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zoom RSS 『腰痛放浪記 椅子がこわい』の巻

<<   作成日時 : 2017/07/01 08:57   >>

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夏木静子といえば、「火曜サスペンス劇場」のミステリー作家だが、新潮文庫から出ているこの作品が最高傑作だそうだ。どうやら仕事がしたくないために考え出した無意識の比較的幼稚なトリックだったらしい。本人は仕事を放りだすどころか、寝そべりながら執筆を続けていたのだから幼稚なトリックだ。しかし、無意識の思いが表に現れるというのがいかにもミステリー作家らしい。

夏木静子の本名を出光静子という。出光佐三の甥の出光芳秀氏に嫁いだからだ。旧姓は五十嵐静子という。1992年に、深い緑と淡い若草色のグリーン囲碁を作ったところ、日本棋院が意外に歓迎してくれたという。年配の人にとって見やすいと評判のようだが、暇と財産に余裕がある上流階級の人にしかできそうにない話ではある。それ故、精神分析が的確に通用するようなはっきりとした病にもかかる。こんな奇病はめったにないタイプなのだろうと思うと、開高健の『夜と陽炎 耳の物語』で彼にも心因性の腰痛があったらしい。そのほか、曽野綾子のエッセイ『昼寝するお化け』の分析によると、腰痛の原因は遠く離れた肉体の病変にあるということである。

54歳になって一か月を過ぎた1993年1月20日の朝にこの奇妙な思い付きは始まった。突然座れなくなったのだ。それでもまだ腰はいたくなかったという。何か月か試行錯誤を重ねていたのだろうか、少しの小康状態を経てから奇妙な腰痛は3年間も続いた。

その間、関英夫の『高次元科学』で何度も取り上げられていた中川式気功の創始者である中川雅仁(まさひと)氏にも治療を受けた。作家の特権というのか、無料だったそうだが、何分本人が「気」のような非科学的なことは全く信じていないので、効き目はゼロだった。

『腰痛は脳の勘違い』の戸澤氏とは一見逆の観察もある。若くして腰痛患者がいかに多いかということに触れてあった。戸澤氏の本には、「病院の外来は年寄りばかり」などとあって、若者の腰痛もちは少ないようなことが暗示されていた。少し前新聞のコラムに「われわれ老人は暇で苦しいので病院に通って気を紛らわせている」というのがあった。若い人にはそういった苦しみはわからないから病院通いはしないものなのだろう。反対に暇であることを人生の特権のように思い込んでいる時期でもある。

なんでも夏樹さんは、以前眼精疲労を患っていた時、リーゼという安定剤をもらって一時的に卓効があったそうだ。多分私が20代のころ背中の痛みをとった薬もリーゼだったと思う。はじめのうちは得体のしれない難病だと思っていたらしい。腰痛を多く発症する難病に「多発性硬化症」というのがあるらしい。ちくちくした痛みというから、あまり激しい痛みではないのかもしれないが、視力の低下を多く伴うというから、たぶんその線も視野に入れていたのかもしれない。この難病も神経内科医の連中は治療法はいまだ無しとしているらしいが、極めて疑わしい。彼らは心が身体を形成するという肝心な点を教育の洗礼によって脳裏から除外されている。だから極めて低次元の論理しか理解できない。高次元からの治療については全く心に浮かばない。難病とされるものは実は高次元への誘いなのかもしれない。まさに「天からの贈り物」である可能性が大いにある。どうも単にわからないだけのものを「難病」といっているだけのようだ。心よこしまでやる気のないものに特徴的な性向だ。前にも話したが、パーキンソン氏病になって「天からの贈り物を授かった」と心から喜んでいるのがマイケル・フォックスだ。それから難病ではないにしろ、重度の先天性脊柱側弯症で「とても歩いて通学することなどできないだろう」といわれたらしい金メダリストのウサイン・ボルトにしても、そうかもしれない。ケンブリッジ飛鳥選手なども背骨が少し曲がっているらしい。いずれにしても腰痛の過半数が高次元療法によって完治するという事実には驚かされる。私の理解では知能の低いものには不可能なのだが、無意識に鈍重なのはいないということなのだろうか。慢性腰痛を起こすには血管収縮が長期にわたって続き、乳酸の蓄積から筋肉の痛みを引き起こす必要があるのだが、鈍重な無意識にはそれは出来ないだろうと思うのだ。

