アラブとイスラエル (9) ~西側陣営の勝利
1975年から、レバノン内戦というのが行なわれていた。規模の大きさから第5次中東戦争と呼ばれることもあるそうだが、どうもテロが主体のものは戦争とはいわないのが普通らしい。今までの4回の戦争とは異なる点は、今回の戦いは必要のない戦いであった点であった。イスラエルのほうから、自分の利益のためのみに出兵したものであって、戦闘員も志願兵に限っており、兵役を拒否することも自由だった。その点からしても、中東戦争のカテゴリーには入れにくいと思う。この当時、レバノン内部のキリスト教徒系の民間軍事団体(レバノン軍団)では特にPLOを眼の敵にしており、それでイスラエルの支援をもくろんでいた。アラブ諸国と称される国でも、アラブがこれらの地方に浸潤したのは8世紀になってからで、それ以前はキリスト教やユダヤ教のほうが主体だった。マホメット(570頃-632)のイスラム教自体が新しいのだから、考えてみれば当たり前だ。その中でも、オスマントルコ時代からシリアやレバノンにはキリスト教の勢力が強く、特にレバノンはフランスの委任統治下に置かれた1920年代には、国民の6割がキリスト教徒であったという。
イスラエル北部のガリラヤ地方の安全が目障りだったので、1982年6月にイスラエル軍は「ガリラヤの平和作戦」というのを実行した。あらかじめ無人の模型飛行機をシリアのミサイル基地にむけて飛ばしたところ、迎撃ミサイルがこれらの飛行機を打ち落とすためにレーダーを発信した。その周波数を逆探知してイスラエル空軍が正確にミサイル基地を破壊したという作戦であって、迎撃に出たシリア戦闘機も82機を撃墜されて、イスラエルの損害はこのときはゼロであった。ゲリラ軍の旧式の対空砲火にやられたものが1機あったのみであるが、それも戦いのさなかにやられたものともいえなかった。82対0なんていうのは、どう考えても兵器自体が優れていたとしか言いようがない。
このときイラク軍の使用していた戦闘機は、現在航空自衛隊で使用されているのとほぼ同じF15戦闘機であったらしい。25年以上も前に生産されたと同じ機種が現在も花形であるというのも面白いが、それだけ先進国は平和になったという言い方もできる。イスラエル国産の戦車メルカバも、シリア軍のソ連製T-72戦車に対して圧倒的な強みを発揮した。
イスラエルの軍事介入に安心したレバノン軍団は、パレスチナ難民に対して大虐殺を始める(800人ほどを虐殺したという)が、イスラエルはこれを傍観していた。最初の大虐殺はアラブ側が起こしたものらしい。これも、一般の常識の逆がどうやら真相である。それで国際的に大避難を受ける。イスラエル国内のユダヤ人も10人に1人くらいはデモを行なってパレスチナ難民への暴行に反対した。当時のシャロン国防相はこの「サブラー・シャティーラー事件」が原因で辞任している。多分、中近東におけるアラブサイドの国家内部の人間がパレスチナ難民の大規模な虐殺を行なったのはこれが最初といえるのではないかと思う。とうとうアラブ諸国内部にもわずかながらパレスチナのアラブ人迫害の動きが出始めたのだ。もともとPLOに対するシリアの反感は決して好ましいものではなく、むしろ邪魔な組織でさえあった。イスラエルにくみするというのではなく、パレスチナ解放戦線に敵対するということで、パレスチナ難民に対する迫害の動きが出てきたのだろう。しかし、キリスト教徒がユダヤに直接加担するとも思えない。現にイスラエルの管轄が長引いてくると、この後間もなくテロ事件が長引いてイスラエルは撤退するのだが、パレスチナ難民を迫害すれば、アラブ諸国内のキリスト教徒が立ち上がり、アラブ世界の内乱を誘うのではないかという風に、イスラエルは考えたとも思われる。
