量子コンピューター

もう何十年も前から、今にも出来そうなことを言っていてちっとも進展しないのが「核融合発電」だ。それと、理論面のほうではもっと古くから追及されているがやはりどうも一向に日の目を見ないようなのが「ひも理論」とか「超ひも理論」である。何かアインシュタインのような超弩級の学者が得てくれば一代でさっさと片付けてしまいそうに思うのだが、それほど難題なのだろうか。それらと比べると、量子コンピューターは比較にならないほど速やかに表舞台に出た。発想以来わずか35年で、まあ戦争中だったら3年半だったかもしれないから速いとも言えないかもしれないが、最近にしては速い。

世界最速のスーパーコンピューターでも何十億年もかかる計算がわずか数分できたというので話題になっている。大体名前しかわからないのだが、こんな話は1000人に1人くらいしか分からないだろうから、知らなくても生きていくためには必要なさそうだ(*)。量子的重ね合わせというのを用いることが可能なので得意な並列処理を行えるためだというが、従来の計算機のように答えが寸分の狂いもなくあっているというようなものではなく、量子論というのはやっぱり確率の問題で、だから量子コンピューターでは「1+1=2」なんていう計算(**)をやるのはなかなか手間取ってしまう。手間取るといっても、卓上計算機くらいには速いらしい。
(*)1000人に一人は自分には関係ないということから押すと、1000人に一人程度しか死なない病に全員が手間暇取らされる今の社会情勢はやはり異常なのだろうかという気がしてくる。ドイツ安楽死計画の時とは打って変わって10倍は暇で豊かになった現在では100人に一人のための努力はいとわないにしろ、1000人に一人のためとなるとやや莫迦らしさがこみあげてくる。そのうえ此度の流行病では患者のはた迷惑の程度が従来の10倍以上なので、どう解釈したらよいのか戸惑ってしまう。先日もそうした連中の一人が医師に唾を吐きかけたというニュースがあった。記事だけぱっと読むだけだと、医師に落ち度はないように見えるのだが、果たしてそうだろうか。患者本人も莫迦らしいと常々痛感しているのかもしれない。そのうえ医師の犬的態度だ。特にありがちなのは医師の『自分こそが上位なのだ』という傲慢な態度である。唾をかけられるくらいだから、医師のほうの落ち度がまず疑われる。むしろ手当などせずに、放っておいたほうが経済的なのではなかろうかとも思う。傷害事件にしても最初に悪さをしたのはたいていの場合けがを負わされた方だ。まあ、医師にしろ患者にしろ、自然災害により被災する人々と比べれば、少なくとも100倍は自業自得ではなかろうか。台風や大地震で被災するもののどこが自業自得なのかは考えてもはっきり理解できないところがあるが。
(**)自然哲学的に考える限りでは、同じものに同じものを加えれば、元の2倍のものができるということで終わりなのだが、こんなことでは人間のデジタル脳は我慢ができないらしい。ウェブを見ると、盛んにその証明というのが出てくるが、そういうものを目にするたびに、なぜ人は情報を発せずにはいられないのだろうかと思う。ああ、もうこれは人間のほうで勝手に証明したと思い込んでいる心の内部世界の話に過ぎず、宇宙の大原則から見たらとんでもない誤った道なのかも知れないとも思う。そんなことは語ってはいけないレベルのものであるかもわからない。もっとも、完全に純粋数学上の理論であるにもかかわらず、それが物理法則として発見されたという例はあるらしい。


現在のコンピューターだと、例えば買い物かごに20種類くらいの不揃いな品物をどうやって詰めるかなどとい問題はなかなか解けないで、人がやったほうが全然速いのだが、それを量子コンピューターでやるとまあまあ太刀打ちできるといった程度にしかならないようで、すごいといってもせいぜいその程度らしい。

「0か1か」の発想しかできないコンピューターがひどく融通が利かないのに対し、量子コンピューターというのは、基本的にはビットを用いる点で従来の計算機と同じらしいが観測しない限り波なので干渉波で打ち消しあって計算の手間が省ける。大体数が少ない場合は人間に負けそうだ。ちょっと計算尺に似たようなところがあるかも知れない。脳みそまでアナログなのでもうほぼ90%以上はアナログだ。人間のアナログ度は25%くらいで思っているよりデジタルだろう(*)。コンピューターは思っているよりアナログの要素が大きくて、デジタル度は90%くらいしかなさそうだ。大体アナログではっきり決められないと、人間というのは満足できない。デジタル側に属するという点で、人間とスパコンは仲間同士で、人はスパコンが持たらす計算結果に満足する。しかし量子コンピューターと人は互いに水と油の論理だ。だから量子コンピューターは今期待されているほど伸びないかも知れない。
(*)脳は100%デジタルであるし、耳や目に入った情報も一定の時間間隔の間蓄えられた後デジタル信号化され脳へ送られる。和音がいつでも同じ音に聞こえたり、太陽光の下でも車のタイヤが逆に回るように見えるのがその証拠とされる。特に視覚は聴覚と比べて単純にできているためか、「ストロボ効果」なるものが目立つ。最も、タイヤの車輪というのは車と同じ速度で前向きに進んでいるのではない。前半分は車より速く、後ろ半分は車より遅く進んでいる。人間は連続して物を見たり聞いたりはしていない。アナログといえる部分は身体の内側では、血液や体液と栄養分くらいではないだろうか。


