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みんなの「歴史」ブログ

タイトル 日 時
メデュース号事件
メデュース号というのは、ナポレオン時代のフランス海軍のフリゲート艦の名前だ。イギリスから返還されたセネガルへ向かう途中、モロッコ付近で船が座礁し、救命ボートに乗り切れなかった150名をいかだに載せて曳航したが、間もなくロープを切り離したというものだ。150名のうち生き残ったものはわずか15名だったそうだが、15名も生き残ったから歴史に残っているのか、全員死んでしまって歴史の闇に埋もれてしまっている例のほうが多いのかはわからない。この事件の場合、生存者のうちの2名が冊子を刊行したことで全容が明らか... ...続きを見る

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2017/08/02 14:07
『デカルトの旅 デカルトの夢』を読む。
『デカルトの旅 デカルトの夢』を読む。 1989年に岩波書店から出された本の文庫化だ。2014年の文庫化に当たって筆者の田中仁彦氏は、「本書がはっきりとその誤りを否定した諸権威は今も相変わらず健在のようである」と書かれている。どこもかしこも旧体制が復活している。医療機関だけではないようだが、学問の研究世界は、まだ世間の金満勢力とは少し距離を置いているだろう。間接的なつながりは消しようもないのだろうが。 ...続きを見る

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2017/02/04 09:32
日本の神話
日本の神話 中公文庫の『日本の歴史@〜神話から歴史へ』を参考にして書いている。1973年に初版が出されたという。原文は井上光貞氏(1917−1983)が1964年に書いたそうだ。50年も前のものだから、最近のものとは齟齬があるかもしれないが、どうせ歴史など解釈次第で、今後どしどし変えられていくに決まっている。特に第二次大戦の物語などである。この前も書いたが、トロイの木馬のような物語も今では知恵のあるものの戦い方として、むしろギリシャの知恵を表すように言伝えられる。真珠湾奇襲なども時間がたてばいつかトロイの木... ...続きを見る

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2017/01/14 09:31
『ケルト神話の世界(上)』を読んで
『ケルト神話の世界(上)』を読んで ケルト人というと、どうもイメージはイギリスだが、歴史をさかのぼれば元来のアジトは今のスイスあたりにあったらしい。古中央ヨーロッパにやや広がったころのケルト社会を特に「ラ・テーヌ文明」とも呼びならわしている。さらにヨーロッパ全域へ広がり、最盛期はヨーロッパ全体の三分の二を占めていたという。農耕においても産業においても、ローマ人よりも進んでいたというのが、筆者のヤン・ブレキリアンの説。ちょうどギリシャ世界が華やかだったころと同時期に最盛期を迎えていたらしい。ウィキによると彼らは元中央アジアからやって... ...続きを見る

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2017/01/07 09:51
「アンベードカルの生涯」
「アンベードカルの生涯」 光文社新書から古い訳本の復刻版が2005年に発行された。ダナンジャイキール・というインド伝記作家の原文。2段重ねで読みごたえがあるが、不可触民の生活がそれほど悲惨なものなのかについては少しばかり疑問もある。数が多ければ、それだけ知恵を発揮して生活を改善することが出来るからだ。 ...続きを見る

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2016/12/10 08:55
古代インドの文明と社会(続き)
20000字を超えたから駄目だというが、うちのパソコンには字数のカウントが付いていないのでわからない。適当なところで切って継ぎ足した。 ...続きを見る

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2016/10/23 08:41
「古代インドの文明と社会」
「古代インドの文明と社会」 インド哲学や仏教について調べる前に古代インド史を少し詳しく見ようと思った。中村元氏の「インド思想史」というのが安くてよさそうだったが、やや宗教の面からとらえたインド観に固着してしまうのではないかと思ったので、歴史家のものを選んだ。そのわけは、おそらく本能的に坊主というものの閑暇の楽しみというもののにおいを感じ取っていた二宮金次郎に通じるものだろうと思う。極めて少数の富豪層の余暇のたしなみに過ぎないのだ。暇な人間ほど人生にはかなさを感じる類のものに過ぎない。それは現代インドにおいてせいぜい1%のも... ...続きを見る

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2016/10/22 09:40
『地震の日本史』
『地震の日本史』 関東大地震と言えば、相模湾トラフの爆発事件だ。昔は70年周期説などというのもあって、近いうちに必ず起きるようなことが噂されていたが、近年の調査報告では、今後30年間に相模湾トラフでクラックの起こる確率は「0〜5%」となったらしい。なんで下がっているのか。どうせ今後また変わるだろうが。一方、首都直下型の確率は前より高くなったが、これはマグニチュード(*)でなく震度被害であらわしているせいもありそうだ。横浜市役所付近などは埋め立て地に建っているから78%となったが、共振の問題もあるにしろ、地盤の違い... ...続きを見る

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2016/05/28 09:29
『人類と建築の歴史』を読んで
『人類と建築の歴史』を読んで 筑摩プリマー新書の一冊だが、届いた本をめくってみると、少年少女向けという感じで、子供向けの教養雑誌みたいにいたるところルビだらけである。昔、小学校5年生ころ、少年少女文学全集で、ドストエフスキーの『罪と罰』というのを買ってもらって冬休みに読んだ記憶があるが、あんな感じだ。中学生向け程度だろうか。フリガナを振る手間暇だけ割高に違いない。これは簡単すぎて、戦争本のほうがまだましだったと思った。グラマン戦闘機かドイツ高射砲にしようか迷ったのだ。大体、プリマーってそういう意味だった。内容はともかくとして... ...続きを見る

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2016/03/26 09:30
『ギリシャ正教』
『ギリシャ正教』 15年ほど前にインターネットを始めたころ、ギリシャの修道僧のことをHPにアップしている人を見つけて、時折その人の記事を読んでいたのだが、そのうちパソコンをリカバリーしたさい、お気に入りに入れておいたそのHPも消えてしまってそれきりになってしまっていた。アトス山の修道僧だったとおもう。 ...続きを見る

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2015/12/26 10:08
「バブルの物語 新版」を読んで。
「バブルの物語 新版」を読んで。 ガルブレイスが1991年に書いた本だ。ちょっとページ数の割りに値段が高いようにも感じる。彼はだいぶ嘆いているらしいが、日本では彼の本意とは逆に経済発展主義の経済学者のように受け取られているようだ。実際は、勤勉で会うよりも多少怠惰であったほうが、社会全体の繁栄のためにはよいという、過剰生産こそ恐慌をもたらす害悪であるという思想の持ち主だ。これは相当私の気に入っている理論である。ガルブレイスは、ケネディ政権下でインド大使を務めた経歴があり、そのときにインド哲学の影響を受けたのかもしれない。 ...続きを見る

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2015/08/29 10:23
『ロシア・ロマノフ王朝の大地』その2
『ロシア・ロマノフ王朝の大地』その2 さて、前回急遽2回分に分けて投稿することにしたのだが、国造りの歴史などというものも、人生と似たり寄ったりで、初めのころのほうが面白い。冒険の人生のほうが成功しても失敗しても、平凡でつつがない人生よりは楽しく有意義なものに思える。そうした一連の冒険は年を取ってからではできはしない。 ...続きを見る

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2015/02/06 14:36
『ロシア・ロマノフ王朝の大地』その1
『ロシア・ロマノフ王朝の大地』その1 2007年に講談社から出された興亡の世界史シリーズの第14巻だ。いかにも北欧風の青味のかった白塗りの建築群が口絵を飾っている。やはり世界最大の国土を要するものは、それだけで史上最大の富を誇る。金目のものといえば文字通り金銭くらいしかない戦後日本や米国の叶う相手ではないという印象だ。 ...続きを見る

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2015/01/31 16:01
「傭兵の2千年史」を読む。
「傭兵の2千年史」を読む。 明治大学教授の菊池良生氏の書いた講談社の新書本で、取り扱っている歴史の舞台は「神聖ローマ帝国」で読んだものとあまり変わらないという感じだが、物の見方でこうも事物に対する印象が変わるものであるということに強い印象を受けた。 ...続きを見る

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2014/10/05 10:22
ノルウェー語について
ノルウェー語について タメット氏の本の中にノルウェー語は切り立ったフィヨルドの風景だというのがあった。あれから大体1年くらいたつが、ようやくCD付きの簡易本を購入する気になって、『ゼロから話せるノルウェー語』(青木順子著)という本を注文してみた。この前やすいからという理由でスワヒリ語を買ってはみたものの、あまり系統だった書物ではなかったのでやや不満だったが、今回のものの方が面白そうだ。カバー写真を見る限りでは、ハワイの隣に位置するのがノルウェーみたいだ。まあ、近所といえば近所みたいなものなのだろうか。北極星どころか、... ...続きを見る

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2014/05/31 16:54
中国の洋務運動
中国の洋務運動 洋務運動の洋務とは「西洋に対する事務」という言葉を縮めて作ったものらしい。西欧の軍隊が強力でもともとの中国古来の軍事力では勝てそうもないので、やむなく考え出したものだ。だから洋務運動において中国に摂取された西洋文明は物質の面だけであって、精神的なものは中国伝統のものが唯一最善だ。このことを当時は、「中学、体をなし、西学、用をなす」と呼びならわしていた。 ...続きを見る

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2014/05/22 17:52
幕末の開港について
幕末の開港について 『ペリーとヘボンと横浜開港』という本を読む。著者は農学博士の丸山健夫氏。「コンピュータシステムは私たち人間社会のメカニズムとその構造をきれいに映し出す鏡なのである」という言葉があるそうだ。その言葉が暗示するように、農学者というより、情報学のほうに精通しているようである。いろいろと知らなかったことが出てきた。特に驚いたのがロシアに対する記述だ。多分我々には通念となっている感のある『漁夫の利を占める狡猾な商人』というイメージがここでも払拭された。むしろ穏やかで勤勉実直なロシア高官の姿が浮かび上がって... ...続きを見る

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2013/11/24 13:37
石造りは木造建築よりも地震に強い
石造りは木造建築よりも地震に強い まず一般の通念としては真逆に思われているだろうが、実際のところを調べてみると、例えば関東大地震の際に倒壊した石造りアーチ建築の橋などは一軒もなかったのに、木造の橋はあちこちで壊れた。まあ、建造費が極安で、そのうえ建築期間がそれ以上に短いときているから、コスパでいったら木の橋の勝ちかもしれない。 ...続きを見る

