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みんなの「戦争」ブログ

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『ガダルカナルを生き抜いた兵士たち』を読む
『ガダルカナルを生き抜いた兵士たち』を読む 読み終って、つくづく歴史というものは勝者の都合の良いように後になってまとめたものであることをつくづくと感じた。過去のことは永久にわからずじまいなのであるから、戦争のような人々の感情が入るものほど後になってからの創作の割合がずいぶんと多くなるのだ。だから歴史教育に通じている社会科の教員など程史実に残された資料を信じ込んでいる傾向がみられるが、それらの史料は幾分創作物語に近いものなので、彼らの言い分が絶対に正しいとは毛頭いえなくなるのである。私も最初のうちは国際法というものができて以降侵略主義が否定... ...続きを見る

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2018/09/23 09:19
インド洋作戦
インド洋作戦 日本海軍対英海軍の戦いであるが、イギリスの方は日本軍の暗号を丸々解読していた。多分そのおかげで日本軍が楽勝したという話。当時からそうだったのかは知らないが、日本人は性格上時間を守る国民だったのかもしれない。しかしイギリスのほうが『自分たちが時間厳守だから日本もそうだろう』と決めつけたのかもしれない。 ...続きを見る

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2018/09/08 09:06
『人間爆弾桜花発進』
『人間爆弾桜花発進』 桜花もの5篇を集めた特攻空戦機。佐伯正明上飛曹、酒井啓一上飛曹、大沢博零戦搭乗員、伊藤久雄整備員、武田綱吉一式陸攻搭乗員らの実践記。特攻ものにつきものの「散華」などという表現が気に入らないが、閉じ込められた方にしてみれば、最後の瞬間までの限られた時間は、人間爆弾と人間魚雷とではどちらが楽だったろうかなどということを思った。 ...続きを見る

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2018/09/02 08:10
旧陸軍の社会主義運動について
社会主義だとか共産主義だとかいうと、それだけで資本主義よりも劣った政体であると無条件に決めてかかるというものがやたらと多い。それもソ連だとか中国などといったいじめられっ子特有の反抗的国家のみを引き合いにして云々するものばかりである。果たしてソ連のスターリン政治が失敗だったかというと、どうにも肝心の子孫の国では「祖国の英雄」などと担ぎ上げられているらしい。どういう体制の国であっても、良い面悪い面両極端というものはあるもので、社会主義政策を巧妙に織り込んだ北欧諸国などの社会主義色の強い国が日本よりも... ...続きを見る

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2018/08/19 09:44
栗林兵団司令部の最期
栗林兵団司令部の最期 もうすぐ終戦記念日だということで読んだのだが、考えてみれば終戦の日を8月15日なんていう風に勝手に決めたのは理屈に合わない。当時の国際法に照らしてみても9月2日の調印の日が正式な終戦の日だ。こんなところにも日本の非常識さというものがうかがえる。 ...続きを見る

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2018/08/16 09:22
『シベリア出兵』(中公新書)をよんだ
『シベリア出兵』(中公新書)をよんだ 日本人にとってのシベリア抑留と、ロシア人にとってのシベリア出兵の思いとはほぼ同等だ。前者とは異なり、後者の場合は本土にいきなり侵入して乱暴狼藉を働いたのだから、ロシア国民の悪感情もそれだけ強いと想像される。日中戦争で侵略された中国側が被害感情を増幅させて伝えているのと同じだと思う。本土を侵略蹂躙されたものの怨みは強い。何か国かの共同出兵として教科書などでも片付けられているが、日本軍が98%を占めているので日本の単独といっても問題はなさそう。 ...続きを見る

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2018/06/16 09:57
『北海道を守った占守島の戦い』を読んで
『北海道を守った占守島の戦い』を読んで 制空権の制圧という観点から太平洋戦争を簡単に眺めている書物で、昭和18年4月の本土空襲に衝撃を受けた大本営がミッドウェー、アリューシャンの制圧をもくろんだという話から、北方の様子が描かれる。太平洋戦争というと、つい南方の話が中心なのがほとんどであった。やや異なる視点から見た戦史ともいえる。ただし、ノモンハン事件で、日本軍の97式戦車がソ連のBT-7に太刀打ちできなかったなどという記述は日本側の史料の誤謬であるらしい。ウィキによれば、防御、攻撃力、重量とも97式が上とある。しかし現場で実践に遭遇し... ...続きを見る

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2018/05/19 16:31
「WWU世界のロケット機」
「WWU世界のロケット機」 この前朝鮮戦争でヘルキャットがドローンとして用いられたというのを読んで、誘導弾について調べてみる気になった。そういえば、北朝鮮の水爆が日本のおへそに落ちたならちょっと全滅かもしれないなどとも思う。しかし最近のニュースで「我々の気持ちもわかってほしい」などと、訳の問題かもしれないが、やや弱気ともとれる言い回しをしていた。件のパルス攻撃は最悪の場合交通網がマヒする程度で、確かなのは携帯電話やスマホが壊れることくらいだという。1960年前後に米ソがやって以来実験されていないのでよくわからないらしい。そ... ...続きを見る

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2017/09/30 08:28
『弱小国の戦い』を読んだ
『弱小国の戦い』を読んだ また光人社のNF文庫だ。飯山幸伸という1958年生まれの人が書いている。どうも戦時に関する知識はすべて書物から得たという感じだ。すべてではないだろうが、例えばゼロ戦の性能などに関する知識は紙面上の統計資料から得たものであって、航空力学の知識が特別にあるようでもなさそうなので、例えば平均人というのが存在していたという陥穽に陥っているといる危険性も多少はありうる。機体の個性により大幅に異なるのだ。微妙に異なるなんていうものじゃあなさそうだ。しいていえば、大量生産ができる工業国ほど個体差の少ない生産が... ...続きを見る

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2017/09/23 08:27
グラマン戦闘機
グラマン戦闘機 久しぶりに戦時の本を読んだ。アメリカも相当必死だったのだということがよくわかる。戦争初期の日本軍驀進のころだけではなく、ドイツ降伏後になってもロサンジェルスなどでは日本軍の空襲に備えて灯火管制を敷いていたというなんともヒステリックな対応を思い出す。現在当たり前のように伝えられている、「アメリカは何でもかでも突出していた」というのはやや違うのではなかろうかとさえ思う。 ...続きを見る

