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zoom RSS バカをつくる学校

<<   作成日時 : 2014/07/20 17:51   >>

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ユーチューブに面白い動画があった。イエス・キリストがすべからく凡人を柵に閉じ込めた話を連想させる。「・・バカをつくる目的で義務教育は行われる…」というものだが、信用創造の話がやたらと長い。↓

http://www.youtube.com/watch?v=48CcdaMawA4

そこでこの前自分で調べておいた「バカをつくる学校」という本を注文しておいたのだが、10日経っても届かない。そのうちメールが来て、絶版になったからキャンセルだという。期待していたのに残念だ。古本を探すしかないのか。内容を調べたところ、アメリカの学校の校の元教師が書いた本だ。明治維新以降の日本は全体として、米国ほどには巨大資本に牛耳られてはいないと思う。しかし、終戦以降日本に詰め込み主義教育を押し付けたのは、ひょっとして支配地の統治をやりやすくするためのGHQの陰謀ではなかろうかと思うときもある。平均点だけは高くて権威には従順だが、とびぬけて賢いものが育たない腑抜ぞろいの国民集団を統治するのにさほどの努力もいらないからである。そうして2世代にわたる期間、この仕組みはうまく機能した。バブルが崩壊したのちになって、腑抜どもに支配権が譲渡された時、彼らにはこの窮地から立ち上がるすべは見いだせなかった。頭がないのだから当たり前である。それで5年もすれば株式市場も新高値を付けて当然のところが、20年たった今でも3分の1付近を行ったり来たりだ。全くこんな愚物たちにどうして年金を受け取る権利があるのかが不思議というものだ。日本社会を堕落させた張本人なのだから罰金こそ支払わせるべきなのに、逆に報酬を与えている。

一言でいえば、「義務教育制度こそがバカをつくった」という結論らしい。思えば「天才の世紀」などといわれる17,18,19世紀のいずれにも義務教育なるものはなかった。命名が好きなように好きな時に学校や図書館や自宅で学習する道を選んだ方が賢い人物が育つことにはまず疑いの余地はなさそうだ。とりわけ、IQが130以上の子供を義務教育でしばりつけてしまうと、この子たちが将来社会に貢献する割合は50%ほどになってしまうらしい。30%ほどは社会に対する敵愾心を抱くようになってしまうという。その中の一部は、連続殺人魔となったり、爆弾事件を起こしたりする。たいてい彼らは単独で行動するが、オウム真理教の一部教団内部のように集団を組んでしまうと厄介だ。彼らが洗脳されていたというのはいささか疑問で、初めから反社会的な心を持っていたのが肥大したにすぎないのだともいえる。原始仏教の経典「ダンマパダ」などにも、「愚かな衆生は牛や豚のように老いる」とある。牛や豚と思えば、人間ほどの価値はないのは明らかだ。大衆にもし菜食主義が普及していたなら、屠殺処分は喰らわなかったかもしれない。

近頃やたらと「いじめ」が社会的問題になっている。あれも多分親の世代がバカだからだと思う。いじめる方にしろ、いじめられる方にしろ、そういった偏った子供を作ったのはたいてい親の責任だ。ああしたやつらは多く学校のせいにするが、最悪なのは自分自身の子育てだいうことにまず間違いはない。臨機応変にオリジナルな考えを抱くことができないから、親としての応用ができなくなるのだろう。大体、今の親というものは中学とか高校時代に、「インドに狼に育てられた少女がいる」などというほら話を学校で教わって、家に帰って「お前たち学校で何バカなこと教わってるんだ?そんなことあるわけないじゃないか、即喰われておしまいだろうが!」といわれても納得できないほど洗脳されていた。教員の方もまじめ厳かにそんな話をしていたのだから一億総白痴化といってもよかった。25年か30年ほどの期間は教科書にも実話として載っていたという。こんなことに汎世界的に欺かれていたのは、先の世界大戦が現実に起こったことが信じられなかったことの裏返しの現象なのかもしれない。



