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zoom RSS 加齢により物覚えが悪くなるという説には例外も多そう

<<   作成日時 : 2014/06/05 14:55   >>

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ところで少々驚いたのが、最近短期の記憶力が強まったのではないかということだ。それも中学や高校のころは、何かを覚えようとするときはかなり覚えようという意思をもって、何度か鉛筆などでメモする動作を反復しなければならなかった。ところが還暦近くなった今ではそんな努力はせず、ただぼんやりと活字を追っただけであらかた覚えてしまうようなのだ。多分長期の記憶というのはさすがに衰えているのではなかろうかと思うのだが、通常世間では加齢とともに記憶力は衰えるというようなことを言っている。やっぱりそういうことではなくして人によって違うのかもしれない。日本社会のワンパターンぶりにはあきれたもので、例えば共産党支持者が2%近くいるなんて嘘だろうなどというものがいるくらいだ(実際には5%〜10%はいるのではないだろうか。バカらしいから国政に参加しないようなのは大体アナ気質だろう)。その伝で言えば聡明になるものだって1%くらいはいそうな気がする。1%くらいなら、「そんな人間は絶対に存在しない」と誰しもいうだろうからだ。理由としては加齢により古い神経細胞が死滅排出されたことで、新しいニューロンが効率よく再配置されるようになったためではないかという気がする。「必要は発明の母」だという。学ぶことが必要である物の記憶力が低下するというのは世の中の理法に反することで起こりえないことなのだ。おそらく他人への模倣が脳の劣化を招く最大の原因なのだろう。

知能というのは、流動性知能と結晶型知能があるということは一般に知られている。このことを最初に言い出したのは、1960年代初めのことで、キャッテルという学者だという。前者は35歳ころにピークを迎えるが、後者の方は70歳までは成長を続ける。その後も明白な劣化は見られない。むしろ向上する場合もあるそうである。この後者の結晶型知能に、言語能力がある。そしてその中に単語に関する記憶力もあるとする。とすると、老化により単語が覚えられないというのは気のせいになる。マスメディアで喧伝するから暗示にかかっているのだ。

年を取ってから急に記憶力がよくなった人の例としては、このブログでも語ったことだが、鈴木健二元NHKアナウンサーのことがある。35か40までは非常に物覚えが悪かったが、55歳を過ぎるころから急に頭がはっきりしてきたそうだ。誰も信じなかったというのは、60歳を超えてからは昨日食べた夕食の内容など忘れることもなくなったなどといったからだろう(*)。脳細胞というのは55歳から60歳の間に最も脱落するという話とよくマッチした話である。彼のケースは珍しいものと思われがちかもしれないが、多分そう珍しいものではないだろうと思う。必要さえあるならば、いつでもシナプスを形成する準備のあるのが脳細胞だ。ただ経路を邪魔している古い神経細胞が脱落するのを待っているのだ。それからもう一人の例としては概ね90歳を過ぎてから外国語を始めた昇治三郎氏がいる。やはり必要があったので、模倣や協調よりも自己実現を重視した人だ。やはり人まねで生きるような人はだめだ。人だけに限らず、犬や猫でもそれは同じで、従順に飼いならされた犬猫はやはり早くに呆ける。

(*)よく脳年齢などのテストで「おとといの夕食に何を食べたか?」なんていう問題が出るが、あんなのは興味のあるかなしで人によって答えが違うもので全く根拠のないバカな質問だ。大体中学生や高校生でそういうのを覚えている人等あまりいないだろう。むしろある程度年を取って好奇心の薄れてきたころに最も想起力が強まるもので、くだらない食事の内容まで思い出せるというのは脳の前頭葉が衰え始めて(成長がストップして)、知的好奇心を失った証拠だと思う。多分脳が最大容量に達してから後だと思うから、35歳か40歳以降のはずである。特別の日の食事内容なら半世紀たっても覚えているだろう。自分の結婚式当日の食事だとかそういうたぐいのものだ。そんな記憶力テストより、呆けの一番の特徴は他人の意見を受け入れられないことだ。日本での常識が世界で唯一正しいということから始まって、しまいに自己の周りだけでしか通用しない通念以外のものはすべて間違っているということになる。新興宗教団体の考え方は何もかも間違っていると喚き散らすような人はボケから認知症に陥る危険性が大きいかもしれない。

脳の古い神経細胞の脱落による新たなシナプスの形成で思考が以前より活発になるタイプは、後天的な努力ではなかなか難しいかもしれない。というのは、IQの高い人の脳の血流量を測ると、同じ問題を解いてみた場合に、IQの低い人よりも血流量が低いことがわかってきたのだという。つまり神経全体が小さくても効率が良いのだ。ここでちょっとした仮定を用いると、おそらく脳を構築するにあたって人間は最も性能の良い神経細胞を要所ゝにしくむだろう。第2の仮定としては、できの悪い神経細胞から優先的に脱落するという生理作用があることを用いる。そのために脳の発達は神経細胞が分裂を終えた時節を待って行われるのが一般的であると考えられる。だから一般的には脱落した神経細胞はすでに最良の場合であると思われる。したがって幼少期に押っ取り刀で適当に脳を構築した者のみに上の作用が現れるのではなかろうか。すべての神経細胞が出来上がる前に回路を形成してしまえば、それ以降に誕生した性能の良い神経細胞のストックが十分に残っているということになるからである。

