森の散歩

アクセスカウンタ

zoom RSS 福島原発事故のおさらいのような本だった

<<   作成日時 : 2013/04/24 14:19   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

原子炉について一応まとまった本を読んでおこうと思って、ニュートン別冊の『きちんと知りたい原発の仕組みと放射能』というのをネットで注文したのだが、実物を手に取っていたとしたらまず買わなかったと思うようなものであった。特に前半の部分はまるきり新聞記事と大差ないようなことがまとめられているだけだった。それでも1200円か1300円であれば、それほど失敗したという気持ちは沸いてこないのだろうが、なんと2415円もするのだ。値段から見て、少しは詳しい事柄に触れていてもよいではないか。そう期待していたのだったが、がっかりだった。単純に大きさと厚みから大体の値段を推し量っても1800円くらいが妥当だと思う。15名近くの専門家を駆り集めて編集したようだから、人件費がかさんでいるのだろうか?

それでも、期待していた内容ではなかったにしろ、新聞やテレビで見聞していたものとは異なることも書かれていた。とりわけ、何重にもわたる防壁が張り巡らされていて、冷却ポンプの電源が停止した場合には、バッテリーでポンプを作動する設備まで整っていたということだ。

この本が書かれたのは2011年の7月のことで、そのころは「想定外」という言葉が盛んに歩き回っていたものだったが、案の定その言葉はある程度集団の中の合議で認められた「同定」もしくは「内定」として効力を発生するものであって、特定の個人的表現のことではなかったようだ。例えばホリエモンなんかも「想定内」などという言葉を使うが、政府関係者や、特に旧体質の東京電力のような半官半民企業の使う場合、この言葉は集団的合議としての一般意思の保有するものであって、一個人は「予想内」とか「予想外」などというのだろう。だから、原子力発電所を設計した技術者の中には、当然今回の被害は予想内であったという者も存在していたはずである。それで災害に対する防備もある程度万全ではあった。

また、放射能吸着物質として注目を浴びた「ゼオライト(沸石)」という物質が、すでに1979年のスリーマイル島原発事故の除染にも使われていたということも、この本に淡々と述べられている。あまりあっけなく触れられているのに、かえって驚いたほどだ。新聞記事などには「夢の吸引物質」などと、さも新発見の物質であるかのようなことが述べられていたように思うが、かなり古くから知られていたものであったらしい。新聞記事などの印象では、まるでゼオライトが放射性物質のみを選別して吸着するかのような書きぶりであったが、そんなことがあるわけがない。ただしそういう生物が存在する可能性はゼロではないだろう。人類が有史以来発見した地球の生物の種類の総数は、全生物の5%にも満たないという。多くは海中とか地中に生息しているそうだ。特に何百〜何万気圧などという高圧を好む生物の特性は皆目不明であって、彼らのうちには放射性同位元素の見分けができるものが存在していても別段おかしくはない。もっとも、生物が得に利用することの多い軽い元素の場合では化学的特性がわずかに異なっているということが十分に考えうる。重水などは、単に煮詰めるだけで濃縮される。化学的特性もだいぶ異なっているらしい。


それから、放射能障害に関して、以前からずっと私の腑に落ちない言葉に「晩発性障害」という言葉がある。医師たちの言う厳密な意味というより、多分にマスコミ関係の引用するところ意味だが。腑に落ちないというか、放射能の影響が蓄積されるなどというおかしなことが果たして人体に起きるのだろうか。金属疲労ではあるまいし、そんなことが実際に起きたとしたら、その人間はまるでミイラのように生命活動の一切を停止しているに違いないではないか。人体に蓄積されるということは、遺伝子にその痕跡が記憶として刻まれるということで、その唯一のものが、「寿命」というやつで、それ以外に細胞に記憶が蓄積されることはない。記憶されるどころか、放射能の影響で傷ついた細胞は速やかに自爆処理され体外に排出される。捨て去るものをいちいち記憶にとどめておくという無意味なシステムなど生命体には存在しない。それで、政府の見解などでは放射線被曝の経年にわたる蓄積などといういささか論理的には奇天烈としか思えないことを言っているが、この書物の筆者たちも、例えばチェルノブイリ原発事故発生の5年目以降から急増した小児の甲状腺がんは食料中の放射能の影響によるものとみているらしい。