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2017/09/02 08:32
『ドイツ高射砲塔』
『ドイツ高射砲塔』 久しぶりに軍記ものだ。といっても防衛の方だが。ベルリン、ハンブルグ、ウィーンの三都市に、それぞれ3,3,2か所に設けられた。ベルリンの3か所とハンブルグの1か所のものがもっとも古く巨大なものであった。厚さ2.5メートルのコンクリートの壁で、いざとなれば3万人収容の防空壕になるものでもあった。このような施設をもし日本で作ったと仮定しても、相応の期間内に地震で破壊してしまっていただろう。コンクリートは振動にはめっぽうもろい構築物だ。2012年に出版されたもので、ずいぶん戦後長いこと経っているような気... ...続きを見る

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2016/06/18 09:23
「海兵隊コルセア空戦機」
「海兵隊コルセア空戦機」 原著はもっとずっと長いそうである。アメリカ兵士から見た戦闘経過の記事という事で、大変興味深かった。人類の文明開闢以来、戦士は現代のサラリーマンの役割を長い間勤めてきたといえる。戦争とはそういったものだと思う。サラリーマンがライバル会社を蹴落とそうとしたり、挙句の果ては相手に憎しみさえ抱くのと似たようなものだ。 ...続きを見る

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2016/03/05 09:22
「戦闘機『隼』」を読んで
「戦闘機『隼』」を読んで また光人社の文庫本からだ。文庫本で廉価なので、ついこちらになる。それに簡単で中学生になればまず読める程度の内容のものが多い。こんな本ばかり読んでいてはバカになるのではないかという不安も少し感じる。碇義朗氏の作品だから、結構技術的な話もあるだろうと思う。昭和48年に出した単行本の文庫版らしい。 ...続きを見る

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2016/02/27 15:09
「永遠の飛燕」
「永遠の飛燕」 日本軍では初の液冷エンジンを搭載した戦闘機だ。最高速度は、初期型で590キロとまあまあだ。正式には、三式戦闘機というらしいが、ウィキの評判はあまりよくない。米軍は「もっとも撃ち落としやすい戦闘機」と揶揄したほどだというが、筆者の田形竹尾氏は実戦でグラマン戦闘機と戦って逆に撃破している。わざわざ「愛機」と銘打つからには、自身の魂を機体に込めている分自在に飛行できたのだろう。筆者のプロフィールを見ると、いささか愛国の傾向が強くて、技術的な冷静さとはややと異様な気もするのが、欠点と言えば言えそうだ。宮... ...続きを見る

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2016/02/20 17:14
『アブロ・ランカスター爆撃機』を読んで
『アブロ・ランカスター爆撃機』を読んで ドイツ最後のビスマルク級の巨大戦艦であったティルピッツを重量6トンのトール爆弾で撃沈したイギリス空軍の4発重爆撃機だ。 ...続きを見る

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2016/02/13 09:12
『悲劇の輸送船』を読んだ
『悲劇の輸送船』を読んだ 戦争に関する文庫本は、ほとんど光人社NF文庫のもので、この書物もその一つ。昭和14年東京生まれの大内健二という人が書いている。小野田セメントを平成11年に定年退職して、執筆活動を始めたらしい。戦争について調べるにつれ、教科書よりも世間的通念のほうがずっと間違っていることに気が付く。教科書の誤謬を20%とすれば、世間の誤謬は80%だ。 ...続きを見る

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2016/01/24 09:18
「633爆撃隊 ラインメイデン作戦」を読んだ。
「633爆撃隊 ラインメイデン作戦」を読んだ。 「ラインメイデン」とは「ラインの乙女」という意味だが、ナチスが開発をもくろむ、高性能地対空ロケットのことだそうだ。フレデリック・スミスという英国人の著作。1939年にイギリス空軍に入隊したそうだ。本書はノンフィクションだが、やや小説めいたところもある。どの道細かいところは極秘機密であったはずであるから、真相など到底わからないだろう。ペーネミュンデのVロケット基地のほうはかなり有名だが、それでも真相ははっきりしないだろう。 ...続きを見る

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2016/01/10 15:40
「B29基地を占領せよ」を読む
「B29基地を占領せよ」を読む B29について調べようと思って注文したのだが、あいにく飛行機についてはかかれていなかった上に、筆者の佐々木春隆氏の文章がどうもこなれていない。箇条書きの文章を読むようで、連続的に読めない。 ...続きを見る

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2015/12/13 09:06
『山下奉文正伝』
『山下奉文正伝』 やました・ともゆきと読む。たぶん当て字だと思う。どう読んでみても「たいぶん」としかよめない。兄は「奉表」(ともよし)、弟は「奉守」(ともたか)といった。山下泰文の生まれは、高知県の香美郡というところだから(*)、昔であっても東京のほうの人は読めなかったかもしれない。果たして、故郷の土佐を離れて、広島にある幼年学校に入学した際、「ともゆき」と読めたのは国漢の先生ただ一人で、案の定「ほうぶん」と呼ばれるのが日常だったという。 (*)ウィキには長岡郡とあるが、これは後年、本人が裁判の後、フィリッピン... ...続きを見る

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2015/11/28 10:23
「青春天山雷撃隊」を読む。
「青春天山雷撃隊」を読む。 筆者の肥田真幸が教習を終えて、いよいよ夢に見た前線勤務に胸を躍らせていたのは昭和16年の10月だったが、残念ながら望みはかなわなかった旨が冒頭に述べられている。敗戦後はみな一様に、「わざわざ自分から望んで戦地へ赴くものなどいるはずがない」と決め付けるが、GHQから都合よく押し付けられた教育制度による社会洗脳なのではなかろうか。5人に1人くらいはわくわく胸をときめかせていたとしてもおかしくはないと思う。それにしろ、当時にあっても、ちょっと変わり者ではあったはずだが。 ...続きを見る

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2015/11/07 09:17
『激闘 ラバウル高射砲隊』
『激闘 ラバウル高射砲隊』 冒頭を読み始めたとき、自伝のようなものだと思っていたのだが、高射砲の射撃というものが緻密な弾道計算に基づいた案外精密なものであるということを知ってかなり驚いた。もう10年近く前から、年に何冊か大戦の歴史物を読んでいたから、こんな基本的な知識は身につけていて当然だと思っていたのだが、さっぱり知らなかった。学生時代、もう40年近くになるが、一応担任だという老教授が元陸軍の山岳砲部隊の将校であって、その手の話を毎週聞かされていたものだが、事業などまともに聞いていた覚えなどさっぱりないので、「サイン、コ... ...続きを見る

