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zoom RSS ソ連進行の日

<<   作成日時 : 2011/08/08 16:10   >>

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1945年の8月8日、半年前に結ばれたヤルタ協定に基づき、ソビエト連邦が日本に宣戦布告をした。アメリカ大統領ルーズベルト、イギリス首相スターリン、それとソ連のスターリンの三者会談で、「@ドイツに対する戦後処理として、米・英・仏・ソの四カ国統治、A国際連合の設立、Bソ連の対日参戦(ドイツ降伏後2,3ヶ月以内)と、千島、南樺太の奪回、Cポーランド国境の確定として、第1次大戦で定められたカーゾン線を基調とすること、D中国代表として蒋介石政権を認めること・・・」などが決められた。クリミア半島の保養地ヤルタで行なわれた会談は2月4日から11日までだったから、ちょうど真ん中が8日で、実際のドイツの降伏も5月8日であったし、日本の真珠湾の奇襲とも重なるので、区切りがいいのでこの日を選んでいたのだろう。日付変更線などを考慮すると9日になるらしい。そうすると、ヤルタ協定で定めた期限の一日遅れということになる。しかし、1日遅れたから約束を破ったともいいにくい。因みに西側では5月8日を「VEデー」[Victory in Europe Day]としているようだ。連合国の多くは、日本が降伏文書に署名した9月2日を「終戦記念日」もしくは「対日戦勝記念日」としているが、ソ連や中国および中共では9月3日を「対日戦勝利の日」としている。日本だけは、語呂がいいせいか、8月15日などと、国際的には通用しそうもない日を指定している。
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(*)正確には9日未明であるが、たぶん夜が明けてから一日が始まるのが当時の常識のようなものだっただろう、今でも大体そんな感じのところもある。9日だと長崎の原爆と重なる。しかし、進行したといっても、はじめのうちは満州に限られ、この土地が日本の領土であると国際的に認められていたわけでもない。だから、たいてい「侵攻」などと表記しているが、それは他国の領土へ進軍してきた場合をさしているので、「進行」としか表記できないはずである。仮にソ連が日本領土に侵攻したとしても、そもそもポツダム宣言を無視したことによって、日ソ中立条約は国際的合意により日本のほうから破棄したことにされているので、ソ連には何の責任もない。ソ連が千島に上陸したのが、玉音放送後の8月18日になってのことで、終戦の前に少しでも本土を占領しておきたかったのかもしれないが、わずか3日間の戦闘で日本側守備隊に撃退されたらしい。同時にあちこちというのではなさそうだ。

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なお、アメリカ大統領アイゼンハワーは、米国務省公式文書で、「ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり、米国政府の公式文書ではなく、無効である」と1956年になって声明しているそうである。ヤルタ協定の通りに、中国代表として国民政府の一分派でしかない蒋介石政権を認めてしまえば、中国大陸の共産党国家樹立も認めざるを得なくなり、結局中国全土もドイツと同じように2分割されることになったからだろう。スターリンの企みかもしれない。


先に述べたように、日本政府としては、原爆投下やソ連の進行は天の助けのように思えたことだろう。原爆の犠牲になった1万人ほどの一般市民には気の毒だが、そのくらいの犠牲者で降伏できるのならば、勿怪の幸いであったろう。まだ余力の残っているうちに無条件降伏してしまうに越したことはない。広島の原爆による直接の志望者は、現在およそ8000人ほどと推測されているそうだ。推測だから、もっと多いかも少ないかもしれないが、透過直後のアメリカの発表が「犠牲者2万8千人」などとしていることを考えても、アメリカは通例被害の程度を3倍程度大目に公表しているので、おおむね8千人程度であったと思う。もちろん日本政府は5万人以上の犠牲者と公表して、軍部の気力を萎えさせてしまいたい。そうしないと、クーデターで政権を握られてしまい、戦争続行となってしまう。

原爆の被害にしても、当時の日本政府の公表がどれほど信用できるものかはきわめて怪しいのだが、大本営の発表については極力疑問視する一方で、普段信用していない日本政府の統計を原爆被害については認めるというのは、これもまた実にうまく大衆の愚鈍性を表現している。大体、終戦記念日というのは、降伏文書に調印した日でなければならないのに、わざわざ世界の常識に逆らって、その半月前を終戦の日と制定していることからして、何かやましいことを隠しているに違いないのである。それによって日本国民はとんでもないほら話を長年信じ込まされてきたと考えられる。


そもそも、連合国がポツダム宣言の受け入れをソ連に要求してきたとき、その条文に中立国に対する軍事介入の項目があったので、これを拒否している。その後日本の鈴木貫太郎内閣が、軍部主戦派の圧力に屈してポツダム宣言の受け入れを「黙殺宣言」し(7月28日)、アメリカがこれを口実に広島へ原爆を投下した後で、ヤルタの密約のぎりぎりの期限になって、もはや中立の義務を負うことがないと保障された形で、満州その他に武力介入を始めたわけである。であるから、満州の駐留日本軍100万に対し、160万の総戦力で奇襲をかけたソ連およびモンゴル軍の行為は、まったく合法的なものといえる。




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