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2013/07/18 10:58
「アナザー人類興亡史」をよんで。
「アナザー人類興亡史」をよんで。 7年ぶりくらいに人類の進化に関する本に接した。この前読んだのが日経サイエンスの『人間性の進化』(2005.11月発行)だった。今度のは2011年5月の発行だ。今度の本は、専門の学者の書いたものではない。筆者は科学評論家の金子隆一氏だ。だから結構普通の表現がところどころあって、かえって分かりにくいかもしれない。例えば「ルーシーの集団こそがサルから人が分かれて立ち上がった直後の最初のヒト科」などというところだ。普通、考古学の本でサルという場合のサルはモンキーのことであってエイプではない。日本語ではエ... ...続きを見る

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2013/07/06 09:53
唐人お吉について
唐人お吉について 唐人お吉というのは、ハリスとの関連で実在した斎藤きち(1841−90)のことをさすのが一般である。ところが戯曲などのつたえている唐人お吉は、おそらく全くの作り話であって、実際とは真逆といってもよいほどであったらしい。 ...続きを見る

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2013/06/19 16:45
アメリカ独立戦争
アメリカ独立戦争 アメリカといっても、ブラジルとかアルゼンチンといった南米諸国でも、メキシコのような中南米でもなく、北米のイギリス植民地の独立をさしている。北米植民地の独立などと称しているが、独立したのはヨーロッパから移民した多民族で、現地に古くから定住していた民族ではない。まあ、世界各国歴史に残った大国というのは、多かれ少なかれ他民族を吸収したり絶滅させたりして育ってきたものではあろうが、近代に入ってからこういう形で他文化圏が領土を獲得していったケースはほかに例がないだろう。もっとも、北米には土着の国家などとい... ...続きを見る

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2013/06/09 16:18
従軍慰安婦について
従軍慰安婦について 橋本市長が大戦中は従軍慰安婦の存在は当たり前だったなどとアメリカに話したそうだ。日本やドイツなどでは当然だったが、アメリカ軍にはこの慣習はなかったのではなかろうかと思う(*)ので、ちょっと的外れな言動であると思った。慰安婦を連れて行かなかったために、彼らの間に横行したのが、同性愛の風習だ。米軍内では、今でもびっくりするくらい多いのだという。そのほかに、占領地域の女性を標的にする事件が後を絶たないことが、米大学教授の研究でまとめられたということが、時事ドットコムの記事にあったので、またコピペしてお... ...続きを見る

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2013/06/05 17:27
無差別爆撃ということ
無差別爆撃ということ 前にちらと触れたことがあるが、この概念が誕生したのは、第一次大戦であまりに多くの犠牲者を出したことへの反省からであった。職業軍人をいくら殺傷したところで、犠牲者に対する哀悼の念はあまり生じないのでどの国も降伏ということをせず、力の尽きるまで戦おうとする。それは大衆には軍人と一般市民とは別物という観念が色濃く根付いているからだ。確かに戦争が早期のうちに終了するならば、戦闘員たちは自ら志願した体力自慢のつわものたちであって、一般市民とは異なるところもある。しかし戦争が長期化すれば、兵士不足から、一般... ...続きを見る

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2013/05/21 10:25
ピラミッドの戦い〜ナポレオンの戦役A
ピラミッドの戦い〜ナポレオンの戦役A ロディ橋の戦い以降もイタリア戦役は続いたが、1797年10月にオーストリアとの間でカンポ・フォルミオの条約が結ばれ、これで一時休戦となったので、ナポレオンはパリに凱旋した。 ...続きを見る

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2013/03/07 14:12
世界のジャンヌダルクについて
世界のジャンヌダルクについて 2013年の大河ドラマに決定した「八重の桜」の主人公である新島(旧姓山本)八重(1845−1932)が、「日本のジャンヌダルク」なんだそうである。今年は綾瀬はるかが彼女の役柄に挑戦するらしい。しかし、満86歳まで生きた人間のことをそんな風に呼び習わしてよいものだろうか。そこで、ジャンヌになぞらえられたものたちを調べてみた。 ...続きを見る

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2013/01/06 17:17
戦艦大和再現。
戦艦大和再現。 「戦艦大和復元プロジェクト」(角川oneテーマ)という新書を読んだ。復元といっても、縮尺10分の1ほどの模型であるが、全長20メートル以上(26m)もあるものを現実に建造したのだという。スクリュウプロペラだけでも、クルーザー並みの直径50センチもある。船体は平成15年の8月から12月に掛けて4ヶ月で岡山の三井造船玉野工場で作られ、翌年の2月に進水式を終え、広島県呉市の大和ミュージアムの台座にすえられられた。それから甲板や上部構造が取り付けられて完成したのが、平成16年の11月だった。ミュージアム... ...続きを見る

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2012/12/29 17:10
『原爆の父オッペンハイマーと水爆の父テラー』を読んで〜前編
『原爆の父オッペンハイマーと水爆の父テラー』を読んで〜前編 あまり面白おかしく書かれている本ではなかった。やはりこの手の本は多少なりとも物理学を研究した人間の手になるものでないと、文章に現実味が表れてこないのかもしれない。どうも筆者の足立壽美は医学部精神科だという。 ...続きを見る

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2012/11/25 16:44
金子直吉(1866−1944)
金子直吉(1866−1944) 「初夢や太閤秀吉ナポレオン」などという妙な句を物した男であるが、一応俳号を「白鼠」というそうだ。彼が活躍したのは、1894年から1927年、28歳から41歳の頃までの13年間ほどに過ぎないのだが、その期間にただの個人の一商店を三井、三菱を凌駕するほどの大商社に為した。だからさぞかし今日まで名を残しているだろうと思いきや、教科書や参考書には彼の破天荒な業績の数々についてはまず触れられていない。昭和大恐慌の下となったのが鈴木商店の倒産であることに多少触れられている程度である。ましてや金子直吉が鈴木商... ...続きを見る

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2012/11/16 16:44
『マルタの碑』という小説を読んで〜第一次大戦まで
『マルタの碑』という小説を読んで〜第一次大戦まで 山口多門(下の写真)の伝記のようなものである。第1次大戦時、日本海軍の軍艦が地中海に派遣されて少々の活躍をしたという話。民族自立にかかわる戦争の火付け役は、ほかならぬ日本自体にあるのにもかかわらず、この程度の派兵しか行なわなかったというのが欧州先進諸国の心象を大分悪くしたものと思う。もちろんこの小説には日本海軍の得意として栄誉のように描かれている。それで、ぱっと見た限りでは『帝国海軍もこのような努力を遠い異郷の地で果たしていたのか!』などと、まるで地中海のバルカンでの蜂起には日本は無関係であった... ...続きを見る

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2012/10/10 16:59
尖閣諸島は日本の領土だとは断言できない
尖閣諸島は日本の領土だとは断言できない 尖閣諸島領有権に関する日本外務省の見解を見たが、1885年以降に国土として編入したということしか書かれていない。当時、無人島であることと、清国が領有していないかどうか念入りに確かめたとあるだけである。石原東京都知事の主張のように、明らかな日本領土だというようには読めない。 ...続きを見る

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2012/09/21 17:07
竹島問題について
竹島問題について この問題が北方領土問題や尖閣諸島問題と比べて決定的に異なるのは、それがアイヌ民族や琉球民族などを離れて、大和民族自体が江戸時代から領有を主張してきたという歴史的な事実である点である。まあ、日本政府が事実を捏造しているか、勘違いしているという可能性はほんの少しはあるだろう。しかしそれよりも韓国側の大勘違いである可能性のほうがはるかに高くて、まず日本領土であることには疑いはない。 ...続きを見る

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2012/09/12 16:04
『西欧の植民地喪失と日本』を読んで。
『西欧の植民地喪失と日本』を読んで。 この抄訳本は西欧人から見た日本軍の進駐というものを知らせてくれる点で、きわめて印象深いものであった。同時に日本の明治維新以降の振る舞いが如何に世界の趨勢から外れたものであったかも教えてくれる。われわれが良く口にする「戦争はお互い様」という意見は、ずいぶん身勝手な自己弁護に過ぎなかったようである。何しろ「われわれはアジアを開放した」などと自己陶酔していたのは日本だけで、実際はただのはた迷惑なおせっかいであったというのが本当らしい。それを思うと、現在中国が靖国神社の件で云々するのも、内政干渉のうちに... ...続きを見る

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2012/09/03 14:40
大英帝国の植民地時代
大英帝国の植民地時代 アヘン戦争の歴史などを見ても、『これと似たようなことを日本も行なったのだ』などということは考えようともしないものが多そうだ。しかも、アヘン戦争に関しては中国人のほうにもその原因を招いた責任というものが少しはあるから、あまり大きなことは言えない。中国人が横暴すぎて、ヨーロッパ人たちの国力が低いことをいいことにして暴利をむさぼっていたので、仕返しをされただけだ。このことは前に「中華帝国の危機@〜マカートニーの派遣」(まだAは書いていなかった)で触れた。 ...続きを見る

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2012/08/19 17:03
日本の原子爆弾製造計画
日本の原子爆弾製造計画 『日本の原爆』(保坂正康、新潮社2012年4月)という本を読む。装丁はしっかりとしたハードカバーでしおり紐も付いていが、1575円と値段は手ごろだ。見開きに「原子爆弾研究開発の関係図」というのが描かれていて、日本の原爆開発は主に陸軍航空本部に属する理化学研究所の仁科芳雄研究室が中心となって研究を行なっていたというようなことがわかる。「原子核、中間子の理論チーム」の中には、仁科芳雄(1890−1951)や玉木英彦と並んで、朝永振一郎(1906−79)や湯川秀樹(1907−81)の名も見える。陸軍で... ...続きを見る

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2012/08/02 16:58
北方の歴史〜近代化以降
北方の歴史〜近代化以降 太平洋戦争終息時点に付きまとう一番大きな誤解といってよいのは、ソ連が一方的に日ソ中立条約を破棄したというものだろう。これについては、同条約締結後のわずか2ヵ月後の1941年、ドイツがソ連に進行した時点で、時の松岡洋介外相が『日本の基本的な外交政策は三国同盟であり、独ソ戦と日ソ中立条約が矛盾するような事態になれば中立条約は効力を発揮しないであろう』旨をソ連駐日大使マリクに伝えている。そして7月2日に、所謂「関東軍特種大演習」(関特演)という計画を御前会議でたて、70万の兵を満ソ国境に終結させ、ドイ... ...続きを見る

