そういえば昨日は原爆の日であった

アメリカでは大抵パールハーバーと比較される。日本がああいうことをしたのだからこっちもやって当然だという理屈である。戦争も初めのころは戦死者も少なかったが、おしまいの方に行くほど急激に増えてきた。真珠湾の被害は大体軍人で、民間人の犠牲者はほんのわずかであった。アメリカは2000人ほどと多額の投資資金と時間を失った。日本軍の死者は50人足らずだったか。原爆はというと、いまだに投下後の死亡者は明らかになっていないが、24時間以内に死亡したものは5000人から3万人くらいだそうだ。ほとんど日本側は民間人で、米軍の死者は18名だそうだが、地上で捕虜になっていた兵士たちで、投下した爆撃機の搭乗員は一応全員無事であった。一人二人頭がおかしくなったものもいたらしいが、米陸軍によって長い間極秘にされていたらしい。

世界各国、特に英国には強くせがまれて、半ば嫌々参戦した米国という感じであったが、長引く戦争で、いつの間にか戦死者は40万に達していた。なんとか死者だけは減らしたいというのが人情というもので、こればかりはどうしようもない。もう戦争末期には、かつて日本が半年以上もかけて周到に議論に議論を重ねて真珠湾奇襲を企てた時の様な冷静さはなかった。もっとも、奇襲は真珠湾に始まったわけでもなく、アメリカにもイギリスにも南下バレバレの山下陸軍輸送隊であった。日本が目論んだ奇襲作戦はもう一つフィリッピンのマッカーサー飛行場を襲うものであったが、天候の具合でずいぶん遅れたらしい。遅れたおかげで大成功したのだが、あまりニュースになっていない。

もうルーズベルトが死去して以来アメリカの独裁政権を続けていけないのは明らかで、どうも新大統領のトルーマンは高まる世論の反戦運動を受けたためか、場合によっては日本と講和しても良いから戦争を終わらせたがっている雰囲気で、そんなことになったらこれまで散々戦ってきた苦労が水の泡だ。陸軍長官のスチムソンは大慌てであったと思う。大体ソ日中立条約のために気乗りのしないソ連に無理やりドイツ降伏後三ヶ月以内の進行を強要したのは、米国や英国なのであるから、もしアメリカが日本と講和でもしたら面目丸潰れどころか、今度はソ連が何をしだすかわかったものではない。大嘘つきのアメリカということになるからである。

まあ、圧倒的多数のものは世の中の趨勢という物を考えないで、ただ単に数字だけ見て、日本の場合は軍人を目的とした物だが・・・などという傾向にある。しかし、どうもアメリカ側の主張が通っていたら、日本も真珠湾奇襲作戦は中止せざるを得なかった様でもある。アメリカの思惑がうまくいかなかったのは、国務長官ハルの提案に猛反対した蒋介石ただ一人であったそうだ。それでアメリカは日本の要求をあらかた認めて、中国を見捨てるのは決定的であると思われていたとは半藤一利氏の語るところである。それが一夜にして中国側に凱歌が上がることになった。それで誰が作成したものか分からない書簡が、ハルノートとなったらしい。アメリカ云々よりも、日本が中国にどの様なことをしていて、これほど恨まれる様になったのかも重要だと思うが、生憎どこまで本当か皆目見当がつかない。


もちろん原爆投下などにはアメリカ議会の大半が反対だ。特に海軍は猛反対だったらしい。大統領自身も大変不快でなんとかして中断させようと齷齪したらしいが、ルーズベルトが決めたことだと言われてはどうしようもなかった様だ。あと数ヶ月経てば新大統領トルーマンにもそれなりの独断が許されていたかもしれない。

原爆投下の報を聞いて、兼ねてからこれを「希望の光」と呼んでいたチャーチルは欣喜雀躍し、トルーマンは悲嘆に暮れていたという。

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