こうした唯物的な医学論は決して近代に始まったものではなく、フロイトやユングといった人材が輩出したのも、医学における唯物史観の台頭に危機感を抱いた思想の表れだったのだろう。デカルトにしてもニュートンにしても、彼らが現代の単純な物質感につながる思想の持ち主だったというのは、現代の身勝手な解釈であって、実際は彼らの神秘主義は甚だしいものであったということも次第に明らかとなってきている。しかしながら、唯物思考は無条件に、距離の遠くはなれた二者の想像する一つの物体が同一のものであると決めつける。Aのものの観測した物体がBのものの認識にとまった時の物体はすでに未来のものであって過去のものからはすでに著しい変容を為している。しかるに過去の物体はBのものには決して認識できなかったものである。Bのものは与えられた映像によってのみ過去を再現することしかできはしない。すなわち未来と何ら変わらぬ想像の産物なのだ。

発症から1年が過ぎて、夫の知り合いのもう一人の精神科医から「疾病逃避」という言葉を聞く。登校拒否児童が腹痛を起こす仕組みと同じだ。労働拒否児童が心の中にいるというわけだ。無意識は論理的には幼稚だというが、横になっても仕事ができることに気が付かないのだとしたら頑是ないとしか言いようがない。

再三にわたって驚いたのが、東洋医学と西洋医学の見解の相違だ。全く異なっているものがどちらも正しいとしたらこれはどいうことであるか。低空飛行と高高度飛行のどちらが長距離飛行に向いているかというものだ。西側の見解では高々度だが、東側ではどうも異なるようだし、パイロット自身にしても低空飛行が得意なのが東側だ。物理学の法則さえ、ものの見方で変化するとしたらば、これはどういうわけであるか。人間の場合ならば、人によって反応が異なるという理由で説明がつくだろうが、物理現象はそうはいえないだろう。

ともかく夏樹さんの話によると、西洋医学の見解では尾てい骨は引っ張って動くようなものではないが、東洋医学の見解では動く。それで肛門から指を入れて尾てい骨を正しい位置に収めてもらうということを3回やってもらったそうである。霊と交信できる鍼灸師ということだから、そのくらいだとテレキネシスのような技量が使えるのかもわからない。作家仲間で同じくひどい腰痛に悩まされていた森村誠一が、後から来たのに彼の施術で完治してしまったそうだ。しかし、この治療でしばらく痛みは消えていたが、冬になるとまた出てきた。無意識が新手を考えたのかもしれない。どうも子供じみたいたずらとしか思えない。

結局、1996年の1月11日になって、南熱海温泉病院へ入院し、主治医が絶食療法が最善であると判断したため、同29日の月曜日から12日間の絶食に入った。断食など一般の病院ではやらないものと思っていたが、案外そうでもないらしい。これが意外であった。夏木さんの述懐に、「普通なら退屈でたまらないところだろうが、強くなる一方の疼痛に耐えているのがやっとだった」とあるのを読んで、『ひょっとすると、痛みの感覚はそのために人類が発明した産物なのではなかろうか』と思ったりした。案外その線が当たっているかもしれない。大体退屈は生命にとって最大の敵だといえる。断食を始めてもなかなか思うように腰の痛みはひかなかったが、医師から「夏木静子を放棄すれば治りますよ!」と断言されて、『最初からそう言うつもりだったか』と思ったがもう遅い。この辺は現実の世界に織り込まれた隠された物語である。

担当医師が入院前に5人のスタッフに渡した絶食療法のメモというのが開陳されていて、絶食中は、脳組織もまたその代謝エネルギーを糖質からケトン体に転換えなくなると書かれている。糖分を供給しないと、脳は代わりに脂肪を燃やすようになり、すると柔軟な脳に代わる、とは夏樹さんの話。「あなたみたいに思い込みが強く、心身相関の認識も薄く、一般的な説明、説得ではとても受け付けないような人には、その凝り固まった頭を柔軟にして、他人の話に素直に耳を傾けさせるために絶食療法しかないと考えていました」とは担当医の話である。