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2012/07/27 16:24
北方の歴史〜江戸鎖国時代
北方の歴史〜江戸鎖国時代 光人社NF文庫の『ロシアから見た北方領土』(岡田和裕、2012.7)という本を読む。「2012年7月14日印刷、24か発行」などと書かれていたが、注文したのは7月7日で、これは嘘吐きなのではなかろうかなどと思った。他の書物などにしても、このようにいい加減なものなのだろうか。日本国内の社会活動というものが、現在に至ってもこのようにグレイなものであるならば、かつて全体主義時代に書かれた資料など全く闇に包まれているものだという公算がきわめて濃厚だ。そのようなまがい物であろうデータを頭から信じて、諸外国... ...続きを見る

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2012/07/12 18:16
『陸軍登戸研究所と謀略戦』をよんで
『陸軍登戸研究所と謀略戦』をよんで 表題の書物は、吉川弘文館2012年2月に歴史文化ライブラリーの一巻として発行されたものだが、1996年10月に始まったこの歴史シリーズがかなりの分量にまで充実しているのが少し意外であった。出版業界は不況で大苦戦などとあちこちでうわさしていたからだ。 ...続きを見る

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2012/06/01 17:24
アイヌの歴史
アイヌの歴史 琉球人とは異なり、一見して大和民族との違いがわかるのがアイヌ人である。頭が大きくて、手足が長く、南方の諸民族とはもちろん、シベリアの蒙古族や、エスキモーなどの寒地に適応したずんぐりした体型もしていない。アイヌ中世、即ち14世紀始めの北海道には3種類の蝦夷、「日ノ本(ひのもと)」、「唐子(からこ)」、「渡党(わたりろう)」が居住していたが、それぞれ形態が若干異なり、倭人の言葉を解するのは「渡党」のみで、彼らは日本人と風貌が似ていたということが、『諏訪大明神絵詞』という古書には書かれているそうだ。し... ...続きを見る

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2012/05/09 17:53
反ユダヤ思想の始まりについて
反ユダヤ思想の始まりについて 「ユダヤ人とローマ帝国」(大澤武男著)を読んだ。ユダヤ民族にまつわる伝承ほど鮮明な像を今日のわれわれに伝えてくれるものはなく、その点は古代ギリシャ・ローマも遠く及ばないそうだ。この点については、日常の世界に聖書の物語が頻繁に現れる西欧世界や、またアフリカ諸国、アジア諸国などと異なり、日本で教育を受けたわれわれだけが異質であるようだ。本書では、冒頭から、世界中のほとんどの諸国において、幼少期における周知の通念である旧約聖書のエステル記の物語を挙げる。エステルというのは、ペルシャ王アハシュエロス(ク... ...続きを見る

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2012/04/25 17:12
鉄を生みだした帝国―ヒッタイト発掘
鉄を生みだした帝国―ヒッタイト発掘 ヒッタイトの首都ハットゥシャの城砦は、異常な高温で破壊されたことが分かっている。南北2.3キロメートル、東西1.3キロメートルほどの巨大な卵型をしていたという。紀元前1200年頃、突如進行を開始した「海の民」によって滅ぼされてしまったということに、昔はなっていた。2重の城壁のうち、内側のものは巨大な石材と煉瓦によって築かれ、その高さは6メートル以上、厚さは8メートルにも及ぶものである(*)ことから、内部の建物が簡素なものであったとは考えにくい。しかし、彼らが何層立ての城塞や住居に居住していたのか... ...続きを見る

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2012/04/08 16:23
エルサレム王国と十字軍の歴史。
エルサレム王国と十字軍の歴史。 この前、フリードリヒ2世について記したが、現時点から世界史の流れを追ってみれば、彼がエルサレムを奪回したことは十字軍の歴史において唯一の成功例として、当然最も評価してしかるべき人物であるにもかかわらず、意外なことに、彼の名は十字軍の歴史の中に登場してくることはあまりない。現在一般的な歴史像では、イスラム国家の台頭の歴史のうち、始めの2世紀か3世紀は、イスラム教世界が優勢で攻撃的態度を示し、これに対して民族大移動期の不安定な状況にあった西欧のキリスト教世界は守勢の立場にあったということが強調されて... ...続きを見る

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2012/03/25 16:53
シーア派の成立について。
シーア派の成立について。 近頃、中東のシリアについて騒がれている。シリアのアサド大統領が、「反政府はテロリストだ」と断じて市民側に無差別攻撃を行なっているという。イスラエルは、サダト政権が失脚すると、ヨルダンから想定外の攻撃を受ける恐れがあるというので、敵側の急進アラブの親分にはサダトが付いていたほうがありがたいらしい。それで、どうやらサダト政権容認なので、そうすると今度はタリバン側が反シリアを応援しているという。そうなると今度はサウジアラビアなどの穏健派は、反テロの立場から、反サダトには武器の提供をしづらくなる。 ... ...続きを見る

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2012/02/21 16:59
風呂の歴史。
風呂の歴史。 大河ドラマのシーンがきれいだとか汚いとか大分騒いでいるらしい。それでこの前ちょっと見ていたが、どうも蜂須賀小六の一味と言った感じの野党の集会のようなのが平家の祝いの席の集会らしい。服はぼろぼろでどう見ても非常な貧乏一族で、かなり落ちぶれているようにしか見えない。しかし、一面霧だらけなのは夢幻の世を現しているのだろうか。ドラマだからこういう設定でも何でも良いようなものだが、ネットを覗くとやはりこういうのに感化されて「昔はああだったのだ」というものが相当数にのぼっている。昔の人々のほうが暮らし向きは... ...続きを見る

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2012/02/09 16:33
巨大地震の起こる確率と被害にあう確率は異なること。
巨大地震の起こる確率と被害にあう確率は異なること。 テレビで、関東圏で4年以内に首都圏直下型の巨大地震が起こる確率は70%だとやっていて、これを交通事故にあう確率と単純に比較していた。しかし、交通事故の起きる確率は、大体毎日100%以上である。それと比べるときわめて低い値だ。一方で、交通事故の被害に実際にあう確率は4年間で20〜30%程度に過ぎないものとなるそうだ。地震の場合にはそちらははるかに大きくなって、推計では死者数だけでも1万人を超えるものとなると予想されている。もしも100万人程度の人が壊滅的な被害をこうむるとしたなら、一回の大地震で1... ...続きを見る

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2012/01/26 16:44
宇宙進出の意味
宇宙進出の意味 サルトルはかつて「餓えた子供を前にして『嘔吐』(彼の長編小説)は何の役にも立たない」と発言し、大きな反響を呼んだ。サルトルがこのように発言したのは1964年の4月のことであった。社会主義的倫理観のきわめて強い人はたいていこのように思う。文学や哲学に対する絶望感というものはこの種の人々に特に強く表れる。サルトルがノーベル文学賞を辞退したのも、このような背景があったといわれる。 ...続きを見る

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2012/01/04 17:50
日露戦争における旅順陥落
日露戦争における旅順陥落 いまどきはクリスマス休戦とか正月休戦というのがあって、第1次大戦のときも、大体この期間は前線で敵味方の兵士が互いに談合しあって、中には贈物を交わしたりする例もあったらしい。こういう儀礼とか慣習があったことが、戦争とは政治形態の一種であるという伝統的な思想の妥当性を裏付けるものとなる。 ...続きを見る

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2012/01/01 10:49
「10万年の世界経済史(上)」を読んで〜@
「10万年の世界経済史(上)」を読んで〜@ 『独裁者の教養』という新書本がかなり傑作だったので大分じっくりと時間をかけて読んだが、イラクのフセイン大統領なども伝えられているほどの悪ではないというのを改めて認識した。この伝で行くと、オサマ・ビン・ラディンなどもどうだか分からないぞ、などとも思ったが、フセイン大統領も「俺はテロなどやらないぞ!」といっていたらしいから、やはりテロリストは悪なのだろう。ところで先日の話で、また付け加えることがある。われわれは『医療保険』などというと、つい善行だと思い込んでしまう。確かに、老人介護のために健康保険料... ...続きを見る

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2011/12/14 15:56
独裁者〜Bサパルムラト・アタイェヴィッチ・ニヤゾフ(1940.2.19−2006.12.21)
独裁者〜Bサパルムラト・アタイェヴィッチ・ニヤゾフ(1940.2.19−2006.12.21) 前回、ポル・ポトについて調べているうちに、彼が海外で騒がれているほどの「悪の権化」と言った人物でもなさそうだということが分かってきたので、今度はどちらかというとその治世に今のところ国民が満足しているような独裁国家について調べようと思う。日本と比べれば相当ましだというほどの意味だが、かなり好き勝手やっても、あのようにうまく行くというのが独裁の強みだ。情報閉鎖に関しては、北朝鮮に告ぐワースト2位だそうだが、あまり嫌味は感じない。風貌が何処となくユーモラスでもあり、しかも非常に裕福で頼りがいがありそう... ...続きを見る

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2011/12/08 16:17
独裁者〜Aポル・ポト(1925頃―1998)
独裁者〜Aポル・ポト(1925頃―1998) ずっと前、関口宏の『知ってるつもり』とかいう番組があって、そこで見た記憶があるが、自国民を三分の一も虐殺したという以外、あまりよく覚えていない。 ...続きを見る

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2011/12/06 16:41
資本主義における恐慌の歴史
資本主義における恐慌の歴史 『恐慌の歴史』(宝島社新書)という本のあとがきを見ると、「よきサマリア人」のことがちらと書かれている。よきサマリア人とは、「ルカによる福音書の10章29節から37節にある話で、イエスが律法学者に「隣人とは誰か」と問われたときに答えたたとえ話だ。ユダヤ人の祭司は瀕死の人間を見ても、奪い取れそうなものがない人間には近づかないというようなことが書かれている。サマリアとは古代イスラエル北王国の首都であるから、一種の聖域なのであるが、北王国が滅ぶと異民族がそこに住むことになった。ユダヤ人たちは別のところに... ...続きを見る

