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zoom RSS 『ソクラテス以前の哲学者』

<<   作成日時 : 2018/08/11 09:45   >>

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アリストテレスの科学の定義が現代にも受け継がれて、タレスなどは自然哲学者ということになってしまっているというが、彼らもまた人間や社会のことを考えたというのが筆者の廣川洋一氏の意見だが、アリストテレスの自然学の定義も粋なものだ。魂も肉体と不即不離であるから自然学の対象だという。自然とは変化する運動のことで、存在を存在そのものとして思惟するものが第一哲学であるらしい。何らかの変化を認めるものが第二哲学だ。世界に存在するものは総じて科学哲学ということにある。好意的に見れば、アリストテレスのこういう解釈のほうが人間的であるといえる。世間を見れば幾分アリストテレスよりもプラトンをとるような風潮だったが、プラトンのイデア論などとんでもないでたらめといえるのではないか。アリストテレスのほうが実証的だといえる。

今の時代にはアリストテレスをあしざまにけなすような人はあまりいないと思う。何より彼は全体からものを見ようとした。それは現在にはあまり見られない徳だ。例えば、ウィキにはピサの斜塔の実験は弟子のヴィヴィアーニの創作だということが書かれていて、ガリレオのやったのは坂を転がるテストだけだということが書かれている。本当にピサの斜塔の実験をやったら、重い鉄球の方が速く落ちるに決まっている。ガリレオの実験でまずいのは回転しているということで、ヴィヴィアーニもこれはまずいということに気が付いたのだろう。生卵とゆで卵を同時に転がしてみれば結果は違ってくる。エネルギー保存則から見れば回転エネルギーを消費しない生卵の方が速く転がりそうだが、直感的にはゆで卵の方が速そうだ。実際にやってみないとどういうことになるかよくわからない。そこでネットで検索してみたが、生卵が速いでよいようだ。しかしどうして剛体の方が速いと思うのだろうか。社会的刷り込みの一種だろうか。外界に関していえば、粘性の小さな物質の方が速く進める。この事と人間が社会的生物であるということとは関連しているのか。虎のように単独で生きる生物に思考があったならば異なった見方をしているに違いないとも思う。

ともすると「抒情詩人」の一言で片づけられてしまいそうなヘシオドスが、ここでは哲学の先駆者としてあげられている。前8世紀の後半に活躍したらしいヘシオドスは見ようによっては宇宙生成説の提唱者である。続いて、聞いたこともないアルクマンも前7世紀前半に活躍していたらしい。続いて、前550年ころのペレキュディスがあげられているが、この人が「無からの創造」[creatio ex nihilo]を避けることに心を砕いたというのを読んで、現代のビッグバン説は全く神話と同列ではないかと思った。シュロスのペレキュディスというのはギリシャ七賢人の一人にも入るらしいが、七賢人は10人以上いたらしい。要するに数などどうでもよいのだ。

今までギリシャ神話といえばヘシオドスが語る通りのものだと思い込んでいたのだが、どうも神話と決まったものでもなかったらしく、ギリシャ人の思想哲学というか、宇宙生成説(コスモゴニア)であったらしい。宇宙生成説とみると、とりわけ面白いのがペレキュデスの思想だ。ザス(ゼウス)とクロノス(時)とクトニエ(地)は常に存在していたが、ザスがクトニエに大地を与えたのでゲ(大地)という名称になった。この大地はザスの刺繍した外被であり、クトニエとの結婚の贈り物としてザスが与えたものだという。クロノスに由来する子孫の系列と、ザスとクトニエとの結婚に由来する子孫の系列を、それぞれ単細胞、多細胞の進化とみても面白い。ザスの結婚以前のクロノスとクトニエの時代を地殻のないマグマオーシャン時代、ザスが外被を送ってからが生命の誕生時代と解することもできる。外被の贈り物とは、大洋と大地と宮殿だ。現在の地球科学の様相に近いが、真実をとらえる別の方法があるのだろうか。別の方法があったにしても、一般人では到底無理だろう。

ヨーロッパ哲学史上最初の3人の重要人物を生んだのは、やはり小アジアのミレトス市であったが、ここはクレタ人の植民都市だったそうだ。しかしドーリア人の移住ルートというよりイオニア人の移動ルートの範囲に収まっている。前者と見ればスパルタと、後者と見ればアテナイと同郷だ。タレスやアナクシマンドロス、アナクシメネスといった知恵者が、後の精鋭スパルタに通じているというのも面白い。イオンとは移動するものの意味だそうだが、それが後世電荷を表すものとなったのは面白い偶然だ。イオニア学派の宇宙生成論も二つの相反するものの結合により生じたというものだからだ。しかしこれはプラスマイナスの電荷というより、男女の和合を表すものと受け取ればそう不思議でもない。