思い込みといえば、『腰痛は怒りである』という本に、代替医療のすべてに共通する妄念が腰痛の原因は背骨のゆがみにあるものだというのがあった。西洋医学も東洋医学も、ともに呪いからの脱却ができていない。スターリンとヒトラーが互いに相手を悪魔呼ばわりしていたようなものだ。特に代替医療のほうはばらつきが大きく、どうやら詐欺まがいの療法まで横行しているような気配であるが、患者のほうはその詐欺療法を信じて、本当に治ってしまうケースがある。イワシの頭も信心からというのだろうか。実はそうしたことよりも瞑想した方が効果があるのだという。瞑想とは「今の瞬間だけを観想することだ」という。腰痛になりやすい人間にはタイプがあるらしい(T型性格)。心筋梗塞になりやすいタイプ(A型性格)やガンになりやすいタイプ(C型性格)などがあるように。それぞれのタイプによってアドバイスも変わる。ところがこの理論は、「すべての病気は心因性である」というグロデックの理論につながるものをはらんでいて、現在の様な唯物史観一辺倒の時代にはほとんど人気がない。多くの人間は時代の雰囲気で行動する。雰囲気が物質主義だから物質に重きを置いたものでないと信用されない。そういう中で精神的な運動を行うと、代替物質を無視する極端な動きに走る。だから反対もまたうまくいかない。

こうして17日間の絶食療法は終わったが、復食期間中もまだ腰痛は波動的に押し寄せてきたそうだ。しかしその波も徐々に穏やかなものになっていったという。

夏木静子の放棄についても、幸い一年だけの入院で済むようになって、夏木が退院したら執筆活動も続けてよいということになったので、その際は涙ぐんだという。口約束など反故にすればよいものを、なんとも律儀な人である。そういう人だから低次元の心身症になるのだなと思った。夏木さんは具合が悪くなってから、時折目覚めとともに、「お前はもう治らない!」という声をリアルに聞いたそうだ。その次元まで下りてきていた。一般的に慢性腰痛が精神分析で解決するような低次元の場まで下りてくることは少なく、ケン・ウィルバーの図式によれば一段階上のレベル4の段階の「スクリプトの書き換え」を行わなくてはならないという。

どうにも合点がいかないのは、最近小学生の腰痛もちが増えてきているというのに、そんな児童は街中で少しも見かけないということだ。中学生や高校生になると、10人に1人か2人くらいは腰痛もちなはずだ。アンケート調査だともっと多いらしい。調査では高校生あたりで腰痛を訴えるものが最も多く8割ほどを占める(*)というが、たぶん回りが皆そういうのでそう思っているだけだろう。毎日数十人と身近に暮らしているなどというのはこの時期だけで、最も他人の影響を受けやすい時期だからだ。周囲に感化されやすいということは、周りに腰痛もちがいない場合はゼロということもありうる。つまり他人に和しやすい人間が集団で暮らしている場合は、往々にして極端な2極化というのが起こりやすいだろう。しかし見たところそういうのはいないようだ。若いから隠しているのだろうか。大体30代後半くらいが腰痛患者のピークだというのに、いかにも腰痛患者だという歩き方をしている人は70過ぎの爺さん婆さんしかいない。老人に腰痛もちが多いのも高校生たちと同じような理由だろう。やっぱり周りがそういうからだ。80,90を過ぎると次第に腰痛もちが少なくなり、超高齢者になるとめっきり少なくなるのは、人格が完成してくるからだろう。もともと、全腰痛の85%が心因性、しかも慢性腰痛のほとんどは心因性であることを聞いた時点で、世間の常識がひどく歪んでいることに気が付くべきであったが、背骨のゆがみが心による物質化現象であったことがなかなか信じられないことであった。
(*)ネットで少し調べてみたが最近のものが見つからない。『背骨のゆがみは万病のもと』という甲田光雄氏の本では、1978年40%、1990年66%、1995年80.4%という日体大調査データが載っている。順位は若干下落傾向にありそうだが、割合は増えている。


読み終って、前にも書いたことを再び思った。腰痛もちは痛さよりも悩みのほうが良いと異口同音に語るが、うつ病の人はこの逆に悩みなどより体の痛みのほうがずっとましだと考えるだろう。そうして真実はどうも後者に傾くのではないか。悩みを紛らわすために痛みの感覚があるのだ。人間にとって最大の難関は、いかにして暇をつぶすかということなのだ。それから、いかにも言葉のトリックのように思えたことは「腰痛で死んだ人はいない」というものだ。大体人は必ず死ぬのだから、腰痛と関係があってもなくても、腰痛もちは必ず死ぬのである。いかにも「腰痛ならば死ぬことはない」かのような言い回しは不適切だといえば不適切だ。国会でしばしば問題になっているのもこの類の暇つぶし議論である。


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●さんざん病院を転々として、結局断食で治ったというのが面白かった。高次元からの治療というのが現実にあるのだ。

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もしよければ私の2017年3月5日の腰痛予防ブログでも覗いてみてください。ただし、病気が原因の腰痛には効果がないので、その点はご了承ください。

一つの石
2017/07/02 17:37

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