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zoom RSS 第三帝国の時代。

<<   作成日時 : 2014/10/25 08:59   >>

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前に少し述べたが、「第三帝国」という言葉を最初に用いたのは、12世紀のイタリアの神学者ヨアキム・デ・フローリス(1145頃―1202)である。フローリス修道会を設立したことで名を残しているがこの修道会自体は細々として17世紀には消滅したらしい。世界史の流れを三位一体論に基づいて解釈し、第1期を「父の国」の時代、第2期を「子の国」の時代、そして第3期を「聖霊の国」の時代とした。第1期は律法の下に俗人の生きる時代であり、第2期はキリストの下に聖職者が聖肉の間を生きる時代、第3期は自由な精神の下に修道士たちが生きる時代である。第3期の「第3帝国時代」においては、山上の垂訓が厳密に守られねばならないとした。そして1260年には「ヨハネの黙示録」14章6節の「永遠の福音」が訪れ、教会制は終わって完全な霊的教会が誕生すると予言した。1215年の第2ラテラノ公会議で異端の判決を受けたが、取り分けて迫害らしいものは受けなかった。時代背景が、ガリレイなどの時代と比較すれば、かなりの自由度を帯びていたからだろう。「宇宙論の変遷」のところで述べた、ピエール・デューヘム(1861−1916)が1277年を現代科学誕生の日と決定付けたことを思い出す。この年のある日、パリ司教は「世界は複数存在し、天はその全体が直線運動をしているかもしれない」と宣言したのであった。

一般的には、ヒトラーが1933年1月から45年5月までの間、ドイツを支配したナチズム体制のことをさすのはもちろんであるが、どうもヒトラーやナチスについては異常なほど過度に歪曲された悪のイメージが巷を席巻している。このような大衆一般に共通した通念が広まるという場合は、それは往々にしてマスメディアによって故意に単純化された宣伝工作というものが背後に隠されているものだ。愚かな大衆の眼は、総てパンツの中にあるので、彼らには現実が見えないわけである。つまりアダムがイチジクの葉で前を隠したのは、世間を見ることを拒否するものの態度なのだ。それゆえ大概の社会主義思想は性の解放を叫ぶのだが、賢者の眼は頭についていることを忘れている。ヒトラー自身もそういうことはわきまえていて、「私は間違っているが、世間はもっと間違っている」といったそうだ。ヒトラーの目はパンツの中にはなかったので、正誤は別としてどんどん前へ進めたが、大衆の目はふさがれているので進む方向もわからないという意味か。


今では第三帝国という言葉は、「神聖ローマ帝国」、「ドイツ帝国」に対することと解されるのが普通であるが、第一帝国を「古代ローマ帝国」とみても案外すっきりとこの区分は成り立ちそうだ。それ以外にも、聖書には案外詳しかったというヒトラー(文人のなかでもっとも崇拝していたのがイエス・キリストであった)のことだから、あるいは上述したフローリスの区分を思い描いていたとみることもできるのではないか。「精霊の国」:「千年王国」である。そうして、ヒトラーを新興宗教の開祖とみて、政治家としては見ないといった解釈のほうがむしろ的を得ているような感じも受ける。ヒトラー自身はどこかヨーロッパのドイツ民族由来の北方の地に安住の楽園のようなものを建設するつもりであったかもしれない。自分たちが生き残るための闘争であるから、ある程度の蛮行は許されるものと考えていたとしてもおかしくはない。まともな人間ならば、いつでも自己の行動を正当化するものである。それにヒトラーには復讐譚というもっともな理由もないわけではなかった。それはかつての30年戦争以来ドイツ民族の多くが連綿として心に抱き続けてきた思いと共通するところもあった。第一次大戦後、ヴェルサイユの調印式で、ランツァウ伯は述べた。「ドイツは敗残者だが、正義だけはドイツの味方だ」。ユダヤ人の殺戮も、イエス・キリストを裏切ったことへの報復と見れば理解できる。ヒトラーの心の大部分は憎しみによって形作られていたに違いない。その憎しみは当然スペインにも向いていた。だからゲルニカの悲劇は、ヒトラーやナチス(*)にとっては悲劇などではなく、かつての報いだったのだろう。それに、ドイツ国民全体にとってはついこの間起こった超インフレ(1922年から23年末にかけて卸売物価が戦前の一兆倍以上になった事件)も当然フランスやベルギーをはじめとした欧州連合国の企みとみていただろうから、なおさらその意識が強かっただろう。