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2011/11/30 16:03
日の丸について
『外国国章損壊罪』というのが刑法92条にあるそうである。「外国に対し侮辱を加うる目的を持って其国の国旗祖他の国章を損壊、除去又は汚損したる者は二年以下の懲役又は二百円以下の罰金に処す。但し外国政府の請求を待ってその罪を論す」。200円は現在20万円となっているようだ。これに対して、日本の国旗を損壊、除去又は汚損しても、日本刑法には罰則は設けられていない。これは別段戦後になって日本が卑屈になったからではなく、それ以前から普通にそうであったらしい。1930年に通達された日本国旗と外国国旗の並べ順に老... ...続きを見る

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2011/11/19 15:41
労働を国民の義務としている国
日本国憲法に規定されている国民の三大義務というのは、「教育・勤労・納税」である。このうち「教育と納税」は昔からあった。「勤労」が取り入れられたのは、大日本帝国憲法が廃止されて、戦後、日本国憲法が交付されてからだ。どうもGHQの押し付けで、国民の自由意志を奪って支配を容易にするためのものであったと思われる。かつてフランシス・ベーコンがどこかでいったように(前々から探しているが、まだ出典が見つからない)、「勤勉な軍隊は弱い」という原則を利用して、日本国が再軍備を謀っても強力な軍隊は保てないようなシス... ...続きを見る

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2011/11/15 16:41
中華帝国の危機@〜マカートニーの派遣
「世界の歴史」(19)(中公文庫)という本が届いた。35年ほど前に、講談社の「中国の革命」という歴史本を読んだが、それとほぼ同じような時代のことが書かれている。しかしどうも書き方が大分異なるようで、前回読んだものは、強大な中国の力を前に、なすすべもなく引き下がる弱小国家イギリスの姿が強調されていたのに対し、今度のは「凋落を目の前にして最後になおいっそう燃え盛るろうそくの炎」のような中国の姿を描いている。同じ歴史的事件を語るにしても、背景とか敷物にどういう織物を敷いておくかで大分印象が変わってくる... ...続きを見る

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2011/11/09 16:46
ギリシャ国家について
テレビで、ギリシャ国民の一日というのをやっていた。だいたい朝食はとらないで、朝の7時30頃から昼の1時30まで働き、それから2時間かけて昼食の後昼寝をして、夕方は自由時間。その後夕食を済ませて寝るといった生活で、労働時間が6時間と長いことを除いたら、ほとんど古代ローマ市民の生活と変わらないほどだ。公務員が湯水のように金を使うので、国民が6時間も働かなければならないと見るべきで、本来ならばこれほど多くの時間を人間は労働に費やすべきではないものと思う。それでも、過労死などといった下らない生活習慣病み... ...続きを見る

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2011/11/06 16:25
ガダルカナルの戦い〜後半(その1)
始めに『ガダルカナル』という名前の起こりについて話すことにする。戦争について書いても、後半はいいところがなく、ラバウル航空隊の30機ばかりのゼロ戦部隊がまあまあ最後まで拳闘したらしいが、大局において日米の差が開くばかりで、終いにはアメリカ軍はコーラを飲みながらの戦闘といっていいくらいにまでなっていたそうだ。ソロモン諸島のまわりの島々と比べて、何か違和感のある名称で、やけに気になるので調べてみた。そうすると、ソロモン諸島というのは、前回話したように、スペインの航海士アルバロ・デ・メンダーニャが15... ...続きを見る

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2011/09/28 16:26
ニュートリノの冒険
ニュートリノの持つ際立った特長として挙げられるもののひとつに、「ニュートリノは光とは異なり、重力の影響をほとんど受けないかのように見える」というのがあるらしい。たとえば、太陽の中心から放出された光が太陽の表面に達するまでには何百万年もかかるらしいが、同じように太陽の中心で作られたニュートリノが表面に顔を出すのにはそう何年もかかるものではないという。 ...続きを見る

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2011/09/26 17:39
真珠湾の仕返し::ドゥーリトル爆撃隊
真珠湾攻撃後、一ヶ月足らずで日本本土への爆撃が考えられていたことには、その背景に、日本の潜水艦による米本土の襲撃という歴史的な事実が隠されているらしいということを知ったが、このことはまたまた新たな驚きであった。 ...続きを見る

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2011/09/22 16:28
ガダルカナルの闘い・・・前半
星亮一の「偽りの明治維新」という薄い本を読んで以来、日本政府自体がいんちき政府であるという感を強くして、おまけに産業革命以来環境破壊の主役を務めてきた殖産興業の原動力となったのが、戦闘で傷付いた大衆自身であることも加わって、あまり日本の近・現代史というものを調べようという積極的な気にはなれないでいる。 ...続きを見る

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2011/09/20 16:49
車輪について
電車の車輪を見ていてふと思った。曲がるときはどうなっているのだろうかと思うのだが、詳しく見たことがないのでどうにもわからない。まず、電車や機関車の車輪の内側が一段太くなっているのは脱輪防止のためであることまでは記憶にある。しかしその外側のレールの軌道に直接触れる車輪の部分が外側に頂点を向けた円錐の一部であることまでは気が付かなかった。鉄道車両というのは重量がありすぎるため、左右の車輪の軸を通常の自動車のように別々にするということができないので、カーブを回るためには、どうしても外側の車輪の直径を長... ...続きを見る

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2011/09/17 12:00
ベーシック・インカムの歴史 〜 その3
現代のベーシック・インカム論というのをまとめておく。現代といっても、かなり長い間抑圧されてきた思想で、今の社会は経済発展至上主義にどっぷり浸かっている。これは、大戦後の1949年にアメリカのトルーマン大統領が強力に推し進めた政策だ。言葉遣いの問題で、全世界をアメリカのように豊かにするというと聞こえが良いが、結局は全世界の属国化であって、そのために働きたく必要のない社会の成員まで働くようになった。今では、日本社会の人間などは、昔の江戸時代から日本人は勤勉であった、などと信じ込んでいるくらいだ。 ... ...続きを見る

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2011/09/11 16:56
敵前逃亡兵の処遇について
第2次世界大戦中の東部戦線でソビエトが行なった話は大変よく知れ渡っていて、突撃する一般の兵卒の背後に秘密警察が潜んでいて逃亡しようとする兵士は片端から撃ち殺した。これはスターリンの作った規範に、「逃亡兵は銃殺かあるいは戦車でひき殺す」ということが決められていたそうだが、別段スターリンだけが冷酷だったわけでもなく、レーニンなどもこういうことは行なったらしい。 ...続きを見る

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2011/09/07 16:22
ベーシック・インカムの歴史 〜 その2
20世紀にはいると、社会主義運動は大きく2つの流れに分けられるようになっていった。産業化の進展の中に革命の潜勢力を見出してゆこうとするグループが一つ。このグループには、フランスのサンシモン主義者、イギリスのフェビアン協会、ロシアのレーニンたちが含まれる。特にレーニンたちが産業の機械化を推し進めてゆく過程で、そもそも人間疎外の排斥を目指して社会主義運動というものがおきたのにもかかわらず、彼らが人間心理の研究を行なってこなかったというのは、なんともおかしなことであった。レーニンたちによる革命後ロシア... ...続きを見る

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2011/09/05 16:34
世界の終戦記念日
この前書いたように、日本は例外的にポツダム宣言の受諾を表明した玉音放送の行なわれた8月15日を終戦記念日としている。連合国各国は、9月2日か3日としている。それは、アメリカのトルーマン大統領が、戦艦ミズーリの艦上で降伏文書に調印がなされた日の9月2日を終戦の日と決めたからだが、これは理屈から言って妥当な日と思う。 ...続きを見る

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2011/09/02 17:05
ベーシック・インカムの歴史 〜 その1
『ベーシック・インカム入門』という光文社新書が届いたので、例によって全部読みきらないうちに感想を書き始めている。定価840円の小冊子であるが、大著ならば漏れなく詳しいことが書かれているかといえばそうでもなく、雑談のようなものならいくらでも長い書物を書くことができるというのは、年寄りの長電話で1時間や2時間はざらにあるというのを見ても分かる。逆に、小冊子のほうがコンパクトにまとまっているというのがある。筆者の山森亨は1970年の生まれで、経済学部の専攻は社会政策だそうだ。日本ではベーシック・インカ... ...続きを見る

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2011/09/01 16:14
ピコラエビッチ紙幣
「ピコラエビッチ紙幣」というのは、尼港事件で有名な極東ロシア領の小都市二コラエフスク・ナ・アムーレにある日本企業の島田商会が発行した紙幣で、下落の激しいルーブル札(*)を保管し、町の産業を支える紙幣として大いに流通していたという。ダイヤモンド社から出版された同名の歴史小説の筆者は熊谷敬太郎氏は昭和21年の生まれで、雑貨の輸入業を営んでいたが、印刷業のほうも手がけたことがあるらしい。『ピコラエビッチ』の始めの『ピ』は『ニ』の誤植だという。ロシア語では『H』がN音をあらわすのだが、Hの横線を上にもと... ...続きを見る

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2011/08/24 16:10
ノアの箱舟と並ぶ人類の考えた最大の船、パイクリート空母
「氷山空母」という名称を始めて耳にしたのはもうかなり以前になるのだが、その頃は『戦時中の空想のような無駄な建造物で、どこかの大氷河を切り取って船にするものなのだろう』などと思って、大して気にも留めていなかった。その後ネットでも何回か検索してみたが『実現されなくて、かえって正解であった』などという意見ばかりであった。大体だれもが資源の無駄遣いに過ぎないといっているが、どうも思い込みによるようだ。高々この20年か30年の間に通湯していた経済上の効率性という法則を無条件に信じているだけだ。しかしながら... ...続きを見る

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2011/08/16 17:23
古代における熱中症と現在の為替取引
朝刊を見ると、古代ギリシャのタレスは熱中症と思われる病で命を落としたとあった。これが本当なら、『昔のクーラーなどない時代の人間は熱中症になどならなかった』ものだと私などは思っているものだから、大分意外なことではある。最も、その頃の気温のほうが今よりは暑かっただろうというのはかなりありそうではある。ローマ人などは、真冬でも半袖か、薄い長袖で暮らすというのが普通であったらしい。冬がそれほど寒くなければ、夏はもっと暑いだろうとは限らないわけだが、古代の人間が熱中症になるなどとは、相当な暑さであったろう... ...続きを見る