まして放射線被曝の生涯蓄積などということが起こりうるはずがない。それは単にその場その場の被曝によって生じるであろう障害確率を単純に積算していったものに過ぎない。しかしそれは単純に現在から未来を眺めた場合の障害に対する期待値であって、実際には未来が現実に転化していくたびにその期待値も変化する。たまたま障害の発生するかしないかは、全くその個人の健康具合と運次第である。従来から、放射能による晩発性の障害ということが問題になっていたが、これも、放射能を浴びたという恐れや恐怖による心因的なストレスによる場合が大部分を占めているように思う。世間的に言えば、心因的ストレスにせよ放射線による晩発性の障害ということに他ならないということになるのだろうが、心因的ストレスが原因ということになれば、気にしない人ががんになるのは全くの運次第ということになるから、気にする人が運以外に癌にかかるのは単に気のせいということになる。例えば第五福竜丸の乗組員の晩発性障害などを見ても、彼らが多く肝がんなどを患ったのは、免疫低下によるものだということがほぼはっきりしている。しかしこれらは放射線による発がんであるというより、骨髄の造血能力の低下に対する治療として当時行われた輸血によるウイルス感染によるものらしいということが今になって言われてきている。とすると、原爆病などの原因も、実は輸血によるウイルス感染であったということが考えられる。骨の内部に結合したストロンチウムの生物学的半減期は25〜50年近くになるといわれているが、多くの放射性元素は200日以内に半減するため、戦後70年もたってからがんが発生しても、放射能のせいだとはいえないだろう。まあ、ストロンチウムにしても、なぜそれほど長期間排出されないのかはよくわからないのであるが。骨も他の部分と同じく、破骨と造骨を不断に繰り返している。なぜこんなに遅いのか?脳細胞にしたって、もっと速く入れ替わっているのではないかなどと思うわけである。

輸血を行うこと自体、1990年ころまでは50年後に合併症を発症する確率が60%とか70%もあるなどと恐れられていたものだったのだが、平均寿命の短いうちはたいして問題にならなかったものだ。伴淳三郎の死因も、輸血後の肝炎が悪化したためだったという。1981年のことだから、それほどの昔ではない。特に輸血後に老人が軽い肝炎を発症することはほとんどの場合でみられ、その頻度は90%に達したという。しかしキリスト教徒やとくにユダヤ教徒は、信仰上の理由もあって、海外では一人当たりの輸血の総量に限度を設けているところが多かったらしい。大量輸血を拒む習慣のない日本においては、血液由来の疾病が極めて多かったかもしれない。今でも、大量輸血を受ける際には、感染症が生じても病院関係者には責任は及ばない旨の承諾書というのを病院側は患者に求めるから、それなりに輸血の危険性は残っているのだろう。血液型のわずかな不適合(輸血できる血液型適応者は本来数万人に1人程度しかいないらしい)による悪影響が長期にわたって作用したことによる、ウイルスの自己発生ということも考えられるだろう。そのため、近年では、日本でも自己血輸血以外は極力無輸血の方針をとる医療機関が増えてきたようだ。従来から輸血後肝炎の発生のほかに、抗白血球抗体や抗血小板抗体の産生を高い確率で予防することは、臨床の場では不可能だといわれてきたらしい。原因の未だはっきりしていないものに、移植片対宿主病というのがあって、輸血後にかなり頻繁に起きる発熱はこれによるものらしい。特に各種の抗体が大量輸血によっていったん体内にできてしまうと、蜂などにさされた時のアナフィラキシーショックと同じことが起こるので、2度目に輸血をすることは不可能ということになってしまう。どうも最近アレルギー患者というものが増加の傾向にあるようで、これは環境が悪化したのかヒトの免疫質が変化したのか知らないが、アレルギーが増えるついでに輸血アレルギー患者も増えると考えるのが筋というものだ。多分年年歳歳増加しているのだろう。血液に問題が発生してしまうと、全身を循環するものだけに、始末が厄介なことは言うまでもないことであろう。


