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zoom RSS サラリーマンやエンジニアはマニュアルがないと行動できないのが正常の状態

<<   作成日時 : 2011/04/19 17:26   >>

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日本列島の東北地方全体が大きく伸びるといったほどの巨大な地震が起こったというのに、原子炉自体の被害はたいしたこともなく、人騒がせな放射能漏れくらいですんだのは、福島原発の甘い防備体制のことを思えば相当ラッキーなものであった。原発事故の対応が遅いというのは、日本の電力会社には、物理や化学の専門家が常駐していないからだという。工学分野の現場の専門家しかいないから、不測の事態が起こると、そこにはもうマニュアルというものがないので、頭を抱え込んでしまうものなのだそうだ。日本の企業が技術者以外の理論畑の人間を軽視していることが対応の遅い最大の原因だという。不測の事態が起こったときに、臨機応変の行動が取れるのは、意外にも普段は紙と鉛筆だけに頼りがちで、現場にはほとんど顔を見せない象牙の塔の科学者であるという。もちろん、全く現場を知らないというのでは役に立ちそうにもないのだが。技術者というのは、実験結果を確認してからでないと前へ進めないタイプであるため、未体験のことに対しては自信を持って臨むということができないのだろう。

案外これも、「頭でっかちと思われているものの方が現実の世界において機敏な場合がある」ということを示す一例だろう。文科系においてもこういうことはたまにあるだろう。学問が役に立つという場合だ。ただし、不測の事態に望んでの場合だけであって、マニュアルどおり行動していればよいという場合は、学者が一般の社会人よりも行動が速いということはまず起こらないと思う。

欧米の原発事故の対応が意外に早いのも、そういう次第で、原子力発電所に原子核分裂理論の専門家を常駐させているからだという。一種の保険みたいなものだ。普段は電力会社は学者など必要としない。工学部出身のエンジニアのほうが全然やることが速いというのが普通だからである。多少の呼称が起こっても、すぐ対処できるが、不測の事態になってしまうと、エンジニアではどうにもならない。新たな事態に側面しても原理的に考えて対応するということができない。マニュアルのない世界でのみ、学者の現実の場での行動力が発揮される。


アメリカのシカゴ大学に世界最初に作られた原子炉は、天然ウランを燃焼させるものだった。発電を目的とするものではなく、ウラン238からプルトニウム239を作るための軍事用のものであった。1942年12月2日に、フェルミのアトミック・パイル原子炉は臨界に達した。すぐにアイダホのハンフォードに、プルトニウム製造工場が建設された。ナチスの原爆開発を恐れるあまりに、ぐんと学者が例外的に協力して開発にこぎつけたのだったが、やはり実権は軍部が握ってしまった。この軍部の専横に終止符を打ったのがトルーマン大統領(1884−1972)であった。終戦の2年後、軍からマンハッタン計画を取り上げて原子力開発を民間に移管する。さらに、朝鮮戦争において原爆の使用を求めるマッカーサーが本国への召還に応じないとわかると、自ら赴いて解任を言い渡した。こうして世論を味方につけると、1953年の暮れの国連総会で、原子力平和利用のための国際機関の設立と、この機関による核分裂物質の管理案を提唱した。これが1957年にウィーンに設置された国際原子力機関(IAEA)である。トルーマン大統領は原爆投下文書に署名したことで、とかく彼の命令で日本に原爆が投下されたように言われているが、実際に日本への原爆投下を決定したのは、どうもルーズベルト大統領のほうだった公算が大きい。かなりそんな役割を負わされた人という印象だ。

そうして、このとき以来長い間、原子炉災害などというものは全く起こらなかった。学者の力よりもエンジニアの力のほうが勝るようになってから、事故が頻発するようになって来た。たぶん、普通のイメージとは逆だと思う。マスコミは『象牙の塔に引きこもりがちの学者は実行力がない』などと思っているらしい。頭と鉛筆だけで金を稼ぐような人に対する妬みとか嫉妬のようなものがあるためだと思う。実際はそのようなことはなく、人格のよしあしも、行動力のあるなしも、頭の回転いかんにはかかわらず、ランダムに起こるというのがどうも本当のところであるようだ。

世界各国が経済性を最優先にして、原子物理の専門家をないがしろにしてくるようになってから、事故が頻発するようになって来た。東京電力の福島原発などには、出入りの業者の中のわずかの理論物理学者を除いては、一人の専門家もいなかったようである。ほとんどが工学部出身の技術者ばかりだったらしい。技術者というものは、マニュアルがない場合は、100%安全が確認できないと動けないものらしい。その点、理論物理学者の場合は、みなが赤信号を渡っていても、自分の判断で赤だから止まっているということが普通にできる。


そういうわけで、原子炉というもの自体は運用者の管理が行き届いていれば、それほど危険なものではない。むしろ、怖いのは再処理施設のほうだそうだ。これは日本では出来ないので、プルトニウムの取り扱いに慣れているフランスから輸入してくるらしいが、いちいち護衛をつけなければならないので、コストが大変だという。それで、ウラン238のほうを核分裂させようというので、高速増殖炉を建設したけれども、あまりうまくいっていない。福島の原子炉の問題でこれほど苦労しているところをみると、高速増殖炉の運営など、とても出来そうにない。



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