健康長寿の遺伝は後天的に作られる
昇地三郎(しょうちさぶろう)という人の『106歳を超えて、私がいま伝えたいこと』というのを寝床で読み始めたのだが、何節か読んだ後目を閉じて寝ようとしても寝られない。どうもこの種の書物に接すると興奮して寝付けなくなるというのが私の習性らしい。
昇地三郎↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%BB%E5%9C%B0%E4%B8%89%E9%83%8E
やはり大正デモクラシー時代に青年期を過ごしたものの方が頭が柔軟な傾向があるようだ。
大きい活字で書かれているからすぐ読み終わりそうだが、私が最も興奮したのは、この人の脳は100歳を肥えても海馬の大きさが普通の2倍の大きさがあるということだ。彼のいうには、足腰などいくら鍛えても、人間は頭から呆けるのは天性変わらないのだから、万年頭脳を酷使することが肝要だ。自分などは90歳を過ぎてから外国語を学んでそれなりにマスターしているし、人生は100歳からだと思っているそうだ。
逆に言えば、体力トレーニングなどに時間を割かずとも、念動力で肉体を操る能力を身につけることのほうが、長寿健康にとっては好ましいということになるのかもしれない。体細胞というのは、すべからく機能活動を即刻停止して安眠をむさぼりたいと感じているはずである。中枢機関からの指令で無理やり働かされているというのが実情なのであるから、指令を出している器官である頭脳が衰えたのでは、まるで話にならないことになる。
おそらく人の寿命は意思の力で制御可能であるのではないかという思いは長寿健康を願うものにとって希望の光となるのではなかろうか。長命なる家計というものは確かに存在するのだが、個人の段階においてその遺伝子を生体に創造固定することも可能なのであろう。これはラマルクのいう獲得形質の遺伝のようなことだと思う。以前読んだ『生物は重力が進化させた』という西原克成氏の思想を思い出す。ましてや宇宙精神を個体に集約させることに形ばかり成功した人類のことである。特定の人物の思考による生命遺伝子の飛躍的な創造進化ということも充分にありえるだろう。
小食や断食による体質の改善が健康長寿をもたらすということには疑いの余地はほとんどないのであるが、残念ながら民主主義の原理によれば、それはたぶんまちがいとされる。なぜならば、この健康法には意思力といったものが必要なのであるが、多くのものには意思と呼べるようなものは付随していないからである。まあ、意思が十全に満ち溢れていれば、イエスの語ったとおり望むものは総て与えられるであろうから、体力維持のために食事の時間を咲く必要もないわけであるが、意志薄弱ゆえに小人は常に3食を欲するのであろう。
ただ昇地氏の長寿に先天的にかかわっていることがあるとすれば、元来氏は貧血気味で幼少来虚弱なたちであったということが挙げられる。いわば典型的な‘細く長く’タイプであるということだ。貧血気味ということは鉄分が不足しているということで、閉経前の女性の老化が男性に比べて遅いのは、生理による出血のための鉄分の不足に影響されているのだと考えられているそうだ。鉄が多いとさび付きやすくなるらしい。なるほどと頷かせる説だ。相場氏の是川銀蔵などもひどい低血圧で、若い頃はずいぶんつらかったらしい。それが年をとると、基礎代謝量が減るせいか、赤血球が不足気味でも生活には支障がなくなるらしい。日本人の鉄分不足をことさらにあおる風潮もちらほらとするが、社会が文明化する度合いに合わせるように、青白いひょろっとした青年ほどその社会と末永く付き合ってゆけるもののようである。
昇地三郎↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%BB%E5%9C%B0%E4%B8%89%E9%83%8E
やはり大正デモクラシー時代に青年期を過ごしたものの方が頭が柔軟な傾向があるようだ。
大きい活字で書かれているからすぐ読み終わりそうだが、私が最も興奮したのは、この人の脳は100歳を肥えても海馬の大きさが普通の2倍の大きさがあるということだ。彼のいうには、足腰などいくら鍛えても、人間は頭から呆けるのは天性変わらないのだから、万年頭脳を酷使することが肝要だ。自分などは90歳を過ぎてから外国語を学んでそれなりにマスターしているし、人生は100歳からだと思っているそうだ。
逆に言えば、体力トレーニングなどに時間を割かずとも、念動力で肉体を操る能力を身につけることのほうが、長寿健康にとっては好ましいということになるのかもしれない。体細胞というのは、すべからく機能活動を即刻停止して安眠をむさぼりたいと感じているはずである。中枢機関からの指令で無理やり働かされているというのが実情なのであるから、指令を出している器官である頭脳が衰えたのでは、まるで話にならないことになる。
おそらく人の寿命は意思の力で制御可能であるのではないかという思いは長寿健康を願うものにとって希望の光となるのではなかろうか。長命なる家計というものは確かに存在するのだが、個人の段階においてその遺伝子を生体に創造固定することも可能なのであろう。これはラマルクのいう獲得形質の遺伝のようなことだと思う。以前読んだ『生物は重力が進化させた』という西原克成氏の思想を思い出す。ましてや宇宙精神を個体に集約させることに形ばかり成功した人類のことである。特定の人物の思考による生命遺伝子の飛躍的な創造進化ということも充分にありえるだろう。
小食や断食による体質の改善が健康長寿をもたらすということには疑いの余地はほとんどないのであるが、残念ながら民主主義の原理によれば、それはたぶんまちがいとされる。なぜならば、この健康法には意思力といったものが必要なのであるが、多くのものには意思と呼べるようなものは付随していないからである。まあ、意思が十全に満ち溢れていれば、イエスの語ったとおり望むものは総て与えられるであろうから、体力維持のために食事の時間を咲く必要もないわけであるが、意志薄弱ゆえに小人は常に3食を欲するのであろう。
ただ昇地氏の長寿に先天的にかかわっていることがあるとすれば、元来氏は貧血気味で幼少来虚弱なたちであったということが挙げられる。いわば典型的な‘細く長く’タイプであるということだ。貧血気味ということは鉄分が不足しているということで、閉経前の女性の老化が男性に比べて遅いのは、生理による出血のための鉄分の不足に影響されているのだと考えられているそうだ。鉄が多いとさび付きやすくなるらしい。なるほどと頷かせる説だ。相場氏の是川銀蔵などもひどい低血圧で、若い頃はずいぶんつらかったらしい。それが年をとると、基礎代謝量が減るせいか、赤血球が不足気味でも生活には支障がなくなるらしい。日本人の鉄分不足をことさらにあおる風潮もちらほらとするが、社会が文明化する度合いに合わせるように、青白いひょろっとした青年ほどその社会と末永く付き合ってゆけるもののようである。


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