タレス(前585年ころ)は、あらゆるものの生命原理は魂(プシュケー)であるとし、これを水だとした。「万物は神々に充ちている」と主張したが、それが水だというのも羊水見たいなものの観察から来ているのだろう。土木技師の専門家で、川の流れとは常に向き合っていたらしいから、水がこよなく気に入っていたのだろう。タレスは著作を残さなかったが、アナクシマンドロス(前570年ころ)は、ペレキュディスとともに、ギリシャ最古といわれる散文を残した。彼は全宇宙を永遠に生かし続け養うには水では不十分だと考えていた様である。それで有限のものでは不可能なので、アペイロン(無限)というものを当てた。宇宙の無限性を考慮したものとすれば、これもまた大したものだと思うが、インドなどでもそういうことは考えていたようでもある。どうも現代人は古代の人間を無知だと思い込んでいるのか、そういう話は信じたくないように見える。もしも宇宙が限定されるものであれば、そこには必ず対抗する動きがあるであろう。そうして宇宙に秩序があるのはこれら退行する「不正」のうごめきなのだ。この動きを封じるものは無限定なものしかないのである。アナクシマンドロス派は、魂の本質を空気的なものと見た。地上は空気に充ちていて、息をすることが魂の活動だと思えたからだろう。

アナクシマンドロスを継いだアナクシメネスは、より自然科学的であろうとして、思弁的であるアペイロンを避け、空気(アエル)を以て第一原理としたが、現代科学から見れば、思弁的・抽象的である方が真実に近かったといえる。ただし、単に空気というだけでは相対的に陥るので、稀薄度によって異なる物質を構成すると考えた。稀薄すれば火。濃密するにしたがって、風になり雲になり水になる。それから地、石となる。彼の説を「稀薄と濃密の説」ということが出来る。量的還元の理論だ。つい近代にいたる撫で、深海の圧力は非常に高いので、密度の濃さで全てのものは金として堆積しているだろうなどと信じていた人々がいたそうだ。


ミレトス派の3人の次にクセノパネス(前570−475頃)の人の名があげられている。彼の時代はペルシャに故郷を占領され、散々な日々だったらしい。膨張と収縮による水循環の説明(水→雲→雨→水)とか、虹の生成は雲により起こされることを説いた。化石の相に縞があることから、宇宙の乾季と洪水期の繰り返しを主張した。哲学者というより多く詩人的要素を持っていた。

次にサモス島生まれのピタゴラスが載っているが、クセノパネスと同じ前570年ころ生まれて、クセノパネスの1世代30年ほど年長とある。ウィキには前582年から496年とある。前499年にペルシャ戦争が始まっている。少し後に生まれたヘラクレイトスはギリシャ世界に広く知れ渡っている「ピタゴラスは知恵者である」という話をひどく嫌っていたらしい。彼はただ博学であっただけで、真の知恵と呼べるようなものは持ち合わせていなかったなどと受け取られるような断片を残していた。いかがわしい教団をひきいていたらしいというのが気に入らなかったのかもしれない。ただピタゴラスが博学であったことは確からしい。それから多くの多少揶揄的な記述から、彼が霊魂不滅を信じていたことがうかがえるという。彼はまたエジプト留学から多くを学んだらしく、エジプト製の逸話を信じる利口バカと揶揄の意味を込められたのか、ソラマメには死者の霊魂が宿るとして食べなかったというが、ギリシャ人は大変にソラマメを好んでよく調理した。大体西洋は死者、特に戦死者を尊いものとして尊敬するらしいし、戦役に徴集されること自体権利であると思っていたというのに、どうもピタゴラスはあまり歓迎されていなかったような感じもある。霊魂の不死不滅という思想などもギリシャには元来存在しなかったが、これはピタゴラスよりもずっと以前に、ある罰のために魂が人間の内につながれているという思想が輸入されていたらしい。ピタゴラスの100年ほど後のピロラウスは「あるものはすべて、限定者であるか、無限定者であるか、それとも限定者であるとともに無限定者でもあるか、でなければならない」と記した。この思考法からは、ギリシャ思想がインド思想にもう少しで届いていたことを示唆する。

