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zoom RSS ナチスと安楽死計画(その1)

<<   作成日時 : 2015/03/08 16:54   >>

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『ナチスドイツと障害者「安楽死」計画』という本を読んでいる。本書の日本語訳が上梓されたのは1996年の8月25日となっているからもう20年近くたつのだが、世間の雰囲気はいまだナチスが考え出した計画だとなっている。アメリカ生まれのアメリカ育ちらしい筆者のヒュー・ギャラファーは19歳の時ポリオを患い、成人してからはずっと車いす生活だそうだ。子供のころは車いすの人を見るとある種の恐れというものを感じていたが、実際に自分がそうなってみると、どうということもないことであったことに気が付いたらしい。まあ、病気だという訳でもないから当たり前だ。ナチスドイツの世界でも、別段筆者の程度の障害者を安楽死させたという訳でもなさそうだ。ヒトラーの右腕であった宣伝大臣のゲッベルスにしても両足の長さがひどく異なり、普通に歩けなかったという。多少おかしなところがあっても、頭が普通ならばまともな人間とみていたことは、ナチスの社会でも常識以前の問題だったのだろう。日本のマスメディアはすっかりアメリカナイズ(≒ユダヤ資本化)されていて、ヨーロッパ社会と比較すれば偏見に満ちている。ヒステリックな性格のものは特に狂気に支配されやすい。

20年も前の本なのだが、同種の日本国内で出版されたものと比べると、かなりの賢さや博識ぶりを感じさせる本だ。断種というものを最初に普及させた国は米国だ。米国出身の筆者がこの概念に詳しいのも当然のことだ。ドイツと比べれば相当程度平和な社会であっただろう米国でさえ、時間が経つごとにかなりいい加減なものとなっていったらしい。つまり何でもないただの障害者でも断種の対象となって行ったそうである。米国内での断種は1920年代に最高潮に達したが、戦後になっても1958年までに6万人の米国市民が断種された。知的障害者は危険人物とされ、隔離収容されたそうだ。

何度も繰り返すが、不都合なことはすべてヒトラーやナチスのせいにしておけば、とりあえず丸く収まるという時代はやがて終焉を迎える。現在のところ、国際ユダヤ資本の暗躍が激しく、とてもそういう雰囲気ではないだけだ。日本の場合にしても、韓国や北朝鮮支配は欧米の植民地主義の延長により近い物だ。丸くおさまればそれでよいという世界世論の動きにより朝鮮は日本から漁夫の利を得てきた感がある。こちらの方も将来賠償金返還要求が出てきてしかるべきだ。まあ、その分すべて中国が受け取ることになるかもしれないが。ひところ、日本国民は世界で唯一自国を卑下する国民だなどといわれていたものだが、日本人にもまして自国こそが最悪だとするものが韓国人であったことを最近ネットで知った。財閥問題などで私から見ても日本の方がはるかにましだと思う。

表題にした安楽死計画にしても、これをナチスやヒトラーの計画とみる向きは間違っていると筆者は主張する。安楽死計画はナチス党員でなかった医者たちがこれで良かれと考え出したものだからだ。確かに、遺伝子に不備を有しているであろう者たちを消去するということは、近い将来の医療費の負担を削減するだけでなく、遠い未来の人類に病気で悩むものを少なくするであろうという希望をもたらす。ヒトラーとドイツ民族の狂気が安楽死計画をも狂気の現象と解釈させている。しかし、現代世界においても、安楽死の実現を人類社会の希望と結びつけて考える意思は多い筈のところである。年間何千万円という高額な医療費を使い込む不毛な病人をたった一人抹殺するだけで、そのために浮いた金額で何十人という人を餓死から救うことができる。ナチスの教科書には、「もし、精神病者収容施設の建設費が600万マルクで、公営住宅の一戸の建設費が1万5千マルクだとしたら、施設を一つ建設する費用で住宅が何戸建設できるのか」という問題があるそうだ。数学の教科書とあるが、算数のことだろう。日本ではこんな格差はないと思うが、福祉政策の行き届いていたナチス時代の現実の相場かも知れない。

