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zoom RSS 愛国心は毒にも薬にもなる

<<   作成日時 : 2013/08/30 17:46   >>

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前回引用した文の中に、「ならず者の最後の逃げ場が愛国」なんていう言葉があった。出展はイギリスの文豪サミュエル・ジョンソン(1709−84)だという。しかし、よくよくこの言葉を解釈してみると、なるほど悪い意味にも受け取ることもできるが、「善人にはもともと備わっている愛国心を、ならず者はいまわの際にようやく手に入れることができる」などと善意に解釈することも可能であるはずだ。

大多数の人間は悪意に介しているようだが、その原因はおそらく「ならず者」という言葉の醸し出す悪のイメージにあるのだろう。それで瞬間的にこれを読むと視覚的なイメージと重なって一意にしか解せないのだ。それでは原文はどうなっているかというと、
 [Patriotism is the last refuge of a scoundrel]というものらしい。
やはり原文でも、[scoundrel]=やくざ、悪党という単語の悪イメージが全体に靄のようにかかるかもしれないが、[refuge]を避難所とか安住の場所とみて、そちらの方を強調してみると、全く正反対の解釈が生まれる。オアシスのようなものと見たら、やはり愛国心万歳のようになるではないか。愛国心とは、塩のようなものであって、少しの量は生きるに必要な栄養素なのだ。ただし、ここでいう悪党とは「邪悪なもの」ではなく、直接には与党に対する野党をさすものらしいが。政府に反対する党だからよこしまな党であって悪党である。しかし、時代背景も考えなければならないところであるし、良いとも悪いとも判断のしかねるものだ。ヒトラーであったならおそらく「ナショナリズム」という言葉を用いたかもしれない。

イギリスでも、セシルローズ(T853−1902)のころになると、さすがに「愛国心は悪徳なのではなかろうか?」という思想が台頭してくる。植民地政策に対する疑問の高まりからだ。しかしサミュエル・ジョンソンの時代には、まだまだ英国は世界の一等国ではなかった。欧州には諸国王を統べる皇帝が存在していないということで、大清国からはひどくばかにされていたということは先に述べた。そういう時代にあって、愛国心をことさらよからぬものと誹謗するとも考えにくい。ただし、サミュエル・ジョンソンはちょうどシェークスピアのような特殊な人間であるから、世間の風潮とはたぶん逆の理念を携えていただろうとは思う。逆ということは、やはり最初の解釈でもよさそうだ。現代の文筆かであれば、大衆におもねるためには心にもない嘘を書く必要もあろうが、当時の文筆かの文章であればかなりの程度素直な解釈ができるかと思う。

毒か薬かは量で決まるなどというパラケルススの謂いを心の問題についてあてはめたものであって、「病は気から」という現実を見れば、「袖振り合うも他生の縁」くらいの愛国心を持つのもさほど悪いことではなさそうである。ただし、国家の成立というものを考えた場合、これはどうしても、国家は人民の敵であって、そうしたものに忠誠を尽くすにもほどがあることは明らかだ。例えばどの国にも国防軍というものがあるが、たいていの国家の場合その国家が殺戮したものは自国民であって他国民ではない。支配の目的で使役しているだけで、不要となれば容赦なく自国の人民を処分するというのが国防軍で、どこの国の国防軍にも過度に押し付けられた愛国心というものが伴っている。ただ大衆というものは物事をさかさまに解釈することが多いために、国防軍はいざとなれば我々を救済してくれるだろうという幻想を抱いているだけだ。「自衛隊は国民を守るためにある」などといつも主張している間抜けな大衆を見ればそのことがよくわかる。国家を守るためには国民の生命などどうでもいいのだ。


愛国心というのは、プライドとか誇りといった種類の悪徳に似ている。ところが、たとえ悪徳とわかっていても、多少のプライドというものがないと人間というものは行動する気力が出ないものである。そうした邪心というものがないと、ビュリダンのロバのように、左右どちらのえさを食べたらよいか悩み続けて、結局は餓死してしまう。それでちょっと不純物を混ぜてやることで、調子よく動かすことができる。その程度のものでしかないわけだ。


ちなみに弘法大師に、国恩は親の恩などよりも偉大だから、まず国家に報いることが第一だ、などという言葉があるそうである。これをもって愛国心の根拠とする向きもあるかもしれないが、このころの国というのはほんのこじんまりしたものであって、現在のような巨大組織とは似ても似つかないものであった。

インターネットで仏道を解くサイトなどというものもちらほら見かけるが、本来仏道は万人に開かれたものではない。閉鎖的なものではないといっても、能力のない者は入門させないものである。ということは安易に道理を説くというのは決して良いことだとは思えない。ネット等公開の場で説法するのは間違った行為だと思えなくもない。医者の口癖とされる言葉に「あなたに説明してもどうせわからないだろう」というのがあるが、仏教の住職なども案外そういう言い方をしている。ただ医者ほど目立たないのは、住職の方にはまだ威厳が残っているからなのだろう。実際は医者のほうがオープンであるといってよいくらいなのに、たいていの人間は雰囲気によってそれに気が付かない。どのみち大衆というものは誰もが見ているものしか見ようとしないし、またそうした能力もないので、こういうのもありきたりのことなのだが。

大衆とは救いようのない生き物であるということが如実にわかるのが、放射能に対する彼らの反応だ。チェルノブイリ事故後にベラルーシなどの近郊の諸州で平均寿命が延びたことで、あの程度の事故では全体的にはさしたる悪影響はないということが明らかになっているのに、福島の事故が起きた際「今後日本人は毎年100万人が死亡する」などと騒いでいた者がいた。それほどひどい奴は少ないだろうが、ああいう出鱈目を言う人物は生きていて恥ずかしくないのだろうかとよく思う。原子炉から漏れ出る放射線のエネルギー程度では、体内の水分を電離させるくらいのことしかできはしない。その電離作用によって生じた活性酸素というのは、例えば運動によって発生したものと同じものだ。免疫の活動によって除去可能なものである。健康に与える影響については、全然正体不明のものではない。正体が不明なのは物理的なシステムであって、人間はなぜ存在しているのかなどというようなことだ。

大体致死量の放射線を受けても、せいぜい体温が0.1℃上昇するだけで、組織自体は何ともないようなものがほとんどだ。それで人間が死んでしまうのは放射線のせいだとばかりは言い切れない。体細胞が無理矢理自滅していることが直接の死因だ。自分自身の無意識の思惑で滅んでいるのに、放射能のせいにするというのはあまり潔い話ではない。


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