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zoom RSS ノルマンジー上陸作戦。

<<   作成日時 : 2010/09/26 17:46   >>

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「史上最大の作戦」などといわれるから、ドイツ軍の戦力などより凌駕していただろうなどと思いきや、意外にも総戦力は全軍上陸に成功していた場合でもドイツ軍の半分にも満たなかった。そのせいかどうか知らないが、本体が上陸を開始しても、ヒトラーは「戦力が少なすぎる」と、東部戦線よりにあった予備兵力を差し向けることはしなかったという。ドイツ軍の航空機もほとんど飛んでこない手薄な警備の中、比較的少ない犠牲で連合軍は上陸することが出来たらしい。1941年のソ連進行が予定よりも遅れたためと、降伏よりも玉砕を選ぶソ連兵の戦いぶりのために、半年も経たないうちに泥沼に使った東部戦線に、総戦力の8割近く、しかも最新兵器のほとんどを対ソ用に割かなければならなかったドイツにとっては、300万の兵力でも手ごわい相手であったようだ。

大体において、1940年頃の各国の人口というのは、多いほうから、1:ソ連が1億7千万人ほど、2:アメリカが1億3千万人、3:日本が7200万人、4:ドイツが7000万人、5:イギリスが4500万人、6:イタリアが4300万人、7:フランスが4100万人程度であったらしい。軍事費は、1:ドイツ、2:ソ連、3:日本、4:イギリス、5:フランス、6:アメリカ、7:イタリアの順であった。ドイツの軍事費は、アメリカやイタリアの5倍もあった。ソ連を除くと、先進6カ国は昔も今も変わらない。ごろが悪いのでカナダが入ったが、本当はこのままでもよかった。この頃の日本には、緩やかな経済制裁が行なわれてきたためか(それとわかるような経済制裁は恐くてできなかったらしい)、国民総生産はイタリアに抜かれて、フランスよりやや多い程度の第6位であったようだ。けれども、一人当たりに直すと日本はびりであった。面白いのは、ドイツの一人当たり国民生産高が、アメリカに近いほどであって、イギリスを上回っていたほどであったことだ。かつて、ヨーロッパの更新国であったところのものが、相当の近代化に成功したらしい。ドイツの軍事力の前に、這う這うの体で領土を割譲しなければならなかった革命前のロシアの躍進もものすごい。

作戦は天候不順のため、若干延期されたらしいが、情報漏れを怖れた司令部により、1944年の6月6日の午前3時に開始された。もうほとんどドイツの敗北は間違いない頃になってからだ。正式には「オーバーロード作戦」という。イギリス海峡を越えて兵隊を運ぶので、「道を越えて」などということになるのだが、日本では「史上最大の作戦」ということになっている。

援護の海上兵力だけで、戦艦7隻、巡洋艦26隻、その他の戦闘艦294隻の大群だ。上陸用の船が4126隻にも達した。他にも予備の船籍が1500艘ほど。これが作戦日に投入された船の数で、15万人以上の上陸に成功したという。空には重爆撃機が3130機、軽中爆撃機が933機、戦闘機が3711機控えていた。連合軍側は、もしも在仏ドイツ軍が総力を挙げて海岸橋頭堡を潰しにかかった場合は、この兵力では作戦は失敗し、撤退を余儀なくされるだろうと考えていたが、兵力が少なかったことが返ってヒトラーを欺いた。

上陸地点は、コタンタン半島からセーヌ川西よりのカーンの町までに至る5箇所の海岸地点だ。カーンの町に近いほうから、半島沿いにそれぞれ、@ソード・ビーチ、Aジュノー・ビーチ、Bゴールド・ビーチ、Cオマハ・ビーチ、Dユタ・ビーチと名付けられている。アメリカ兵士やドイツ兵士の墓地が並ぶ。どちらの墓もキリスト教式の十字架が立っていて、アメリカ兵士のは白、ドイツ兵士のは黒パン風の色をしている。ドイツ軍の艦砲用トーチカや荒波で沖に沈んでいた水陸両用のシャーマン戦車なども残されている。この界隈にある博物館だけで20を超えるという。