よく社交的な集まりに積極的に参加している人はボケにくいなどというが、うちの近所のおばさんに何かと町内会のイベントに積極的に参加しては、常にリーダー格としてふるまっていたのだが、数年前から次第に居処動作がおかしくなり、役員は務まらなくなった挙句、とうとう自宅のカギもかけずに徘徊をはじめだしたという人がいる。そのほか私の知人にしても、同窓会の幹事役などを進んで受けていた人を見ていると、どうも様子がおかしいというのがある。どう変なのかというと、理解力や判断力が全く欠如している。目の輝きなども全くない。よくわからないが、呆けているようにしか見えないのだ。ここで「呆けている」というのは認知症以外のものも含む。少なからずの人は50代後半から脳の衰えを自覚し始めるなどというが、これは一種の神経症なのかもしれない。サラリーマン神経症みたいなものなのかもしれない。以前アルバイトをしていた先の社員など、50代半ばだというのに、「年を取ると暑いも寒いもわからなくなる」などといっていた。どうも、世間一的には「社交的な人はボケにくい」などといわれているようだが、こうして実際的の例に接してみると、改めてそのようなことはなさそうなことを知る。外交的な人は内向的な人より呆けにくいというのが当てはまるとしても、せいぜいその差は2倍にも満たないのではないだろうか。その程度であれば、住んでいる地域によっては逆のことも大いにあるだろう。それに、社交性のある人が認知症を患っても、会話は普通にできるから、家族のものが気が付かないというのがある。

せいぜい2倍も違わないというならば、そうした助言が通用しそうなのは人口の過半数を占めるサラリーマンに対してのみであって、自営業者も含めて、その他の人々にはあまり関係なさそうなことだ。サラリーマンというと、軍人などは違うと思う人もいるかもしれないが、給与を他人からもらい受けているうちはサラリーマンだ。呆けはサラリーマンの持病なのだと思えば、サラリーマン以外の人が恐れるべきは真正の認知症のみであるから、痴呆になる危険性はおそらく一桁は減ってくるに違いない。もちろんサラリーマンを定年までやっていた者も、呆けないやつは一生呆けないはずである。ただ何かと常識的行動に収まりそうだから、通常のものより危険率は高い筈である。

こうしたことを書いているうち、昔「加齢とともに聡明になるタイプの人が確かに存在します」といったのはスイスの生理学者ルドルフ・ヘス(1881−1973)だったに違いないということを思い出した。ナチスの副総裁ルドルフ・ヘス(T894−1987)とは別人だが、ウィキ日本版には載ってないようだ。ヨーロッパなど、義務教育として公立学校へ強制的に通わせられることのない諸国には、老化とともに聡明になる人の割合はかなり多いと思われる。これが日本のように平均化が著しい国であると、何ともスケールの小さい人間ばかりが目立つことになる。大衆社会の台頭のためか、現代社会では刻々と平均化が進んでいるように見受けられる。心理学者のフロムなども、「マルクスを理解するには40以降が最適」などといっていた。一昔前のほうが、一般大衆もほどほど賢かったのかもしれない。

最近ボケとか認知症が増えているというのは、生活スタイルが便利になりすぎて頭を使う機会が減ったからではないかと思う。大体、一階と二階にトイレがあるなんていう生活をしているから、筋力が衰えて、階段から足を踏み外したくらいで下まで落ちて死ぬやつが出てくるのだ。温水便座などきわめて不要なもので、あれではかえって雑菌の温床らしい。どうも煮沸消毒の機能も付いていないらしいから、ペストで下痢になった人の後には使用できない。ふと、壁にかかっているままの壊れたゼンマイ式の柱時計を見て、『電池式のものよりこちらのほうが見方を変えてみれば重宝だった』などと思った。今の生活のほうが便利だなどと思ったらとんでもないことで、そういえるのは外側の物質社会に限ってのことだ。内側の精神世界のほうは多少不便な方が味わい深いものができる。それが真の豊かな社会で、経済成長ばかり追い求めていては一向に豊かな社会というものは訪れはしない。これも産業革命以来のロボット化教育の賜物だから、特に誰それが悪いと一口で非難することはできない。スタインベックの『怒りの葡萄』などにそんなことが書かれていた。しかし、日本人の誰も靖国神社を焼き討ちしないで、中国人や韓国人が率先してやっているのを見ていると、彼らは日本人のために日本人の自由を回復したとして崇められることになるかもしれないなどと思うのである。あいつらのおかげで自分たちの親が不正を働かされた挙句消去抹殺されたというのに、進んで手を合わせるとは実に狂気千万だ。その狂気を大衆に植え付けたのはデモシカの教師連中だ。そうしてデモシカの教師連中というのは、あきれたことに国旗掲揚に反対している。自分たちこそ日本国民に変な愛国心を植え付けた張本人のくせに、全く反省していない。口にすることと行うこととは全く別物というやつで、小人の極みというものだ。




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