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2011/08/13 08:26
ソ連進行の日
1945年の8月8日、半年前に結ばれたヤルタ協定に基づき、ソビエト連邦が日本に宣戦布告をした。アメリカ大統領ルーズベルト、イギリス首相スターリン、それとソ連のスターリンの三者会談で、「@ドイツに対する戦後処理として、米・英・仏・ソの四カ国統治、A国際連合の設立、Bソ連の対日参戦(ドイツ降伏後2,3ヶ月以内)と、千島、南樺太の奪回、Cポーランド国境の確定として、第1次大戦で定められたカーゾン線を基調とすること、D中国代表として蒋介石政権を認めること・・・」などが決められた。クリミア半島の保養地ヤル... ...続きを見る

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2011/08/08 16:10
終戦工作について
大日本帝国がアメリカと戦争を始めたなどという報道が巷に広がると、昭和初期の人は軍部がそれなりの周到な準備をしていたことなど思いもよらなかったらしく、緒戦の勝利の報を聞いても『どうせ一週間もすれば敗退するに決まっている』と、それなりの資産家は誰しも株の空売りをしたり米ドルを買いあさったりしていたらしい。米ドルが買える人などめったにいなかったであろうが、株の空売りで一文無しになったという話はかなり多かったようだ。アメリカに負けだしたら株価が下がったかというと、軍需株などは敗戦当日まで上がり続けたとい... ...続きを見る

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2011/08/06 16:47
ダムのはなし(2)〜古代のダム技術史
ダム技術といえば、古代ローマの話になる。人類初の水硬性モルタルや粗石と漆喰を混ぜ合わせた形のコンクリートを使った優れた施工法の考案といい、洪水時の越流対策としての余水吐気の設置に対する万全な配慮といい、ローマの技術を上回るダムが登場するまでには産業革命を追えた後もなお1世紀の年月を必要とした。 ...続きを見る

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2011/05/28 14:16
ダムのはなし(1)〜4大文明時代のダム
注文していた竹林征三の「ダムのはなし」という本がやっと届いた。灌漑用のダム建設技術の観点から文明の発祥を見るという視点も、教科書などには書かれていなかったことで、なかなかコンパクトにいろいろと興味深いことが書かれていて、1900円という値段の割りに得をした気になった。ダムで思い出すのは、1943年5月に行なわれた英重爆撃隊のドイツルール地帯のメーネダム爆撃の話である。貯水湖の上に投下した爆弾を、石が水切りをするように何度か水面を跳ね上げらせてダムの正面にぶつけるというもので、映画にもなった(19... ...続きを見る

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2011/05/17 16:37
ノモンハン事件(1939年5月11日〜9月15日)
従来、機銃装備程度しか持たない日本軍部隊が、ソ連軍戦車部隊に迎撃されて、部隊が全滅したなどといわれていた。ずっとそのような話を聞いていたが、どうもそうでもなかったようだ。局地戦でそういうのはあったが、ソ連軍が橋を爆破しなかったので、逃げ延びた日本兵もかなりいたらしい。しかし、ソ連軍が大被害をこうむった場合もかなりあったようだ。この戦いにおいても、越境したのは日本軍だけであったという。それで関東軍に越境爆撃の動きがあることを知らされた東京の大本営は、急遽飛行機を差し向けたが、関東軍は全く大本営を無... ...続きを見る

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2011/05/08 16:28
生命表の歴史・・死亡率と社会
この前、太平洋戦争前後の日本の人口推移というのを見ていて、戦争の激しかった頃とその前後で、目立ったような死亡率の上昇がなかったというのを、かなり意外に思った。統計上、優位な差と見られるのは、3割の減少があって、初めて死亡率の上昇が確定されるというのが通例らしいが、戦時中の人口の減少はせいぜい1割と少しであって、これは統計上は比較の対象とはならない量なのだ。それにもかかわらず、戦時中の体験談というのがすさまじいというのは、あれは記憶は造られるものというのもあるだろうが、それ以上に戦闘が局地的であっ... ...続きを見る

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2011/05/04 15:59
アラブとイスラエル (9) 〜西側陣営の勝利
1975年から、レバノン内戦というのが行なわれていた。規模の大きさから第5次中東戦争と呼ばれることもあるそうだが、どうもテロが主体のものは戦争とはいわないのが普通らしい。今までの4回の戦争とは異なる点は、今回の戦いは必要のない戦いであった点であった。イスラエルのほうから、自分の利益のためのみに出兵したものであって、戦闘員も志願兵に限っており、兵役を拒否することも自由だった。その点からしても、中東戦争のカテゴリーには入れにくいと思う。この当時、レバノン内部のキリスト教徒系の民間軍事団体(レバノン軍... ...続きを見る

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2011/05/01 17:11
アラブとイスラエル (8) 〜第4次中東戦争
ナセル大統領は、6月戦争の大敗北の責任を取っていったんは辞意を表明したが、国民の支持の元に大統領を留任する。敗北からわずか4ヵ月後の1967年10月21日に起こったエイラート号事件により、エジプト軍の士気は再び高揚した。イスラエルの駆逐艦エイラートが、漁船程度の大きさしかないエジプトのミサイル艇に撃沈された事件である。ソ連製の中距離対艦ミサイル「テルミロート」3発を受けて全長111メートル、幅11メートル、排水量2500トンの戦艦が撃沈されてしまったのだから世界中驚いたらしい。この事件で、エジプ... ...続きを見る

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2011/04/27 16:27
アラブとイスラエル (7) 〜第2次、第3次中東戦争
第2次中東戦争は、スエズ動乱などともいわれている。これによって、アラブのスエズ国有化は完全に実行され、エジプトに戦いを挑んだイスラエル、イギリス、フランスの国権はひどく萎縮することになった。アメリカのアイゼンハワー大統領も完全にエジプト支援の方針を固めた。イギリスの信用喪失ははなはだしく、完全に大英帝国の威信は失われることになった。逆にエジプトはアラブ諸国の信頼を勝ち取り、以後アラブ世界の中心としての地位を占めることとなった。 ...続きを見る

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2011/04/24 15:55
アラブとイスラエル (6) 〜第一次中東戦争
アラブ諸国は、分割案が採択されれば戦いを辞さない意向を示していたそうだ。なぜなのか全くわからないのであるが、なぜユダヤ側はこんなことに我慢できるのだろうか。これではアラブが甘い汁を吸い取っているだけのように思える。アラブの難民は働く必要がなく、難民キャンプに住んでいれば国連から生活費を支給されるというのもイスラエル人にとっては不愉快だろう。しかも難民キャンプには映画館を始め、さまざまな娯楽施設まであるという。家の中では一日中ごろごろしながら、ユダヤ人に対する憎悪と復讐ばかり語っている。こういう有... ...続きを見る

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2011/04/20 16:55
アラブとイスラエル (5) 〜イギリスとの戦い
今迄みてきたところでは、第2次大戦勃発の頃、イギリスがアラブの機嫌をとろうとして取り付けた「白書」こそが、現在にまでつながるパレスチナにおけるアラブとユダヤの対立の大本であることが判明してきた。フサイン=マクマホン協定とか、バルフォア宣言などというものが、あたかも相互に相反するようなことがいわれている。しかし、それは言ってみれば、2次平面にあい異なる2本の直線を引いて、交点を求めるようなものだ。二枚舌外交でも、三枚舌外交でもない。実際、アラブ世界とユダヤ世界は1920年の時点では完全に近い合意を... ...続きを見る

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2011/04/17 12:42
アラブとイスラエル (4) 〜ナチスとの戦い
いや、ちっとも終わらないが、ベースにしている本が、ミルトスから出された「イスラエル建国物語」という本なので、イスラエルに都合のよいことばかり書かれているのかもしれない。しかし、アラブ側も当初はユダヤ人受け入れを歓迎していたほどだったというのは本当であろうか。しかし、この分だと、アラブびいきに書かれた書物であれば、日本の極右翼解釈と同じで、落ち度があるのは100%イスラエル側にあるなどという主張もできそうである。中国の重慶への無差別爆撃に関しては、あれは中国軍が民間の住宅で軍需品を作っていたからと... ...続きを見る

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2011/04/13 17:23
アラブとイスラエル (3) 〜パレスチナ委任統治
始め書き出したときは一回か二回で終わるものと思っていたが、案外なかなかおわらない。調べているうちに思いを深めたのは、イスラエル建国にこのような長い歳月を要したというのは、どうも肝心のユダヤ人自身が国家の樹立を望んでいなかったからであろうということだ。 ...続きを見る

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2011/04/10 16:44
メシヌの屋根―最大の化学爆弾
ベルギー西部の都市イーペルの近郊で行われた。第1次大戦の西部戦線で起こった「第3次イーペル会戦(パッシェンデールの戦い)」(1917年7月末〜11月)の前哨戦で為された軍事作戦において、塹壕地下室に潜んでいたドイツ兵1万人がこの破壊工作によって一瞬に死亡した。イギリス、ANZAC(オーストラリア、ニュージーランド連合軍)、カナダ、南アフリカの5カ国連合軍はこの工作に2年半の歳月を掛けた。爆破に当たったのは、イギリス第2軍で、合計21個の巨大な地雷を地下30メートル以下に、それぞれセットした。行動... ...続きを見る

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2011/04/09 17:15
アラブとイスラエル(2) 〜シオンへの道
シオン[Zion]とは、ゼカリア書8章2,3節において神が語った言葉、「私はシオンのために大いなる嫉妬を持って嫉妬する。彼女のために大いなる怒りをもって嫉妬する」「私はシオンに帰り、エルサレムの中に住む。」から来ている。ゼカリア書とは、紀元前350年頃の記録らしい。ここから「シオン=エルサレム」とされるが、これだけではシオンがエルサレムに含まれるのか、エルサレムがシオンに含まれるのか分からない。「自分たちが歴史的にもっていた土地だから、彼らが正当な権利を主張して建国を行なった」などといっている向... ...続きを見る

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2011/04/06 16:29
アラブとイスラエル(1) 〜シオニズム運動
カナンへのイスラエルの侵略の最初の動機についての調べ物が片付かないうちに、前代未聞の大地震が来たのですっかり予定が狂ってしまった。まだ福島の原発の問題は終わらない。阪神淡路のときもそういう感じはしたが、もし自民党政権であったら、ここまで事態が悪化するということはなかったのではなかろうかとも思う。ただし、民主党政権のほうが初動は自民党時代よりも速い事は速い様である。今回にしても、大規模な自衛隊の派遣を即座に決定したのも菅政権であったが、すぐ尻つぼみになってしまった。ほとんど3日坊主と言ってもいいく... ...続きを見る