イギリス南岸を前日の日没ごろに出発した5つの部隊は、あらかじめ掃海がなされ機雷の除去された海を目的の5つの上陸地点へとすすむ。予定より一日遅れて、ちょうど西部戦線指揮官のエルウィン・ロンメルの誕生日となった。航空部隊が活躍できるように日ののぼっている時間の一番長い時期や満月の時期を選んだところ、たまたまそうなったのだが、そのためロンメルは自宅に戻って妻のルーシーと誕生日を祝っていたので、前線を留守にしていたため必要な事項は電話で済ませた。陽動作戦であるかどうかが不明なので、自宅に待機していたが、10時にシュパイデル参謀長から敵の主力部隊であるとの連絡を受けたので、22時に司令部に戻ったそうだ。上陸船が海岸に近づくころ、爆撃機のすさまじい絨毯爆撃が始まった。総トン数一万トンを超える爆弾攻撃が海岸沿いになされた。午前6時が近づくと、上陸5分前まで、激しい艦砲射撃。ロンメル将軍の築いた何十もの防御腺が破壊されていった。艦砲射撃が止むと同時に、ドイツ軍の攻撃が始まる。やっと浜辺についても、工兵隊の火薬に直撃団が命中して誘爆を始めるという状態がしばらくつどいた。一歩間違えば地雷を踏んでしまうという中では、海岸にへばりついて危険に身をさらしているよりは、立ち上がって前進するほうが気が楽であると皆が思い始めた。それで弾丸を受けて穴だらけになりながらも、鉄条網を切り開いて地雷を除去していた兵士などがいたそうである。こういう状況になると、恐怖のあまり、痛みの感覚などは現れてこないものらしい。戦車やブルドーザーが到着し始めると、どうにか少しずつ障害物も除去され、空間が出来てくるが、それもつかの間、満ち潮のためにずぶぬれになる。

オマハ・ビーチでは、連合軍最大の犠牲者が出た。悪天候のため、上陸用の舟艇およそ10隻と、水陸両用戦車27両が、ほぼ同時に戦わずして沈没。戦車の三分の2が戦わずして失われた。それに加えてドイツ軍の猛反撃により、この日一日だけで4千名を超える死傷者が出て「ブラッディ・オマハ」と呼ばれた。この方面を受け持つ指揮官の名が、オーマー・ブラッドレーといったことにかけているようだ。上陸後最初の30分で40%の戦力が失われた。しばらくすると、駆逐艦が海岸付近まで来て艦砲射撃を開始しに来てくれた。すると、ドイツ軍のほうが、オバマ・ビーチは危険だと判断して退却を始めた。ドイツ軍の指揮も相当混乱していた。ヒトラーはこの上陸が偽装的なものであると信じ込んでいるので、ドーバー付近の第11軍は動かさない。援護の航空部隊さえ差し向けない。それでオマハ海岸は夕方までに米軍部隊が確保した。


○△□☆   昨日、尖閣諸島海域で、日本側に拿捕されていた中国漁船船長が無事返還された。なんとも、日本側の反応も一方的なものであって、中国人だったらどう思うだろうかということをまるで考えていない。たまたま見たテレビのニュースでは、「中国側が素直に日本の言い分を聞いて漁船の船長を日本に引き渡すようなこくな真似をするとは思えない。しかも漁船の船長は中国の領海内で起こったことと固く信じているはずでであって、そうなると、日本政府のいうなりになることは、人民を見捨てることにもつながり、国家に対する不信感を植え付けることになる」という解説をしていたが、ネットのリサーチを見て、あまりに横暴な意見が飛び交っているのに腹が立った。尖閣列島が日本の領海であると主張しているのはこの辺では日本だけであって、それは歴史的事実というだけの代物なのであって、中国も台湾も自国の海域だと主張している。歴史的に自分の方に占有権があれば直ちに自国の領土となるならば、イスラエルもこれほど苦労はしていないだろう。領海問題に関しても、史実などという唯物論的決定よりも、人心という観念的なものが大きく影響する。大げさに言えば、歴史的占有権の事実など、「それがどうした?」で終わりになってしまうていのものに過ぎない。このような状況で他国の人間を監禁するというのは、拉致誘拐に当たる(大体その前に、漁船ごときに体当たりされるという海上保安庁側が情けない。なぜ漁船の攻撃すらかわせないのか)。こんな簡単なことになぜ気が付かないのだろうか。一方的決め付けで、中国だけでなく、米国までも非難する。器物破損は犯してはいないにしろ、かつてロシア領海を侵犯していた漁船乗組員が逮捕拘留されたときに、日本側は乗組員の返還を直ちに要求した。当時の日本と今の中国とは似たような立場だ。    ○△□☆




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