(*)大体「ナチ」とか「ナチス」とかよく言うが、この言葉自体本来反対勢力側からの蔑称であって、ナチ党員間ではPG(ペーゲー)[Parteigenosse(=Party Member)]と呼び合っていた。だから彼ら党員が自分たちのことを「ナチス」と呼ぶのは、例えば性同一障害の男性が自分自身を「おかま」といって恥じないのと同じようなことで、本来おかしなことである。


大体において、世界に起こった歴史の真相というものは一定の期間、おおよそ数世代の期間は封印される。そのくらいの間は各国政府機関の金庫にカギをかけて眠らせておくというのが、重要書類のたどる運命だ。その期間が満ちる前に解禁してしまうと、社会擾乱の原因となるからである。大体欧州では3〜5世代、アメリカのように昔から国民が自由に親しんでいるところではより短くなりそうだ。まだ第2次世界大戦が終わって70年しかたっていない。この状態ではまだ第二次大戦はすでに過去の歴史となったなどとは呼べない。しかるに日本では何事もアメリカに習えだが、あいにく国民の教育がなっていないので、真実が知れるとたちまちパニックだ。そこで公に知られてはまずい資料はすべて処分する悪い癖がついた。太平洋戦争中の都合の悪い資料など何も残ってはいないだろう。しかし、ドイツは違うと思う。スターリンでさえ大日本帝国の連中よりははるかにガラス張りであった。しかるべき時期が来れば、大概の秘密文書が公のものとなるだろう。

昨2013年の2月に発行された『ヒトラーと第三帝国の真実』という学研ムックの雑誌本にヒトラーの描いた第三帝国の夢のいくつかが簡単に載っていた。以下この本に沿って話を進めていく。特に「ナチスが計画したドイツ版新幹線ブライトシュプールバーン」計画には興味をひかれた。1942年春にヒトラーの発想により計画が始まったそうで、時期的にはソ連軍の反撃で痛い目にあっていたころのことだ。躓くたびに新たな発想が生まれるというタイプの人物だったのだろう。往々にしてスターリンとは兄弟のように考え方が似ていたなどといわれるが、スターリンだったらつまずけば発想というものがあったとしても内側に向かっていたに過ぎなかったろう。ヒトラーにとって戦争とはあくまで手段に過ぎなかったことで、おそらく世界征服が夢であったアレクサンドロス大王だとかナポレオン、それにチンギスハーンなど、地上の英雄とは一線を画していたろう。彼の最終目的には争いの文字など一切なかったのが非常に特徴的だ。まさに千年王国という形容がぴったりだと思う。今日の教育では強調されることはないと思うが、ナチス体制の求めた過度の平等性というものも宗教的な「千年王国」の表れだといえる。ゲルマン民族こそが「選民」であり、往年のユダヤ人にとって代わるものであった。


すでに戦後70年をへた今日の時点でも、ヒトラー政権の思い描いた夢はだいぶ明らかなものとなってきている。戦争などどうでもよかったのだ。目指すは大ゲルマンの楽園、千年王国である。だからドイツは英米とは争うつもりは全くなかった。彼らとの間に戦闘が始まってからも、英米の捕虜はフランス人やスペイン人などとは別格の扱いだった。太平洋戦争の緒戦でイギリスが日本に敗れた時も、非常に残念がっていたことが我が闘争に記されている。ソ連に占領地域が拡大すると、広大な手つかずの地に新天地を建設するため、さっそくアルフレート・ローゼンベルグ大臣のもと、大計画が練られた。「私はたとえ戦争中でも建設は中止しない」と彼は言い放った。きわめて用意周到に、ち密で用心深く物事を進めていたにもかかわらず、周囲からはそれが「気まぐれ」であるかのように映った。しかし1945年の4月になっても『総統は決して嘘をついたことがない。私はヒトラーを信じる。神は決して総統を見殺しにはなさらない』と信じていた部下も多かった。ヒトラーが自殺し、ドイツが敗戦を迎えた後になっても、まだ多くのドイツ国民がヒトラーを支持していたと、米国の調査にはあるそうである。1936年のラインラント進駐が成功裏に終わった後の国民投票では99%もの支持を得ていたという(99%というのはありそうもない数字ではあるが)。

ヒトラーの多面的才能、特に美術と建築のタレントには大きなものがあった。何度も繰り返すが「生きているのか死んでいるのかわからない」大衆という表現はプラトンなどにしても用いるところであったし、大衆自身もそのように考えていただろう。だからカリスマ的指導者が現れれば、瞬く間に従順し、彼の目的達成のためには命を賭して戦う。現代においてもそれは同じだ。たとえすぐれた指導者が現れなくとも、大衆は緩やかに命を賭して、為政者の経済発展という目標に向かってひた走る。見返りは概して少なく、通勤途上で殺されてしまう危険も少なからず存在する。交通事故死は戦争に相当する。突然死の確率はきわめて低いものの、継続する時間のほうはとてつもなく長い。


