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zoom RSS 『股関節・骨盤の動きとしくみ』

<<   作成日時 : 2017/06/03 08:29   >>

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秀和システムから出ている本なので取り寄せた。このシリーズはやや教科書的で読みやすく廉価なので、今回もそうだろうと思ったまでだ。「人はなぜ二足歩行になったのか」という項目が面白そうだったというのもある。理学療養士の国津秀治という人が書いている。注文した後、アマゾンのレビューを見たが、「値段ばかり高くて内容がない」というのと「廉価で内容も豊富」というのと両方あって、まあ世の中というのはそういうものなのだが、果たしてどちらだろうかという不安もあった。届いたのをぱらぱらと繰ってみると、索引もついているし、人間とロボットの歩行の違いなども書かれているし、読み物としても面白そうだ。そもそも書物とは娯楽としての要素の強い遊びだ。「あっちのラーメンがうまい、こっちのラーメンがうまい」というのと大した違いはない。運次第で期待した満足感を得られるものと得られないものとがある。満足できない人間というのは運が悪かったのだといえる。その運の悪さが毎回続くようなのは、前に牛乳で腹痛を起こすもののところでも述べたが、かの者の心が邪悪であることを示唆するものである。

実際に読んでみると、前回の仏教シリーズのほうが倍も安いのに読書時間は逆に倍もかかったという点でいえば、4倍高かったという気もしなくもない。

さて、二足歩行を獲得した最大の原因かもしれないと目されているのが「欲深さ」だという説が現れたそうだ。つまりはヒトが直立二足歩行をしたのも、環境の要因などよりも心因性要因に基づいていた。心の動きのようなものが先にあって、チンパンジー様の動物はサバンナへと移動した。猿には心の動きは顕著ではないがゆえにナックルウォークというのはしないそうだ。げんこつ歩きは一種心の動きを象徴しているらしい。本書が上梓されたのは2013年3月だが、欲深さ説が登場したのは2012年だという。時代の流れは徐々に思考先行説へとシフトしていく。第一次大戦以前へと回帰してゆく。

こうして人類は自由な上肢を得たのだが、新たに抗重力の必要性というものを必要とした。こう見ると、西原克成氏の『生物は重力が進化させた』というブルーバックスの本が思い出される。西原氏は20年も前にそうした小冊子を出版している。人間の脚は外開きの形で生まれるが、次第に重力の影響を受け、大腿骨体と大腿骨頚の角度が小さくなってゆくそうである。骨盤の寛骨臼にはまっている大腿骨頭が下向きに押されるからだ。僅か数百万年という期間では直立歩行に適した肉体的構造が十分済ませられるはずもなく、いまだ腰の変性は続いていると取るべきである。近年はペットに人並みの生活を押し付ける理不尽な輩も目立つようで、犬猫の腰痛もやたらと増えてきているらしい。四つ足の動物は本来腰痛とは無縁であるらしい。それが腰痛を起こすというのは飼い主の育て方が邪悪だからともいえるようだ。

それはさておき、股関節の可動域を測定する測定儀のことを「ゴニオメーター」と呼ぶ。分度器のような物差しで、5%刻みに図るのだそうだ。指のような一次元、手首のような二次元と違って、股関節は三次元の可動域を持つ。肩関節の次に自由に動く多軸間接だ。屈曲・進展の前後運動、外転・内転の横水平運動、外旋・内旋の上下運動がある。上下というのは膝関節を90度曲げた状態での横振りらしいが、よくわからない。これで上下運動といえるのかとも思う。ここでは股のことを[hip]としている。和英辞典で股を検索すると[thigh]とでてくる。これは「腿」の事ではないかと思うと、どうもそうらしい。もしかすると英語には「股」に相当する一般的な語彙というものがないのだろうか。そうすると、股関節の場合の股なら[hip]のほうがより近い。枝分かれを示す単語には[crotch]という言葉があり、人体の又を意味することもあるようだが、その又は表層的な又であって、股のように人体の内部を指す時には使われないようである。試しに「股関節」のほうの英訳を見ると、やはり[hip joint][a coxa]とある。だいぶ感覚が異なっているようだ。

今度は「股」という文字を漢和辞典で調べてみる。すると、@腿。膝から上方の脚。A足の付け根。また。B行動をするための大事な部分。C二また以上に分かれたもののたとえとある。Cの例として面白いのは、株式会社の株というのがあった。股本といえば株主によって出された資本のこと。股份は株主のこと。股票が株券のことだ。株式に関する熟語が多かったのが意外だった。これによると、股関節の股はBに該当するようだ。後からできたもののようだ。もともとは英語の意味と似たり寄ったりだったかもしれないというのが面白い。そういえば「大股」とか「小股」という言葉があって、この場合はどうも腿が関与していそうだ。中国の漢字ではどうなっているのだろうか。

人の重心は仙骨(第2仙椎)のやや前方にあるという。足底から計測すると、成人男子では身長の56%、成人女性では55%の高さにあるという。だいぶ上方に位置しているという感じがする。胴体部分のほうが明らかに大きそうであるが、密度で比べれば脚のほうが大きいだろう。湯船に入った時、脚を延ばしてリラックスしても脚が浮かんで来ないのは、ひょっとして脚の密度は水よりも大きいのかもしれない。腕の方だったらすぐ浮かんでくる。だから東洋人よりは白人、白人よりは黒人のほうが、脚の長い分、重心は低い位置にあるかもしれない。黒人が泳ぎが苦手なのは比重が大きすぎてうまく息継ぎができないからだろうとも思う。脚の長い人は、スリムに見えても、体重は重いものである。