放射能を持つ元素のうち、DNA鎖を切断できる可能性のあるものは、中性子などの物質放射線に限られる。ところが人間の作った原子炉の発生する物質放射線のエネルギーでは、なかなかDNAを破壊することなどできそうにない。放射線を被曝しても、放っておけば死ぬほどの破壊力は受けないのに、多量の放射線で人が死ぬのはアポトーシスの働きで体細胞が自滅するからである。放射能は何もできない。免疫力が強く、体細胞が自滅する行為を防ぐ気力のあるものにとっては、特別恐れるものではない。

非常にミクロな物質の実態化は思念に影響されるところが大きい。光が静止質量を有する場合、それは物質であるといえるが、空間を運動している間はそれは物質ではなく、あらゆる場所に姿を現す波として顕現する。電子のような物質はその逆の過程で、現実世界に影響を与える。中性子のような少しマクロな物質でも、人間と比べればはるかに巨大であるから、人間よりは波の性質を多く有するわけだ。波の性質を持つほどにそれは存在感を薄める。存在すると思えば存在するし、存在しないと思えば存在しない。だから存在しないと思うものには放射線の影響は表れないのがふつうであるし、存在すると思うものにとって放射線は驚異の存在である。ただそういうことなのであって、「思考は現実化する」ということに近い。


放射線の電離作用は水分かそれに準ずる媒質のない物質中ではまず起こらない。通常の物質が放射線で朽ちるのは、その物質の原子核が中性子を吸収して放射性物質に変化するからである。それに加えてクマムシが宇宙空間飛行を終えても生命力を失わないということは、非常な速力のある中性子であっても、彼らの遺伝子構造を破壊できないということを示唆している。核の中ですっかり強固に建築されているから、そんなものを壊すことは宇宙の強烈ビームでも不可能らしい。こんなビームを浴びて平気なのであれば、原子炉から出てくるか細いビームなどはすべて跳ね返すことができる。それでも巷では放射能被害を騒ぎ立てるのは、100万円貯めたいと思うのに少しもたまらない人と同じで、騒ぎ立てるものに実行力というものがまるで伴わないためである。もう一つ放射線による障害を防ぐために考えられることは、生物が生命活動を停止して、無機質の物体となることである。クマムシの体は無機質に近づくために最善の努力を払っている。ヒトの場合でも、低体温を保つことで、とりあえず倍くらい放射線に対する耐性を高めることができそうだが、現在のところせいぜいその程度のことしかできそうにない。

放射線障害には免疫は効かないという声を多く耳にする。何か直感的にそうとしか思えないからかもしれない。これは放射能に関して一定の知識を持つ者にも多いというのが現状だ。しかし、病気を引き起こす病原菌にしても、放射線と同じく、直接体細胞を傷つけるものではなく、科学的な毒素を排出することで悪さを発揮する。放射能の場合、放射線の周りにできる電磁場に共鳴活性化して生じる活性酸素が、病原菌の出す毒素にあたる。活性酸素の無毒化は免疫機能の役割だ。人体に与える悪影響に対する防御システムという観点から見た場合、どちらを防ぐのも免疫システムであるので、この辺は特に勘違いしないようにしたい。しばしば放射性物質は塩に比較されて量の問題で毒にも薬にもなるなどといわれたりするが、病原菌と類似したものとみると、撲滅したほうが全く安全なものだ。ただ存在しないと免疫が鍛えられないということになる。できれば放射能ゼロというのが理想だろうが、条件付きで言えることである。身の周りのバイキン類もゼロであるという条件下でのみいえることなのだ。世の中を生きるためにはストレスがぜひとも必要なようなものだ。


きちんと知りたい原発のしくみと放射能
楽天ブックス
ニュートンムック ニュートンプレス発行年月:2011年07月 ページ数:159p サイズ:ムックその


楽天市場 by きちんと知りたい原発のしくみと放射能 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
オークリー メガネ
福島原発事故のおさらいのような本だった 森の散歩/ウェブリブログ ...続きを見る
オークリー メガネ
2013/07/05 15:42

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
福島原発事故のおさらいのような本だった 森の散歩/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる