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zoom RSS 宇宙を味方にして生きる。

<<   作成日時 : 2011/05/15 16:32   >>

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何か面白い本はないかとアマゾンを検索していたら、「宇宙を味方にする方程式」というのがあった。どうも筆者の名前からして坊さんらしい。小林正観という。レビューを読んでいて、乳がんや子宮がんにかかる人に共通しているのは、女性でありたくないという強烈な願望だという。どうやらその反生命的願望が、肉体に生への拒絶反応を引き起こすというものらしい。そういえば、アメリカ人女性に乳がんが極めて多かった時期は、ちょうどアメリカでウーマンリブ運動が盛んだったころだ。一時期は、肉食の普及と、乳がんや子宮がんとの相関が取りざたされていた頃も会ったような気がするが、どうもそういうことはあまり関係がないらしい。男性の場合でも、乳がんにかかる人の割合を調べてみると、ちょうどこれが性倒錯者の割合と同じくらいだ。こういう風にみれば、いかにも性倒錯者か倒錯気味の人が、この種の病気にかかりそうではある。要するに自分の体を憎んだりすると、因果応報で、それなりの罰がまっているぞ、という話だと思うが、中には特に男性になりたいという欲望もないのに、女性特有の病気になってしまった人もいるだろうなどとは思った。

そうしたことをつれづれに考えていると、仏教の坊さんにしても、たとえば道元禅師などは脳腫瘍で身罷ったらしい。良寛さんなどは大腸がんだそうだ。こういう人たちは、宇宙の法則をわきまえていたと思うのだが、なぜ肉体が反乱を起こしたのであろうか。アマゾンにしろ、楽天にしろ、レビュー数が異常に多いところからみて、あまり詳しく分析がなされた内容だとも思えず、ただ表層的に感情に訴えるようなな内容であるものと感じたので、仮によい本であるとしても、物足りなさが残るようなものと思ってやめにした。古典といわれるような昔年の名著を見ても、出版当時は作者の自身に反して一向に人気がなく、やむなく自費出版を強いられたようなものが多い。それをみても、あまりに人気があるような本というものは、どこかに真実とは適当に距離を置いたようないかがわしい虚偽を主体にしたものが多そうだ。

たとえば、アポロは月に行かなかっただとか、911事件はアメリカの企みだ、などといういかにも面白そうなねた話のほうが、本当の話よりも人気があるものであるが、これは虚偽のほうが現実よりも面白いからで、人々は嘘だと知りつつ、推理小説を読むような気晴らしを求めてこの手の話に殺到する。そのほか、ユダヤ資本が世界を動かす、と言った単純ストーリにも、心理的な娯楽性というものが隠されている。これはすべてがうそだというほどのものでもないが、多くの人が惹かれるのは、人間には富裕層にある根源的な嫉妬感のようなものがあることで説明できる。愛国心をあおるだけの中身のない言葉などもそうだ。「日本人はとりわけ優秀だ」などという理由も何もない文句は、散々昔からファッショ団体に利用されてきたものであるが、いまだにその種の宣伝効果は大きい。ただし、世にいう科学というものも真実とは大きく異なる可能性のほうが大きい。「人間の感覚から見れば真実としか思えないこと」を科学と呼んでいるに過ぎないからだ。

それにもかかわらず、この本に興味を引かれたのは、この人も「痛みはほとんど学習によって作られる」としている点だ。そもそも痛みとは、生命活動を営む上で必要なものであるべきが、痛みそのものが原因で死期を早めるようなものになっているのが、現代の虚偽的な痛みである。それはあたかも行き過ぎた発熱が死期を早めるのと同じように見える。発熱もある程度までは免疫力を高めるのに必要ではあるが、高温そのものに対しては、白血球そのものよりも細菌のほうが強いのが普通だそうだ。治らないほどの病ならば、種族維持のため、いっそ個体を滅ぼして感染の拡大を防ごうという本能によるものとされる。同様であるとするならば、痛みが死を早めるようなものであるとすると、これは本能が『この個体は種族の繁栄には不要である』と判断しているものといえる。