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2015/10/10 09:42
「迎撃戦闘機「雷電」」を読んだ。
「迎撃戦闘機「雷電」」を読んだ。 私は子供のころから、シャチという生き物が好きであったが、雷電という戦闘機も、ペンギンのように海を飛ばせたなら、造波抵抗というものもあまり受けないで、すいすい進んでいくのではなかろうかという気がした。ずんぐりした流線型のフォルムは最新式の潜水艦を思わせる。ゼロ戦が全体としてせみのような形をしていたのに対し、同じ設計者のものとは思えないくらいに、別の生き物のような美しさがある。もっとも、高度1万メートルともなると、雷電ではB29のように水平に飛行するということはできなかったらしい。機首を上に向けて落... ...続きを見る

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2015/10/03 10:24
『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』という本をよむ
『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』という本をよむ 楽天の週間ベスト3とか何とか言うので取り寄せてみた。大体人気のある売れ筋の本というのは、根拠薄弱な妄想の類であることが多い。現実の世界は案外ルーチンワークで夢の実現なんていうことは起こりはしない。アメリカン・ドリームなどといっても、生まれた時点ですでに過半数の人間はただ社会を維持するためのみの存在者であらねばならないことが定められている。ガンジーが『一人にできることは万人に可能』などといっても、本当に万人に可能なのではない。現実の世界が夢の実現を阻んでいるから、現実離れした夢物語がはやる。 ... ...続きを見る

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2015/09/19 09:19
『地ひらく〜石原莞爾と昭和の夢(上)』をよんで。
『地ひらく〜石原莞爾と昭和の夢(上)』をよんで。 何年か前に『ピコラエヴィッチ紙幣』という本の感想を書いた。その類の本かと思っていたら、どうもこちらの方が深みがある。文庫本形式だが、ページ数の割りに大変廉価だ。だから多少フィクションかと思っていたらそんなことはなく、資料に基づいた歴史本である。筆者の福田和也氏は、慶応大学仏文科を出て、現在慶応大の教授をやっている。いろいろと通念とは相容れないようなことが書かれていて、歴史とは数々の事件の中の、大衆の望むものだけを抽出して編纂したものに過ぎなかったということを蟋蟀の音を聞きながらしんみりと感じる。... ...続きを見る

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2015/09/12 09:54
『双発戦闘機「屠龍」』を読んで
『双発戦闘機「屠龍」』を読んで 屠龍というのは後部座銃に12.7ミリの機銃を備えていた「キ35」を指すのが正式らしいが、後部座銃は20ミリでないと破壊力は期待できなかったようだ。着陸の際が特に難しく、容易に失速するのが欠点だったという。初心者なら失速・墜落するような悪コンディションでも平気で上昇できるようなパイロットにしか扱えなかったともいう。昭和20年の春に、高高度戦闘機の上位バージョンの試作機2機のテストが行われていたが、空襲で2機とも焼けてしまったという。排気タービン過給機や気密室を備え、1万3500メートルまで上昇可能... ...続きを見る

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2015/08/23 09:17
「撃墜王列伝」を読む
「撃墜王列伝」を読む こういう人たちの伝記を読むと、世の中には戦闘を好む気質のものもかなり存在しているものだとつくづく実感する。それは今も昔も変わりないものである筈なのだが、あたかも人々は世相が変化したものであるように受け取る。人々が現実にあったと思い込んでいる過去は今や解釈による想像の産物なのであるが、こうした想像の世界がかつては眼前の今の世界と同じようにあったものとみることに問題がある。過去における自分自身の歩みを回想する場合でも同じだ。 ...続きを見る

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2015/07/12 10:42
「幻の潜水空母」を読んで
「幻の潜水空母」を読んで また戦記ものだが、前回述べた富嶽と比べると、潜水艦空母によるニューヨーク爆撃は十分に実現可能であったようである。ミッドウェーの大敗退の後で、日本軍は作戦全体を再考し、新規大型間の建造は一切取りやめて、空母建造を第一に、ほかは小型艦、特に潜水艦の建造に努めることを計画していたという。これも以前は聞いたことのないものだ。この本は2089年に書かれたものを文庫版にしたもので、2001年の上梓だが、ネットではいまだに、戦後になるまで日本は大艦巨砲主義だったなどという意見が多いようである。実情は、運悪く山... ...続きを見る

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2015/06/27 09:35
「さらば空中戦艦富嶽」文庫版を読んで。
「さらば空中戦艦富嶽」文庫版を読んで。 2回続けて同じ作者の戦時物を読んだ。筆者の碇義朗氏は技術系らしくなかなか面白い。前身は昭和54年10月の単行本だ。西暦に直すと1979年になる。振り返ってみれば航空機動部隊が大艦巨砲に勝ることを見抜けなかった海軍司令部は能無しだなどと盛んに吹聴するものが後を絶たないが、航空機、特に雷撃部隊などを戦艦に向けることは、「お前たち誰か必ず死んで来い」というのとそう変わりのないことである。確率から言って、数名に1人は密室同然の中で孤独で死ぬわけだ。戦艦であれば息を引き取る際もだれか周りにいる。そう考える... ...続きを見る

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2015/06/20 08:09
『紫電改入門』をよんで。
『紫電改入門』をよんで。 筆者の碇義郎(いかりよしろう)氏が30年ほど前からせっせと書き続けた戦闘機の中で一番人気のあるのが『紫電改』だったという。零戦で有名な中島飛行機ではなく、大型飛行艇や水上偵察機専門の川西航空機が製作した。戦闘機設計は初めてだったという。細かな重量削減にこだわって機体のあちこちを削る零戦の製作工程は時間の無駄であるといって、彼らは零戦の重量削減孔のことを「バカ孔」と呼んでいた。「バカ孔はバカのやること」が川西航空機設計陣の標語だった。零戦では、軽量思想が行き過ぎて、強度不足から試作段階で2名も空中... ...続きを見る

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2015/06/14 10:04
『炎の韋駄天戦隊―ミッドウェー囮作戦』を読んで
『炎の韋駄天戦隊―ミッドウェー囮作戦』を読んで 一応歴史群像シリーズに入ってはいるが、多分たいていの人は嘘だと思うだろう。戦争当時の話というのは、今どきならありそうもない話ばかりだからである。そう思ってただの歴史本のつもりで取り寄せたのが失敗のまきであった。学研の歴史群像新書シリーズの一つなのだが、折り込みのチラシに「2015年、戦艦大和が復活」などという完全SFものが乗っている。歴史群像などというからすっかり史実だと思って注文してみたら、史実に忠実に書かれているわけでもなさそうだ。UFOなんかよりは大いにありそうな話に思えるものの、どうもそ... ...続きを見る

