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zoom RSS 会話を聞く力は動体視力に似ている。

<<   作成日時 : 2016/06/04 09:17   >>

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東京都知事の舛添氏のことがテレビで話題になっていたが、なぜあれほど大騒ぎをするのかがなんともわからない。別段法律そのものには反していないらしい。世間的にいうと、節税対策みたいなものだろう。人に嫌われようと好かれようと、法を犯さなければ何をやっても自由だとは思う。別段「許せない」というほどのことでもないと思う。向こうでも、こんな反応をヒステリックなものととらえているかもしれない。

さて、同じ音を20個も連続して聞かせると、人はこれを一つの連続した長い音として感じるそうだ。ちょうどテレビの漫画を見て、細切れの画面が認識されないのと同じだ。しかし、何か変化があれば簡単に人はそれを知覚する。蚊の羽音が「ブーン」という連続音に聞こえるのも同じで、秒速350回から600回も空気を振動させているからだ。家バエの羽音の振動数が毎秒200回くらいだ。トンボの羽音になると、だいぶがたがた断続的に聞こえてくる。ただし、家ハエを除くと、子供のころと違って近くに来ないと気が付かない。蝶の羽音になると、低すぎて聞こえない。いちおう調べてみたが、蚊の羽音がいちばん高音らしいが、NHKの時報くらいの音の高さだ。子供のころは部屋の隅の方にいてもわかったが、そうすると、ハエの羽音も昔はより大きく聞こえていたのか。前に「昆虫の微小能」の話をしたが、鳥類のハチドリの羽ばたきが動物界で最高に速いといっても、せいぜい毎秒80回が最高だという事を思うと、昆虫の速さは驚異的である。


一言でいえば、時の流れを感知する能力のことだ。実際はあべこべで、変化を認識する能力があるから時の流れという概念が生じたのだが、まあそういう話は今はどうでもいい。

いわゆる雑音などというのは、概して変化がないという点では純音に近いはずであるから、背面風景として人はそれを無視することができるのだろう。いや本当は知覚しているのだが、意識に上らないだけかもしれない。

人は声帯でもって声の基本的な成分を作り出しているわけだが、それだけでは雑音に近く、とても速い速度での会話ができないらしい。そうした理由でコンピューターによる合成音を作るのは非常に困難であったし、いまだに人間よりも早口のコンピューターなどというものは出てこないのだと思う。ネアンデルタール人が一秒間に3語から5語しか発語できなかっただろうなどというのもそれがあるのだろう。口蓋で微調整して変化のある声を作らなくては脳が理解できないのだ。

それが現代人になると、たとえば「生麦生米生卵」なんていう早口言葉を1秒で聞かされても、たいていの人は簡単に理解できる。ここには13音ある。

日本人の平均的な発話速度は毎秒5音節くらいらしい。毎分300音だ。アナウンサーなどは少し早く、概してテンポの遅いNHKでも、毎分400〜550音程度というから、速い方になると、普通の倍くらい速くしゃべっていることになるが、全然早口に聞こえない。これはアナウンサーの発語には人の聞き取りやすい3000ヘルツから4500ヘルツの成分が豊富に含まれているためでもあるようだが、大人になってからの学習でもそういう事が出来るのかはわからない。生後1年を過ぎるころには、もう脳の聴覚領が母国語専用に形成されてしまうようだからである。欧米語には高周波の成分が非常に豊富なので、こうした環境下で育った人間は日本人の2倍くらい早口の会話を聞き取れるはずである。複雑な音声になるほど聞き取りやすいのだ。反対に、機械音―ユーチューブなどでよく聞く―になると、ゆっくり発話しているのに、早口で聞き取れないといった印象を受けてしまう。あまりに単調だからだろう。単調で単純すぎるから、概して背景音として聞いてしまう。意識せずとも無視してしまい、意識にはのぼらないタイプの声なのだろう。

同じ音が20回も連続すると、一つの背景音として聞こえるという話をしたが、ピアノのような音をイメージしてみると、例えばオクターブの音を1秒間に5回くらい反復させてみても、ちゃんと別々の音として聞こえる。40音くらいある。変化があればかなり分別できそうだ。という事はピアノの音はかなり複雑にできているのかもしれない。100音くらいに増やしても別々に聞こえそうな気もする。ピアノでなく、木琴をイメージしてみた場合、最初の5回反復のケースでも背景音として一つの音として聞こえそうな気がする。


ところで、ちょっと驚いたのが、最近ステレオ技術が進んだせいか、CDのデジタル音などよりレコード盤の音質のほうがずっと優れていることを感じ取れる人間がかなり多いという話をネットで見た。CDは2万ヘルツまでの録音で打ち切りなのに、レコード盤には高周波も録音されているというのがあったが、それを感じ取れるわけではなく、CDの音ではとびとびの音しか再現できないのが不快なのだろうと思う。それとレコード盤ならば日によって再生音に若干の違いが生じるというのも、生演奏で味わう想定外の邂逅みたいなもので、人には心地よいのだろう。それとも、以前は人の聴覚は2万ヘルツの音までしか分析できないといわれていたのが、骨電動を通して聴くと、どうもそれ以上の周波数を聞き分けているらしいことが判明したからだろうか。科学的な方法で立証された途端に、思い込みによる敷居が解除されて聞こえるようになるという仕組みだ。考えてみれば、空気中で20キロヘルツの音の波長も、水中では3倍に伸びるのだから、聞く方も楽になるはずなのだ。体内でもこれと同じような現象が起きるはずである。


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