もう一つ大きな要因は、慢性病の患者を快癒できないことに対する医者自身の欲求不満、フラストレーションの高まりかも知れないと筆者は推測している。このフラストレーションを完全に解決するためには、不満の源泉である患者自身を抹殺することが必要であったという。そうすると、例えば現代社会でよく言われているようなこと、例えばナチスはダウン症の子供たちをことごとく抹殺した、などという話にはかなり疑問を感じるところとなる。ダウン症の患者を診ても、医師は欲求不満を覚えたりしないであろう。むしろそれは現代国家における特定疾患に該当するようなものに近いと思われる。

T4計画(*)なるものが正式にヒトラーによって署名されたのは、1939年の9月下旬だが、日付は同年9月1日となっているそうである。ずいぶんいい加減だが、少なくとも若いころは残虐なことが嫌いであっただろうヒトラーの要求で「病状の最も慎重な診察の上に」という一文を条項に盛り込むためだったという。命令は殺人命令ではなかったと、計画の主導者であった医学博士カール・ブラント(1904−48)はニュルンベルク裁判で繰り返し主張したそうだ。そもそもヒトラーが安楽死の問題に興味を持つようになったのは、1939年の初めに、持つ父親から、障害者である自分の娘の殺害を委託されてからだという。その子供は盲人として生まれ、片手と片足がなく、白痴であるように見えたとブラントは証言している。さらにこのことが明るみになったのち、同様の依頼がナチス政権の基に舞い込むようになった。本書の筆者であるギャラファー氏は安楽死というものに反対なようであるためか、かなり当時の計画には否定的なようだが、現代社会でもオランダをはじめとしたヨーロッパ諸国では安楽死に好意的な感情を抱いている者が相当数存在する。現代日本においても、どうしようもなくなった痴呆症の同居人に安楽死を望む家族のものは多いはずである。社会全体を見ても、彼らを除去することで、どれほど多くの健全な若者が救われるかを考えてみれば、この計画が悪であるなどとは決めつけられないであろう。老人たちはともかくとして、精神病者の徹底的な粛清というものは、各種残忍な凶悪犯罪を防ぐためにぜひとも必要なものかもしれない。

(*)名称の由来は、この計画の作戦本部が総統幹部に近いティアガルテン4番地にあったから。

シュバイツァーとも親交があったブラントは、安楽死が倫理的に正当であると固く信じていた。プロテスタントの牧師などともこの問題についてずいぶんと議論を重ねたが、案の定教会側が安楽死を認める兆候は全く現れなかった。ヒトラー自身はすでに1935年の時点で「戦争になりさえすれば、安楽死の問題に関しては必ず反対するであろう教会の抵抗を押しのけて、この問題に取り組むことができる」と語っていた。先の話と考えあわせてみると、やや疑問も生じるが、そのことについては詳しいことは書かれていない。訳文に問題があるのかどうかよくわからないが、すっきりしないところがある。マスメディアが盛んに報道するヒトラー像は、あらかた戦後のアメリカから伝えられた虚像であって、すべてを受け入れるわけには到底いかない。

確固とした複雑な社会階級の仕組みを持つドイツ社会はナチス時代に平等に向けての歩みを始め、第三帝国の平和な時代にドイツ国内に行き届いた福祉政策のおかげで、乳幼児死亡率は英国よりも下回った。そのことを顧みるものはごく少数である。

ヒトラーは古代スパルタのやり方を賛美していた。「病人、弱者、奇形児の遺棄、つまり彼らを絶滅するのは、最も病的な人間を保護しようとする現代の軽蔑すべき狂気よりもよほどまともで、実際には数千倍も慈悲深い」。しかし、スパルタの直接的な方法は実行不可能であったので、彼は断種政策に掛けた。600年の間断種を続ければ、人類社会は計り知れない苦悩から解放されるであろう。ヒトラーはそう考えたらしいが、遺伝的な欠陥を10%取り除くのは無理であろう。例えば乳癌の遺伝を持つものに断種を行っても、将来的に乳癌患者を10分の1か20分の1にすることはできるかもしれないが、1000分の1にはできないだろう。しかし、苦痛に悩むものを減らすということなら、確実に可能であるはずだ。おまけに、ナチスには何が遺伝的失陥なのかわからなかったらしく、アルコール中毒者や事故の被害者までも断種の対象とした。まあ、事故にあうのは不注意という欠陥をもたらす遺伝性の疾患だと見れば、そう思えないこともないが。ただし、ナチスは断種を受けたものがあざけりの対象とならないように、徹底的に守秘義務を貫いたという。こうした配慮はつい最近の日本政府にも見られなかったことだ。