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2015/05/17 10:19
『無念なり 近衛文麿の闘い』
『無念なり 近衛文麿の闘い』 第2章の終わりまで読んだところでこれを書いている。確か昨年の夏頃に読んだ『近衛文麿〜教養主義的ポピュリストの悲劇』と似たような内容だと感じたが、より強く通念打破的なものだ。ずっと以前、インターネットを始めたころだから15年ほど前のことになるかと思うが、歴史散策が趣味だという人物が「大嫌いな人物」の筆頭に、近衛文麿を上げているのに出くわしたことがある。彼一人が日本を戦争に導いたような書きぶりにはかなり驚いたものだ。歴史が好きだという割には、一人の思惑で歴史が作られることなどありえないということを知... ...続きを見る

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2015/05/03 09:06
ナチスと安楽死計画(その1)
ナチスと安楽死計画(その1) 『ナチスドイツと障害者「安楽死」計画』という本を読んでいる。本書の日本語訳が上梓されたのは1996年の8月25日となっているからもう20年近くたつのだが、世間の雰囲気はいまだナチスが考え出した計画だとなっている。アメリカ生まれのアメリカ育ちらしい筆者のヒュー・ギャラファーは19歳の時ポリオを患い、成人してからはずっと車いす生活だそうだ。子供のころは車いすの人を見るとある種の恐れというものを感じていたが、実際に自分がそうなってみると、どうということもないことであったことに気が付いたらしい。まあ、病... ...続きを見る

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2015/03/08 16:54
「赤紙と徴兵」を読む
「赤紙と徴兵」を読む 徴兵というのは、1872年以降大日本帝国が定めたシステムのことだ。当初は徴兵令といったが、1927年4月になって兵役法に改められた。しかし、国民感情からしての大きな変化は、1939年の兵役法改正で抽籤制度が廃止されたことではないかと思う。抽籤制度がある間は、仮に徴兵検査で甲種合格となっても、現役兵士として軍隊に採用されるとは限らないことになっていたらしいからである。建前としては、兵隊に採用される事は国民の名誉なのであって、一昔以前の近代ヨーロッパ世界では国民感情の面から見ても喜ばしいことだったか... ...続きを見る

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2015/02/28 11:49
『湖国に模擬原爆が落ちた日』というのを読んだ。
『湖国に模擬原爆が落ちた日』というのを読んだ。 2009年に出版された本であるが、2005年あたりになるまで詳しいことは発掘されていなかったらしい。灯台下暗しというか、高度成長期の人間たちは、働くこと以外に何一つ生産することのない動物状態であったのだとつくづくそう思った。完全に日本古来の人情というものを失った人々である。おそらく昭和初期までに高等教育を終えたもの達が風情を解すことのできる最後の世代だったのだ。1900年〜1910年生まれの世代がぎりぎりのところだったのではあるまいか。 ...続きを見る

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2014/12/06 16:30
第三帝国の時代。
第三帝国の時代。 前に少し述べたが、「第三帝国」という言葉を最初に用いたのは、12世紀のイタリアの神学者ヨアキム・デ・フローリス(1145頃―1202)である。フローリス修道会を設立したことで名を残しているがこの修道会自体は細々として17世紀には消滅したらしい。世界史の流れを三位一体論に基づいて解釈し、第1期を「父の国」の時代、第2期を「子の国」の時代、そして第3期を「聖霊の国」の時代とした。第1期は律法の下に俗人の生きる時代であり、第2期はキリストの下に聖職者が聖肉の間を生きる時代、第3期は自由な精神の下に修道... ...続きを見る

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2014/10/25 08:59
「傭兵の2千年史」を読む。
「傭兵の2千年史」を読む。 明治大学教授の菊池良生氏の書いた講談社の新書本で、取り扱っている歴史の舞台は「神聖ローマ帝国」で読んだものとあまり変わらないという感じだが、物の見方でこうも事物に対する印象が変わるものであるということに強い印象を受けた。 ...続きを見る

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2014/10/05 10:22
『白い死神』を読んで。
『白い死神』を読んで。 1939年11月、第一次ソ連―フィンランド戦争(冬戦争)時代の英雄シモ・ヘイへ(1905−2002)の話だ。一人で542人(ウィキには「確認戦果505名射殺」とある)のソ連兵を狙撃したのが「死神」と呼ばれた所以なのだろう。実際にはサブマシンガンの名手でもあり、こちらも合わせると1000名かそれ以上を射殺したといわれている。本書の冒頭が「罪の起源」で始まるのもそうしたわけだろう。戦いの歴史は遺伝子に刻まれ、やがて必然的に国家というものを形作った。「国家の最も重要な使命は暴力の独占だ」というのが、筆... ...続きを見る

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2014/08/24 07:05
『近衛文麿―教養主義的ポピュリストの悲劇』を読んで
『近衛文麿―教養主義的ポピュリストの悲劇』を読んで 筆者の筒井清忠氏は1948年大分生まれの日本近代史の専門家だ。ひょっとしたら通説とは逆に、近衛文麿は案外すぐれた首相だったのかもしれないという気にさせる書物であった。人のうわさというものはあてにならないものだ。歴史的事象については単純で一方的な決めつけは全くできない。当時のポピュリストというと、乃木希典のことが思い浮かぶ。子供のころ、男子は10数えるのに「インデアンのきんたま」というごろをよく使ったが、女子は大概「ノギさんはえらいひと」という口調を使っていた。近江文麿も性格的には非常に乃木に近い... ...続きを見る

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2014/08/03 10:08
硫黄島の戦い
硫黄島の戦い 日本側では「いおうとう」と読むのが普通で、「いおうじま」というと九州鹿児島県にある島のことをさすようである。しかし、米国は以前から「いうぉーじま」のように呼んでいたそうだ。東京都八丈島に属する硫黄島のほうが、鹿児島の硫黄島よりも若干南に位置している。前者が北緯24度45分にあるのに対し、後者は北緯30度47分に位置する。 ...続きを見る

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2014/04/09 16:35
劣化ウランについて
劣化ウランについて 3回連続で劣化ウランについて調べた。今回の一回目は、劣化ウランの放射能が低いということを無理に説明しようとして、教科書に書かれていない単純な間違いをしてしまったが、こういう間違いをしても、ウランにばかり気を取られていては本質を見抜けないということがよくわかるので、訂正しないで置いた。 ...続きを見る

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2014/02/03 17:23
安倍晋三氏の幼児性
安倍晋三氏の幼児性 アーリントン墓地に埋葬された自由世界の英霊と、靖国神社のごろつきどもを同一視するからである。こうした頑是なさは自由民主党に属する多くの議員が有するものらしい。高市早苗議員なども、靖国の戦犯たちが国のために戦った英霊であると主張していた。 ...続きを見る

