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zoom RSS 栗林兵団司令部の最期

<<   作成日時 : 2018/08/16 09:22   >>

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もうすぐ終戦記念日だということで読んだのだが、考えてみれば終戦の日を8月15日なんていう風に勝手に決めたのは理屈に合わない。当時の国際法に照らしてみても9月2日の調印の日が正式な終戦の日だ。こんなところにも日本の非常識さというものがうかがえる。

陸軍軍曹の龍前新也という人の60ページほどの作文を読んだのだが、硫黄島の戦闘を事実上指揮した人は、栗林忠道中将ではなくて、中根兼次中佐だったらしい。中根参謀は、就業期間1年の陸軍専科の出身で、栗林氏は陸軍本科出身のものを重視したため、何かとやりにくいところがあったそうだ。才能より学歴を重視したかのような面が栗林氏にあったという記述は意外だ。単身でよく第一線人智を見回ったり、細かな努力をした人であることは間違いなさそうだが、こういうところもあったようだ。龍前氏は2.26事件の反乱兵だったそうで、栗林氏とは何度も顔を合わせたらしい。陸軍というのはどうも社会主義色が強かったらしく、マルクスやレエンゲルスにかぶれていた人は興味深い目で見られたらしい。海軍と比べると平等姿勢はかなり強かったようだ。

マレーの虎の山下奉文大将も2.26事件にはかなり同情的だったというし、戦後の陸軍に対する悪評価も、一部は社会主義への反感ということも関係しているのかもしれない。

日常見聞きしている限りでは、日本軍は社会主義など絶対に受け入れなかったかのように伝えられている。考えてみれば、大本営の捏造などというのもかなりおかしい。多分伝えられた戦果のうち少ないものを公表していたところそうなったというだけだろう。情の熱い隊長であれば大概自分の部下の手柄にしたくなるので、報告された戦果は実際の何重倍にもなる。敵の軍艦が大砲を発射したところの航空写真を新聞記事に載せて、「爆弾命中!」と発表すれば大概そう信じるだろう。

硫黄島で最高の標高というのは、南端にある摺鉢山だが、せいぜい150メートルとちょっとしかないらしい(ウィキには170mとあるが、潮汐でだいぶ変わるのであまりあてにならない)。遠くからだとまったく島影らしいものは見えないことになる。台風でも来れば沈没しそうな心細い島だ。しかし住民は1000人くらい住んでいたらしい。水がないないといっているが、海水を蒸発させて飲み水にしようとする人がいないのが何かわからない気がした。硫黄島のように暑いところならば、太陽光で十分できるだろう。

最初に米軍が硫黄島を攻撃したのは1944年の6月24日、四隻の空母からだという。その時はいったん防衛したものの、航空部隊が大打撃を受けた。後は時折艦砲射撃が行われた程度で、決まった時刻に帰ってゆくだけだったらしい。毎朝たいてい8時きっかりに間欠的に空襲もあったらしい。そして硫黄島の戦いが行われたのがよく1945年の2月18日から3月26日だ。15日の夕方からグラマンの機銃掃射が始まったらしい。敵が上陸を開始したのが19日となっている。重装備のため、砂に足をとられたところをやっつけたとある。一応2月16日の本土空襲と並行して行う予定だったらしいので、15日の夕方の攻撃は命令違反だったのかもしれない。その辺は戦争状態だから適当だろう。

硫黄島を取り囲む米軍艦隊は総数800隻、25万人の兵力のうち、上陸部隊は7万人だ。米軍は余裕綽々で報道ジャーナリストも100人ほどいて、現地からの中継装置も持ち込んでいた。対する日本軍は、陸海合わせて2万1千人。それも病人など多い。それに上陸部隊を打つための大事な法大は米軍の艦砲射撃に応対したので、一を知られ、、ほとんどが空爆により破壊されてしまった。米軍側は3日間の空襲の後上陸を開始し、その後5日で制圧するつもりだったらしい。しかし全くうまくいかず、上陸数日の犠牲者の総数はノルマンジーよりもひどかったという話もあるくらいだった。硫黄島の日本兵は前々から水不足と食糧難でフラフラだった筈で、腹いっぱいで体力十分のアメリカ兵がなぜ苦戦したのかがわからない。

硫黄島の戦いはてっきり栗林中将が率先して行ったものと思っていたが、何か違う史料も出てきた。戦後アメリカがべた褒めしているから、日本でも偉い人となったのかもしれない。確かに偉大ではあったかもしれないが、日本軍全体にすれば早々と投降した方が死者も少なかったし、米兵も犬死しないでよかっただろうし、なんともよくわからない。

考えようによっては山本五十六の真珠湾奇襲攻撃の判断のほうが正しかったのだともいえる。当時の世界状況の中では、日本軍の考えそうなことは「アメリカは1000人も戦死すれば白旗をあげてくるだろう」というものだったかもしれない。事実はもう少しのところでそうなったかもしれないのだ。

抑々今となっては欧州各国も口にしないのが、アメリカは頼まれて参戦したという事実だ。自由の国だから両極端がいて当然なのだが、圧倒的多数派は反戦だったようだ。


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