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zoom RSS 神の存在を信じる人の割合

<<   作成日時 : 2012/09/07 16:11   >>

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米CNNによると、米国人の80%もの人間が「神の存在を疑ったことが一度もない」のだという(2012年6月)。特に、毎日神への祈りを欠かしたことはないというのが76%を占めるというのは、日本との違いを際立たせている。日本では神を信じるものというのは、元来が非常に無教養であるか、それともきわめて低脳であるのかのどちらかだろう。まれに、「無神論は人間社会にとって害を及ぼすから、神は存在する必要がある」と言って、神の存在を強制的に認めさせてしまう者がいる。そのような主張をしていること自体、神は個々の人間の思考の内部にしか存在し得ないことにつながるのであろうが、当人はそのようなことにはまったく頓着しない。北朝鮮の人間は無教養であるから幸福である、というのと同様なカテゴリーに属する主張である。ところが、かの国では学問のないものほど無信仰である傾向があるという。それはともかくとして、米国人の慣用語が「オーマイゴッド」であると言うのも頷けるデータである。

実際に米国に滞在しているものは多少疑問に思うかと思うが、欧米人はそれだけ海外人へのパフォーマンスがうまいのだろう。彼らがよそ者に本音を語ることはほとんどなさそうだ。反対に日本人というのは仲間内でも本音を語らない。というより、ワンパターンの対応しか出来ないものが過半数を占めている。年期の違いだからある程度はいたし方がないものとはいえるだろうが、要するに、いまだ戦前戦時中の精神年齢の低さから脱出し切れていない。ずば抜けて幼いからこそ、経済発展というまがまがしい行為もこれといったやましさも感じることなく猪突猛進的に行えたのだろう。


「ワシントン(CNN)  米国の30歳以下の若者の間で、「神の存在」に疑いを抱く人が急増しているという。米調査機関ピュー・リサーチ・センター(PRC)が13日までに発表した報告で明らかになった。インターネット上で宗教に関する意見を自由に交換できるようになったためとの見方が出ている。


PRCが行った米国人の価値観に関する調査には、政党や同性婚、人工妊娠中絶など幅広い項目の中に、宗教についての質問も含まれていた。


報告書によると、「新世紀世代」と呼ばれる30歳以下のグループで「神の存在を疑ったことがない」という設問に「はい」と答えた人は68%で、2007年の83%から大幅に減少。「いいえ」と答えた人は31%と、07年の2倍に上り、10年前の調査開始以来最も高い数字を記録した。こうした変化は若者だけにみられ、他の年代では07年との差が2%以内にとどまっていた。


「祈りは生活の重要な一部だ」という設問で「はい」と答えた人も、30歳以下ではそれ以外の年代よりかなり少なかった。報告書は「ライフサイクルだけの問題ではないようだ。新世紀世代は上の世代が同じ年代だったころに比べ、宗教心がずっと薄くなっている」と指摘する。


報告書によると、米国人全体では、特定の宗教を信じていると答えた人が大半を占めた。神の存在を疑ったことがない人は80%、祈りは生活の重要な一部だと考える人も76%に上った。


非宗教を掲げる全米規模の組織「世俗学生連盟」で広報責任者を務めるジェシー・ガレフさんは、若者の宗教心が薄れている理由としてインターネットの影響を挙げる。「家族に見つかったらどうしよう、地域社会で何と言われるだろうなどと心配することなく、だれもが自由に議論できるようになった。疑いを抱く若者に安心して話せる場を提供すれば、そこで刺激を受けて新たな疑問を抱く若者も増える」と、ガレフさんは指摘している。」

まあ、存在しないという決定的な証拠はない。それに、たとえばUFOのような物的な事物が存在すると言うのとは異なって、精神的事物が存在すると言う見地から物を見れば、存在すると言う主張も出来る。何しろ、心に思う一切の事物はこの世に存在していると言えるのだから。

神の存在ということを肯定する日本人が極めて少数派だろうという事は、「何も好き好んで日本にうまれてきたわけではない」だとか「なぜ親の借款を子供が支払う必要があるのか」といった日本人が多そうだということをみても頷ける。証拠もないのにそういった無責任主義を平然と演じて少しも恥じることのない日本人集団には相当あきれるところがある。だからといって、アメリカ人の実に8割もの人間が神の存在を肯定しているというのも奇妙な話で、確率的な統計でいうと50%ほどのところに落ち着くはずである。だからだいぶ大衆操作的なところが見える。まあ、世の中の三分の二の人間は単に頭の回転が鈍いというだけの理由で思考性は持ちえないのだから、操作を施したほうが賢明だとはいえる。残りの三分の一程度の波の頭の人間の中には、『人類は滅亡すべきだ』という意見を持ったものが30人に1人か2人以上はいるようだ。かなりの高頻度である。彼らの中には「麻原彰光は根本的には正しかった」という思想を持つものも多い。毎日あくせくと働くだけの勤勉な槁木死灰を見ていては、『彼らが生きていてよいことがあろうか?』と思うのは当然だ。

実例を挙げれば、私が昔アルバイトをしていた会社にも、オウム事件の報道を耳にして、オウムに共感をうけ、わざわざ上九一色村を訪問してきたという人物がいた。その当時50がらみであったが、現場を巡回していた警察官に用件を聞かれ「オウムの麻原さんに共感したので来ました」といったところ、厳しい形相でにらまれたという。まあ、他人(社会通念の迎合者)を不快にして喜んでいるようなところがある人ではあったから、当然そのときも快感であったろう。ごく普通の会社にも、この手の人はかなり広範に存在するようである。たぶん社会全体の2,3%は存在しているはずだ。

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