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2013/12/29 12:07
「米軍が恐れた『卑怯な日本軍』」を読んで
「米軍が恐れた『卑怯な日本軍』」を読んで ムッソリーニは少し複雑なので、気晴らしに終戦直前の日本軍の様子について調べてみた。筆者は1971年生まれの一ノ瀬俊也という人。「卑怯な日本軍」というのはアメリカが終戦直前に日本軍を研究した論考の表題。それで日本兵を捕虜にする時は細心の注意を払って捕虜にすべきことがくわしく述べられているが、米軍兵士はこんな煩瑣な手続きを嫌ったのか、投稿してくる日本兵はたいていすぐ撃ち殺して、米軍キャンプに戻って叱責された胸が書かれている。ところが規則通り苦労して捕虜にした日本兵の手当てをしようと軍医のもとへ連れて... ...続きを見る

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2013/11/06 16:44
アメリカ独立戦争
アメリカ独立戦争 アメリカといっても、ブラジルとかアルゼンチンといった南米諸国でも、メキシコのような中南米でもなく、北米のイギリス植民地の独立をさしている。北米植民地の独立などと称しているが、独立したのはヨーロッパから移民した多民族で、現地に古くから定住していた民族ではない。まあ、世界各国歴史に残った大国というのは、多かれ少なかれ他民族を吸収したり絶滅させたりして育ってきたものではあろうが、近代に入ってからこういう形で他文化圏が領土を獲得していったケースはほかに例がないだろう。もっとも、北米には土着の国家などとい... ...続きを見る

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2013/06/09 16:18
従軍慰安婦について
従軍慰安婦について 橋本市長が大戦中は従軍慰安婦の存在は当たり前だったなどとアメリカに話したそうだ。日本やドイツなどでは当然だったが、アメリカ軍にはこの慣習はなかったのではなかろうかと思う(*)ので、ちょっと的外れな言動であると思った。慰安婦を連れて行かなかったために、彼らの間に横行したのが、同性愛の風習だ。米軍内では、今でもびっくりするくらい多いのだという。そのほかに、占領地域の女性を標的にする事件が後を絶たないことが、米大学教授の研究でまとめられたということが、時事ドットコムの記事にあったので、またコピペしてお... ...続きを見る

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2013/06/05 17:27
無差別爆撃ということ
無差別爆撃ということ 前にちらと触れたことがあるが、この概念が誕生したのは、第一次大戦であまりに多くの犠牲者を出したことへの反省からであった。職業軍人をいくら殺傷したところで、犠牲者に対する哀悼の念はあまり生じないのでどの国も降伏ということをせず、力の尽きるまで戦おうとする。それは大衆には軍人と一般市民とは別物という観念が色濃く根付いているからだ。確かに戦争が早期のうちに終了するならば、戦闘員たちは自ら志願した体力自慢のつわものたちであって、一般市民とは異なるところもある。しかし戦争が長期化すれば、兵士不足から、一般... ...続きを見る

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2013/05/21 10:25
東京大空襲式典
東京大空襲式典 3月10日は東京大空襲の日となっているが、1942年4月18日の空母よりのドゥーリットル爆撃以来東京への空襲はたびたびおこなわれている。1944年以降は間断なく行われるようになった。 ...続きを見る

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2013/03/10 16:45
ピラミッドの戦い〜ナポレオンの戦役A
ピラミッドの戦い〜ナポレオンの戦役A ロディ橋の戦い以降もイタリア戦役は続いたが、1797年10月にオーストリアとの間でカンポ・フォルミオの条約が結ばれ、これで一時休戦となったので、ナポレオンはパリに凱旋した。 ...続きを見る

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2013/03/07 14:12
ロディ橋の戦い
ロディ橋の戦い 「ナポレオンの戦役」(ローラン・ジョフラン、2011)という本の第1章に書かれていた戦いである。ナポレオン・ボナパルト(1769−1821)の最初の戦役だ。この戦いの勝利によって、ボナパルトの名声は大いに高まり、伝説の域に達したが、それは彼の戦術の妙によるものというよりむしろ宣伝の妙によるものであった。ちなみにこの本は大変な直訳形式で翻訳されているらしく、フランス人にとっては理解しやすい表現なのかもしれないが、日本人にはそう滑らかに意味が汲み取れない個所も多そうな印象である。最も読み手の忍耐力如... ...続きを見る

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2013/02/28 11:19
『原爆の父オッペンハイマーと水爆の父テラー』を読んで〜前編
『原爆の父オッペンハイマーと水爆の父テラー』を読んで〜前編 あまり面白おかしく書かれている本ではなかった。やはりこの手の本は多少なりとも物理学を研究した人間の手になるものでないと、文章に現実味が表れてこないのかもしれない。どうも筆者の足立壽美は医学部精神科だという。 ...続きを見る

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2012/11/25 16:44
『マルタの碑』という小説を読んで〜第一次大戦まで
『マルタの碑』という小説を読んで〜第一次大戦まで 山口多門(下の写真)の伝記のようなものである。第1次大戦時、日本海軍の軍艦が地中海に派遣されて少々の活躍をしたという話。民族自立にかかわる戦争の火付け役は、ほかならぬ日本自体にあるのにもかかわらず、この程度の派兵しか行なわなかったというのが欧州先進諸国の心象を大分悪くしたものと思う。もちろんこの小説には日本海軍の得意として栄誉のように描かれている。それで、ぱっと見た限りでは『帝国海軍もこのような努力を遠い異郷の地で果たしていたのか!』などと、まるで地中海のバルカンでの蜂起には日本は無関係であった... ...続きを見る

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2012/10/10 16:59
『西欧の植民地喪失と日本』を読んで。
この抄訳本は西欧人から見た日本軍の進駐というものを知らせてくれる点で、きわめて印象深いものであった。同時に日本の明治維新以降の振る舞いが如何に世界の趨勢から外れたものであったかも教えてくれる。われわれが良く口にする「戦争はお互い様」という意見は、ずいぶん身勝手な自己弁護に過ぎなかったようである。何しろ「われわれはアジアを開放した」などと自己陶酔していたのは日本だけで、実際はただのはた迷惑なおせっかいであったというのが本当らしい。それを思うと、現在中国が靖国神社の件で云々するのも、内政干渉のうちに... ...続きを見る

