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zoom RSS 神風風船爆弾

<<   作成日時 : 2012/03/08 16:16   >>

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風船爆弾というのは、終戦間際、当時15歳だった旧制中学の学生が自由時間に書いた作文を基に得られたもので、しかもその詳細に至る設計までその作文に書かれたままであったという。少年の名は、中西董(ただす)といって、この作文を書いた愛知中学校というのは、後輩の舟木和夫の『高校三年生』という歌詞の通り、木漏れ日が後者を赤く染める景色が印象に残るものであったそうだ。

画像

    江戸東京博物館の模型

戦前の日本の中等教育機関には、中学校、実業学校、高等女学校の3種があって、初等教育機関である小学校に対して上級学校という名称で一括されていた。中でも中学は、中等程度以上の男子に高等教育を授ける目的で設立されたもので、高校や大学への進学を最初から目的とした機関であった。であるから、学力の面で小学校時に平均に満たなかったものは、原則として実業学校に進学するほかなかったということになる。しかし、次第に入学試験が高度なものになり、5年制の特権中学として学力に優れた一部のものにしか門戸を開かないところとなって、世間から大分非難を浴びることとなっていったようだ。


風船の製造方法については、小さな子どもたちが遊ぶ紙風船をヒントに、笹の葉のような船形の断片を何枚かこんにゃくのりで貼りつけて、丸い気球の形にする。作文には、5キロから10キロの小型爆弾をぶら下げて、偏西風を利用して太平洋を飛び越えられるようにすると書いたらしい。アメリカまでの距離はおよそ8000キロ、偏西風により時速200キロ程度で移動すると1日で4800キロ、2日か3日で目的地上空に達するだろう。したがって気球から水素ガスが漏れて、ちょうどアメリカ上空で気球の浮力が失われて落下するように細工すればよい。本体に丈夫な美濃和紙を使って、2重に番傘や蛇の目傘に使用する防水液を塗布する程度で充分だとした。ざっと見積もって、高度1万メートルまで上昇させれば、ガス漏れで浮力を失いながら1万メートルかなたまで飛んでいくだろう。

ここで、旧制中学の15歳の少年にすでに偏西風:ジェット気流の知識があったということに注意しておかなければいけないと思う。従来、ジェット気流の発見は、太平洋戦争末期に、米軍がサイパンなどから日本本土を爆撃する際に、強い西風に悩まされたことによるとされているからだ。なぜ東向きに流れる激しい風があるのかというと、地球が東向きに回っているからだ。往々にして、「地球が東向きに回っているのならば、それに応じた風の流れをわれわれは感じるはずだ」という人がいる。こういう人の意見をよく考えもせずに一笑に付すような人間がいるが、実際のところ、風は吹いている。ただし、東風ではなくて西風だ。理由は、太陽系の惑星が内側のものほど早く回転しているのと同じようなもので、角運動の保存則におおむね依存している。深いところの海水は、偏西風とは逆に、アメリカから日本に向けて動いているのが普通である。ただし、その力は非常に小さなもので、件の人が誤解しているような大きなものではない。地球の中心からの距離の自乗に反比例して少なくなるようなものだから、高度1万メートルでもたかが知れている。この力を増幅させるものがなくてはならない。それが地球の回転と同じ向きの動きではなく、たて向きの流れによって生じる見かけの力で、「コリオリの力」などと呼ばれるものだ。台風に激しい回転を与える力が、偏西風の起こる仕組みと著しく関係している。

昭和19年(1944)3月10日の陸軍記念日の式典の終わった自習時間に陸軍配属の山田少佐から「日本が戦争に勝つためにはどうすればよいか」という課題を与えられて、日ごろから戦争兵器について夢想ばかりしていた筆者はとてつもなく嬉しくなり、時間の絶つのも忘れて夢中で、さし絵入りの作文をこしらえていたそうだ。表題は、「神風風船爆弾米国本土爆撃作戦計画」。

「貴様、何をぐずぐずしている。作文の時間はとっくに過ぎているぞ!速く提出せんか!」と少佐が教室に飛び込んできたが、最初の1,2枚の原稿を読むと、「特別にもう少しだけ時間を与えるから、早く書きたまえ」ということになった。

・・・そうして、この作文が全校で優勝したのみでなく、中部軍管区司令官内山栄太郎中将の目にも留まり、「毛唐(欧米人)共を驚かせる大変な兵器になるかもしれない。東条英機首相閣下にも是非この作文を見せたいものだ」というほどのできばえであったそうだ。そして実際東条英機首相は、「この作文は非常によくできている。とても少年が発案したとは思えないできばえである。この作戦が実行されると、ヤンキーたちはきっと驚くに違いない」と感心したとある。しかし、機密漏洩を防ぐため、それきり音沙汰は途絶えた。


風船爆弾自体は、陸軍が1930年代からすでに開発していたもので、対ソ兵器として1943年には設計を完了していたものであったらしい。途中の気温低下で浮力が失われた場合に備えて、自動的に砂袋の錘を落とす装置も組み込んであったという。画像だからこの作文を東条首相が目にして、わずか半年後に計画が実行された背景には、この作文以外の要因もかなりあったであろう。具体的には、1944年の明治節の祭日に当る11月3日の開始命令から、翌1945年4月上旬の攻撃中止命令までに、福島県勿来、茨城県大津、千葉県一宮の3つの基地から9300発ほどが発射された。米国がこの風船爆弾の被害について報道管制を行い、黙秘を決め付けたため、どれほどの気球が米本土に到着したのかははっきりしていないが、およそ300個ほどだと見られている。せいぜい30機に1機が目的地に到達したに過ぎない。平和な時代から振り返ってみれば、あまり効率のいいものには思えないが、たとえば当時の海戦などを見ても、50発ほど大砲を撃って1発命中すればまあ上出来、という具合であったようだから、そこから見るとまあまあである。

筆者の中西氏は当時から徹底した軍国主義教育を受けて育った軍国少年であって、うまれて以来の歩みはまさに15年戦争(日中戦争)と同じであって、いまさらその魂は変えられるものではないと、ひどくアメリカに原爆を落とされたことを恨んでいる。なぜ降伏などしたのか。あのまま本土決戦に持ち込めば後2年は戦えた。アメリカが原爆のような卑劣な手を使うのなら、こちらも神風風船爆弾に散々研究済みの細菌兵器を積み込んで対抗しても、たいした国際非難は浴びなかったろうとさも悔しいらしい。確かに、カナダやメキシコまでも細菌兵器の被害が及ぶことになれば、「原爆など投下したからだ」という国際非難を浴びることになるのは米国のほうかもしれない。そうなれば形勢逆転で、有利な条件での講和ということになった可能性もないこともないだろう。もちろんその前に、帝都に原爆を落とされて終わりかも分からないが、通説とは逆に、日本が戦争継続の余力をかなり残したまま無条件降伏していたという公算も相当程度はある。戦前においても、経済制裁などというものを行なったために、軍備の増強が過度に行なわれ、日独双方とも、軍需品の備蓄は通常の3倍は有に在ったものと思われる。現在の状況下でも、なぜ国家の資産残高が増加している状況下で、大半の国民が資力を減じているのか分からない人間がいるのと同じようなものだ。そうして、いまだに「経済制裁を行なえば、その標的となった国の軍事力の増強を招く」ということを説く人物は少ない。

しかし一方で、戦後65年もたつのに、いまだに解けない軍国主義教育のマインドコントロールに対しても、いささかの恨みは持っている。しかしながら、このマインドコントロールを行なったものの正体は、左翼団体が声高に叫ぶような天皇制度の都合主義などではなくて、過去における大衆自身の結束した集団意思によるものなのであって、いうなれば自己責任の範疇に属するものだ。そもそも国家の意思というものは、常に一般大衆の譲渡した私有の土地財産の基盤の上に築かれ、それが国家成立の遠い過去の時代から連綿として繰り返し更新を続けてきたものなのである。そのつど一般大衆の合意の基に契約を更新してきた一般意思に対し、洗脳の疑惑の目を向けるのは、すなわち自己そのものに疑惑のまなざしを向けるということになる。わけも分からずに働いているだけでは当然そういうことになるのである。だから大衆は愚だというのだ。そうして、このわけも分からずに働いているということに対して、もっとも抵抗なくいわれるままに行動しているというのが日本人社会で、おそらくこういうところは世界でも希なのだろう。

さて、終戦後3ヶ月ほどたった11月初旬、連合軍名古屋司令部の戦犯特捜部の出頭命令が、中西少年に下った。軍人でもない中学生になぜ少年戦犯の容疑がかかるのかすぐには飲み込めなかったが、「神風風船爆弾を発明した軍国少年」の取調べだというので漸く見当がついたという。取調べを受けて、初めて風船爆弾が実行に移され、(「取り扱い不注意」のような形で)爆死者の出たことを知った。そうしてそのアメリカ人の取調べ法務官から、神風風船爆弾がアメリカ本国だけでなく、アラスカや隣国のカナダやメキシコにも多数落下していることを聞いた。しかし、何人犠牲者が出たのか答えようとしないので、広島や長崎の原爆で何人死んだのか教えろといったところ、突然取調べに当たっていた4人の米国軍人がみな怒り出したという。軍人というのも、存外単純なものだ。「横浜のB・C級戦犯裁判所に送るぞ!」と脅しをかけられたが、1ヵ月後、連合軍名古屋最高司令官のモラン少将が「神風風船爆弾は原爆とは異なり、小型爆弾を使用しただけの兵器で、通常の戦闘行為である。また、軍人でもない少年や民間人についてはB・C級戦争犯罪の容疑者には該当しない」という声明を発表したおかげで、事なきを得た。

・・

それ以来今日まで経過する間に、もうこの話が世間に知れ渡っても、それによって迷惑をこうむるような人がいなくなったことから、上梓するといういきさつになったそうだ。

しかし、大きな字でわずか120ページ足らずと、文字数の少ない割には、1100円もする割高の本であった。前回も特許権のところで触れたが、こうした悪弊のような慣習がはやったために、出版物のような娯楽品の価格は少しも値下がりというものをしないで、上昇の一途である。すでに20年も前にある雑誌で読んだものだが、そのときにおいてさえ、作家というものは月に一度数ページのエッセイか評論のようなものを書きさえすれば、年収1500万か2000万は固いものだったそうである。



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米国が原子爆弾を発明した時に日本の僕は風船爆弾を発 中西董 文芸社発行年月:2010年02月15日


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