イランとの戦争を始めたイラクのサダム・フセイン(1937-2006)は、イスラエルのベギン政権との実質上の最大の同盟者であったそうだ。それなのに1990年にクウェートに侵攻したときは、パレスチナの大儀のためだという風に主張していた。アラブにはアラブのやり方があるという宣伝を真に受けた日本人も多かった。それで、アメリカのやり方はアラブの侵略行為だとか内政干渉だなどという人も出た始末であったが、イスラエルに加担するという点で、アラブの中の反分子であった。
こうなると、アメリカはイランと親しかったイスラエルには冷淡になりそうなものだが、表向きはこれと言った変化もないようだ。ソ連が滅んでソ連製の武器のアラブ諸国への輸入が止まったことで、イスラエルがアラブ諸国に進出しても、北からの脅威というものがなくなった。それに加えて、ソ連崩壊でパレスチナに移住するユダヤ人の数が劇的に増えた。またイスラエルの社会構成に変化が起こる。ソビエト社会主義国家の中で無信仰に生きてきたユダヤ教徒ではないユダヤ人がイスラエルに入ってきた。
アラブのほうにも変化が起こり、イスラム原理主義に基づく抵抗運動というのが勃発する。イスラム原理主義だから、マホメットの教え第一であって、コーランを至上主義としているはずだ。パレスチナのことは本質的に付属的な意味しか持たない。その原理主義の中で、「インティファーダー」などという民衆蜂起運動が起こるが、投石などを行なうのにもかかわらず、武器を持たないというだけで「非武装抵抗運動」と自分たちではそう呼んでいたらしい。石を投げても人を殺傷する目的で行なえば結果は変わらないのであるが、国際非難は武器を持って行うほうに向かう。だからイスラエル軍には何も出来なかった。よく調べてみないことにはなんともいえないが、マスメディアを大いに利用するということで、卑怯な作戦であるようにも思える。小銃を構えた軍隊に向かってTシャツ一枚で投石を行なう一般市民の写真を見れば、世論はあたかも軍隊側に落ち度があるかのように思うだろう。治安部隊に向かって石を投げれば、それはテロ攻撃だ。同じ原理主義に基づいた「ハマース」とか「ジハード」になると、パレスチナ難民とかかわりがあるというよりも、目的自体が別のところにあるような気がする。「アルカイーダ」などになると、パレスリナとは何のかかわりもないテロ組織のようにしか見えない。どうも、現在、パレスチナ難民はアラブでものけ者にされてきているような感がある。すでに1980年頃アラファト議長の言葉に「アラブ諸国はへリオン山の頂よりも冷たかった」という言葉があった。パレスチナ難民に同情するアラブ人などもうほとんどいないということを示している言葉だ。加えてブッシュ大統領が湾岸戦争に勝利して絶大な権力を得てからは、アメリカはイスラエルの支援に消極的となったどころか、反イスラエル色が強くなったようだ。
まあ、ソ連という脅威がなくなってからは、アメリカはかなり自由な行動ができるようになった。もはや中東に西側の国の中に橋頭堡を築いておく必要もなくなったわけだから、アラブの機嫌を取って産油の利権を確保しておきたいところだし、ユダヤ資本自体がそういう傾向をもともと持っている。そういうところへ来て、イスラエルのユダヤ人でユダヤ教徒である人間が減ってきている。アメリカにイスラエルを支援するという動機は次第になくなってきている。ただイスラエルに大量支援を行うとすれば、貸付金から生じる利息をイスラエルが確実に返済できるかどうかが鍵だといってもよい。
現在どうなっているのか、あまり分からないので、ネットをみたが、どうも昔から現在までアメリカのユダヤに対する協力とアラブへの敵対は変わらないというものから、ユダヤの国際資本がアメリカを動かしているのだという単純な意見がほとんどであった。世の中、そう単純に動かないのが民主主義なのだが、そんなことには一向に無関心だという人間が圧倒的に多い。独裁国家であると、これは政府と民間団体とのコントラストがはなはだしい。
