ベーシック・インカムの歴史 ~ その1

『ベーシック・インカム入門』という光文社新書が届いたので、例によって全部読みきらないうちに感想を書き始めている。定価840円の小冊子であるが、大著ならば漏れなく詳しいことが書かれているかといえばそうでもなく、雑談のようなものならいくらでも長い書物を書くことができるというのは、年寄りの長電話で1時間や2時間はざらにあるというのを見ても分かる。逆に、小冊子のほうがコンパクトにまとまっているというのがある。筆者の山森亨は1970年の生まれで、経済学部の専攻は社会政策だそうだ。日本ではベーシック・インカムというのはあまり知られていないと思うが、それは『経済成長さえあれば国民は幸福である」という、およそ誰が見ても寝言にしか見えないような政策を政府が始めたからである。特に日本では「豊かさとはGDPによって計られるもの」というのが長年にわたっての永田町の論理であった。しかし、世界的には歴史も古く、推進している経済学者も、資本主義者や社会主義者の別を問わず、決して少数派ではないということである。

先に述べたように「働かざるもの食うべからず」とは、レーニンの自分勝手な妄言に過ぎない。それにもかかわらず、彼はその言葉が古来から知られてきた人類の原則であるかのように語った。それが1918年7月憲法の第18条に「ロシア・ソヴィエト社会主義共和国連邦は、共和国のすべての市民にとっての義務労働を布告し、働かざるもの食うべからず、の原則を宣言する」と書かれていることだ。その義務労働の由来は「社会の寄生的諸階級を打ち破るために」(同3条)導入されたというのであるから、理屈で考えると少しおかしい。ソヴィエト国家の発展のために、などというのではなく、寄生的特権階級から労働者を奪うのが最大の目的であるかのように読める。おそらくレーニンの頭の中には、ソヴィエト社会主義政府を廃止した暁には、万人にとっての義務労働をも廃止するというビジョンがあったのではなかろうか。

そのことが、マルクスの『ゴーダ綱領批判』(1875年)の中の共産主義における分配の定式化で若干程度述べられているらしい。即ち、共産主義の第1段階においては、『各人にはその労働に応じて』配分が為されるのだが、その後に完成した共産主義の第2段階では、『各人にはその必要に応じて』分配が為される予定であった。つまり、よくよく考えてみれば『働かざるもの食うべからず』などという図式は実に誤った概念なのであって、生きてゆくことおよび余暇の使い方において効率をわきまえたものは、通常人と比較して語句わずかの労働のみによって要求を満足させてゆくことができるのだが、これに対してそのような効率性を持っていないものは、ひどく不器用に見えるやり方でしか要求を満たしてゆくことができない。レーニンの革命が失敗に終わった今となっては、完成した共産主義国の分配方式を見ることはできなかったのだが、「必要に応じて」とは、まさにパウロの「働きたくないものは食べてはいけない」の延長線上にある考え方のように思える。働きたいのに、手足が不自由で働けないなどというものは、ただ生きているだけでも、健常者よりも努力と費用を必要とするであろうから、これらの者たちには無償で健常者が必要とする以上の分配を施さなければ公平とはいえない。

しかしながら、レーニンの行なったことも、実際には重商主義以降の資本産業国がいずれもそうであったのと同じく、労働という名の恐怖政治に他ならなかった。そうしてこの恐怖政治は、現行のあらゆる諸国に蔓延している。福祉国家といえども、国家の構成員の大多数に、労働なしでは食っていけないという恐怖心を植えつけることで、国民の自由意志によらず、労働を強制するというのは、まったく以って人心の恐怖を利用した統治形態に他ならないのだ。政治学者のダグラス・ラミスは『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのか』の中で、政治制度に関する一世紀前の考え方は、国家を政治の単位にして、それに「主権」、「交戦権」、「軍事力」を与えれば、社会秩序と国民の安全を保障してもらえるだろうというもので、その結果が20世紀の歴史となったのだと述べている。『交戦権』=「殺人免許」を得た国が、他国民も自国民も大量に殺傷してきた。そして近年そのうちの9割が内戦だという。国家政府と自国民との戦いで、これでは社会秩序も国民の安全も全く保障されてはいない。これでなおかつ1世紀前の論理をくり返そうとする愚かな政府に警鐘を鳴らしている。まあ、国民がおろかだからそういう政府を選んできているわけではあるが。


