の新生児を対象に行ったものがあるそうだ。スコットランドのジェームズ4世も同じような実験を1500年頃行った。彼らは、ギリシャ語やヘブライ語をしゃべったというが、どうもその後の観察データでは、発達初期において人間の言語に接しなかった子供達は、例外なく言語を全く持たないようである。しかし、あるものはギリシャ人と暮らしたのでギリシャ語を話し、あるものはヘブライ人と暮らしてヘブライ語を話したが、言語獲得の期間が過ぎるまで人間とはあわずに狼と暮らしていたものはきちんと狼後を話すようになっているようだ。サルと暮せばサル語を、チンパンジーと暮せばチンパンジー語を、イルカと暮らせばイルカ語を話すであろう。

それであるから、言葉そのものを遺伝によって引き継ぐのではなく、言語獲得のプログラムのようなものを引き継ぐのだろうが、プログラムを引き継ぐということになると、単なる学習による習得だか何だかわからなくなる。

チョムスキーの生得説は、現在スティーブン・ピンカー(1954−)の『モジュール遺伝説』というものに引き継がれている。知能その他に何の異常もないのに失読の症状だけを示すものや、神経症でもないのに人の顔だけがわからない顔認知の消失の症状を示すものの存在から、現在ますます言語が後天的な学習によるものではないという証拠が出されてきているという。言語学習遺伝子とやらも発見されてきたという。ウィキペディアによれば、FOXP2遺伝子などと呼んでいるらしい。多分。言語習得能力というのは、視覚獲得能力と同じようなもので、いわば賞味期限があるのだ。生まれたての猫に目隠しをして光が見えないように育てると、一ヵ月後にその目隠しをはずしても、その猫は全く目が見えなくなってしまう。何かスイッチのようなものがあって、刺激を与えることで発動するものがあるのだ。学習や経験というよりも、情報を受信しているのか、それとも、過去を想起しているのかもしれない。


ホモ・サピエンスは、ホモ・ネアンデルターレンシスと比べて、そのあごやのどの解剖学的な構造から、5倍ほども速くひとつの音を発生できたと考えられているそうだ。5倍も速く情報を伝達されたのでは、両者が縄張り争いでもした場合、到底共存はできない。言葉のようなものを使って思考する場合も、5倍は速かったと思われる。以前はネアンデルタール人はサピエンスの祖先ではないという説が圧倒的であって、1967年に、ウィリアム・ハウエルズという人が単一起源説を唱えて以来、何年か前まではそれは確実だという風になっていた。ネアンデルタール人のDNAを分析した結果、現代人とは全く異なることがわかったからだが、もしかしたら単一起源説の前提がおかしかったのかもしれない。以前から、多地域に分散していたネアンデルタール人が、それぞれサピエンスの子孫となったという多地域進化説をとれば、たまたま一地域のDNAが一致しないということなどざらにあるはずだからだ。どうも『ミッシングリンク』のところで話したが、類人猿はヨーロッパで進化し、人はアフリカで進化したなどというより、ばらばらにあちこちで進化したとするほうが理にかなっているようにも思う。1925年の昔に、アムッド洞窟付近で発見されたガリレー人(西アジアのネアンデルタール人)などは、眼窩上隆起はヨーロッパのネアンデルタール人よりは強いものの、額が高く膨らんでいるところはサピエンスに近いという。そうなると、言語の遺伝子もいくつか複数見つかるのかもしれない。単一起源説の登場にしても、月にアポロが到着する以前の話である。どうも異常に情報の伝わるのが遅かったようだ。ネット情報網の普及がなかった昔だからかというと、そうとばかりだとは決め付けられない。日本の社会が異常に保守的なのかもしれない

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