次にエペソスの人ヘラクレイトス(前500年ころ)が載っているが、この人は小アジアが完全にペルシャの支配下にあった時代を暮らしていた。ヘラクレイトスの特徴は、それまでの宇宙生成論とは異なり、自己の追及を第一の目的としたところにあるそうだ。魂(プシュケー)という言葉を多く使ったのも、後年のデモクリトスを除けば、彼が最高であるそうだ。人間性の追求という問題へ哲学の大筋がうつっていったことを物語るようでもある。ヘラクレイトスは宇宙の生成と消滅は常に同一量であって、宇宙全体は常に変わらないとした。「火が転じて海となり、海が転じて半分は地、半分は竜巻となる」とした。宇宙魂が火⇔水の対立的緊張をはらみながら、魂としての自己同一性を保ち続けるように、人間の魂もまた、おなじ対立・緊張をそのうちにはらみながら自己同一性を保持し続ける存在である。ただし人間の魂は本来火的なものであるが、湿り気を帯び液化することで劣化する。個々の人間には下降劣化の道があるのみであって、そこが不死なる宇宙とは異なる。人間の棚思惟は必ず水となり、再び火となるときには新たな肉体に宿るのであろうから、そうした思想は個々の人間にとっては無意味であるとヘラクレイトスは考えたようである。ヘラクレイトスにとって、調和とは争いの事であった。弓矢が静止してその形を維持しているのは、互いに逆向きの力が常に争っているためだ。アナクシマンドロスが対立を「不正」と見たのに対し、ヘラクレイトスは「正義」と見た。ピタゴラスのことを知識だけの人などと揶揄していたが、ヘシオドスについても「昼と夜が一つであることを知らない」と彼の非論理性をなじっている。

次に、パルメニデスとエレア派について述べられている。パルメニデスはシシリー島に逃亡してきたクセノパネスに学んだらしい。彼も詩の形で哲学をものした。長短短格六脚韻詩型(ヘクサメトロス)にはよりこだわったが、なぜ散文の形をとらなかったのか。その理由は謎であるらしい。しかし彼の真理体験は神話に近いものを感じる。彼はヘシオドスの真理を自覚していたようだ。存在するものだけが存在する、存在するものから存在しないものが生成されたり、存在しないものから存在するものが作られたりするなどということなど絶対に起こりえないことであって、タレス以降の数々の哲人の思考してきた生成や変化は極めて非理性的で容認しがたいことであるとした。しかし、エレア派のゼノンのパラドックスなど見ると、間違った人間原理のようなものを築き上げたパルメニデスのほうが堕落した考えの持ち主だったようにも受け取られる。アリストテレスは、「彼も現象の事実を受け入れざるを得なかったので、感覚の多なることを認めざるを得なかった」などといっているそうだが、明らかな誤謬にもかかわらず、世界はなぜアリストテレスの実証主義を採用せず、現実と不調和な人間主義を近年に至るまで採ったのか。

パルメニデスよりも25歳ほど若いエレアのゼノンだが、ここには有名な四代パラドックスは乗っていない。プラトンによれば、師のパルメニデスが笑いものになるのを避けようとしての擁護作戦だったということだが、どうも今にして思えばかえって失敗の感がある。

エレアにはメリッソスという人もいた。ゼノンより15歳ほど年少で、この人は小アジアのサモス島の生まれだ。ピタゴラスの生まれた島だ。前441年にサモス海軍を指揮して、ペリクレス麾下のアテナイ海軍を撃破したという。メリッソスに至ってようやく空虚の存在が完全に否定され、運動否定の論拠は明白なものとなった。この考え方をデカルトが引き継いで、真空は存在しないなどとしたらしい。しかし今は空虚はいたるところに存在すると考える方が真相に近そうだ。原子にしたって全体のほとんど100%は何もない空間だ。

アリストテレスには、事実を無視するエレア派の考えは気違い沙汰にうつったらしいが、シシリー生まれのエンペドクレスはほどほどに妥協し、民主制の確立に力を尽くしたが、結局追放され、異郷の地で生涯を終えたらしい。愛の支配しているときには、人間は団塊状をなしていて手足もいまだなかった。この「ウロピュエイス」に合った人間は、憎の時代に入ると、分離して生殖器を保有したという。プラトンの人間球体論もこの辺から来ていたのだろうか。あまり哲学的ともいえなさそうだ。また彼は輪廻転生の災いを断つには浄化による方があるといい、肉食を禁じた。死後3万季節の間霊魂は漂流し、その後転生するらしい。