現代イスラエルについての事は、また改めて調べてみたいが、今度はアラブ側の立場でものを見ている書物を読んでみないとはっきりしたことはわかりそうにない。ユダヤ人というと、「国際ユダヤ資本」などと、一般的には「金持ちのユダヤ人」というイメージだと思うが、今回の「イスラエル建国物語」から受けるユダヤ人の印象は、反対に「ゲットーに住む貧乏なものたち」というものであった。仮に金持ちであったにしても、ユダヤ人たちの住む家は、同クラスの日本人の者の住まいと比べても、ずっと狭苦しく薄汚いものだ。たぶんこれは国民性によるものだと思うが、彼らは資産をもつわりには広い家を持ちたがらないような感じがある。土地や家屋のような不動産も資産には計上されるが、金融資産と比べると、どちらかといえば「負の遺産」だといえるからかもしれない。統計のようなものを調べたわけではないが、日本人の場合、ヨーロッパ大陸の人間と比べても、広い家に住みたがる傾向が強いようで、これはアメリカの移住民にもいえると思う。昔貧しかったから、せめて土地家屋だけは広いものをもちたいというあこがれのようなものだろうか。
○三つ子の魂百までも、とよく言われるが、私は以前から大衆嫌悪の度合いが強く、最近サラリーマンのことを自分で書いて自分で怒りを増幅させている。こればかりは持って生まれた性格でどうしようもないらしい。だから、放射能のように無差別で個人を襲うものに対しては、ターゲットになった人間を気の毒だと思うが、リストラなど特定の人間を標的とした作戦に対しては、襲われたものたちにほとんど同情というのを感じない。むしろ、サラリーマンたちが賃金を減らされて生活に苦しんでいるといううわさを耳にするたびにひそかな喜びを感じる。いく分後ろめたいという気持ちはあるものの、サラリーマン連中というものは、えてして努力が出来る才能を欠如しているが故に努力を怠った結果生活苦に陥っているのだから、端的にいって自業自得のようなものだからだ。
どうも財産のことについて言及しだしたことが、大衆への怒りを増幅させる原因になっているらしい。そういう気がする。ジョン・ロックフェラー(1839-1937)だったか、彼の伝記を読んだときのことを思い出した。大衆の資産家に対する理由のない反感というものは、実に愚物でしか出来ないことである。わが闘争に、「大衆がすべての優れた天才に対して感ずる嫌悪というものはまさしく本能的なものなのだ。」とある。まさしく大衆は頭からあべこべに歩いている。
イスラエル北部のガリラヤ地方の安全が目障りだったので、1982年6月にイスラエル軍は「ガリラヤの平和作戦」というのを実行した。あらかじめ無人の模型飛行機をシリアのミサイル基地にむけて飛ばしたところ、迎撃ミサイルがこれらの飛行機を打ち落とすためにレーダーを発信した。その周波数を逆探知してイスラエル空軍が正確にミサイル基地を破壊したという作戦であって、迎撃に出たシリア戦闘機も82機を撃墜されて、イスラエルの損害はこのときはゼロであった。ゲリラ軍の旧式の対空砲火にやられたものが1機あったのみであるが、それも戦いのさなかにやられたものともいえなかった。82対0なんていうのは、どう考えても兵器自体が優れていたとしか言いようがない。
このときイラク軍の使用していた戦闘機は、現在航空自衛隊で使用されているのとほぼ同じF15戦闘機であったらしい。25年以上も前に生産されたと同じ機種が現在も花形であるというのも面白いが、それだけ先進国は平和になったという言い方もできる。イスラエル国産の戦車メルカバも、シリア軍のソ連製T-72戦車に対して圧倒的な強みを発揮した。