ナチス幹部からも危険人物とみられていたのが、親衛隊幹部で実力者のマルティン・ボウマンであったという。彼はナチス医師会会長のレオナルド・コンティと親しい間柄であったらしい。「不治の精神病者だけを安楽死の対象にするなんて決してないことだ」が口癖だったそうである。戦時中という状況からして、地区の指導者たちが病人と老人の殺人に異常に熱心になってしまう恐れが多分にあった。ボウマンのようなものが上層部にいては困る問題だったらしい。何とか当面はボウマンを外すことでT4計画はスタートしたが、結局1941年にヒトラーの命令で計画が中止になったことを見ると、やはり『病人や年寄りは殺してしまえ』という風潮になっていたようである。ドイツ人の間抜けさは、日本人と同様、彼らが勤勉であったことによるのだろう。バカは常に職務に忠実で、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」ということを知らない。安楽死計画があまりに蔓延したのは、この計画の順守がドイツアーリア民族の純化につながるという思想と大いに関係があるのだろう。初期にはユダヤ人などにも安楽死が適応されることがあったらしいが、ドイツ民族と同じ特権をユダヤ人に対して用いることには大きな反発があったようだ。純潔のドイツ市民だけが安楽死の対象となることができたというニュルンベルク裁判での証言もあるという。T4計画が名誉の作戦であるという観念は現代社会では理解困難なところだろう。しかしながら、思想の自由はあくまで相対的なものである。同時代人でも住む場所が異なれば相当の差異を生む。まして空間のほかに時間も異なればその際は非常に大きなものとなるはずである。あの進化論のダーウィンさえ、「人間の由来」(1891)の中で,“医者が各種障害者をも含めた全員の命を最後の瞬間まで救おうと全力を尽くすのは、人類にとって非常に有害だ”などということを言っているそうである。思考とはいかに自由なものであらねばならないかというよい教訓だ。大衆は彼らの生きている社会の通念を取り入れて生きているだけであって、独自性などというものなどは全くない。ただ他人の考えるように考えているだけだ。だからどういう時代にあっても大間違いを起こす。


米国大統領セオドア・ルーズベルト(1858−1919)もまた熱烈な優生学の支持者だった。彼は、優生学者ダベンポート(1866−1944)への私信で、「正しい種類の良き市民の最大の義務、逃れられない義務は、世界に自分の血を残すことである。間違った種類の市民が末代まで続くのを許すのは筋が通らない」と述べているそうである。この時代、科学的で理知的な思考を持つものはそのように考えるのが常識であった。多分に現在においても同様なことは言える。


あまりきりがよくないが、以前のオイラーのことを思い出して不思議な気分になって堪らなくなったので、衝動的に、『オイラーの贈り物』という本を頼んで読むことにしたので、続きはこの次に書くことにした。上記の書物は中高生でも数学に興味のあるものは読めるというものなのだそうだが、最初のところで数の連続性ということが書かれていた。連続性という大前提があるから、「1=0.9999・・・」なのだという記述を見て、「アキレスの亀」などというゼノンのパラドックスにとらわれるものがどれほど夢と現の分別がつかないのかということにはっきりと気が付いた。数学と自然科学とは全く異なるのだ。自然科学が選んだ最適な記述言語が数学というあいまいな言葉なのだ。単にそれだけのことだった。

まあ、この本についてはブログに書くつもりは今のところないが。実は一か月くらい前から、昔買ったマイクロソフトの「エイジオブエンパイア」というゲームのキャンペーンシナリオをやっているのだが、クリアーしなければ先へ行けないのだから、依然やったはずなのに、まるきり覚えていない場面が多くてびっくりしている。退屈しのぎでやったものだから印象に残っていないのかもしれない。もう16年か17年ほどたつのだろうか。パソコンで初めて買ったゲームだ。古いゲームなのだが、パソコンゲームの中で一番面白い。








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商品の詳細ジャンル社会・政治フォーマット単行本出版社現代書館発売日1996年08月ISBN97847


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