アナクサゴラスもまた自然哲学者というイメージからは遠いものがある。前480年のサラミスの開戦後間もないころ、小アジアのクラゾメナイからアテナイに移住し、以後30年間政治家ペリクレスの知的サロンの有力なメンバーとしてアテナイの知識人たちに大きな影響を与えた。しかし、太陽は灼熱した石塊だといったため、ペリクレスの政敵に無神論の廉で告発され、逃亡を余儀なくされた。エンペドクレスの説は師のパルメニデスのロゴスに違反しているとし、あらゆるものは無限の要素を含んでいるとした。ゼノンの理屈ではそれは無限大になるのだが、それは小さなものと数も上で等しいという場合のみであって、無限に小さなものを合せても、小さなものにおさまることは大いにありうるとした。宇宙原初に回転を与えたものは知性(ヌース)であって、回転が広範囲に及ぶにつれ区分性が進み、今日見るような分離としての宇宙秩序が出来上がったとした。しかし、渦動が引き起こされた後は知性は無関心であって、この点が無神論者といわれるゆえんだと思う。

いよいよ原子論の完成車としてのデモクリトスである。創始者レウキッポスよりも15年ほど後になって活躍した。デモクリトスはイオニアの植民地アブデラに生まれた。エーゲ海北岸のトラキア地方である。ソクラテスと同じころの人だが、断片のほとんどは倫理的内容のものばかりだという。魂も宇宙と同じ原理に従って動くが、それを構成する原子群塊は他のすべての原子群塊よりもはるかになめらかで動きやすいとしていた。彼は教育は素養を再形成するとし、もって生まれた才能は不変だとする従来の思想を退けた。

最終章でソフィストたちの紹介がある。彼らはペルシャ戦争(前492−479)末期からペロポネソス戦争(前431−404)が終わったころ、前470年から400年ころにかけて活躍した。もともとの意味は賢者というほどだったが、報酬を受け取るものとしてこの名称がアテナイを中心に定着した。彼らの目的は国家の中枢となる人物を育成することにあった。もはや民主制の進んだ時代に在っては戦況やくじ引きによって国民の大多数が国政に参加することが可能であったので、単に家柄がよいとか富を保有しているだけでは国政に参加することは不可能だった。そう考えると彼らの営みは国民にとって極めて有益であって、むしろ知恵とか魂の浄化などをひたすら根差す哲学者こそ若者をたぶらかす邪な存在であったといえなくもない。ソフィストとしてはデモクリトスと同じアブデラ生まれのプロタゴラスを嚆矢として、シケリア島レオンティノイのゴルギアス、ケオス島イウリスのプロディコスらがいる。今の世ならば真の称賛に値する人たちだったとも思える。優れた家庭教師だ。

本書ではソフィストとして最長老のプロタゴラスを取り上げている。デモクリトスやソクラテスよりおよそ20歳から25歳年長であったらしい。一時アテナイの大政治家ペリクレスと親交を結び、南イタリアの新興都市トゥリオイの法律基礎雨人に任命されたという。「人間尺度」(ホモ・メンスラ)の説は広く知られているが、これは主にエレア派の気違い沙汰の哲学を批判したものである。エレアは「あらぬものをあるとする道は、不毛でまるで誤謬」としたが、あらぬものをあらぬとするのは人間の尺度だという。エレアのゼノンなどはもっと賢い人かと思っていたが、全体とんでもない説を唱えていた人たちであった。プロタゴラスの著作中、最も長大であったとみられる「反対の論」(アンテイロギアイ)には「あらゆる事柄・問題について、互いに正反対のロゴス(言論)がありうる」とする相対主義の立場を取り扱っていたそうである。各人に真実と思われるものが各人に真実であるのは、病人にとっては酒は苦いものとして現れるが、健康人には甘いものとしてもあるからだという。医者が薬を用いるのと、徳の教師ソフィストが言論を用いるのとは同じだと繰り返し述べていたそうである。そして病人にとってよりよいのが健康であるように、魂のより好ましい状態というものもあるのだとした。

ソクラテスなどは哲学の議論を一日中街角で行っているばかりで、結局は親の財産に頼っていていただけで、家には一銭もいれないとんでもない亭主だったのが、今では聖者として扱われているが、彼よりはまともに暮らしているソフィストたちのほうが同時代の人々にとってはより有難かったのではなかろうかと何度も思った次第である。精神の純化も必要かと思うが、そのために物質をおろそかにしたり軽蔑するようなのはどうにも具合が悪そうだ。

それからまた思うに、現代社会の便利なようであまりありがたみも感じない文明の利器とやらによって、現代人は自分たちの時代が高度な文化を謳歌しているに違いないと信じ込んでいるような人が多いようだが、実際のところは政治制度に関してはどうも古代ギリシャのほうがはるかに勝っていた印象を受けた。優れた職人がいたために、家々の作りなども現在より精密にできていたのかもしれない。

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