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2012/09/03 14:40
大英帝国の植民地時代
アヘン戦争の歴史などを見ても、『これと似たようなことを日本も行なったのだ』などということは考えようともしないものが多そうだ。しかも、アヘン戦争に関しては中国人のほうにもその原因を招いた責任というものが少しはあるから、あまり大きなことは言えない。中国人が横暴すぎて、ヨーロッパ人たちの国力が低いことをいいことにして暴利をむさぼっていたので、仕返しをされただけだ。このことは前に「中華帝国の危機@〜マカートニーの派遣」(まだAは書いていなかった)で触れた。 ...続きを見る

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2012/08/19 17:03
原爆記念日
最近は連合国であったところの人間までが、「原爆など使用せずとも通常兵器で戦えたはずだ!」などとよく分からないことをいう.自国の兵士を犠牲にして、敵国の人間の命を助けるという考えとしか思えない。これは奇想天外なおめでたい思考であって、時間が経つにつれて、過去の出来事というものが空想と変わりなくなるというところからきているのだろう。 ...続きを見る

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2012/08/07 16:50
日本の原子爆弾製造計画
『日本の原爆』(保坂正康、新潮社2012年4月)という本を読む。装丁はしっかりとしたハードカバーでしおり紐も付いていが、1575円と値段は手ごろだ。見開きに「原子爆弾研究開発の関係図」というのが描かれていて、日本の原爆開発は主に陸軍航空本部に属する理化学研究所の仁科芳雄研究室が中心となって研究を行なっていたというようなことがわかる。「原子核、中間子の理論チーム」の中には、仁科芳雄(1890−1951)や玉木英彦と並んで、朝永振一郎(1906−79)や湯川秀樹(1907−81)の名も見える。陸軍で... ...続きを見る

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2012/08/02 16:58
北方の歴史〜近代化以降
太平洋戦争終息時点に付きまとう一番大きな誤解といってよいのは、ソ連が一方的に日ソ中立条約を破棄したというものだろう。これについては、同条約締結後のわずか2ヵ月後の1941年、ドイツがソ連に進行した時点で、時の松岡洋介外相が『日本の基本的な外交政策は三国同盟であり、独ソ戦と日ソ中立条約が矛盾するような事態になれば中立条約は効力を発揮しないであろう』旨をソ連駐日大使マリクに伝えている。そして7月2日に、所謂「関東軍特種大演習」(関特演)という計画を御前会議でたて、70万の兵を満ソ国境に終結させ、ドイ... ...続きを見る

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2012/07/27 16:24
『陸軍登戸研究所と謀略戦』をよんで
表題の書物は、吉川弘文館2012年2月に歴史文化ライブラリーの一巻として発行されたものだが、1996年10月に始まったこの歴史シリーズがかなりの分量にまで充実しているのが少し意外であった。出版業界は不況で大苦戦などとあちこちでうわさしていたからだ。 ...続きを見る

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2012/06/01 17:24
『カブラの冬』
副題に「第一次大戦期ドイツの飢饉と民衆」とある。「カブラ」とあるからなにか地名のことかと思ったら、植物のカブラの一種で、日本でも一時食料用に栽培しようとしたが、まずくて食べられないので、飼料用とされていたものだが、ドイツでは今も一般にニンジンなどと一緒にして食べられているともいう。それはどうだか知らないが、和名はカブハボタンもしくはスウェーデンカブ、英語名はルタバガというアブラナ科の食物だ。 ルタバガ↓ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82... ...続きを見る

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2012/03/30 16:08
エルサレム王国と十字軍の歴史。
この前、フリードリヒ2世について記したが、現時点から世界史の流れを追ってみれば、彼がエルサレムを奪回したことは十字軍の歴史において唯一の成功例として、当然最も評価してしかるべき人物であるにもかかわらず、意外なことに、彼の名は十字軍の歴史の中に登場してくることはあまりない。現在一般的な歴史像では、イスラム国家の台頭の歴史のうち、始めの2世紀か3世紀は、イスラム教世界が優勢で攻撃的態度を示し、これに対して民族大移動期の不安定な状況にあった西欧のキリスト教世界は守勢の立場にあったということが強調されて... ...続きを見る

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2012/03/25 16:53
神風風船爆弾
風船爆弾というのは、終戦間際、当時15歳だった旧制中学の学生が自由時間に書いた作文を基に得られたもので、しかもその詳細に至る設計までその作文に書かれたままであったという。少年の名は、中西董(ただす)といって、この作文を書いた愛知中学校というのは、後輩の舟木和夫の『高校三年生』という歌詞の通り、木漏れ日が後者を赤く染める景色が印象に残るものであったそうだ。 ...続きを見る

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2012/03/08 16:16
日露戦争における旅順陥落
いまどきはクリスマス休戦とか正月休戦というのがあって、第1次大戦のときも、大体この期間は前線で敵味方の兵士が互いに談合しあって、中には贈物を交わしたりする例もあったらしい。こういう儀礼とか慣習があったことが、戦争とは政治形態の一種であるという伝統的な思想の妥当性を裏付けるものとなる。 ...続きを見る

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2012/01/01 10:49
ヒトラーの秘密図書館〜その1
『ヒトラーの秘密図書館』という本が届いた。1900円だが、370ページ以上もあるし、装丁もかなりしっかりしている。訳本のあとがきに2009年11月と書かれているが、ティモシー・ライバックの現著作が何時ごろ出たかはっきり書かれていない。しかし、ヒトラーの愛読していた書物から彼の思想を解き明かす試みは1300冊の蔵書が無傷のまま保管されていながら省みられなかったのは誠に不思議なことだと書かれている。しかし、このような卑劣な男が、大変な読書家で一万6千冊以上の蔵書の少なくとも3分の1には目を通し、類ま... ...続きを見る

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2011/11/23 16:27
ガダルカナルの戦い〜後半(その1)
始めに『ガダルカナル』という名前の起こりについて話すことにする。戦争について書いても、後半はいいところがなく、ラバウル航空隊の30機ばかりのゼロ戦部隊がまあまあ最後まで拳闘したらしいが、大局において日米の差が開くばかりで、終いにはアメリカ軍はコーラを飲みながらの戦闘といっていいくらいにまでなっていたそうだ。ソロモン諸島のまわりの島々と比べて、何か違和感のある名称で、やけに気になるので調べてみた。そうすると、ソロモン諸島というのは、前回話したように、スペインの航海士アルバロ・デ・メンダーニャが15... ...続きを見る

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2011/09/28 16:26
真珠湾の仕返し::ドゥーリトル爆撃隊
真珠湾攻撃後、一ヶ月足らずで日本本土への爆撃が考えられていたことには、その背景に、日本の潜水艦による米本土の襲撃という歴史的な事実が隠されているらしいということを知ったが、このことはまたまた新たな驚きであった。 ...続きを見る

