クォーク

普通化学などで原子の構造を問題にする場合は、電子と陽子、中性子で十分だ。しかし、どんどんどんどん原子の構造を調べていくうちにいろいろな粒子が100個以上も見つかったらしい。それでまとめる作業が起こった。電子の仲間を軽い粒子、レプトン。陽子の仲間を重い粒子、バリオンということにした。そして核力の素などの中間子など中間の重さのメソンだ。バリオンとメソンをまとめて、強い粒子、ハドロンともいう。レプトンは素粒子だが、ハドロンはそうではなくてさらに分割される。それがクォークだ。
クォーク・グルーオン・プラズマの物理 実験室で再現する宇宙の始まり (基本法則から読み解く物理学最前線) [ 秋葉康之 ] - 楽天ブックス
クォーク・グルーオン・プラズマの物理 実験室で再現する宇宙の始まり (基本法則から読み解く物理学最前線) [ 秋葉康之 ] - 楽天ブックス

これはゲルマンの命名で、ツワイクの命名はエースだそうだ。どちらも月あかりか何かの影響で同時に発想したので、どちらを用いても任意なはずなのだが、クォークという呼ばれ方しかしない。

ツワイクはソ連生まれのアメリカの物理学者だが、後に神経生理学者になったとある。エースモデルのほうが日本語では書きやすいが、クォークモデルということになってしまったのはなぜだかよくわからない。1962年の事だ。1964年には正式に発表したらしい。

中性子や陽子がさらに分割されるのではないかというのは、陽子に電子を衝突させるとSLACで行われた一連の実験から推測された。もし陽子が均一の物質であれば、陽子内を均一に電子が通過するはずだ。ところが結果はそうならずに一部の電子は跳ね返った。

がちがちに硬い陽子の内部を同じくがちがちに硬い電子が通過するというのは、たぶん電子が物質であって波だからなのだろう。物質であると大きさがあって、稠密な物質内を通過することはまずできないが、大きさがなければ通過できる。通過した後でまた固体になればよい。エネルギーが高ければ高いほど波は物質を通過できる。光でも可視光線よりもエックス線、エックス線よりもガンマ線だ。現在は超強力レーザーから発振されたガンマ線で分析するらしいが、ハイゼンベルグの原理なるものはどうなったのかは不明。ニュートリノが地球を通過できるのもエネルギーが大きいからだろう。もっとも光に関しては物質の芯はよけて、実際は真空の空間を通過するといわれている。透明なガラスでは直進しかできないので進めないわけだ。

ともかく昔は中性子というのがぎゅうぎゅうに詰められた最終形態と考えられていたらしいが、今ではクォーク星というのが想定されている。


クォークのモデルのおおもととなったのは1956年に提唱された坂田モデルだそうだ。このモデルでは、陽子、中性子、Λ粒子の3種類の粒子がもととなって多くの粒子が説明されていたが、バリオンについては矛盾があった。それでも3種類の要素でバリオンを説明しようという発想はよかった。コイン投げの場合によくたとえられる。コイン投げは表と裏の2種類しか出ないのが普通だが、原子の場合は元の数が多すぎて立つ場合も考慮しなければならなくなる。

バリオンは全部で8種類あるから、最低限3種類の構成要素があれば足りるからだ。ゲルマンらはこれを「8道説」と読んだ。仏教の8正道からとったというが、当時ニューサイエンスだとかニューエイジ運動が盛んであったこともあってか、この言い回しがしばらくの間胡散臭い印象を持たれることになったのかもしれない。その反動か80年代半ばまでは還元主義万能の時代だったようにも思う。ところがその時代にも、それを過ぎても、アポロが月に降りた1969年以降科学というものは一向に進展していない。50年前の知識が大衆化しただけのように見える。

大概のものが驚くように自然というものは、どちらかというと文学のような内部の思考の描いたモデルのように程よく展開している。つまり数学という内部世界の概念と妙に一致している。数学は算術から出発し、算術は自然観察から発生したと取るならば、根本的なところは同じだという考えもあるだろうが、それだったらそういうことは文学にもいえそうなことだ。文学は言葉の組み合わせから生まれたものだが、その言葉は自然が作ったものだからだ。外部世界は抽象的であるべきだというのが、それで科学の通念というものであった。とにかく常識的には外部世界は一つの法則であらわせるべきだ。ところが内界と極めて一致するということは、外界は複数の矛盾のない論理にも対応しているとも思える。

八道説とは八面体の回転によってバリオンが現れるというもので、ゲルマンとネーマンがSU(3)という群論を用いて1964年に提唱した。世界に第一の面を向けると、中性子と陽子が現れる。次の回転では4つの面が現れるからバリオンも4種類、次の3番目ではまた2つ…といった具合で、何か物語のようだ。昔、神々がこのように戦って世界を創成したのだなどというのと似ている。それで、果たして本当なのかという疑念もわかないではない。

それぞれ陽子、中性子、Λ(ラムダ)粒子、∑(シグマ)粒子、Ξ(クサイ)粒子、よりできている。∑粒子は3種類、Ξ粒子は2種類あるので、全部で8種類だ。群論を説いた結果、陽子と中性子以外のバリオンにはストレンジクォークがかかわっているということになって、そうするとスピン2分の3の粒子も存在しているというのがゲルマンらの予想であったが、それがΩ粒子で、1964年に発見された。

その後クォークには5種類あり、6種類目の存在も確実視されている。しかし、よくよく考えてみれば自然界には2種類のクォークしかない。第2世代、第3世代といっても、人間が勝手に実験で破壊して見つけたように思っているだけのようでもある。もしかしたら蜃気楼のようなものかも知れず、まともに受け取るべきものではないかもしれない。あると思えば観測されるという幽霊のようなものなのかもしれない。

そもそも光子などというものもこんなものが弾丸のように空間を疾走してくるものではないだろう。ものに干渉して観察されるときに光子となるのだろう。

この記事へのコメント