ヒトラーが最初に構想を練ったのは、ベルリンを世界有数の都市に改造するというもので、1933年のことであった。「世界都市ゲルマニア」とは彼の命名だ。ヨーロッパのほぼ全土に英米と対抗しうるゲルマン人の楽園を築こうとするもので、スウェーデンやノルウェーなどの北方ゲルマン人はドイツゲルマンに吸収するというつもりだったのだろう。他民族は劣等だからどうでもよいという思想は旧約的な思想だ。エジプトを離れたユダヤ人たちのパレスチナ大殺戮物語の拡張版である。旧約聖書というものにあれだけあからさまに民族大殺戮の数々を記しても、大衆には全く通じそうにない様子は不可思議としか言いようがない。何故ヨシュアの行ったことは正当化され、ナチスのそれは非難されるのか、どちらも同じ選民思想ではないか。ヒトラーの言う通り「ユダヤ人パウロがイエスのキリスト教をめちゃくちゃなものとした」のではあるまいか。もしかすると、旧約聖書の原典を記した民族はユダヤ人たちによって絶滅させられ、彼らに対する自分たちの殺戮を正当化するため、都合よく原典を書き換えたというのが真相かもしれない。ヒトラーやナチスに大きな影響を与えたフォードなどの米経済人の少なからずのものが、こうした悪いともいえるユダヤ教徒たちへの反感を抱いていたことはおそらく事実であろう。ヒトラーの千年王国思想については、「ヒトラーの千年王国思想とイエス・キリストに対する尊敬心」のところで述べている。



ヒトラーによって全体の構想が練られ、アルベルト・シュペーアが設計及び総指揮を受け持った大都市ゲルマニアの中枢をなすのは、街の南北を縦貫する幅120mの目抜き通りに建ち並ぶ巨大施設で、1930年代に建設が始まったいくつかの建物はすでに完成して今日でも現存しているという。ゼロ戦の250キロ爆弾くらいではびくともしない作りだから、保存力の方も桁外れなのだろう。凱旋門の正面には、国会議事堂となるはずであったイスラム建築風の「フォルクスハレ」(聖杯神殿)を建てる計画であった。1950年の完成を予定していたが、戦争の勃発で遅延し続けた。実際はベルリンの地かは水脈が多く、巨大な建物は建てられなかったらしい。防空壕にしても地上に作るしかなかったことを見ても地盤が弱そうなのはわかる。
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次にナチスが行った政策として、アウトバーンというものがあげられている。これは最も有名なものであるが、実はナチスが考え出したものではなく、ドイツ帝国時代の1913年にはすでに建設が始まっていたのだそうだ。1933年にナチスが独裁政権を確立すると、国民に自動車を使った休日の余暇を約束した。それでさっそく帝国アウトバーン会社を設立し、従来50キロメートルほどしかなかった自動車専用道路工事の建設を始めた。また、フェルディナント・ポルシェ博士に国民車の開発も依頼していた。日本であったなら仕事のため、といいだそうなところだが、休日はドライブで楽しむ目的で全国工事が始まったというのが面白い。ヒトラーは休むべき時に仕事をしているものがいると癇癪を起こして罰金を徴収するという性格だったらしい。ドストエフスキーなどに、ドイツ人は働くということ以外に愉しみなどあるのだろうかとバカにされたせいかもしれない。ところがようやくフォルクスワーゲンの試作機が完成し、大量生産に取り掛かろうとした途端に第2次世界大戦が勃発したため、すでに総延長3300キロメートルに達していたアウトバーンが利用されることはなかったそうだ。

三番目に挙げられているのが、夢の高速鉄道ブライトシュプーバーンである。標準軌の2倍以上の3mもあるレールを時速250キロで巨大な列車が走行するという計画だ。空気抵抗のことも全く考慮していないような車体で、動力源はディーゼルの予定だったそうだ。ドイツはすでに1931年の段階で後方のプロペラで推進する実験車両「シーネンツェッペリン」が時速230キロを記録していた(どう見ても古いタイプの新幹線そっくりだ、日本が真似したのか)。営業車両としても、ディーゼルエンジン方式の「フリーゲンダー・ハンブルガー」(1933年開通)、蒸気エンジンの「ヘンシェル・ヴェーグマン・ツゥーク」がともに時速160キロをマークしている。3mもある広軌の採用は今の技術陣にとっては不可能だろうが、当時はどうだったのか、案外可能だったのかもしれない。見た目は少しハンブルガーに近いから、ディーゼル=電動機変換方式だろうか。列車の全長はおよそ500m、乗客は2000〜4000人を予定していた。ナチスドイツのことだから、余裕があれば本当に作ったかと思う。計画通りに進めば、西はパリから、東は黒海をはさむものとなっていたという。
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  シーネンツェッペリン