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2011/04/03 14:19
円高は本当に日本経済にとって打撃なのか
円高で困るという経済評論家は、思ったよりも少ない。経済界は打撃を受けるというが、長期的に考えてみると、円安のほうが打撃度が大きそうだ。統計を取ってみなければ何ともいえないが、緩やかな円高なら株式市場のような群集心理で動くような場所にとってもプラスだという人のほうがふつうである。単純な一回の原料輸入から加工製造して売買にいたるまでの一連の流れを考えてみれば分かるが、原料輸入時には円高であったほうがよい。一回だけの工程を考えれば、その後円安になってもらったほうが利益はでる。しかし、工程というのは連続... ...続きを見る

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2011/03/30 16:25
ラント(land)――ドイツの行政区画
アメリカの[state]やスイスの[Kanton]と同じく「州」と訳されている。連邦制国家の支分国あるいは支邦のことであるが、独自の憲法と立法・司法・行政権を持っている点で、日本などのような単一国家とは大きく異なる。近年はどの連邦国家でも、州邦に対する内政干渉の度合いが強いので問題視されているようだ。 ...続きを見る

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2011/03/23 16:50
昭和の東南海地震
100年か150年周期で起こるが、最近のものは、1944年の12月7日におこった。それで「昭和の東南海地震」といわれる。この地震は名古屋の重工業地域に大打撃を与え、日本の敗戦を早めたといわれている。なんとも間の悪い地震で、当時名古屋の工場で戦時品を製造していた人には、さぞかし決まり悪いものに映ったことだろう。この地震による死者は約1千名、重傷者は3千名と、存外なものに報告されているが、紀伊半島東側の熊野灘を震源域として、マグニチュードは8.0(7.9)もあるというものであった。 ...続きを見る

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2011/03/14 17:23
世界の地震プレート
日本の代表的なプレートを見てみると、やはり一番目に付くのは、日本海溝付近の断層よりも、静岡から長野を横切り新潟へ抜けているものだと思う。「糸魚川―静岡構造線」などという奴だろう。 ...続きを見る

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2011/03/12 16:13
築城の名手セバスチャン・ヴォーバン(1633−1707)
城の歴史を調べているうちに、近代攻城戦の歴史の中ではもっとも偉大であるという人に出くわした。従来の城のイメージを一新して、函館五稜郭に見るような背の低い築城法を完成させた人だという。大砲の発達によって、高さのある天守閣を擁する従来の城は格好の標的となったため、出来るだけ施設を低く構え、城壁は衝撃を吸収できるような土を基本とした分厚いものとなっていたが、これに「稜堡」という角張った出っ張りを周囲につけ、死角をなくすように星型をした城砦の頂点に設置した。近年彼の築城したフランスの12箇所の要塞は世界... ...続きを見る

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2011/03/09 16:36
イスラエルのカナン征服〜まえがき 出エジプト記D
モーセはヤハウェのすべての言葉を書き記し、朝早く起き、祭壇と、イスラエルの12部族に対応する12本の柱を立てた。モーセはイスラエルの若者を選び出し、生贄にされた雄牛の血の半分を祭壇に、半分を「ヤハウェとの契約の血」だと言って、若者たちに降りかけた。それからイスラエルの70人の長老たちは、許されて山に登り、神を見ながら食事をした。それから神はモーセに、自分の書いた2枚の石版を渡すから、さらに山に登ってくるようにいわれ、ヨシュアを伴って神の山に登った。7日目にモーセは神に呼ばれて、40日40夜山にと... ...続きを見る

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2011/03/08 17:23
下水道の歴史
ヨーロッパ先進諸国が何かにつけ誇りとしてきた感のあるギリシャ文明だが、相当の買い被りがあったようだ。おそらくルネッサンスの動きというものがそういうものだったのだろう。なぜかヨーロッパ中が、ギリシャに倣えで、ローマに倣ったものはほとんどいなかったようだ。それで下水道施設までローマを軽蔑したのか、東ローマ帝国が滅んでからの中世から近代に掛けてのヨーロッパはいたるところ糞尿の臭いであふれていたという。こと下水施設に関しては、これほど世界水準に遅れていた文明というのは史上あまり例を見ない。 ...続きを見る

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2011/03/06 13:36
イスラエルのカナン征服〜まえがき 出エジプト記C
エジプトを出てから、第3の月の同じ日に、イスラエルの子等はレピデム(レフィディム)を出発してシナイの荒野に宿営した。宿営の場所からモーセが神の山に上っていくと、ヤハウェがいった。「お前たちは私の鷲の翼の導きを見た。そこでお前たちが私との契約を守るならば、お前たちはすべての民族に優先して、私の宝となろう。私の所有である全地のうちにあって、聖なる民となろう」。モーセは下ってゆくと、長老たちにこの言葉を告げた。すべてのものが同意して神に仕えることを誓ったので、モーセがもどってゆくと、「暗い雲の中に3日... ...続きを見る

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2011/03/05 11:37
埋葬の方法について
火葬とか、土葬とかいろいろあるが、たいていの国では土葬が一般的だと思う(現在葬式の儀式として残っているものは、ほかに、水葬とか風葬がある。エジプトのような「ミイラ葬」というのはない)。日本は火葬かと思いきや、私の祖父は土葬で、ずいぶん若くして結核で死亡したため、その時期は昭和の始めである。その頃の習慣では、土葬がむしろ一般的であった地方が多かったともいう。火葬と違って、土葬の場合、長い年月の間に骨まで完全消滅する場合が多いらしく、祖父の墓を掘り起こして改めて納骨しようとしたときには、わずか50年... ...続きを見る

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2011/03/03 16:04
会津戊辰戦争
昨年の秋だったが、星亮一の「偽りの明治維新―会津戊辰戦争の真実」という本を読んだ。ネットでは、「会津が正義であって、薩摩や長州は賊軍である」と主張している作家のように報じられていたが、そんな印象は受けなかった。反対に星氏が絶賛しているのは、開国当時の薩摩に島津斉彬のような名君がいたことであって、会津藩主松平容保(かたもり)にそのような器量のなかったことをひどく残念がっているようであった。また今に至るまで福島県は総じて頑なで保守的であって、これでは先行き生き残ることは難しかろうなどと憂えている感じ... ...続きを見る

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2011/03/02 16:05
イスラエルのカナン征服〜まえがき 出エジプト記B
「引き返して、ミグドル(望楼)と海との間のビハヒロテの手前に宿営するように、イスラエル人に言え」と、ヤハウェがモーセに命じたからである。その場所は聖所バアル・ツェホンの手前で、海(地中海?)に面していた。 ...続きを見る

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2011/03/01 16:52
イスラエルのカナン征服〜まえがき 出エジプト記A
前回の話だが、イアフメス2世のヒクソス追放時(前1542年頃)にヨセフが44歳であったと仮定していたから、ヨセフの推定年齢のほうには、前1586年頃―前1471年頃で変わらなかった。そして、聖書の内容からすれば、ヒクソスがエジプトの外にいたというのはおかしいから、どう考えても、ヒクソスとはエジプト農民のことであろう。そして、モーセについては、彼をエジプト脱出時に追ったファラオがラムセス2世だとすれば、このときがおよそ紀元前1224年よりは前のことになる。もし、ファラオがこのときイスラエル軍に斃さ... ...続きを見る

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2011/02/28 16:32
城塞都市について 中世イギリス
城塞都市といえば脳裏に浮かぶのが、赤茶色の屋根の街をおおったクロアチアのダルマティア海岸のドゥブロヴニクであるが、今でも中世の雰囲気をとどめたまま人が住んで活動しているというのが興味深い。などといっているのは外国から対岸の火事をのんきに眺めているおめでたい観光客であって、当の住民たちは最近まで大変であったらしいが。 ...続きを見る

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2011/02/27 16:39
イスラエルのカナン征服〜まえがき 出エジプト記@
いわゆる「モーセ5書」(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記、ヨシュア記)の中核となるところであるが、「EXODUS」といったほうが実情に近いと思う。デルタの北東地方の町ラメセス近辺から出発したであろうからだ。モーセの十戒が最初に聖書に書かれたところ(神が直接書いた)であるから、ここが旧約聖書で一番長老としてあがめられそうなところだ。ヨセフを知らないファラオが立つようになると、エジプトは、ヤコブの70人の子孫の増えるさまがあまりに驚異的であって、通常の常識ではありえないもののように思えた... ...続きを見る

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2011/02/26 12:16
イスラエルのカナン征服〜まえがき 創世記B
イシュマエル人たち(先に出てきたミディアン人というのはミディアン地方のイシュマエル人のことかもしれない)は、エジプトでヨセフをパロ(ファラオ)の廷臣、近衛隊長ポテパルに売った。彼らはアブラムの妻ハガルの子イシマエルの末であるともいう。そしてイギリスの聖書学者ベーダ(673年頃―735)によれば、サラセン人の祖先である。 ...続きを見る

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2011/02/24 16:43
イスラエルのカナン征服〜まえがき 創世記A
ところで、20年の間リベカはうまずめであったので、ヤハウェに懇願をくり返して双子を得たとき、イサクは60歳であった。先に生まれたほうは全身が赤毛で覆われていたようであったので「エサウ」と名付けられ、後からのほうは兄のかかとをつかんでいたので「ヤコブ」と名付けられた。エサウは狩がうまかったので、父のイサクはエサウの方を愛した。しかし、腹をすかせたエサウが帰ってきたとき、ちょうど煮物を作っていたヤコブは、料理を食わせてくれと懇願する兄に、「長子権を譲ってくれたら、料理を与えよう」といって長子権を奪っ... ...続きを見る

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2011/02/21 17:14
弓矢と鉄砲の歴史
多分最初の飛び道具で、武器として繰り返し用いられたものは、やじりだと思う。狩猟が先なのか、縄張り争いの戦いが先だったのかは分からない。しかし、この頃の人々が、集団として一つの個人意識を共有していたことは、現代の未開社会の原住民をみれば明らかであると思う。社会そのものが一人の個人としての死とか生なのである代わりに、個人の死とか生なんていうものは、ただ言葉としてあるだけであったに過ぎなかっただろう。むしろ、われわれのほうが、死や生といったものについてひどく誤解しているに違いない。「死生観」などという... ...続きを見る

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2011/02/20 16:26
イスラエルのカナン征服〜まえがき 創世記@
始めに、モーセの出エジプトまでの聖書の記述を少し見ておこう。最初に創造されたのはアダムであった。アダムから作られた女が禁じられた実を食べるまでに、どのくらいの日々が過ぎたのだろう。その日から人は茨とアザミの中で、額に汗して労苦の中に行き、苦痛の中に死を迎え、土に変える運命を背負うことになった。人間子として最初に生まれたカインは、自分の兄弟のアベルを殺害したことで神により、「逃亡」の地に追放される。カインの一族は、洪水によって完全に一掃される。 ...続きを見る

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2011/02/19 16:27
エトルリア人とリディア王国
リディア王国といえば、世界で始めて貨幣を使用した国として有名である。ギリシアの歴史家ヘロドトス(前5世紀頃)によると、また世界で始めてさいころを発明し、すごろくゲームのかもし出す不思議な魔力に王国の民を浸らせることによって、18年間に渡る飢饉を無事脱出させたということである。即ち、最初の1日は食事をし、次の日にはすごろくをやることを命じて、これを繰り返させた。現在のように、景気がはかばかしくないからといって、公共事業を乱発するようなことはせずとも、さいころに国民を夢中にさせておけば、ただで不況を... ...続きを見る

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2011/02/17 16:47
ピラミッド・パワーについて
有名な話であるが、UFOと同じく、突然に始まりだしたもので、その時期は1930年のある日突然起きた。一人のフランス人のアントワーヌ・ボビー氏が火付け役だったという。クフ王の大ピラミッドを訪れた彼はピラミッド内のものが乾燥しているということに気付いた。たぶんゴミ箱の中の捨てられた果物程度のものだったかもしれないが、今ではそれが猫の死体ということになっているようだ。始めはUFOの場合と同じく、ただのジョークだったのかもしれない。面白がって吹聴しているうちにうわさが広まったものだろう。猫の死骸が大ピラ... ...続きを見る

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2011/02/14 16:12
アンブロワーズ・パレ(1510頃―90)
「近代外科学の父」などといわれているらしい。しかし時代はまだパラケルススの時代であって、彼も床屋外科を目指して、田舎の指物師の家からパリへ上京してきたのだった。その地のオテル・デュマン病院で働きながら医学を学んだという。パラケルススの没した1541年ころは、イタリアの戦役(1536〜45の間)に従軍していた。といっても、軍医として従軍したわけではなくて、普通の外科の医師として軍隊についていっただけだから、治療費も相手の兵士に直接請求したようである。 ...続きを見る

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2011/02/13 17:04
南極の昭和基地と北極圏の町
極地にあるものは地図上では間延びして見えるため、南極はソビエトよりも広大に見えるが、実は本当に巨大であるため間延びして見えるらしい。南極大陸の大きさはおよそ1390万平方キロあり、アメリカやカナダなどよりも広大で、ロシアに次ぐ世界第2位の大きさである。ロシアが日本の45倍ほどであるのに対し、南極大陸は37倍を占める。しかも平均標高は2300メートルもあって、体積でいえば、ダントツといっていいくらいに大きい。雪の積もる冬場はさらに肥大して、見かけ上史上最大と思われるが、南極は国ではないので比較の対... ...続きを見る

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2011/02/11 11:45
鉄の歴史
原子番号26番の鉄は、宇宙空間の星星の内部における熱核融合の最終生成物であって、最も安定性のある元素であるという。それで、宇宙全体においても、地球においても、多く見られる物質であって、特に地殻中の構成比としては、酸素、珪素、アルミニウムについで多く存在する元素だということが観測される。純粋の鉄は光沢のある白色を呈するというが、日常目にするものは銀白色である。銀白色でいいのかどうかは分からない。不純物のために色が変化しているのかもしれない。多くの鉱物は無色だそうだが、ごくわずかの化合物により、いろ... ...続きを見る

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2011/02/02 16:08
コーヒーの効用(続)
一昨日コーヒーは昔刑罰だったということをテレビでやっていた。スウェーデンの国王グスタフ3世(1746−在位1771−92)がコーヒーの毒性を確かめようと、人体実験をしたというが、調べてみると、コーヒーを連日大量に飲まされた死刑囚というのは一人であって、比較するための紅茶を飲まされた死刑囚も一人で、わずか二人で実験を行ったなどというのでは、真偽のほどはだいぶ疑われる。ウィキペディアにもこの話は出ていない。どうも後世の作り話くさい。 ...続きを見る

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2011/01/29 11:36
煙草の歴史
タバコは、ナス科のタバコ属の植物だ。ほとんど雑草のような草であるが、花の部分だけ見れば、何となく菊とか水仙のような感じもある。ジャガイモも、ナス科の植物で、よく似た花をつけるし、原産地も新大陸であって、伝播の様子も似ている。タバコの草丈は1メートル以上にもなるそうだ。大きさからいったら、ひまわりくらいもあるのだろうか。現在、世界で栽培されているのは、ニコチアナ・タバカムとニコチアナ・ルスチカ(マルバタバコ)の2種のみだそうだが、タバカムのほうが圧倒的に多く、普通タバコといえばタバカムの事を指す。... ...続きを見る

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2011/01/19 16:39
ローマ王政時代の国王。
なぜ王政時代の王が7人なのかというと、一週間が7日というのもあるが、それよりも、ローマの丘が7つあるからではないかと考えた。ローマ7丘は、北に3つ、南に3個、西に1個という配置である。北の西側から地図上で時計回りに、@クィリナリス、Aヴィミナリス、Bエスクィリヌス、Cカエリウス、Dアヴェンティヌス、Eパラティヌスと、街全体の中央西の脇にある小さなFカピトリヌス丘であって、ローマ7丘で最も高い海抜50メートルほどのこの丘には神々の神殿が祭られた。後の前390年に、ローマが開国以来初めての壊滅状態に... ...続きを見る

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2011/01/16 15:16
ローマ王政の始まり。
ローマが誕生してから7人の王政を経て、紀元前509年に、ローマは共和政になるが、もうそれ以降は伝承的要素はあまりなくなる。王政時代といっても、ローマの王は市民集会で選ばれ、元老院が承認する慣わしであって、その点は近代ヨーロッパのものと大して違わないと思うが、人気が終身であった。そうして、王の政策の成否を決めるのは、市民集会による投票であったようだ。だからいったん王が決まると、もう元老院の役割はなくなったそうだ。元老院は100人の長老からなる評議会であったというが、こういう制度であると、一般市民の... ...続きを見る

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2011/01/05 16:10
ローマの誕生
古代ローマがどのようにして築かれてきたかということをみることによって、歴史が戦闘というものを通して発展してきたことと、個々人の独立した意識も社会の発達とあわせて、未開の状態から近代的な状態へと開花されてきたのだということの確認をして見たい。つまり古代社会の人間の心が個々人で独立して存在していた可能性は極低く、構成員の職業が同じならば、その職業に従事する人間の心も同じで、彼らは集団で独りのような状態にあったのではなかろうかという、前もって立てた前提が正しいかどう確認しようというのである。多分個々人... ...続きを見る

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2011/01/02 14:56
十二支と時刻の関係について
この前、正午について話した。正午の「午」というのは、いうまでもなく「馬」のことだろう。普通、午年が来たら「馬」の絵入りの年賀状を出す。字面が「牛」ににているからといって、牛の角を省いただけの柄は書かない。丑年が来たら「牛」の絵を描くが、どうも十二支と動物とは関係ないので、こういう変な字を書いているらしい。十二支像(十二生肖とか十二属などともいう)は、西アジアの占星術として発達した黄道12宮が、インドから仏教を通じて、中国に伝来したものとも考えられているというが、十二支という概念自体が考えられたの... ...続きを見る

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2011/01/01 15:41
ギリシャ神話
現代、最も人口に膾炙して、当たり前のように日常会話で使われることの多いものであるが、世界中の神話という神話は、どうやらメソポタミアの起源を発しているらしい。大体語源解釈などしてみても、印欧祖語に起源を求められる神様の名称は、(日中の光)とか(大空)を意味する「ゼウス」唯一つであるらしい。残りの神々の名称の由来は、クレタ文明以前の先住民のものらしいという。デウカリオン夫婦を除く人類の一切を滅亡させた洪水物語も、起源はメソポタミアだという。また、以下で詳述するが、ウラノス―クロノス―ゼウスの三代にわ... ...続きを見る

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2010/12/30 15:19
「ヒトラーの経済政策」
この本にはかなり驚いた。前々回、ドイツのハイパーインフレについて調べていたときに、たまたまナチスドイツの社会保障政策のことが出てきて、すでに80年近く前に、アスベスト対策についての条例まで交付していたというのを見て、「そういうおもいやりのようなものがあったから、ワイマール共和国のような、民主主義の鑑といわれたほどの長民主主義国家の普通選挙で第一党を占めることができたのだという一面のあることことを知った。詳伝社新書から出ている本で、昨2009年の4月に第一版が出ている。ずいぶん売れているらしいが、... ...続きを見る

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2010/12/29 17:02
教育の必要性について
始めに、教育は必要なものだというのは、無条件で受け入れるとして、なぜ文部省が実用に役に立つ学問よりも、古典や小説のような、それ自体を楽しむことのほかに目的のなさそうなものを取り入れたのかということを考えてみたい。将来搾取しようという目的で、成人しないうちだけ遊ばせてやるという恩寵の気持ちからなのか。それとも、教育とはもともと、上流層の特権的な遊びであって、ステータスシンボルのようなものを身につけるためであったのが、その後も単に習慣的に大衆文化に取り入れられるようになったものに過ぎないのであろうか... ...続きを見る

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2010/12/08 18:45
迷妄な洗脳教育
このように何度か日記メモをつけていると、そのたびに新しい発見というものがある。どこかで検索して調べているうちに意外な事を見つけたりするのだが、ネットには個人的な思い込みというものも多いので信憑性には少しかけるものがある。全く正反対な主張もあるが、歴史的な背景を調べると、どちらも真実であるのに驚くことも多い。人間の歴史というものは、全くの同一人物で同様の思想を持っている場合であっても、時により正反対の事を行っているのだから面白いというかややこしいというか、いろいろである。同じ放射線を受けても、元気... ...続きを見る

