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zoom RSS 教員の早期退職ということについて

<<   作成日時 : 2013/01/30 16:20   >>

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塾の講師であるとか私立学校の教員であるなどといった場合は、一般の国民と同じく、人権というものも国家によって保障されている。だから、この場合においても教育者の理念が欠如しているというそしりを受けることがあっても、何よりも本人の自由意思が尊重されるのは当然である。

しかし、公務員の場合においては、人権はひどく制限されたものとなっている。少なくとも、法律においてはそうなっている。公務員は一般人のように国家の主権ではない。「公僕」ということばは、一般人のしもべであるという意味と、国家のしもべであるという意味との両方に分けて使われるものだ。

従僕として自由を拘束される代わりに、様々な点で彼らは優遇される。こうした考え方は「国際人権追加議定書」の思想にそぐわないとの見地から、海外、特に欧州においては、公務員に対し民間と異なる種々の優遇制度を設けない代わりに、公僕としての人権剥奪も認めないという諸国もある。例えば、国家公務員、地方公務員ともに、日本においては公務員のストライキは法律によって禁止されているが、海外では一般国民と同じように自由にできるものである。現実とはだいぶ異なっているが、公立学校においては教員のストライキも禁止されているのである。国家の命令には絶対服従であるべきものが、国歌斉唱の際の規律命令に従わないことなどもある。本来なら、国民の主権により、彼らを逮捕、拘留することも可能であるはずのものだ。例えば、地方公務員法には「争議行為等の禁止」として、こんなのがある。
「第37条 職員は,地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民に対して同盟罷業,怠業その他の争議行為をし,又は地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない.又,何人も,このような違法行為を企て,又はその遂行を共謀し,そそのかし,若しくはあおってはならない.
2 職員で前項の規定に違反する行為をしたものは,その行為の開始とともに,地方公共団体に対し,法令又は条例,地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規定に基いて保有する任命上又は雇用上の権利をもって対抗することができなくなるものとする.」

それが本来の公務員の意味なのであるが、彼らが増長するのは時間の問題であったというのも大いに考えられることであった。上には、「活動能率を低下させる怠業はおこなってはいけない」とあるから、ストライキなどできないはずなのだが、屁理屈を言えば何事も通るような力を得たということになる。


たとえて言えば、普通の会社において、部長や課長と、部長代理や課長代理のどちらに権力があるかということを考えてみてもよい。ここで部長や課長に相当するものが一般の国民、代理に相当するものが公務員である。はじめのうちはマニュアル通り、代理役が頭を垂れているものであるが、次第に彼らは自分の意のままに動かせるということに気づいてくる。だから、そうなる前に同じ職場には一定の期間しかいられないようになっているのがふつうであると思う。より規模の大きなものとしては、代行業務を日常的に行っている諸銀行が次第に権力を帯びてくるというのがある。ただし諸銀行は一般の企業と同格であって、成立当初に格下の地位にいたというわけではないが。

ところが、国家の場合にはこうした回転というものが行えない。諸外国では、公務員の人権を一般国民に近しいレベルにまで上昇させて、その代わり彼らの処遇を引き下げているところもあるようであるが、日本においては公務員の人権は規制されている。その代わり給料や住居生活一般などにおいてひどく優遇されている。そのうえ、諸外国と比べてみても、政体の変化というものはひどく乏しかった。極言すれば、人権の扱いにおいては明治憲法以来変化なかったとさえ言えるだろう。そうした停滞した淀んだ雰囲気の中では代理役の公務員たちが自分たちの優位さを見出すことになる。

いずれにせよ、金銭以外に報酬というものを見出せなかった者たちのとるような行動であるから、公務員の教員の中の多数派もこのような連中の無節操ぶりには慨嘆しているというのが現状であるに違いない。



何事につけても金銭で換算して評価するという慣習は、明治維新以降西欧の文明を受け入れる過程でアメリカに魂を売ったといっても過言ではない日本政府の国民統治工作が生んだ代物である。公務員などというものは生来犬の気性のものがその職責につくものであるから、彼らを調教するのはごくたやすいものであった。犬というものは主人が危機に直面すれば身命をなげうって殉教するものであるが、現在その主人が南極越冬犬のタローにも劣るかという体たらく振りでは、犬のほうもさぞつらかろう。大半の大衆というものは、自ら思考する脳髄を持ち合わせていないという点で、完全に犬と等価である。そのことは古今東西変わらぬ天上天下の宿命だ。あまり無条件に叱り飛ばすのも正しくなかろうが、犬と等価では調教法にも限度というものはある。



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