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   ハンブルガー



ここで、どうもおかしなことに気づくのだが、どうもヒトラーやナチスはもちろんのこと、ドイツ国民全般にも、第2次大戦は自分たちが起因となって起こしたものだという意識が希薄なようなのだ。すでに1933年の政権獲得時からヒトラーは「ゲルマニア帝国」の構想を抱いていたが、それも、ドイツの東方進出は当然の生存権の獲得だとみていた。どういう風に歴史を解釈してみても、ドイツが一方的にポーランドへ侵攻した1939年の9月1日をもって第2次世界大戦が勃発するのであるが、ドイツにしてみればそれは違うことになるらしい。それならば西部戦線で続いた平穏状態をわざわざドイツの方から破って、戦火を拡大するようなことはしなくてもよいのではなかろうか。気乗りのしない攻撃だったのだろうか?英仏が宣戦布告したまま沈黙を保っているので、焦燥感のようなものを感じたのだろうか。そうだとすると、ヒトラーとしては何者かに仕掛けられたという思い、計画の邪魔をされたという思いがずっとわだかまっていたのではないか。

芸術、特に美術に関しては、ヒトラーは政権を獲得する前からピカソやカディンスキーに代表される抽象画を分明にとって不要なものとして嫌っていた。それで1933年に政権を獲得すると即座に各美術館からこれらの「退廃芸術」を押収し、彼らの絵画を公金を使って無駄に購入した責任者を糾弾した。「退廃芸術」を購入するための資金は国民に分配された。代わって働く農民の姿を描いたものや、健全な裸体画は推奨された。





何百年後かの後世においては、もしかしたら書き換えられるかもしれない現在の歴史観では、何かと横暴で独裁的なヒトラーナチス像しか描かれない。特にドイツにおいては、ヒトラーがかつて自国民の圧倒的多数の支持を受けていたことは社会擾乱を防ぐためにも当分はタブーだろう。しかしながら、過去の歴史解釈は任意に変遷する。歴史資料など実にいい加減で、時の権力者が自勢に都合のよいことだけを何層倍にも上澄みして記録したものに過ぎない。現実がたまたま人らの思い描いた夢の実願を拒否する形になったことが彼を極悪人に設えているのであって、それというのも同盟国イタリアと日本がとんでもない国に攻勢を仕掛けたがために、計画通りに事を運ぶことができなかったからである。仲間割れみたいなことで今の不平等社会が成立することになったのである。

しかし、ワイマール共和国大統領ヒンデンブルクがなぜ遺言でヒトラーを次期大統領に指名したのかなど謎が残る。しかもそれはわずか2か月前のこととはいえ、1934年6月30日の夜、レーム以下のSA突撃隊幹部らが粛清された『長いナイフの夜』の後なのだ。まあ、この辺のいきさつについてはあまり詳しくは調べていないのであるが、ひょっとしてヒンデンブルクは近衛文麿のような性格だったのかとも考えられる。

恐らく本書の記述のほうがより事実に近いと思うのだが、前に「ヒトラーの経済政策」で上げたものの多くは、ヒトラー以前の政権で実行されていたもので、ヒトラーはそれらを受け継いだだけだったようだ。先に述べたように、ヒトラーは政治家ではなく、むしろ宗教家と呼んだ方がいいくらいだと思う。



1943年以降のヒトラーは衰弱して精神的にもおかしくなっていったようだが、何もかもが上手くいかなくなっては気もそぞろになって当然だろう。後世の人間は結果だけを見て自分のいいように解釈している。恐らくヒトラーにとっては1939年のポーランド侵入の時点で英仏が宣戦布告してきたというのが予想外で、それ以降常にイライラしていたのではあるまいか。戦争状態は彼の本意ではなく、千年王国でドイツ国民が平穏無事に暮らせることであったものだろう。



終わりの方に、1942年8月、スイスはユダヤ人が一人も入国できないよう、国境を閉鎖した、とあった。従来スイスは永世中立国として比較的全意に介されることが多かったが、こうしたことも公言できるようになってきたというのは心強い。戦後の日本は、すべて「臭いものにはふた」という態度であった。


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