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2010/10/31 16:45
日本軍の大虐殺。
1894年、日清戦争において日本軍は旅順市民一万数千人を虐殺したという。最も中国内の資料だから多少の上乗せはあるだろう。欧米の資料には500人というのもあるそうだが、500人でも大虐殺には違いない。日露戦争終結までの日本軍はそのような野蛮なことはしなかったと思い込んでいたので、これにはかなりびっくりした。旅順がロシアに占領されるのは1897年のことだから、当時住んでいたのはほとんど中国人だろう。確実な証拠というものはないのだろうが、そういうことが史実として語り継がれているということには必ず理由が... ...続きを見る

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2010/10/27 16:30
第2次大戦イタリアの戦艦
ヴィットリオ・ヴェネト級の最新鋭戦艦ローマは、ドイツ空軍ドルニエ爆撃機の投じたフリッツX滑空誘導爆弾に装甲甲板を破られて轟沈した。総重量1.57トンの爆弾に厚さ20センチほどの甲板を破られたわけで、そのため、イタリア軍艦は弱かったという歴史観が定着した。爆弾一発で沈む戦艦など世界中どこを探しても見当たらないせいもある。 ...続きを見る

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2010/10/20 15:42
総統の大本営
この前ノルマンディーについて調べたら、急に70年前の大戦について知りたくなった。現在歴史にその名をとどめている多くの将校が、今この時点に生きていたとするならば、おそらくただの極ありふれたサラリーマンであるか、あまりできのよくない自営業者として、まったく人に知られずひっそり間として障害を閉じてゆくのだろうと思うと、何とも感慨至極な念に打たれる。 ...続きを見る

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2010/09/29 17:16
ノルマンジー上陸作戦。
「史上最大の作戦」などといわれるから、ドイツ軍の戦力などより凌駕していただろうなどと思いきや、意外にも総戦力は全軍上陸に成功していた場合でもドイツ軍の半分にも満たなかった。そのせいかどうか知らないが、本体が上陸を開始しても、ヒトラーは「戦力が少なすぎる」と、東部戦線よりにあった予備兵力を差し向けることはしなかったという。ドイツ軍の航空機もほとんど飛んでこない手薄な警備の中、比較的少ない犠牲で連合軍は上陸することが出来たらしい。1941年のソ連進行が予定よりも遅れたためと、降伏よりも玉砕を選ぶソ連... ...続きを見る

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2010/09/26 17:46
温度計
温度の変化による熱膨張を利用したものは、古代からあったらしい。けれども、温度そのものを計ろうと試みたのは、17世紀始めのガリレオ・ガリレイ(1564−1642)が最初ということになっている。最初だかどうかは本当はわからない。大体、望遠鏡で有名になったガリレイであるが、その望遠鏡も自分で発明したものではない。鉄や青銅の道具を製作するための溶鉱炉の温度を見るのに、古代人にとっても、温度計のようなものは必要であったと思われるから、いささか疑問ではある。 ...続きを見る

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2010/08/29 17:45
ナチスと音楽
先にゲッべルス(ずっとゲッペルスという風に読んでいたが、にごって読むのが正解らしい。そういえば、ライプニッツのことを’ライブニッツ’と書いている数学者がいた)がイ音を440ヘルツに決定し12音階の出発点としたことを述べた。音楽は大衆操作にとって、非常に大事な要素であって、ヒトラーもゲッペルスの音楽的才能は是非利用したかっただろう。また、共鳴の法則の大衆への応用には、絵画のように意識を止めずしては鑑賞できないものよりも、無意識のうちに麻薬のように脳内に幻想と快感をもたらすものは、音楽を除いてはない... ...続きを見る

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2010/08/11 17:15
原爆投下について
米内光政(1880―1948)に、「私は言葉は不適当と思うが原子爆弾やソ連の参戦は或る意味では天佑だ。国内情勢で戦を止めると云うことを出さなくても済む。私がかねてから時局収拾を主張する理由は敵の攻撃が恐ろしいのでもないし原子爆弾やソ連参戦でもない。一に国内情勢の憂慮すべき事態が主である。従って今日その国内情勢を表面に出さなく収拾が出来ると云うのは寧ろ幸いである。」といったというのがある。当時の日本政府は大体こういう思いであったろうし、日本軍の一般兵卒の中にも「広島や長崎の人たちには悪いけれども、... ...続きを見る

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2010/08/06 17:26
アントワーヌ・ラボアジエ(1743−1794)
科学者であって、運の悪いことに処刑された人というのは、相当珍しいのではないだろうか。彼に容疑を掛けるのに尽力をしたというのは、かつて火に関する自説をラボアジエにけなされたことのある化学者のジャン・マラー(1743−93)だったそうだ。マラーは、はじめロンドンで開業医をしていたらしい。アカデミーに論文を提出したが、実験もしていない憶測のないように過ぎないものだったので、学会に審査を依頼されたラボアジエが承認しなかったということだ。マラーは後に革命派に入るが、暗殺された。 ...続きを見る

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2010/07/25 09:59
西欧占星術について
占星術というものが成立するに至った背景には、「マクロコスモス」と「ミクロコスモス」の対応という観念が色濃く根付いているらしい。現代から見ると、生活のリズム、特に農耕社会には、天文の知識が欠かせないために、そちらのほうの実学的な知識が専攻して、それから星占いのようなものがおこったに違いないと思いがちだが、どうもそうとは決め付けられないようだ。まず星占いのようなものがあって、占いの通りに行動したらたまたまうまく行ったので、次もそのようにしたら、またうまく行ったので、天文学というものを作って占いの成果... ...続きを見る

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2010/07/21 13:17
高所からの落下
ネコが高所から自由落下した場合、高さ20メートルほどで、落下の際の死亡率は最大に達し、それ以降は徐々に減少する傾向があるという。空気抵抗により、落下速度というものは大体20〜30メートルの高さで頭打ちになってくるそうで、猫の場合およそ時速100キロで落ちるらしい。人間であると、頭打ちはもう少し伸びて100〜150メートルくらいではないかと思うが、時速200キロで落ちるらしい。比重が同じだと、大きいものほど体積の増加率が表面積より余計に増えるのが普通だから、どんどん速くなる。大きさの割りに、猫の落... ...続きを見る

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2010/07/11 15:37
ミッシングリンクについて
人類進化上のミッシングリンクというのは、大まかに2つの時代にあるようだ。ひとつは、人類の系統からどうやってホモ属が枝分かれしたのかという問題。もうひとつは、霊長類が類人猿へと分岐し、原人へと進化していったプロセス上での痕跡。サバンナに下りたサルの仲間がどうやってヒトになったのかという問題で、この時期の適当な化石が見つからない。類人猿の仲間は100種類以上も見つかっていて、たいていは湖の周辺か、沼地に生息していたらしい。中新世初期(2200万年前〜1700万年前)のアフリカだけでも少なくとも14属... ...続きを見る

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2010/06/30 18:15
脅威のスーパー顕微鏡。
夢のようなスーパー光学顕微鏡を発明して、およそ100年も前に始めて肉眼でウイルスを見たと主張していた人が、米カリフォルニアのロイヤル・レイモンド・ライフ(1888−1971)という人だ。近年になるまで、全く知られていなかった人らしい。光学顕微鏡で、倍率3万倍以上、最高6万倍というから、本当であったなら、現在の水準としても驚異的だ。おそらく事実だと思うが、現在の日本では、相当の大病院の研究室などでも、倍率5千倍を超える光学顕微鏡など置いてないのではなかろうか。 ...続きを見る

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2010/06/23 17:45
心霊研究の歩み。
20年位前は、「いまどき記憶が脳の外にあるなどと思っている人はいないでしょう」などということが当然のようにいわれていたものだ。「脳が記憶の受容器などであるわけがない」というものだが、何の理由も明示せずにいきなりそのように押し付けられても、全く意味不明である。それどころか、エドガー・ケーシー(1877−1945)などのいうように、記憶は宇宙のセンターにある膨大な図書館に納められているもので、われわれはただそれを受信しているだけなのだ、としても、何の矛盾も起こらない。宇宙のセンターだか地球の臍だかは... ...続きを見る

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2010/06/20 16:28
恐竜の話
地球時計というものがあるそうだ。イギリス人のL.B.ホールステッドの著書「恐竜の世界」に出てくるという。6億年前のいわゆる「カンブリア爆発」で動物が一挙に増えた―(地上の酸素濃度も、5億年前には現在の水準に達していたという計算もある。酸素が増えれば、いろいろと爆発のようなものも起こりやすくなるという考えもある)―から、この時期以降を時計の文字盤に見立ててみようというものである。すると1分1000万年ということになる。古生代3億4500万年は、34分30秒に相当する。中生代は16分6秒、新生代は6... ...続きを見る

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2010/06/12 17:54
薔薇十字団
17世紀の初頭、ドイツに起こった秘密結社であるが、秘密結社といっても何か辛気臭いようなものではなく、一種の学究的な集まりというかサロンのような感じであったらしい。当時ドイツでは30年戦争(1618〜48)の真っ最中でもあったし、疫病も各地で流行していたこともあって、東方伝来の秘教的雰囲気を持つ教団は、瞬く間にドイツ全土はおろかヨーロッパ中に広まった。 ...続きを見る

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2010/06/09 12:16
数の概念と調和
古代エジプトでは、分子が1になる分数(単位分数という)、それと例外的に3分の2という分数のみを使って、1未満の端数を表していたそうだ。3分の2についても、2分の1+6分の1というあらわし方もしていた。4分の3などとはいわないで、2分の1+4分の1と記していた。小数点などというものを使わない生活を送っていたから、数の概念自体もわれわれとは相当異なっていた、いったいどういう感覚を持っていたのだろうか。単位分数が神に近い数字だからか。神といっても、エジプト人のあがめていたのは、冥府にすむ死神のようなも... ...続きを見る

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2010/05/29 14:01
ゼノンの逆理について
「ゼノンの逆理」あるいは「ゼノンのパラドックス」というのがある。 ...続きを見る

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2010/05/26 12:09

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