イスラエルの軍事介入に安心したレバノン軍団は、パレスチナ難民に対して大虐殺を始める(800人ほどを虐殺したという)が、イスラエルはこれを傍観していた。最初の大虐殺はアラブ側が起こしたものらしい。これも、一般の常識の逆がどうやら真相である。それで国際的に大避難を受ける。イスラエル国内のユダヤ人も10人に1人くらいはデモを行なってパレスチナ難民への暴行に反対した。当時のシャロン国防相はこの「サブラー・シャティーラー事件」が原因で辞任している。多分、中近東におけるアラブサイドの国家内部の人間がパレスチナ難民の大規模な虐殺を行なったのはこれが最初といえるのではないかと思う。とうとうアラブ諸国内部にもわずかながらパレスチナのアラブ人迫害の動きが出始めたのだ。もともとPLOに対するシリアの反感は決して好ましいものではなく、むしろ邪魔な組織でさえあった。イスラエルにくみするというのではなく、パレスチナ解放戦線に敵対するということで、パレスチナ難民に対する迫害の動きが出てきたのだろう。しかし、キリスト教徒がユダヤに直接加担するとも思えない。現にイスラエルの管轄が長引いてくると、この後間もなくテロ事件が長引いてイスラエルは撤退するのだが、パレスチナ難民を迫害すれば、アラブ諸国内のキリスト教徒が立ち上がり、アラブ世界の内乱を誘うのではないかという風に、イスラエルは考えたとも思われる。
イランとの戦争を始めたイラクのサダム・フセイン(1937-2006)は、イスラエルのベギン政権との実質上の最大の同盟者であったそうだ。それなのに1990年にクウェートに侵攻したときは、パレスチナの大儀のためだという風に主張していた。アラブにはアラブのやり方があるという宣伝を真に受けた日本人も多かった。それで、アメリカのやり方はアラブの侵略行為だとか内政干渉だなどという人も出た始末であったが、イスラエルに加担するという点で、アラブの中の反分子であった。
こうなると、アメリカはイランと親しかったイスラエルには冷淡になりそうなものだが、表向きはこれと言った変化もないようだ。ソ連が滅んでソ連製の武器のアラブ諸国への輸入が止まったことで、イスラエルがアラブ諸国に進出しても、北からの脅威というものがなくなった。それに加えて、ソ連崩壊でパレスチナに移住するユダヤ人の数が劇的に増えた。またイスラエルの社会構成に変化が起こる。ソビエト社会主義国家の中で無信仰に生きてきたユダヤ教徒ではないユダヤ人がイスラエルに入ってきた。
アラブのほうにも変化が起こり、イスラム原理主義に基づく抵抗運動というのが勃発する。イスラム原理主義だから、マホメットの教え第一であって、コーランを至上主義としているはずだ。パレスチナのことは本質的に付属的な意味しか持たない。その原理主義の中で、「インティファーダー」などという民衆蜂起運動が起こるが、投石などを行なうのにもかかわらず、武器を持たないというだけで「非武装抵抗運動」と自分たちではそう呼んでいたらしい。石を投げても人を殺傷する目的で行なえば結果は変わらないのであるが、国際非難は武器を持って行うほうに向かう。だからイスラエル軍には何も出来なかった。よく調べてみないことにはなんともいえないが、マスメディアを大いに利用するということで、卑怯な作戦であるようにも思える。小銃を構えた軍隊に向かってTシャツ一枚で投石を行なう一般市民の写真を見れば、世論はあたかも軍隊側に落ち度があるかのように思うだろう。治安部隊に向かって石を投げれば、それはテロ攻撃だ。同じ原理主義に基づいた「ハマース」とか「ジハード」になると、パレスチナ難民とかかわりがあるというよりも、目的自体が別のところにあるような気がする。「アルカイーダ」などになると、パレスリナとは何のかかわりもないテロ組織のようにしか見えない。どうも、現在、パレスチナ難民はアラブでものけ者にされてきているような感がある。すでに1980年頃アラファト議長の言葉に「アラブ諸国はへリオン山の頂よりも冷たかった」という言葉があった。パレスチナ難民に同情するアラブ人などもうほとんどいないということを示している言葉だ。加えてブッシュ大統領が湾岸戦争に勝利して絶大な権力を得てからは、アメリカはイスラエルの支援に消極的となったどころか、反イスラエル色が強くなったようだ。
