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zoom RSS 動物と植物の区別がつかない人々

<<   作成日時 : 2012/05/15 16:16   >>

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ベジタリアンについてネットを見聞していると、『動物も植物も同じ命なのに、なんでベジタリアンは植物を食べて平然としているのか?』などというとんでもない記事に当った。どうもふざけてそういうことを書いているという風でもなく、まともにそう信じ込んでいるらしい。これが養老毅氏のいう馬鹿の壁という奴だろうか。「身長2メートルの男の背丈が高いというのは誤り」と声高に叫ぶ人間か、もっと飛躍すれば、「アリとゾウの体重は同じ」といっているものと同じで、小学生程度の論理力もない。その理屈を逆に敷衍すれば、人間は人間を食べてよいということにもなる。体重1グラムのアリと、体重1.1グラムのありはほとんど同じだから、これらは等しい。1.1グラムのありと1.2グラムのありも同様に等しい。だから1グラムのアリは1.2グラムのアリと等しい。・・この理屈を際限なく続けて行って、1グラムのアリと1トンのゾウは等しいといっている連中の考えそうなことだ。これはまた「論点すり替えの虚偽」ともいうもので、大体この場合のベジタリアンというのは、命のことなど問題にしていない。残虐だから、というのが彼らの主張である。ところが批判派は突然これを命の問題にすり替える。すり替えていることにも気が付かないのだろう。そうして植物が生命であるという、外界から後天的に啓蒙された定義を持ち出す。われわれに一人前の魂が宿る頃には、植物は土に固定されたもので、おそらく家々と同じ不動産の仲間としか思えなかったであろう。生きているものなどとは全く認識されなかったはずだ。

動物と植物が同じ命だという彼らの言い分を拡張すれば、植物も鉱物も同じ命なわけだ。どちらも、一箇所に固定してはいるが、成長するからである。鉱物は結晶として成長するのだから、立派に生命を宿しているともいえるわけだ。同様に、地球や太陽、宇宙全体も生命体であるといえるのだが、それではあまりに不便だというので、どこかで区切りをつけて言葉として意味を持たせているわけである。

それで、昔は植物は鉱物の仲間として捉えられていた。釈尊は殺傷を禁じたが、そこには食物の概念は入っていなかっただろう。細胞を持つものが生命であるという考えは近世になってから醸成されたものだ。

現代の生物学上の大分類では、1990年にアメリカの微生物学者のカール・ウーズ(1928−)の提唱した3ドメイン6界説がおもに採用されている。これは、地上のすべての生物を、真正細菌、古細菌、真核生物の3ドメインに分類し、各ドメインを、それぞれ、真正細菌界古細菌界原生生物界菌界植物界動物界の6界に分ける分類法だ。2005年に、従来の界の項目を廃止して、真核生物を新たに6つのスーパーグループに分けるという方法が採用されているそうだが、これによると、動物は菌類と同一のオピトコンタとして分類されている。クロロフィルを持つ植物群はアーケプラスチダまたは原始的なものとしてクロムアルベオラータ群が仮説として採用されている。動物細胞と植物細胞はまったく別個に発生したもののようで、それらの細胞の集合体である動物と植物は完全に形態の異なる生物であって、どちらも同じ命を持っているなどという証拠はまったくない。

しかし、近世を通り越して現代になっても、やはり植物は依然として、動物よりも鉱物に近いものということができる。植物も鉱物も、正確な意味での感情というものは全く持たない。本来、人間以外の諸動物も、感情は持っていなかった。感情という言葉は、人間心理についてのみ適応される言葉だったからである。それが次第に哀願動物としての犬や猫、馬などにも適用されるようになって、ヒトと同様な脳神経系を供えるものにも感情の動きを認めるというようになって来た。ただそれだけの話である。だから、動物の中にも、感情は認められないものもいる。たとえば、魚類までなら感情の作用は認められるが、イカやタコのような軟体動物には科学的には認められない。生きたままの金魚をミキサーにかけて粉々に粉砕すれば、残虐行為として非難されるが、イカやタコであれば、少なくとも科学的には残虐行為ではない。

だから、残虐だという理由で動物を食べないというグループのベジタリアンは、もし彼らが科学的な手段によってしか感情というものを解さないタイプであったならば、昆虫ぐらいだったら平気で食べるかもしれない。魚という、れっきとした脊椎動物で、感情を備えた生き物を食していても、ベジタリアンと呼ばれて通っているくらいだから、昆虫などいくら食したところで一向に構わないだろう。昆虫なら栄養満点だ。しかし、動物を殺傷するのは残虐だから彼らは食さないという理由でベジタリアンへの道に進んだ人たちは、昆虫を食することも残虐行為だと主張するであろう。それは昆虫類の反応の速さが影響しているためである。彼らには感情も何もないのだろうが、盛んに反応するので、クモに消化液を注入されたバッタやチョウが痙攣するのを見ていると、如何にも彼らが苦しんでいるように見えてくる。しかし、植物のほうはきわめて反応が遅く、その反応速度は動物よりも鉱物により近いといえるものだ。動物は一歩踏み出すのに寸秒も必要としないが、植物が何か動作を行なうためには、速くても数分、たいていは数時間とか数日を必要とする。これではたとえ植物に脳神経があったとしても、火あぶりにされたところで、最初の反応が起きる前にはすでに全体がこんがり焼けているころだろう。



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