国民個人ゝに自由を目覚めさせるという運動は、ロシア革命以前にも、フランス革命やアメリカ独立戦争においても存在していた。もっとも、フランス革命においては個々人の自由という意識は希薄であったように思われるが。理念だけが先行して、実戦の場においてはなかなかうまく行かなかったか、現在はおそらく不当に過小評価されているのがロシア革命であろう。ことに日本においては『ロシアのやっていることはすべて悪いことである』といった意識が濃厚であるようで、以前、日本が「ソビエトはかつて日ソ中立条約を一方的に破って・・」と主張したとき、ロシア側が「日ソ中立条約を破ったのは日本のほうだ!」といったことはよく知られているだろうが、ウィキペディアを調べてみたら、実際ロシア側のいうとおりであったらしいということにはかなり驚いた。こんな風に、自分勝手なでたらめを日本政府はばら撒き続けて国民を洗脳していたわけだ。まあ、大衆はおろかでそれで喜んでいるようだからそれでもいいようなものではあるが、まず本当のことなど政府がいうはずがないと思わなければならない。それでいつも「文面に惑わされず、行間を読むように!」とわれわれは教えられている。そのことは日本だけではなく世界中の国がそのようであるのだから、「真実により近いことを言っているのは何処そこである」といった判断しかできないことはいうまでもない。


さて、アメリカ独立戦争で活躍したトマス・ペイン(1737-1809)に「ベーシック・キャピタル」という概念があったそうだ。この概念は、1896年冬に書かれた『土地配分の正義』というパンフレットに出てくるもので、人間は21歳になったら国から15ポンドを受け取るというものだったらしい。けれどもこれが「ベーシックインカム」と異なる点は、その資金を元手に各人に産業の復興策などを要求し50歳になるまで年金は支払わないということで、これでは国民に一定の強制を押し付け、自由意志を奪うものでしかありえない。それでも、国民一般に自由意志で動く権利をはっきりと明言したことでは、きわめて高く評価される。ペインほど知られてはいないが、同じように『貧困はいわゆる文明社会によって作られた』とする自然権思想の持ち主であるトマス・スペンス(1750-1814)は、1797年の『幼児の権利』ではっきりと、ベーシック・インカムの概念を提示していた。即ち『男だろうと女だろうと、結婚していようが独身だろうが、嫡出でも非嫡出子でも、生後1日でもひどく年老いていても』、年4回、成員間に平等に分配は為されなければならない。そしてこの分配金とは、唯一の税金である地代から公務員の給与などを差し引いた剰余金のことであるという。スペンスのこの案は、「スペンソニア」(スペンスの理想郷のこと)とか「スペンスの計画」などと呼ばれ、土地が共同体ごとに共有されるという点で、後世の土地国有化運動の先鞭であるなどとも言われているそうだ。ただしスペンスの改革案の骨子は、すでに1775年のニューカッスルでの講演にその萌芽が見られるという。

フランス革命の波及を恐れたイギリスの支配層は、民主化を求める急進主義的運動を徹底的に弾圧したので、フランスのようにブルジョワ階級と、貧民である労働者階級が手を結んで革命を起こすなどということは、イングランドにおいてもスコットランドにおいても起こらなかった。この時期、ジェレミー・ベンサム(1748-1832)のようなイギリスの知識人も、フランス革命の掲げる『平等』というスローガンには大きな難色を示していた。1794年に人身保護法が停止され、スペンスは裁判抜きで7ヶ月拘留されたという。翌1795年には著作や集会によって政府を侮辱することが禁止され、又50人以上の許可なしの集会も禁止された。ある意味、フランス革命の反動というのが、この次期のヨーロッパ全体に起こっていて、労働者の生活環境は以前にも増して厳しいものになっていったといえなくもない。

