長崎の平和の像

今日は忘れずに原爆のことを書くぞ。

長崎にある平和祈念像のモデルは明らかにされていないが、なんとなく力道山に似ている様な気もすると思っていたら、やはりそういう説もある様だ。もちろん力道山なんかじゃ無いだろうとは思う。

天に向けて伸ばされた右手は原爆を、横に水平に示した左手は未来を示すというが、右手と言えば正しさを表すのが普通で、日本ではどうだか知らないが、世界の常識だと原爆が正しかったということになりかねない。右はライトすなわち正しさを表すのが常識だ。左手で未来を指すとは、日本は今後間違った道に進むという意味になりかねない。平和は間違っているといういみだろうか。

長崎原爆記 被爆医師の証言 (平和文庫) [ 秋月辰一郎 ] - 楽天ブックス
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彫刻家の北村西望は、長崎出身でこれを作ったが、原爆は邪悪のシンボルとして左手で指し示すほうが良かったかもしれない。なぜ右手なのだろう。未来にしても右手で指し示す方が自然だと思う。ライト云々ではなく、人は歩む際どちらかというと右に進むだろうからだ。見る人のことを考えて、わざと逆にしたのだろうか。

どうも世間には「ディーンの法則」なるものがあって、人は右から左への動きのほうが自然らしい。舞台を見る場合に右から左だとすると、未来は左の方にあり、無機質の彫刻は右手で未来を示さなければならない。まあ、たぶんあれこれ迷わずに直感で左手を未来としたのだろう。

それはともかくとして、3日前に広島に投下されたガンバレル式の原爆は不完全爆発だった恐れが多分にあったそうだ。この時のウラン爆弾に関しては何度も何度も臨界実験を重ねたが、やはりどうしても早期爆発というのが起こってしまう。ところが一度も実証実験をしていなかったというプルトニウム爆縮型は全く不完全爆発の恐れもなく、こんな爆弾が1945年の時点で完成したというのも、電子計算機よりも計算が速かったというノイマンがいたからこそなのであると思うが、知能は史上最高だが知恵は最低という極端な男だったらしい。

広島黒い雨の由来は不完全爆発による物だろうということはまず決定的だろうという。それで爆発時の熱戦の威力は存外少なく、犠牲者の大半は放射能による物だろうということになっている。日本側の発表では、広島原爆による死者の累計は1945年末の時点で8万人ほどとなっているから、爆発時の死亡者3万6千人という米側の発表はかだいであって、実際は8千人程度ではなかったかと推定されているらしい。熱線による死亡者は、だから、長崎の方が上回っていたかもしれない。しかし、長崎原爆についてはテレビなどでもほとんどやらない。やらないというか、いったいデータが残っているのかさえわからない。山がちで地形が入り組んでいたから被害が少なかったなどというが、その前に人口密度が低いので半分被害が出ていれば、爆弾の破壊力は倍も大きかったかもしれない。

この様に、ガンバレル式は早熟爆発が起こりやすく、燃料がムダなので、今ではウラン爆弾であってもインプロージョン式の爆縮タイプが選択される。

東京大空襲にしても、人口密度が仮に広島の倍であったなら、同じ爆弾だったなら、東京で10万人の被害は、広島ではその4分の1の2万5千人の被害とおよそ同等だ。


しかしアメリカは原爆2発で日本が降伏するとは考えていなかった様で、3発目の原爆の投下直前に幸い日本が降伏していたが、3発目の投下地点も決められていたらしい。3発目以降は爆縮型だった。5、6個作ってあったらしい。

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