しかし思うに、重心が体の中心線に沿ってあらねばならないなどというのは、一種の決めつけのような気もする。人の臓器は左右対称には出来ていない。むしろ偏りがある方が自然で、ことによったらば、ばらつきのあるのが自然な個体なのではないだろうか。ただ全体の統計を取るとゼロ点に収束するというだけではないのか。だから脊柱管湾曲などにしても、多少湾曲のある方が自然なのだという気もする。統計的な平均人の背骨がまっすぐなのである。「重心が右に偏っている姿勢をしているなら、なぜ右に偏っているかを改善する必要がある」と本文に書いてあるが、どうして矯正しなければならないのであるか。本人に問題がなければそのままでよいのではないか。鏡に映った景色を見て暮らしている人がその状態になれてしまえば、そのままでよいのである。問題があるなどというのは、外側から与えられた洗脳工作ではないか。そのために、問題があるという意識を持たされた途端に当の本人のゆがみが顕在化してしまう。気にしなかった時には何の支障もなかった。おそらく、グロテックの言うとおり、すべての病は心因性なのだろう。

つまりは大衆は平均人と同じであることに平穏を見出すのだ。姿勢を良くするとはそういうことだ。その証拠に狂人を見るがよい。狂人は人と異なる姿勢をとっても、肉体の健康を損ねることはごくまれだ。狂人には模倣の心がないからだ。模倣の精神は卑しいものだからである。義務教育というものはこれを協調性という名の美徳に置換する。そうして大多数のものは生涯それを正義だと信じて疑わない。愛国心などというものを清らかなものだと思い、平気で国の言いなりになって戦闘に参加することを名誉だと思う。またプライドが慢心であり我慢同様の悪徳であることに気付かない愚物の蔓延するのも、世の圧倒的多数は度し難いのだということを示している。我慢は只頭角を現すのに必要な悪徳に過ぎない。悪徳だから排除すべきだというのでもなく、必要な滋養分だ。グルコサミンが股関節や膝関節の修復に効くというのも、まったく皆がそう思っているからという理由に過ぎない。ヒアルロン酸やコラーゲンといったサプリメントもそれと同じだ。心因的要因以外に効く理由でもあれば、牛肉を食べた人は牛になっているだろう。ビタミンなどの補酵素として働くサプリメントではなく、消化吸収の段階で分解されてしまう上に、思惑通り再合成されたとしても、全身いたるところで活性化するため、物理的科学的な効果はあまり期待できない。暗示にかかりにくい人にはかえって害を及ぼすかもしれない。

日本で股関節痛を訴えているものは100万人ほどだという。腰痛もちの10分の1以下だ。数としてはあまり多いという風でもない。欧米諸国に比べると少ないそうだ。体重が軽いせいもあるのだろう。女性は男性の5倍ほど多いというが、これも脚の付き方を考えればなるほどと思う。粘土細工で脚をつける時のことを考えてみればわかる。男性の脚をつける場合は胴体の下にまっすぐつければよいが、女性の場合は三分の一ほど斜め外側からつけないと男になってしまう。その分だけ脚が外れやすいのだ。

殆どの人は歩く際かかとから着地する。無意識に受け身のような動作を行っている。かかとで受け止める激しい衝撃を足裏外速報前方に沿って徐々に分散させてゆく。この時に働くのが、ふくらはぎ前側の全脛骨筋だ。この筋肉が遠心性収縮して、ゆっくりと足底全体で接地していくことで衝撃を吸収する。それと同時に大腿四頭筋が収縮することで膝に負担がかからないようにしている。ロボットにはいまだそういう芸当は出来ないので、歩く際は足底全体をつけてべたべたと歩いているそうである。それでいまだ膝を曲げて歩いている。都度足底のセンサーで衝撃を計算していて、人のように予測歩きの出来るロボットは開発されていないという。人と違って骨盤が動かないので、歩くたびに頭がひどく揺れ、目の高さも変わる。仮に骨盤を動かせるようにしても、膝はやはり少し曲がる。また人の場合と異なり、歩行運動のほとんどは脳に相当する箇所で行っている。人の場合は歩行運動のほとんどは脊髄で行われているそうだ。歩き始めか、方向を変えるようなときには小脳も関与しているようである。思ったよりも小脳は歩行にはかかわっていないらしい。昔生物の授業で教わったよりも、小脳はずっと高度な運動機能を行っているようだ。コンピューターでいえば、脊髄のプログラムを書き換えるような働きをしているのではなかろうか。いったん小脳で作った歩行プログラムを脊髄でダウンロードしてから実行しているとも考えられる。踏み出した足を後方へ蹴り上げる際に、足を延ばす動作を行うことで、歩きながらストレッチの様なことを行っているのが人間の特徴で、ロボットも変形性股関節症の人もこれができないようである。どうも両者ともにプログラムに問題があって、力学的物理学的変性が生じるようである。腕の振りにしても、人間の場合は後方ほどきちんと伸びるようになっているが、故障者やロボットにはこれができていない。正常な人間は歩きながらメンテナンスを行っているともいえる。特に後方への伸びが大事らしい。歩きながら大腰筋を鍛える動きにもつながっているようだ。


尻が座面から離れることを「離殿」と呼んでいる。「離臀」でないのが面白い。身体を御殿にたとえているようでもある。「殿上」「殿中」「殿下」などというのと案外関係しているのかもしれない。

お終いのところで、前かがみになって骨盤を後傾させると排便しやすいとあったが、後ろぞりで後傾するなら、前かがみでは前傾するではないかと思い、このところがどうもよくわからない。そこでネットで調べてみると、なんと両方ともある。人によって違うということなのかなんだかわからない。しかし、前々から言っていることだが。障害の最大の要因は心理的作用なのであるから、いくら物理的にこの状態がベストだなどと唯物論を述べてみても、その状況に不快感を持つ人には逆効果であることは大体察しがつく。





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