その後産業革命の広がりに応じるような形で、賃金労働制というものが普及し、それによって支配層は「飢餓への見えざる恐怖」によって、労働者たちの合法的な隷属化へまい進してゆくこととなった。イギリスでは、経済学者マルサスらの議論の影響の下、1834年に救貧法の改正が行なわれ、救済を受けるためには懲罰的なワークハウスへの収容が義務付けられた。又救済を受けるものの生活水準は、施しを受けない通常の労働者のものよりも低くなければならないという、現在の日本と同じような誤った観点から救済法の改正が為された。

フランスのシャルル・フーリエの影響を強く受けたというベルギーの法律家で会計士のジョゼフ・シャルリエ(1816-1896)は、1848年に『自然法に基づき理性の説明によって先導される、社会問題の解決または人道主体的政体』という長たらしい題名の書物を著した。その中にさらに進んだベーシックインカムの考えと、その問題点や解決法なども述べられていて、現在のものと遜色ないらしい。1848年は、マルクスの『共産党宣言』がなされた年だが、この年は、「諸国民の春』と呼ばれるように、ヨーロッパ各地で社会主義革命の思想が盛んに起こっていて、人間が自由に暮らせる理想郷を求めた思想が花開いていた時代の始まりでも会った。同時に、支配層からの弾圧が始まったのであり、現在は支配層が勝利を得た形になってしまっている。

シャルリエの思想は、イギリスの自由経済学者のジョン・スチュワート・ミルの『経済学原理』にも現れていて、この方がまず人口に膾炙している。本書にも引用されている部分をそのままあげると、
・『生産物の分配の際には、まず第一に、労働のできる人にもできない人にも、ともに一定の最小限度の生活資料だけはこれを割り当てる。・・・この主義は、共産主義とは違って、少なくとも理論上においては、現在の社会状態に備わっている努力への動機をば、唯の一つも取り去るものではない。それどころではない。もしこの制度が考案者の予期したとおりに働いたとすれば、その場合、これらの動機は現今よりもむしろ強くなるであろう。なぜかといえば、人が肉体的または精神的な労働の熟練あるいはエネルギーを増したときに、自分はその成果を得ることが出来ると期待しうるのは、現今の社会においてはただ最も有利な地位にある人か僥倖の人のみであるが、各人は、このような社会以上に確実に、その成果を獲得しうるからである。・・・[フーリエ主義者が強調するのは]およそ人間が糊口のためになす労働と、生活の資をすでに充分に持っている人が楽しみのためになす労働とを比べてみると、前者が如何に激しいものであっても、後者の強度にまさることはまずない、ということである。・・・』(『経済学原理』第2版、1848年)

消防士や警察官、あるいは自衛隊員の多くのものが、如何に報酬を度外視して社会に貢献しようという強い欲求を示しているかということを考えれば、賃金は必ずしも働き手が受け取るべきものではなく、社会形態によっては喜びを受け取った代償として逆に支払うべき性質のものであるということが少しは理解できるであろう。しかし、大衆の頭はこの200年というもの、支配層のたれ流す廃液に浸って呆けきっているに違いないから、まず期待はしていないが。


長くなったので、続きは又この次にする。9月に入って、もうすぐ全世界的に『終戦記念日』を迎える。なぜ日本が8月15日に固執するのかはどうも分からないので、この次はこれについて少し考えてみる。



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この記事へのコメント

低学歴ほど外国で暮らしたことがない
2015年01月15日 12:00
歯並び悪い低学歴は笑うな不気味

大企業に入れない奴隷階級は介護でもしてろ

在日ですか?


反ベーシックインカム
2019年12月18日 06:27
ゴーダ綱領批判について実際に読む前に知りたいと思って検索したところ、このブログ記事に行き当たりました。ふたつの段階に分かれていたマルクスの構想とベーシックインカムとの繋がり、といったこと、それが世界的な歴史ではどういった位置づけなのかがとてもよくわかり、実は「良く引用されているマルクスの『各人は必要に応じて』という言葉はベーシックインカムっぽいな」と思っていたのにジャストミートだったので、大変良い「読書の前準備」ができました。ありがとうございます。ご紹介の新書も読んでみるつもりです。(気持ちの悪いコメントが入っているので、投稿からは時間が経っていますが、ささやかな感謝のコメントをさせていただきました)

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