森の散歩

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zoom RSS 割と暖かい正月だった。

<<   作成日時 : 2014/01/03 19:41   >>

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やや異様に感じたことは、皆一様に冬支度で外を歩いていることだった。陽射しは強いのだから、日光による温熱作用を受けやすいタイプの者がマフラーなどしていたなら汗だくで堪らない筈なのである。それが10人が10人まで同じような服装で歩いているのは実に日本独特の現象ではあるまいか。

例えば、ニューヨークのような自由の気風の町であれば、今日あたりのようなうららかな陽気であれば、コートにマフラー姿の人ごみに交じって、中には半袖で歩いているような人もいるに違いない。それが「心頭滅却すれば火もまた涼し」ではないが、ただ人と同じでいたいがためにこうまで無意識に暑さをこらえている。思い込みというのはすさまじいものだ。

集団化の力がこれほどのものだと、暑さ寒さを感じる中枢よりもより意識レベルに近い思考作用において、大部分のものが見たいものしか見ないのは当然なことと帰結される。総理大臣のようなものでさえ、石川五右衛門も驚くほどの天下の大泥棒を国家の英霊などと勘違いするというのも、この集団化の力の憑依によるものだろう。

ただ、一人の小学生程度の男子が半そで姿で講演で遊んでいるにすぎないというのが本日の状況であった。もっとも、昨日の気温はさらに暖かいものだったので、40代か50代の男性が半そでシャツ1枚で歩いているのを見かけた(もちろん日本人)が、やはり大半はマフラー姿だった。判断力が集団化していて、オリジナルには成れないからだ。これほどまでに個性のない人間が多いとは思いもよらなかったものだ。


しかし、新年早々、真の人間というのは思考作用のみで生きることができるとの念を強く抱いた。脳というのはそうした目的をもって進化してきたものである筈なのだ。

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