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2011/09/22 16:28
ガダルカナルの闘い・・・前半
星亮一の「偽りの明治維新」という薄い本を読んで以来、日本政府自体がいんちき政府であるという感を強くして、おまけに産業革命以来環境破壊の主役を務めてきた殖産興業の原動力となったのが、戦闘で傷付いた大衆自身であることも加わって、あまり日本の近・現代史というものを調べようという積極的な気にはなれないでいる。 ...続きを見る

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2011/09/20 16:49
敵前逃亡兵の処遇について
第2次世界大戦中の東部戦線でソビエトが行なった話は大変よく知れ渡っていて、突撃する一般の兵卒の背後に秘密警察が潜んでいて逃亡しようとする兵士は片端から撃ち殺した。これはスターリンの作った規範に、「逃亡兵は銃殺かあるいは戦車でひき殺す」ということが決められていたそうだが、別段スターリンだけが冷酷だったわけでもなく、レーニンなどもこういうことは行なったらしい。 ...続きを見る

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2011/09/07 16:22
世界の終戦記念日
この前書いたように、日本は例外的にポツダム宣言の受諾を表明した玉音放送の行なわれた8月15日を終戦記念日としている。連合国各国は、9月2日か3日としている。それは、アメリカのトルーマン大統領が、戦艦ミズーリの艦上で降伏文書に調印がなされた日の9月2日を終戦の日と決めたからだが、これは理屈から言って妥当な日と思う。 ...続きを見る

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2011/09/02 17:05
ピコラエビッチ紙幣
「ピコラエビッチ紙幣」というのは、尼港事件で有名な極東ロシア領の小都市二コラエフスク・ナ・アムーレにある日本企業の島田商会が発行した紙幣で、下落の激しいルーブル札(*)を保管し、町の産業を支える紙幣として大いに流通していたという。ダイヤモンド社から出版された同名の歴史小説の筆者は熊谷敬太郎氏は昭和21年の生まれで、雑貨の輸入業を営んでいたが、印刷業のほうも手がけたことがあるらしい。『ピコラエビッチ』の始めの『ピ』は『ニ』の誤植だという。ロシア語では『H』がN音をあらわすのだが、Hの横線を上にもと... ...続きを見る

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2011/08/24 16:10
ノアの箱舟と並ぶ人類の考えた最大の船、パイクリート空母
「氷山空母」という名称を始めて耳にしたのはもうかなり以前になるのだが、その頃は『戦時中の空想のような無駄な建造物で、どこかの大氷河を切り取って船にするものなのだろう』などと思って、大して気にも留めていなかった。その後ネットでも何回か検索してみたが『実現されなくて、かえって正解であった』などという意見ばかりであった。大体だれもが資源の無駄遣いに過ぎないといっているが、どうも思い込みによるようだ。高々この20年か30年の間に通湯していた経済上の効率性という法則を無条件に信じているだけだ。しかしながら... ...続きを見る

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2011/08/16 17:23
ソ連進行の日
1945年の8月8日、半年前に結ばれたヤルタ協定に基づき、ソビエト連邦が日本に宣戦布告をした。アメリカ大統領ルーズベルト、イギリス首相スターリン、それとソ連のスターリンの三者会談で、「@ドイツに対する戦後処理として、米・英・仏・ソの四カ国統治、A国際連合の設立、Bソ連の対日参戦(ドイツ降伏後2,3ヶ月以内)と、千島、南樺太の奪回、Cポーランド国境の確定として、第1次大戦で定められたカーゾン線を基調とすること、D中国代表として蒋介石政権を認めること・・・」などが決められた。クリミア半島の保養地ヤル... ...続きを見る

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2011/08/08 16:10
終戦工作について
大日本帝国がアメリカと戦争を始めたなどという報道が巷に広がると、昭和初期の人は軍部がそれなりの周到な準備をしていたことなど思いもよらなかったらしく、緒戦の勝利の報を聞いても『どうせ一週間もすれば敗退するに決まっている』と、それなりの資産家は誰しも株の空売りをしたり米ドルを買いあさったりしていたらしい。米ドルが買える人などめったにいなかったであろうが、株の空売りで一文無しになったという話はかなり多かったようだ。アメリカに負けだしたら株価が下がったかというと、軍需株などは敗戦当日まで上がり続けたとい... ...続きを見る

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2011/08/06 16:47
ゲルニカの悲劇の嘘
嘘というほどでもないが、「最初の無差別爆撃」などというのはどうやら当らないようである。というのはゲルニカ爆撃の行なわれたのは1937年4月26日のことだが、戦略爆撃が戦争に有効であるという理論が普及したのは、すでに1920年代のことであり、スペイン内戦においては、その前年からフランコ側、共和国側を問わず、両軍によってかなり行なわれていたようであるからである。しかも、市民の殺傷は、ドイツ側ではなく、民族戦線側のほうが積極的に行なった模様である。それで、フランコ将軍を始め、ドイツコンドル軍司令官のフ... ...続きを見る

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2011/07/06 17:18
ひめゆり部隊解散の日
今日6月18日は、1945年に沖縄戦が敗色濃厚となって、看護用員として南風原(はえばる)にある沖縄陸軍病院に任意志願していたひめゆり部隊240名に解散命令が下った日だ。結成以降、この日までにも19名の戦死者が出ていた。解散されたから逃げられたのかと思うと、翌日から一週間の間に死者の80%が集中しているそうだ。この辺、まったく調べたことがなかったのだが、それほど米軍の進行が早かったということだろうか。解散命令というのは、牛島司令官の「最後の一兵まで戦え。学徒隊は本日18日を持って解散を命ずる」とい... ...続きを見る

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2011/06/18 12:06
戦時国民生産比較
第2次大戦の各国戦費というのを調べてみた。以下ここからの抜粋データ。↓ http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/5227.html ...続きを見る

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2011/06/07 16:35
ランチェスターの法則
数学モデルを使った集団での最適な戦い方を求める理論である。個々の兵士がこの法則に従った行動をとるために必要なことは、兵士たるもの自由意志を持って臨機応変な行動をとるべからず、ということだ。その故に、ゼークトあるいはだれそれというドイツに名高い将校が、「前線の兵卒は勤勉であってはならない」としたのかもしれない。勤勉であることの有害性が少し見えてきたように思う。勤勉ということこそ、国家形態のいかんを問わず、ほとんどすべての人間がその悪弊に全く気がつかないどころか、正反対にその美徳性を推奨してやまない... ...続きを見る