文部科学省の「義務教育の目的」には最初にこんなことが書かれている。↓
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/05082301/003.htm

[ 義務教育は欧米の発想で,教育が庶民にまで行きわたっていなかった時代に,国の力でどの子どもも学校に行くことを保障しようというもの。社会が豊かになった現在,その概念を考え直すことが必要だが,その際も,@国家・社会の構成員としてふさわしい最低限の基盤となる資質の育成(社会の統一性・水準維持),A国民の教育を受ける権利(学習する権利)の(最小限の)社会的保障という2つの目的は維持されるべき.]

しかし、@とAはしばしば互いに相反する。国旗掲揚の際の儀式に従おうとしない教員が存在するのもおおむねここから生じているものと推察される。すなわち、国家は国民である子供の将来を思って教育を行うのではなく、ただ国家にとって利益となる労働者を作る目的で教育を行っている。当然、子供の将来を慮る教員は、国家のこうした思惑には賛同できない。まともな教師ほど、国家の強制的な威圧には反対することになる。

どうも義務教育のように、国民全体に一律に共通した概念を押し付ける教育というのは好ましいものだとは言えないであろう。例えば今の社会権力には腐敗した人間が多いなどということがよく言われるが、どういうことをさして腐敗しているかというと、単に金儲けのためには手段を選ばないというような人をさして「腐敗している人間だ」などといわれるようだ。思うに、「金儲けはさもしいこと」という社会共通の刷り込み現象がなければ、こういった現象を「腐敗したこと」と結びつける概念は生まれないのではなかろうか。

『こんなことが刷り込みだったのだろうか?』と思わせるいい例が、三角関係にある女性同士が不仲だということがある。人によるのかもしれない。アメリカの例だと、かつてポール・ゲッティという大金持ちがいたが、彼の浮気相手の女性たちはいずれも仲睦まじかったようである。古代ローマでは、ユリウス・カエサルの話がある。一夫一婦制の国でもこのように、多分少数派だろうが、例外と思しきものもかなりありそうだ。しかるに日本では社会改革を目指した大杉栄の場合でさえ三角関係はもつれている。日本が特別固定的なのだろうか。一夫多妻制の国から見れば、日本社会と日本人は狂気の集団に見えているかもしれない。ただし、大杉栄の場合は信念上、愛人たちを操るようなことはできなかったので、彼女たちは自身の自由意思で行動しただけだったという風にも受け取られる。

刷り込み的な慣習や社会制度が正しいと思われがちなのは、それが正義だと信じるものが圧倒的多数だからだ。このことは社会主義でも民主主義でも変わりはしない。実に9割の人間は能力不足故に大衆根性の持ち主にとどまるからだ。右翼的人間であれ、左翼的人間であれ、このことは変わらない。社会正義の正体はこの程度のものだ。そこには普遍性などみじんもない。


ずっと昔、まだ学生だったころに、ホルストの「惑星」という曲を聴いて、今と同じことを思った。戦後、地上の人間は一様に馬鹿になったに違いない。現代文明の源泉はすべて大戦前の先人が築いたもので、今人は何一つ新しいことを創造してはいない。例えば放射能を操る力などにしても解明できないでもたもたするばかりで、これを技術に応用することが全くできない。私はこの答えを世界的な教育システムにあるとみた。もう一つ大きな懸念というものにワクチンの普及というものがあり、これが人類の脳に何らかの遺伝的悪影響のようなものをもたらしているということが考えられる。すべてが平均化して、突出してすぐれたものが現れない時代がもうかれこれ一世紀近く続いている。まさに暗黒の時代といってよい。いわば中世に逆戻りだ。中世と異なるのは、平均人に科学力が荒廃しているという自覚がないことだ。彼らはことにつけ、「科学技術力が大幅に進歩した今日…」と口々に語っている。



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