まあ、ソ連という脅威がなくなってからは、アメリカはかなり自由な行動ができるようになった。もはや中東に西側の国の中に橋頭堡を築いておく必要もなくなったわけだから、アラブの機嫌を取って産油の利権を確保しておきたいところだし、ユダヤ資本自体がそういう傾向をもともと持っている。そういうところへ来て、イスラエルのユダヤ人でユダヤ教徒である人間が減ってきている。アメリカにイスラエルを支援するという動機は次第になくなってきている。ただイスラエルに大量支援を行うとすれば、貸付金から生じる利息をイスラエルが確実に返済できるかどうかが鍵だといってもよい。
現在どうなっているのか、あまり分からないので、ネットをみたが、どうも昔から現在までアメリカのユダヤに対する協力とアラブへの敵対は変わらないというものから、ユダヤの国際資本がアメリカを動かしているのだという単純な意見がほとんどであった。世の中、そう単純に動かないのが民主主義なのだが、そんなことには一向に無関心だという人間が圧倒的に多い。独裁国家であると、これは政府と民間団体とのコントラストがはなはだしい。
現代イスラエルについての事は、また改めて調べてみたいが、今度はアラブ側の立場でものを見ている書物を読んでみないとはっきりしたことはわかりそうにない。ユダヤ人というと、「国際ユダヤ資本」などと、一般的には「金持ちのユダヤ人」というイメージだと思うが、今回の「イスラエル建国物語」から受けるユダヤ人の印象は、反対に「ゲットーに住む貧乏なものたち」というものであった。仮に金持ちであったにしても、ユダヤ人たちの住む家は、同クラスの日本人の者の住まいと比べても、ずっと狭苦しく薄汚いものだ。たぶんこれは国民性によるものだと思うが、彼らは資産をもつわりには広い家を持ちたがらないような感じがある。土地や家屋のような不動産も資産には計上されるが、金融資産と比べると、どちらかといえば「負の遺産」だといえるからかもしれない。統計のようなものを調べたわけではないが、日本人の場合、ヨーロッパ大陸の人間と比べても、広い家に住みたがる傾向が強いようで、これはアメリカの移住民にもいえると思う。昔貧しかったから、せめて土地家屋だけは広いものをもちたいというあこがれのようなものだろうか。
○三つ子の魂百までも、とよく言われるが、私は以前から大衆嫌悪の度合いが強く、最近サラリーマンのことを自分で書いて自分で怒りを増幅させている。こればかりは持って生まれた性格でどうしようもないらしい。だから、放射能のように無差別で個人を襲うものに対しては、ターゲットになった人間を気の毒だと思うが、リストラなど特定の人間を標的とした作戦に対しては、襲われたものたちにほとんど同情というのを感じない。むしろ、サラリーマンたちが賃金を減らされて生活に苦しんでいるといううわさを耳にするたびにひそかな喜びを感じる。いく分後ろめたいという気持ちはあるものの、サラリーマン連中というものは、えてして努力が出来る才能を欠如しているが故に努力を怠った結果生活苦に陥っているのだから、端的にいって自業自得のようなものだからだ。
どうも財産のことについて言及しだしたことが、大衆への怒りを増幅させる原因になっているらしい。そういう気がする。ジョン・ロックフェラー(1839-1937)だったか、彼の伝記を読んだときのことを思い出した。大衆の資産家に対する理由のない反感というものは、実に愚物でしか出来ないことである。わが闘争に、「大衆がすべての優れた天才に対して感ずる嫌悪というものはまさしく本能的なものなのだ。」とある。まさしく大衆は頭からあべこべに歩いている。



この記事へのコメント