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2011/05/18 15:50
ノモンハン事件(1939年5月11日〜9月15日)
従来、機銃装備程度しか持たない日本軍部隊が、ソ連軍戦車部隊に迎撃されて、部隊が全滅したなどといわれていた。ずっとそのような話を聞いていたが、どうもそうでもなかったようだ。局地戦でそういうのはあったが、ソ連軍が橋を爆破しなかったので、逃げ延びた日本兵もかなりいたらしい。しかし、ソ連軍が大被害をこうむった場合もかなりあったようだ。この戦いにおいても、越境したのは日本軍だけであったという。それで関東軍に越境爆撃の動きがあることを知らされた東京の大本営は、急遽飛行機を差し向けたが、関東軍は全く大本営を無... ...続きを見る

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2011/05/08 16:28
生命表の歴史・・死亡率と社会
この前、太平洋戦争前後の日本の人口推移というのを見ていて、戦争の激しかった頃とその前後で、目立ったような死亡率の上昇がなかったというのを、かなり意外に思った。統計上、優位な差と見られるのは、3割の減少があって、初めて死亡率の上昇が確定されるというのが通例らしいが、戦時中の人口の減少はせいぜい1割と少しであって、これは統計上は比較の対象とはならない量なのだ。それにもかかわらず、戦時中の体験談というのがすさまじいというのは、あれは記憶は造られるものというのもあるだろうが、それ以上に戦闘が局地的であっ... ...続きを見る

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2011/05/04 15:59
メシヌの屋根―最大の化学爆弾
ベルギー西部の都市イーペルの近郊で行われた。第1次大戦の西部戦線で起こった「第3次イーペル会戦(パッシェンデールの戦い)」(1917年7月末〜11月)の前哨戦で為された軍事作戦において、塹壕地下室に潜んでいたドイツ兵1万人がこの破壊工作によって一瞬に死亡した。イギリス、ANZAC(オーストラリア、ニュージーランド連合軍)、カナダ、南アフリカの5カ国連合軍はこの工作に2年半の歳月を掛けた。爆破に当たったのは、イギリス第2軍で、合計21個の巨大な地雷を地下30メートル以下に、それぞれセットした。行動... ...続きを見る

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2011/04/09 17:15
昭和の東南海地震
100年か150年周期で起こるが、最近のものは、1944年の12月7日におこった。それで「昭和の東南海地震」といわれる。この地震は名古屋の重工業地域に大打撃を与え、日本の敗戦を早めたといわれている。なんとも間の悪い地震で、当時名古屋の工場で戦時品を製造していた人には、さぞかし決まり悪いものに映ったことだろう。この地震による死者は約1千名、重傷者は3千名と、存外なものに報告されているが、紀伊半島東側の熊野灘を震源域として、マグニチュードは8.0(7.9)もあるというものであった。 ...続きを見る

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2011/03/14 17:23
日本軍の大虐殺。
1894年、日清戦争において日本軍は旅順市民一万数千人を虐殺したという。最も中国内の資料だから多少の上乗せはあるだろう。欧米の資料には500人というのもあるそうだが、500人でも大虐殺には違いない。日露戦争終結までの日本軍はそのような野蛮なことはしなかったと思い込んでいたので、これにはかなりびっくりした。旅順がロシアに占領されるのは1897年のことだから、当時住んでいたのはほとんど中国人だろう。確実な証拠というものはないのだろうが、そういうことが史実として語り継がれているということには必ず理由が... ...続きを見る

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2010/10/27 16:30
第2次大戦イタリアの戦艦
ヴィットリオ・ヴェネト級の最新鋭戦艦ローマは、ドイツ空軍ドルニエ爆撃機の投じたフリッツX滑空誘導爆弾に装甲甲板を破られて轟沈した。総重量1.57トンの爆弾に厚さ20センチほどの甲板を破られたわけで、そのため、イタリア軍艦は弱かったという歴史観が定着した。爆弾一発で沈む戦艦など世界中どこを探しても見当たらないせいもある。 ...続きを見る

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2010/10/20 15:42
総統の大本営
この前ノルマンディーについて調べたら、急に70年前の大戦について知りたくなった。現在歴史にその名をとどめている多くの将校が、今この時点に生きていたとするならば、おそらくただの極ありふれたサラリーマンであるか、あまりできのよくない自営業者として、まったく人に知られずひっそり間として障害を閉じてゆくのだろうと思うと、何とも感慨至極な念に打たれる。 ...続きを見る

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2010/09/29 17:16
ノルマンジー上陸作戦。
「史上最大の作戦」などといわれるから、ドイツ軍の戦力などより凌駕していただろうなどと思いきや、意外にも総戦力は全軍上陸に成功していた場合でもドイツ軍の半分にも満たなかった。そのせいかどうか知らないが、本体が上陸を開始しても、ヒトラーは「戦力が少なすぎる」と、東部戦線よりにあった予備兵力を差し向けることはしなかったという。ドイツ軍の航空機もほとんど飛んでこない手薄な警備の中、比較的少ない犠牲で連合軍は上陸することが出来たらしい。1941年のソ連進行が予定よりも遅れたためと、降伏よりも玉砕を選ぶソ連... ...続きを見る

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2010/09/26 17:46
ナチスと音楽
先にゲッべルス(ずっとゲッペルスという風に読んでいたが、にごって読むのが正解らしい。そういえば、ライプニッツのことを’ライブニッツ’と書いている数学者がいた)がイ音を440ヘルツに決定し12音階の出発点としたことを述べた。音楽は大衆操作にとって、非常に大事な要素であって、ヒトラーもゲッペルスの音楽的才能は是非利用したかっただろう。また、共鳴の法則の大衆への応用には、絵画のように意識を止めずしては鑑賞できないものよりも、無意識のうちに麻薬のように脳内に幻想と快感をもたらすものは、音楽を除いてはない... ...続きを見る

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2010/08/11 17:15
原爆投下について
米内光政(1880―1948)に、「私は言葉は不適当と思うが原子爆弾やソ連の参戦は或る意味では天佑だ。国内情勢で戦を止めると云うことを出さなくても済む。私がかねてから時局収拾を主張する理由は敵の攻撃が恐ろしいのでもないし原子爆弾やソ連参戦でもない。一に国内情勢の憂慮すべき事態が主である。従って今日その国内情勢を表面に出さなく収拾が出来ると云うのは寧ろ幸いである。」といったというのがある。当時の日本政府は大体こういう思いであったろうし、日本軍の一般兵卒の中にも「広島や長崎の人たちには悪いけれども、... ...続きを見る

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2010/08/06 17:26

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