量子コンピューターのパイオニアは、イギリスの物理学者デビッド・ドイッチェ(1953-)だという。エベレットの多世界宇宙の強烈な支持者であって、1985年にオックスフォード大学でひらめいたそうだ(*)。「重ね合わせ」のできるそれぞれの事象は、実は並行して存在する異なった宇宙の出来事だという考えだ。この考えを基本的に受け継いだシステムによって、1000桁もの重ね合わせの計算結果が、スーパーコンピュータの計算と一致しているということは、ゲームの中の話だと思いがちな「パラレルワールド」がこの世界にも重なって存在しているということを暗示させる。もっとも見いかに並行宇宙の存在を感じさせるものは幽霊を見たとか空飛ぶ円盤を見たとか主張する人々の話だ。幽霊などというと非科学的だととらえる風潮は現在でも色濃いが、ドイッチェ自身が無神論者であるように、幽霊も科学の力で解明できるという自身なのだろう。法則がわかれば、幽霊もテレパシーも科学的だ。量子的ミクロな世界だとお互いが繋がっているのがわかるのかも知れないが、人間のスケールだとまず実感できないものなのだろう。人間も自由に電話線で行き来できるならば、パラレルワールドの存在も実感されるかと思う。昔、「ミスト」という異次元からトンボかハエのお化けが出てくるという映画があったが、あれも将来的には宇宙の法則となって解明される日が来そうな感じである。以前から問題になっている宇宙の三層構造もひょっとすると別宇宙の重ね合わせを同時に見ているだけであったかもしれない。
(*)ひらめいたといっても、その少し前に、かのファインマン(1918-88)も別の観点から「量子コンピューター」の考えを持っていたが、どうも並列重ね合わせということは考えなかったらしい。あくまでコンピューターを小型化してゆけば、最後には量子を用いることになるだろうという発想どまりであって、今日の発展はドイッチェにあるようだ。私の考えといえば、昔ボーアが波の収縮という概念で粒子の顕在性を説明したらしいが、元来「多世界などあってたまるか」という思いなので、このように重ね合わせがきちんとした形で現れようとはだいぶ心外である。10年くらい前までは電子が波などと聞くとやや不愉快だったんのが、最近ではどうでもよくなった。放射線などもすべて波であるから、うまいことそのほうの鏡のようなものであらかた反射してしまえば害も少なくなるのだろうが、いまだなかなかそんな鏡はできていないようだ。


ドイッチェは「物理法則が計算の原則を決めるのであれば、古典力学的な「ビット発想」に基づくものではなく、計算の原則も量子力学によるべきではないかと考えたそうであるが、それがどうも核融合などよりもずっと正解に近い考えで今日までぐんぐん進んでいる理由の一つなのだろう。あるいは核融合に至る法則なるものも量子コンピューターの進歩が解明するかもしれないという期待がある。しばしば、ドイッチェと同じ発言を別の人が言うと、「それは誤解だ」としている記事を見かけるが、量子は波であって粒子であるのだから、昔から「一時にそんな芸当はできるものではない」と信じられてきた科学の原則からはそんな風に今も見えるということなのかと思う。ニュートンが当時の物理学者のすべてから毛嫌いされてきたようなのも、「光は神の伝令子であるから、波でも粒子でもどちらでもよい」などと訳の分からないことを言う師匠と同意見だったからだ。その後ニュートン力学はフランスで完成されていったが、そのころにはニュートンは粒子説を唱えたということにされて、専門の科学者として扱われるようになったが、現在でもすべての教科書ではそう扱われている。重力は錯覚であることがわかってからでも、引力は逆2乗の法則で伝わる遠隔力であるなどといい加減なことを書き記して、文部省もそれでオーケーらしい。恙ない事実だけを記載してゆくのが王朝の歴史であって、再解釈においてもそれは同様だ。受け入れられた歴史は真実とは二寸も離れている。
量子コンピュータ (ブルーバックス) [ 竹内 繁樹 ] - 楽天ブックス
量子コンピュータ (ブルーバックス) [ 竹内 繁樹 ] - 楽天ブックス
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう年の瀬なので、続きは来年調べることにした。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント