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zoom RSS 大英帝国の植民地時代

<<   作成日時 : 2012/08/19 17:03   >>

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アヘン戦争の歴史などを見ても、『これと似たようなことを日本も行なったのだ』などということは考えようともしないものが多そうだ。しかも、アヘン戦争に関しては中国人のほうにもその原因を招いた責任というものが少しはあるから、あまり大きなことは言えない。中国人が横暴すぎて、ヨーロッパ人たちの国力が低いことをいいことにして暴利をむさぼっていたので、仕返しをされただけだ。このことは前に「中華帝国の危機@〜マカートニーの派遣」(まだAは書いていなかった)で触れた。

日本では、戦前の大日本帝国はアジアの植民地を解放したなどといわれているが、開放するほどの暴虐は一般には行なわれておらず、それは現地人の支配階級に対する妬みや嫉妬心からの誇大解釈の生んだ表現に過ぎなかったようだ。植民地における現地人の自治も17世紀頃までは比較的保たれていただろう。それが西欧の全面的な支配となったのは、インド反乱軍に拘留されたイギリス人たちが暑さのために半数が死亡してしまってからだ。インド人にしてみれば日常的なことで、ただイギリス人たちが熱中症に対して耐性のないことが原因であったらしいが、イギリス本国はこれをインド人の暴行と決め付けた。それ以来現地人の自治は原則として許されなくなっていっただけだ。広大な植民地を奪われた西欧人にしてみれば、まさに日本は泥棒だ。それで、イギリスやオランダの特権階級の人々の日本に対する恨みは米国の比ではなく、かの地にあってそこそこ裕福な邸宅の近辺を旅した日本人は、数十年前まで小石を投げられることもあったという。オランダ風のゆったりした気風では、江戸幕府以来の長い交易の付き合いであった国から突然攻撃を受けるというのは、テロ以外の何者でもなかった。湾岸戦争勃発に当ってイランの略奪を受けたクウェートのようなものだったろう。時の流れが風景に溶け込んだような国柄なので、50年や60年の経過で怨念を水に流せるわけもない。

西欧社会において、人種差別の概念が台頭してくるのは、中産階級が台頭してきた19世紀になってからで、産業革命の影響が広く普及するまでは、奴隷といっても古代ギリシャ・ローマ時代のものと大差なかったらしい。自由が拘束されていたとはいっても、選挙権もなく兵役にも就けなかったが、主人と共に談笑しながら畑仕事などを行なう程度であったようだ。後年になって、太平洋戦争時代の米国の黒人奴隷は、国家に忠誠を誓ったものは特例として戦場に赴き前線に配置されることまで許された。


太平洋戦争の時代に植民地を侵略された西欧人の心中は、本土を盗まれた中国人ほどではないにしろ、かなり怒り心頭に発するものがあえうに違いないと思っているところに、運よくオランダ人の書いた「西欧の植民地喪失と日本」という本を見つけた。筆者は、ルディ・カウスブルックという1929年植民地時代のスマトラ島東岸のシアンタル生まれのオランダ人の評論家だ。一時期、日本軍の抑留所で過ごした。戦後になって長いことパリに住んで日本語を学んだりもしたという。しかし、どうもウラン238の核分裂の連鎖反応を利用した原爆というものの正体がぴんと来ないので、そちらのほうがやたら気になるので、今回はこの本から序文の一部を抜粋しておくことだけに留めようと思う。

オランダにあっては、いまどき通用しない馬鹿げた概念の類はいっさいなく、世界で唯一、旧世界的歴史観念が蔓延しているのだという。それで、繰り返し横柄に日本に謝罪を求め、日本が謝罪するたびにそれを否定するという態度に出ることを繰り返してきた。1991年に、海部俊樹総理が、‘和蘭領東インド戦争犠牲者の碑’に喧嘩した際も、「無類の偽善の振る舞い」としてその花束は堀に投げ捨てられた。1997年8月15日にはハーグで開催された日本降伏式典に東京の大司教(*)が列席しようとすると、「日本人が同席することは、犠牲者にあまりにも多くの感情を呼び起こす恐れがあるため」という理由で断られた。まるで和蘭ではいまだ風車で時を刻んでいるかのような、時間の静止した長閑さを感じさせる。

(*)白柳誠一(1928−2009)カトリック枢機卿。オランダは元来プロテスタントで、島原の乱に当っても幕府に依頼されて居城を砲撃したという。それで幕府も安心してオランダとは貿易を続けられたといういきさつがある。

日本人一般は、『われわれは外部のものには理解されない、純粋無垢なものなのだ』とおもっているらしいが、こうした幼稚で馬鹿げた観念はすべての原始的文化に見出されるものである。独自で優れた文化を日本人が所持しているなどとは、普通の外国人は考えも付かないことだという。テレビや新聞で日本文化に引かれた外国人の紹介などを見せ付けられると、『海外での日本に対する評価は高い』などと思うかもしれないが、それだけ人間には差違があるのが当たり前なのだというに過ぎないことらしい。

『日本民族は特別だ』という未開社会的観念は、強い白人蔑視感を生んだ。しかし、その割には日本人は黄色人種に対しても蔑視間を抱いていたようだ。インド人や中国人は黄色く描くが、日本人は西洋人と同じように白い肌で描いた。そういう頓珍漢なことをやって、大東亜共栄圏でアジア人はみな仲良く繁栄しようなどといっても、そんなことを真に受けるアジア人は半分もいなかったろう。白人に対しても黄色人種に対しても蔑視間を持つ日本軍の行ったことは、「被抑留者の、これといって特別意味があるわけでもないちょっとした動作に、日本国、日本軍、日本国天皇を侮辱するもはなはだしいと猛り立ち、凶暴な行為に出るという、奇妙な刑罰パターンを取った」ことであった。

筆者の言葉に、「ますます多くの人々が、本当のことから偏り、事実と虚構の境をぼかす映画、テレビなどのマスメディアを通して自己の歴史的認識を得ている。実際の出来事は、劇的効果に、または“政治的に正しい”という観点に合わせて変えられて再生される」というのがある。たとえば原爆などというものについても、原爆投下のお陰で、少なく見積もっても10万人の米兵は死なずに済んだ。敵国の住人である日本人の生命などいくら奪っても、元来それが戦争目的なのであるから、正しいも誤っているもない。それがいつの間にか宣伝による再生効果で、本国のアメリカ人の2割以上のものが原爆投下の判断は誤りであったとしている。自国民は敵国日本人の命を助けるために犠牲にするべきだという考えと等価なものとなる。

こういうことを行っても、大体世の中の三分の2の人間はあまりに現実と歴史の違いを認識できないので、まったく理解出来ないだろう。歴史に起こったことは記憶の再生でしかなく、それは現実よりも空想に近いものだ。かつてニュートンが光を虹の光線に分解して見せたとき、「それは誤っている」とつぶやいたものの思考と同様だ。愚か者は物理学の原理に多くの空想を導入するのだ!




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