そうだとすると、病気がちの人間というのは、人類に備わった健康な遺伝子のうちのどこかに異常が生じたものだということがいえそうであるから、その種の虚弱な人間にはとりわけ子孫を残さないような激しい痛みによって、当の個体を滅ぼしてしまおうというからくりが働くということも考えられる。その場合、正常な人間に近づけば近づくほど、痛みも弱くなると考えられる。

○先日気になる表現が新聞記事に載っていた。「現代の発達した溶接技術でも・・・頑健な建造物は作れない」というものだ。それなら50年も前の技術でどうやってバチスカーフは深海2万メートルの海底を窓越しに見ることができたのだろうか。現在の技術では水がしみこんでしまって鉄製の枠を使ったのでは水面下3千メートルにも到達できないそうである。それでチタンかなにかを使うそうだが、それでも7千メートル下の高圧に耐えるのが限界だという。前にも書いたが、今の建造物というものに頑健なものは存在しないといってもいいくらいである。大量生産に向いた華奢な構造物が発達しただけで、堅固でなければならない特殊な構築物のあまりにももろいのにはかなりあきれる。原子炉の厚みが高々15センチか20センチしかなかったというのも、それ以上の厚みのある鋼鉄を折り曲げることが出来る技術がなかったからであって、戦艦大和が建造できた時代の溶接工なら、厚さ50センチ程度のものなら容易に作ることができたであろう。大量生産向けの産業ロボットの性能は世界最大でも、ちょっと特殊な環境に入ればそんなものは全く役に立たず、戦闘ロボットや戦車のほうが重宝したのもそういう次第だ。

竹内薫という人が、この人は確か哲学から理論物理に進んだ人だが、「99%は仮説」という本で、飛行機の飛ぶ理由はまだ解明されていないとかいったそうだ。詳しく調べてみると、どうも最初に言い出したのは海外の学者らしい。翼が空気を下に押すから飛行機は飛ぶのだといっているそうだ。アメリカのフェルミ研究所の物理学者デビッド・アンダーソンとワシントン大学の航空力学専門家スコット・エバーハートが濫觴だという。日本だったら、まず直ちに無視してしまいそうだが、こういうところはさすがに自由の国だけあって、専門家の間で散々議論されることになった。こういう下地があるから、地球温暖化などという疑問の多い偏見も受け入れなかったのかもしれない。ついでに、竹内氏(竹内均という有名な地球物理学者とは別に関係なさそう)は、地震の発生はプレートのひずみが原因で起こるのではなく、微生物が原因であるかもしれないといっている。地震の原因も仮説に過ぎないからだ。

よくいいわけめいた言葉として非常に用いられる回数の多いものに「感情的」という言葉がある。以前はテレビやラジオなどで評論家が多用していたが、今ではすっかっり陳腐な言い回しとなった。「あの人は理性的ではなくて感情的であって好ましい態度ではない」などという言葉を伝家の宝刀のようにやたらと使いたがる人がいるが、そもそもそういう言い回しを好むという行為そのものが感情の表れなのである。むしろ、自分を非難する相手のすべてを拒否しようとする盲目的な拒絶の感情の表れであり、ヒステリックな態度だといえる。何となく普段から打算的で勘定高い冷徹な人間のことを理性的、涙もろくて情に篤く喜怒哀楽の激しいような人を感情的な人だといっている程度のものしかない。例として、ものみの塔(エホバの承認)の人は理性的なのか感情的なのかを考えてみれば、案外よく分かるものと思う。これらの人々は理性に導かれて、盲目的な人間の拒絶する千年王国の到来を理解していると思われる。きわめて打算的(「物事を始めるに当ってまず自分の損得を考えること」と辞書にはある)に輸血を拒絶しているといえるが、同じく理性に基づいて盲目的な仮説の塊を消化吸収しただけの医師団から見れば、彼らの理性的な判断は感情的なものとしか見えない。




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